団長室にユイの遊ぶ声が響く。ヒースクリフがユイの遊び相手をしてくれている間に、アスナがパッチを攻略組に入れるよう団に指示を出す。
「しかし、意外だな。天下の血盟騎士団の団長が子供と遊んでいるなんて」
キリトがソファーに腰掛けてアスナに話しかける。仕事がひと段落したアスナがヒースクリフからユイを抱き上げる。
「以外とは心外だな。キリトくん。私は正しい事をしただけだよ。仕事には真面目に、子供とはふざけて遊ぶ。子供は遊ぶのが仕事だ、私はそれを手伝っただけだよ」
「価値ある休暇になりました。これも団長が許可を出してくれたおかげです」
アスナがユイを抱いたままヒースクリフに一礼する。ヒースクリフは、いつものように机に肘をつき余裕を見せる。
「感謝するのは私の方だ。一人とはいえ、君たちは即戦力を連れて来てくれた。なんとか、事態も収拾がつき団も安定している」
「休暇明け早々ではあるが、明日より75層攻略を始めたい。今日は存分に英気を養ってくれ」
「「分かりました」」
二人が応答するとともに団長室の扉が勢いよく開けられる。全身に重い甲冑を身に付けたビヨールだ。ビヨールは二人を見ると押し倒さんばかりの勢いで、抱きついてくる。なんとかその場で踏みとどまりビヨールを押し返す二人。
「ようやく帰ったか!待ちわびたぞ。ワシはミラルダより二人が帰ったと聞いて、飛んできた所存だ。おおぉ、そなたが二人の子か。これは将来かなりのべっぴんさんになるぞ~、ガハハ!!」
ビヨールの息をもつかせぬマシンガントークにユイが怖がってキリトの後ろに隠れる。
「何、そんなに怖がる事はないぞ。ワシはビヨールだ。母君の同僚だぞ、うっ・・」
ビヨールの頭に槍の柄が直撃しビヨールがしゃべるのを止め後ろに振りかえる。後ろにはビヨールに負けず劣らずの甲冑を着た男が、槍を肩に担ぎため息を漏らしていた。
「いい加減にせんか小僧。そこの童も怖がっておろう」
「し、しかし。アルフレッド殿、ワシは二人の親友であり興奮してしまうのも当然かと」
「小生に口答えとはずいぶん、偉くなったな。鼻垂れビヨール」
「そ、それはずいぶん昔の話でしょう。できれば二人の前では昔の話は」
今まで怖いものなしといった態度を取っていたビヨールが、急に下に出てくる。彼はヒースクリフに仕える三騎士の一人 塔の騎士アルフレッドだ。どうやらかつてにビヨールと何かあったらしいが、それは誰にもわからない。アルフレッドは、ビヨールの鎧の襟を掴むとずるずると引きずって団長室を出ていく。
「さあ、もう用は無いだろう。出て行ってくれないか。私はまだ仕事があるんのだ」
ヒースクリフから出ていくように言われ、三人は大人しく団長室を出ていく。部屋を出るともう一人の三騎士 つらぬきの騎士メタスが長刀を腰に下げて三人を待っていた。
「副団長と期待の新人が戻ってくれるのは嬉しい限りだが、子連れではな」
メタスは目線を下げユイを見つめる。ビヨールの時は怖がっていたが、メタスにはまったく怯えている様子は無い。
「気丈な子だ。だが、戦場を甘く見るな。25層毎にボスは強力な個体が用意されている。75層も、今までとは比べ物にならいない程、手ごわい戦になろう。子連れと言うハンデをもって突破できるほどとは思えん」
「明日はユイをここに預けていきます。ご忠告、感謝しますがそれh大きなお世話です」
キリトが不機嫌そうな声色でメタスに話す。そして、アスナとユイを連れて用意された部屋に向かう。その場に残ったメタスは昔の事を思い浮かべていた。どこか自信家で、それでいて危なっかしい空気を纏うキリトに、メタスはかつて剣を教えた少年を思い出す。
「王子。あなたはどこにおられるのでしょうか。もう一度私の元へ、成長なさった王子の姿を拝みたいものです」
