SAOとダイスンスーン   作:人外牧場

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汚泥の底にて

異臭が充満した汚泥の沼。その中を一人の少女がトテトテと歩いている。少女は怯えその足取りはあやふやで傍から見ても思わず保護してしまいそうである。しかし、少女を保護しようとしている人はいない。いやここには人がいない。ここは、70層攻略と同時に1層のさらに下に出来た新たなダンジョンである。しかし、ダンジョン事態最大を誇る1層よりもさらに広大なうえ、現れる敵も強く、数も多いうえ貰える報酬も無いため誰もここを攻略しなかったのだ。

 広大な沼地のダンジョンを当てもなく少女が歩いていく、べチャと沼に足を取られ白いワンピースを真っ黒にして転ぶ。

 

「ふぇ・・・」

 

 パパとママとはぐれ心細さと誰もいないという孤独感から一気に涙があふれてくる。しかし、薄暗かった少女の前に2つの明かりが現れる。泥で汚れた少女の顔にハンカチが当てられる。少女が見上げると汚泥に相応しくない真っ白な修道服を着た女性がいた。

 

「大丈夫?あなた一人なの?」

 

 呟くように彼女は少女に話しかける。彼女の声は慈愛と意志の強さに満ちており、少女は顔の泥など気にせず笑顔を作る。

 

「アストラエア様、今日はひとまず帰りましょう。もうすぐ近くに大腐敗人が戻ってまいります。無用な戦闘は避けるべきかと」

 

 アストラエアと呼ばれた女性は、少女の手を取って立ちあがるアストラエアに話しかけたイカみたいな騎士はざぶざぶと沼など関係ないといった足取りで先行する。

 

「アストラエア様、どうぞ。私は殿を務めます」

 

 羽の様な物が付いたヘルメットをかぶった凛々しい女性が、こちらですと誘導する。アストラエアは女性に一度頭を下げる。そして、少女の手を引いて沼を進んでいく。少し沼地を進んでいくと先で松明の明かりがいくつも見える。その先で、大きな音が聞こえる。先にあった柵が、大きな音を立てて崩れる。その中から巨大な棍棒を手にした大きな鳥頭の巨人が3人現れる。鳥頭は真っ先に4人の所へと突っ込んでくる。

 

「アストラエア様!お下がりください!」

 

 イカ頭の騎士が盾を構える。そして、背負っていた自分の武器を構える。巨大な鉄塊が沼の底から現れる。ついていた泥が払われ現れる粗鉄の塊は、どこか神々しさすら感じる程だ。

 

「fだsゲアq場エヴァあdふぁs」

 

 訳の分からない奇声を上げながら鳥頭が棍棒を振るうが、無造作に振るわれた棍棒は難なくイカ頭の騎士の盾に弾かれ、大きく体がそれた時、彼の鉄塊が鳥頭を吹き飛ばす。その様子を見ながらも残りのニ体はイカ頭の騎士に突撃する。奥ではのそりと先ほど飛ばされた鳥頭が起き上がり、再度突撃する。

 

「お止めなさい。争ってはいけません。武器を収めなさい」

 

「アストラエア様!」

 

 武器を構える両者の間にアストラエアが割って入る。動揺するイカ頭の騎士とは正反対に今までとは打って変わって大人しくなった鳥頭達は棍棒を捨てどこかに消えていく。鉄塊を収めイカ頭の騎士はアストラエアに詰め寄る。

 

「アストラエア様!御身は我ら姉弟にとって命よりも守るべき物なのです。彼らが分かってくれたのが幸いですが、もし襲いかかっていたら私だとて、そう庇いきれるものではありません。もう少し、ご自身をご寵愛ください」

 

「しかし、ヴィンランド郷。命とは真に尊い物です。聖職者が愛を説き、平和を謳いながら人を殺せばそれは単なる殺戮と言えるでしょう。ヴィンランド郷、武人である事を忘れなさい。あなた方姉弟は、私の剣ではなく、盾なのです。武器を持って平和を説くなど矛盾に他なりません」

 

 まるで哀願するようにイカ頭の騎士、ガル・ヴィンランドに話かけるアストラエアに、ガルはその場で膝をつく。

 

「申し訳御座いません。ただ今の発言は私の浅慮から発したものです。しかし、御身に対する忠誠は変わりません」

 

「良いのです、ヴィンランド郷。あなたが私をよく気にかけてくれているのは分かっております。ヴィンランド郷、立ちましょう。もうすぐ私たちの家です」

 

 ガルは立ち上がりまたアストラエアの為一人先を行く。その後ろを静かについていくアストラエアをガル・ヴィンランドの姉、セレン・ヴィンランドは少女を抱きながら見つめている。

 

「あのお方こそが我ら一族が生涯を掛けて御遣いしている第六聖女 アストラエア様だ。父母が恋しいのだろう。あのお方ならば、きっと君の寂しさを埋めてくださる。行きたまえ」

 

 少女を下ろし、セレンも歩を進める。少女は僅かに躊躇いを見せるもすぐにアストラエアの隣まで走っていく。その光景に思わずセレンの口元が緩む。しかし、アストラエア様から離れてはいけないと、気を引き締め直し歩くスピードを若干上げた。

 目の前には無数の松明が置かれ、そこに住む鳥頭の住民たちが聖女の帰還を喜び迎える。少女を連れた聖女一行は居住区のさらに奥、不浄の赤子が住み着く溜まり場に行きついた。アストラエアは近くの岩場に腰掛け祈りの言葉を唱える。ガル・ヴィンランドが食糧を調達するために再度沼地に足を運び、セレンは護衛を代わり聖女の隣に座る。少女もアストラエアの隣に座るが、少しだけ顔色が悪い。それをすぐさま感づいたセレンが助言する。

 

「アストラエア様。この子は、瘴気に当てられたのでは?」

 

 アストラエアは祈りの言葉を中断し、少女の顔を覗き込む。そして、自らの額と額を合わせ熱を測る。

 

「それに少し熱っぽいようです。セレンさん、すいませんがおばあさまから薬草を買ってきてもらえませんか。この子は私が看病しておきます」

 

 セレンはすぐに行動し、居住区に住むおばあさまへ薬草を買いに行く。その間に少女は少し疲れたようにアストラエアの太ももに倒れこむように横になる。

 

「私にはあなたを直す術はありません。でも、その苦しみを和らげる事は出来ます。無力な私をお許しください」

 

 聖女はそういって左手を少女の額にあて、右手に神の似姿であるタリスマンを持ち、奇跡の祈りを唱える。それまで、苦しそうだった少女の顔は穏やかになり荒れていた呼吸も収まる。アストラエアは少女の長く綺麗な髪を二度三度撫でながら、子守唄を歌う。そして、少女は寝息を立てながらアストラエアの修道服を手繰り寄せる。

 

「キリトパパ・・・・・・アスナママ・・・・」

 

 時折寝言を立てながら涙を流す少女にアストラエアは何もできない自分の非力さを呪う。いくら教会が聖女と呼ぼうと、幼少の時から奇跡を顕現させようと自分一人では幼き命一つ救う事が出来ない。その現実がアストラエアの胸を締め付ける。かつて、自分の救済の道が作りだした誤りの世界と全く同じこの世界で、聖女はかつて自分を殺めに来た騎士を思い出す。

 

「彼の眼差しは、私が忘れていた救済を信じているようでしたね」


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