男との密会を済ませユルトは一人、始まりの町を散策する。このゲームがデスゲームである以上、これからの活動の拠点の地理を頭に叩き込んで、置く事は決してマイナスにはならない。武具、防具、道具屋を見ていきさらには、人通りの少ない路地、用水路、建物の位置。万が一、街中で戦闘になった場合の為の逃走経路など、ユルトは街の至る所を頭に入れていた。
時刻は早朝五時三十分。せっかちなプレーヤーがレベル上げの為に、外のフィールドに出ていく頃、ユルトは一軒の酒場で酒と軽食を購入し、適当なベンチで朝食を取っていた。日の光がユルトの座っていたベンチを照らし、仮想の日差しに多少の煩わしさを感じていた時、ベンチのある広場の奥から真っ黒の少年が走り寄ってきた。
「ユ、ユルトさん。どこに行ってたんですか。昨日から探しましたよ」
少年は昨日、広場にてユルトとパーティを組んだ少年 キリトだった。ユルトは、軽食を食べるため上げていたフェイスカバーを下げ、街の探索の途中で見ていた、操作マニュアルで知った手順で、軽食と酒を消す。
「昨日は少しヤボ用が出来てな。少しの間、街の外に出ていた」
「その用はもう終わったんですか」
「心配ない。どうやら私のデータに不具合があった様だが、今日の夜までには直すと、ゲームの主催者からメールで知らされただけだ」
「!それで!それ以外に主催者からは何かありましたか!」
「いや、それだけだ。それにメールも、私が読んだ途端に消去されてしまった」
「そ、そうですか」
キリトは分かりやすくうなだれる。ユルトは立ち上がり、話題を変える。
「それで、今日はどうするのだ。言っておくが、私はこの世界をよく知らない、貴公から教授してくれると、嬉しいのだが」
「分かりました。じゃあ、フィールドに出て戦闘の基本と、システムについて説明します」
二人は広場から出てゆきフィールドに出る。遠くでは他のプレーヤーがイノシシもどきに四人で挑んでいた。少しの間、草原を歩いているとどこからともなくイノシシもどきが現れる。
「まずは基本の戦闘からです。武器持ってますよね。それを持って振るだけで攻撃になります。そして」
キリトは軽快な身のこなしでイノシシ、キリト曰くフレンジ―ボアの突進を避けていく。キリトは足元の石ころを一つ拾い、それを投げる。石ころは蒼の軌跡を描きボアに直撃する。ボアは悲鳴を上げてその場を転げまわる。ボアの上に表示されたHPバーが半分ほど減っていった。
「今のがこのゲームの目玉、ソードスキルです。今のは投てきスキルですけど、これを使えばより多くのダメージを与える事が出来ます。イメージ的には武器を振る時に一瞬溜めて、力を感じたら振るって感じです」
キリトはそのまま下がりユルトの後ろまで来た。後はユルトに任せるつもりなのだろう。ユルトは腰からパリングダガーを取り出す。ボアは態勢を整えユルトへの突進を開始していた。ユルトは、ダガーを腰で構え、突進に合わせてダガーを振る。ダガーはうねるような軌跡を残し、ボアの首に吸い込まれていった。ボアは短く悲鳴を上げ、ガラスの様に砕け消えた。すぐに、経験値画面が開き少量の経験値が、二人に振り込まれる。
「今のが短剣スキルの一つの鎧通しです」
キリトはユルトに歩み寄り、初めてにしてはかなり上手い戦闘をしたユルトに、何か声をかけようとした。
「キリト、一つ聞きたい」
「なんですか?」
ユルトは俯き浮かんだ疑問を口にする。
「一体から得られる経験値はだいたいこんなものなのか」
キリトは頭に疑問符を浮かべ答えを口にする。
「ソロプレイなら一体から、さっきの倍の経験値がもらえます。今のは俺達二人のパーティ―が倒したんで経験値は半分になりますから」
「そうか」
ユルトはメニュー画面を開く、その中からあるものをキリトに提示する。
「えっ!?ユルトさん、一体どういう」
「見ての通りだ。現時点を持ってパーティ―を解散する。ソロプレイの方が経験値を多くもらえる様だしな。言っておくが、私はこのゲームの攻略など考えていない。私は私の道理に沿って行動する。貴公も、自分の思うままに生き抜くがいい」
ユルトは毅然とした態度でキリトの元を去る。キリトはギリと奥歯を食いしばり、背中の直剣に手を掛けユルトに切りかかる。
ユルトはまるでそれが見えているかのように、避ける。避けられた直剣は深深と地面に刺さった。
「ほう、なんのつもりだ?死に急ぐ事もあるまいに!」
ユルトは手にしていたダガーを容赦なくキリトの喉元に向け振り抜く。
「クッ」
キリトは身を反らしてダガーをかわす。ドサッとキリトは地面に倒れこみ、第二の攻撃をしようと身を起こそうとした時、キリトの首に大きく湾曲した曲剣があてられていた。
「なぜ、俺に挑みかかった」
「どうして・・・どうしてそんなに冷静でいられるんだよ!皆、不安でどうにかなりそうなのになんで、そんなに平気そうにしてられるんだよ!」
キリトはうっすらと目元に涙を溜めて叫んだ。ユルトは、それでも冷静に答える。
「人の死に様も知らない、愚者が・・・俺と貴公とでは文字どうり、場数が違う。いくらレベルを上げようとも、私と貴公とでは、決して埋まらぬ 差 と言う物がある。それを噛み締め、生きろ。後悔と恥辱にまみれ、なんとか拾い取った生を感じ、下らぬ遊戯を捨て、ただひたすらに殺しを行え。そうして、初めて私と対等に刃を交える事が出来よう」
ユルトは曲剣を腰にしまい、キリトを残し、立ち去る。キリトは静かにその場でむせび泣き、ユルトは最後にキリトに言い放った。
「愚物が,自分だけが特別だと思っていたのか?」