SAOとダイスンスーン   作:人外牧場

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この世界は残酷だ

 ガインと鈍く剣を弾かれる音だけが響き渡る。既に二人が戦闘を開始してから5分。勝負はキリト優勢に進んでいた。キリトの絶え間ない剣撃にイカ頭の騎士は盾を構えただただ防戦一方だった。二人の後ろではアスナが勝負の様子をうかがっていた。道は一本、それも二人が闘っている所だけ、スイッチしようにも一直線な所では意味をなさない。かといって自分だけ先に行こうとしても、道の下には幾つもの死体が転がっており何かしらの罠なり仕掛けがある事は明白だった。今はただ二人の戦闘を見守る事しか出来なかった。

 

「セリャァ!」

 

 キリトは焦っていた。この騎士の底知れぬ胆力に、今はただ自分の攻撃で動きを封じ込めているだけ。いつか攻撃が止まれば右手に持っている大鎚が振り下ろされるだろう。それならばこの騎士が僅かに見せるスキを突いて最強の技を叩きこむしかない。防御力、体力共にこの騎士が上回るならそれを凌駕する攻撃力で短期決戦を仕掛ける。これがキリトの作戦であり、唯一の勝機であった。そして、作戦が悟られないように一気にたたみかける。次々と剣を上から叩きつけ盾を上に構えさせ、十分に機が満ちたら下から盾を蹴りあげる。それは見事に成功し騎士の鉄壁の防御が崩れる。

 

「ッ!スターバースト・ストリーム!」

 

 土埃が上がり二刀流最強の技スターバースト・ストリームが決まる。キリトの手にはたしかに16連撃全てが直撃した感覚が残っていた。土埃が晴れそこには飛ばされ柵にもたれかかったまま騎士が倒れていた。キリトが自分の勝利を半ば確信し一歩踏み出した時、騎士が立ち上がる。大鎚を杖にして体を起こし、盾を構え再びキリトの前に立つ。その姿にキリトは息を飲んだ。HPバーは既にレッドゾーンに入り、あと一撃で死んでしまうと言うのに騎士は何事も無かったかのように平然と闘いに臨む。

 キリトはこの騎士にユルトやビヨール達と同じ匂いを感じていた。命を捨てて闘うことをあたりまえとして、平然と人の命を奪う事が出来る。平和な時代なら到底理解できない常識を、この騎士は持っている。キリトの剣を持つ手に自然と力が入る。心臓の鼓動が速くなる。騎士の姿にユルトとビヨール、三騎士が重なる。遥か高みにいた存在の彼らに自分は対等な闘いを出来ている。そんな高揚感が脳をトランスさせる。そして、そのトランス状態が目の前の相手を十分倒せる相手だと判断させる。それが彼に勝負を急がせた。あと一撃で相手は力尽きると言う状況が彼の判断力を鈍くさせる。再び繰り出される攻撃の嵐に騎士は微動だにせず攻撃を防御する。この騎士も必殺の機会を窺っていた。そして、その機会はすぐに訪れた。不用意に出された攻撃を盾でパリィし、大きく体をのけ反らせて状態を崩したキリトの頭上を巨人殺しの名を持つ大鎚が振り下ろされる。防御も出来ず大鎚に吹き飛ばされる。その一撃は、スターバースト・ストリームに匹敵し10万以上あったキリトのHPバーは一撃でレッドゾーンに突入していた。飛ばされ道から外れようとしたキリトをアスナがすんでの所で捕まえる。そして、騎士が鎚を振り下ろしたまま動かない事に気がついた。騎士の胸にはキリトの剣が刺さっている。攻撃を食らう寸前でキリトが止めを刺したのだろう。ただ静かに汚水が流れる音が響く谷に騎士の消えてしまいそうな声が響く。

 

「・・・アストラエア様、申し訳ありません。私は使命を果たせませんでした。・・・・少年よ、この世界は残酷だ。私はただこの世界に灯された僅かな篝火を守りたかっただけなのだ」

 

 それだけ呟くと騎士は淡い光の残像を残して消えていった。二人の心に騎士の言葉が響く。「この世界は残酷だ」この言葉のただならない重みに二人はこの谷に残された篝火を消そうとしている自分達の罪を感じた。しかし、それでも二人は足を進める。そしてその先には行き止まりが有り、そこにはユイに膝枕をして静かに子守唄を歌う美しい女性と、その隣で腰の剣に手をかけて二人の様子をうかがう女戦士がいた。

 

「貴方達がここに来たということはガル・ヴィンランド郷は敗れたのですね。ここには全てから見放された者達が集う場所。貴方達はここから何を奪うと言うのでしょう」

 

 悲しみが籠った声に先ほど感じた罪悪感をさらに刺激される。何も出来ないまま立ちつくす二人に女戦士が二人の前に立つ。

 

「弟が敗れたか。しかし、この場所には貴様らの欲しがる物などない。立ち去ってくれ」

 

「俺はユイを連れ戻すためにここに来た・・・」

 

「そうか。しかし、ユイ様は今でも望んでここにおられる。それでも、連れて行くのならば私が弟に代わり闘う。ここは聖女アストラエア様が捨てられた者の為におられる。アストラエア様もユイ様も納得されるまでここを離れる事は出来ない」

 

「・・・・でも」

 

「セレン様、お止めください。こちらの言い分だけ強要するなら争いの元となってしまいます。話しましょう。ガル様の死は私も心が痛みますが、今はその方々と話し合うのが早急です」

 

「・・・申し訳ありません」

 

「さて、貴方達がユイ様のおっしゃってましたキリト様とアスナ様ですね。話しましょう、幸いここにはあなたに敵意を持つお方はおりません」


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