第90層攻略会議、三騎士のクーデターにより士気、戦力共に攻略組の弱体化は避けられず一部のメンバーからは離反者も出るようになったが攻略を止める日は無くなっていた。三騎士の影に埋もれていたビヨールが獅子奮迅の活躍があってのことだ。三騎士の離反を止める事ができず、自責の念に駆られていたビヨールはその溜まった鬱憤を戦いに注ぎ込んでいた。グレートソードで雑兵を叩き潰し、牽制のはずのボウガンも強化され堅いウロコをもつ蛇人の頭部を貫くほどだった。
第90層、巨大な象牙のような建物が乱立する繁栄を誇っていた都のようだが、今ではそのほとんどが牢屋と拷問部屋になり罪なき人々を傷つけ、ソウルを搾取するための施設へと変貌を遂げていた。攻略組は建物を虱潰しにしていき探索し、一際大きな建物へと繋がる道を発見し僅かに士気が高揚したが、それは地獄の始まりに過ぎなかった。その建物に入ってからは空中回廊を進むしか道は無く、また奇妙なガーゴイルと人面虫の吐く強力な酸に攻略は暗礁に乗り上げた。
「ヒースクリフ殿!なぜこんなところで立ち止まる必要がある。ここはまだラトリアの中間地点に過ぎないこの先には幾人もの勇者を葬ったデーモンがいるのですぞ。こんな所で立ち止まってはいつまで経ってもデーモンに辿りつくこともできない」
いつもは豪快に笑い飛ばし、大酒を煽っているビヨールが珍しく声を荒げていた。
「ビヨール、我々はここに辿りつくまでに5人の勇士を失った。戦力的にも、モチベーション的にも最悪の状況だ。幸い私は転移マーカーにまだ余裕がある、ここで一旦中止しマーカーを撃った後に、戦力を整え再攻略するのが理想的だ。それにビヨール、君こそあの老王の言葉に踊らされすぎだ。君を慕う部下にも今の君はおかしいと思われているよ。頭を冷ますためにもここは一旦退くべきだ」
「・・・・・承知した」
ヒースクリフが転移マーカーを撃ち、攻略は一時中断となった。
しかし、この判断が後に大きな間違いだったと思い知らされることになる。
今度は各偶数階にある目撃談が出るようになる。
「頭におかしなターバンを巻いた赤いプレーヤーが別のプレイヤーを襲っている」
行方不明者の次にはこの噂が広まり、各階層は混乱に包まれていた。
「っく!これで!終わりだ」
「ッ!!」
ターバンを巻いた赤いプレイヤーの胸に剣が突き刺さる。すると赤はがっくりと膝を付き、霧のように消えて行った。緊張から解き放たれたキリトは剣を仕舞い大の字になって倒れこむ。噂に聞いていた赤プレイヤーを倒したキリトは、その技量に冷や汗が止まらなかった。曲剣をまるで自分の体の一部のように扱う赤はその技量よりも、死ぬ事などはなから考えていないような戦い方に戦慄していた。一度死ねば、現実でも死ぬこのゲームで重要なのはいかに死なない事だが奴にはその考えが無かった。ダメージなどお構いなしに剣を振るう。キリトが撃退できたのは、半分運の良さだと感じた。
そしてキリトは驚愕した、ボス一体から入る経験値を上回る経験値が入ってきたのだ。直感でさっき倒した赤から入ったものだと、分かりそして最悪の未来が思い浮かぶ。
プレイヤー同士の殺し合い
かならずゲームには一人いる廃人。絶対的強さを求めるあまりに、チート行為や談合に手を染める者も少なくない。そんな彼らがプレイヤーから膨大な経験値が手に入るとしったらどうなる。PKギルドそのものはメンバーの大半が投獄され壊滅状態にあるが、これからは個人行動によるPKが横行することになる。
狂気
赤プレイヤーはこのゲームを泥沼化させるために用意されたシステムの一部。キリトにはその未来がはっきりと見えていた。そして、こんなシステムを用意した奴らへの憎しみをまた大きくなっていたのだった。