メタスは腰の長刀に手を置いて呟く。思い出すのは自らを師と仰ぎ剣術の教えを請うたオリアナ王子。荒削りの剣技で、武芸者とは程遠かったが王子には英雄になる要素があった。王子が見聞を広めると言って国外へ留学に行った時、私の剣を褒めてくださった。
メタスが思い出に耽っていた時、肩に手が置かれる。アルフレッドだった。
「そなたはまた王子の事を考えておったな。我ら三騎士もビヨールの小僧もおったのだ。オリアナ王子もきっとどこかにおられる。我々がさらに名を上げれば王子は、きっと我らの所へ来てくれると言っただろう」
「・・・分かっている。感傷に耽るのも、私の勝手だ。あまり深く考えないでくれ」
「そう!その冷静さがボーレタリア随一の剣の使い手 メタスの長所よ」
アルフレッドが高らかと笑いながらメタスを連れて団長室に入っていく。
「あんたがアスナの旦那か。ちょっと線が細いな」
宴会の席でアスナとキリト、ユイのテーブルに現れた妙に露出の高い格好をした女はキリトを見て、開口一番にそう言い放つ。
「ご、ごめんねキリトくん。ウーランさん、ちょっと言い方がきついけど優しい人なのよ」
あたふたとアスナはフォローを入れるがウーランは三人のテーブルに座り。
「女みてえな顔だな。ちゃんと飯食って、体鍛えてんのか?」
アスナのフォローなど聞く耳持たずにずばずば切り込んでいくウーラン。さすがに、こう言われてはキリトも対抗しなくてはいけないと思う。
「俺もここまで言われたら一応、抵抗しないといけないと思う」
「オッ!喧嘩か!良いぜそれなら相手になってやるよ」
ウーランは弓を取り出しキリトに向ける。
「そうじゃない。腕相撲なら、どうだ」
「腕相撲だと?」
「おう、それなら男女関係なく、パラメーターの高い方が強いだろ」
「なるほど、シンプルイズベストと言うことか。いいぜ、受けて立ってやるよ。構えな!」
ウーランはテーブルの料理を全て一瞬で食べ干しテーブルを綺麗にする。そして、腕を前に出し準備万端といった感じでニヤと笑う。キリトもそれに応じウーランと手を組み合わせる。そこで、大きな歓声が上がる。どうやら、この騒ぎを嗅ぎつけた人々が賭けをしているようだ。
「さあ、さあ。こんな勝負そうお目にかかる事はねえぜぇ。一口500からだー!」
便乗したパッチはここで多額の金を儲ける事になった。
「この勝負、降りるなら今のうちだぜ。お嬢ちゃ~ん」
ウーランが見え透いた挑発をしてくる。いつもならこんな挑発に乗るキリトではなかったが、周りの空気に乗せられウーランの手を握る手に力を込める。
「両者、準備はいいね。では・・・レディー・・・ファイ!!」
飛び入りレフリーが試合開始を告げる。キリトは先手必勝と、フルパワーで勝負にでる。
「な・・・に」
ウーランはピクリとも動かない。それどころか、空いている手で酒瓶すら煽っている。
「どうした、男のくせに非力だな」
キリトは力を込めるも事態は変わらない。
「思ったよりつまんねーな。じゃあ、決めるか。・・・・・・ぜりゃああああああ!!!」
キリトの世界は回転する。ウーランが、アスナが、ユイが、空中に舞う金を恵比須顔で集めるパッチが、2回転して世界は止まる。
「パパ、弱い」
床に倒れたキリトにユイが投げかけた言葉はキリトの心に深い傷を残す事となった。
「パパ・・・・弱い・・・」
今度は深く言われた。
「へへへ、旦那。儲からせて貰ったぜ。今度はつらぬきの旦那とやってくれよな」
パッチはとびきりの笑顔でキリトに言い寄って、そしてどこかに行ってしまった。
75層 ボス出現エリア
「な、なんだこいつー!い、1分足らずで俺の隊が全滅だと。す、すぐに団長にしらせない・・・」
ボス出現エリアより、断末魔と共に灼熱の炎を含んだ濃霧が漏れ出していく。