ヒュンと言う風切り音の後に剣圧で生じた切り裂くような風がキリトの頬を撫でる。一度、距離を取り態勢を立て直そうと、後ろに下がるもそれよりも先にサツキの突きがキリトの腕を切り裂いていく。咄嗟の判断でそのまま腕を斬り落とす。そして、その隙にアスナがスイッチしサツキをキリトから遠ざける。キリトは、アスナが攻撃している間にアイテムですり減ったHPを回復するが出血状態が回復せずスリップダメージは無くならない。おまけに本来ならすぐに体の欠損部はすぐに修復されるはずなのだが、未だに斬り落とした右腕は修復されずにいた。
キィンと剣と剣が打ち合う音と共にアスナが後退し、キリトの前まで下がる。スイッチの合図だが利き腕を失ったキリトでは、サツキと打ち合う事は出来ない。キリトはスイッチせずそのままアスナと一緒にサツキを攻めるが、打ち出す斬撃全てをサツキは避けていた。しかし、アスナが一瞬のスキを逃さず無防備なサツキの左わき腹に、突きを放つ。
「フン!」
素早くサツキは刀を持ち替え繰り出される突きを刀の柄で受け止める。一瞬狼狽したアスナの顔面にサツキの鉄拳が放たれるがキリトが身を挺してそれを受け、アスナ共々飛ばされる。
「その、判断力や見事。しかし、女の為に傷つくお前は酷く滑稽だ」
サツキは笑み一つ作らずそう吐き捨てた。
「しかし、お前達の強さは本物のようだ。ここで待った甲斐があるというもの」
サツキは装備欄からもう一本の刀を取り出しそれを右手に装備する。うっすらと光を反射しその刀には柄が無く抜き身の刀身をサツキは握っていた。
「血盟騎士団の猛者二人を殺したのなら、ヒースクリフも動かざるおえんだろう。貴様たちはその為の贄だ」
サツキは二振りの刀を手に洗練された殺気を放ちながらゆっくりと二人に歩み寄る。キリトは剣を杖代わりにして立ち上がり剣を構える。その後ろでアスナは小さく型を震わせ座り込んでいた。
「どうした、剣先が震えているぞ少年。恐ろしいのなら命乞いをしろ。そうすれば助けてやろう、片方をな」
サツキは冗談めかしてそう言う。口元は笑みを作っていたが目は笑っていなかった。片腕のキリトの前に立ち柄無しを一振りし、キリトの剣を弾く。剣を失ったキリトはそのまま後ろに倒れ込みサツキを見上げる。
「なんだ、もう終わりか。期待していたのだが、所詮平和ボケしたガキどもの集まりか。中々楽しめたぞ。極楽浄土で、また会わせてやろう」
サツキは柄無しを両手に持ち大上段に構える。二人とも殺すつもりなのだろう。しかし、キリトに抵抗する手段は残されていない。何かを叫んだアスナの声が遠く聞こえる。一瞬サツキが大きく空気を吸い込む音が聞こえる。あと一秒もしない内に刀が振り下ろされるだろう。キリトは死を覚悟するがその時予想外の事が起きる。
「パパー!!ママー!!」
キリト達の前、サツキの後ろの茂みからユイが飛び出る。
「ユイ!!来ちゃだめだ、逃げろ!!」
キリトがそう叫ぶもユイは目じりに涙を溜めてサツキを見つめる。
「パパとママをいじめるなー!」
サツキはキリトを無視して後ろに振りかえる。真っ白のワンピースを着たユイがどこかで拾った石を投げてキリトとアスナをサツキから守ろうとする。
「クッ」
一瞬サツキは頭をおさえる。記憶のフラッシュバック。サツキの脳裏に、かつての自分が浮かんでくる。
妖刀と呼ばれた刀を持って遠く異郷の地、ボーレタリアに行こうとする父。父の体にしがみつき駄々をこねるサツキ。父はサツキに、俺が帰ってこない時は誠を取りに来い。お前が誠を手に取った時、お前が私の名を継ぐのだ。この妖刀と同じ誠の名を・・・。父はそう言い家を出て行った。しかし、父が戻る事は無く成長した私は父が嵐の祭祀場へ入って行ったとの話しを聞き私は祭祀場へと行った。
頭を振り気の迷いを打ち払う。目の前の少女を見据える。幼い、だがそれだけに煩わしい。
「童よ。今の内に家に帰れ。ならばお前を切らずに済む、帰るのだ」
出来る限り落ち着いた声色でユイに向けて言うが、ユイは動こうとしない。
「これで最後だ。帰るのだ、外道に落ちた俺とて童を切って喜ぶほど修羅道にはまった訳ではない」
サツキは声を少し下げ脅すようにユイに言うが、それでもユイは動かない。サツキはユイの前まで歩み寄る。その間にユイを守ろうとキリトとアスナが妨害するがそれを一蹴し、サツキはユイの前に立つ。ユイの目に怯えも恐怖も無い、ただ純粋に澄んだ瞳がサツキを見つめる。ユイがサツキを見つめたまま口を開く。
おじさん 怖いの?
サツキは狼狽する。それと同時にユイがとても恐ろしく感じる。
おじさん 苦しいの?
サツキは何か言い返そうと口を開けるが、言葉が出ない。
おじさんはどうして私を殺さないの?
サツキは吠えた。キリトとアスナとの闘いで見せた熟練された剣技ではなく、やぶれかぶれ技も何もない荒々しい一太刀。ユイの首をはねようと袈裟に振り下ろされる。だが、それがユイの首をはねることはなかった。紙一重、ユイと刀の間に盾が割り込み刀を防ぐ。パッチだ。パッチが盾を投げぎりぎりの所で剣撃を防いだのだ。
しかし、サツキの動揺は治まらない。ユイはまだサツキを見つめている。サツキが後ろに下がる。
おじさん 優しいんだね。
サツキはそのまま何もせず逃げ出す。その様子はさながら怯える子供だ。
嵐は去り、キリトとアスナは一つ大きく息を吐く。音を立てて奥の茂みからパッチが出てくる。パッチはユイを抱きかかえ二人の前まで来る。
「大丈夫かいお二人さん。すまねえな、辻斬りの情報はついさっき入ったばかりだったんだ」
パッチはそういって二人の前でユイを下ろす。ユイは泣きじゃくりながらアスナに抱きつく。
「旦那、腕治ってますぜ」
パッチがキリトの右腕を見てそう言う。いつの間にか右腕も出血状態も回復されていた。キリトはアスナからユイをおんぶし、立ちあがる。
「パッチさん。一度、家に寄って行きませんか?」
「ヒヒヒヒ、家族の団欒邪魔するほど野暮じゃねえぜ。それに、今日は情報屋と情報交換の日なんでね、立て込んでるよ」
パッチはそう言って盾を拾い森の奥に消えていった。キリト達は、湖に放置していた荷物を取りに行ったがもう日は沈もうとしていた。
「パパ、ママ。きれいだよ、キラキラしてる」
夕焼けの日が湖に反射されまるでダイヤモンドの様な輝きを放ち周りを朱に染めていた。キリトに自然と笑顔が浮かぶ。それにつられて、アスナもユイも笑う。ついさっきまでの事など忘れてしまったかの様に、三人は腹の底から笑い声を上げ帰路についた。
暗い森、迷いの森と呼ばれる森の最奥でサツキは焚火を囲んでいた。いつもならもう寝ている時間だったが、今日はどうしても眠れなかった。原因はもう分かっている。あの少女だ、寝ようとまぶたを閉じるたびにあの少女の瞳が心を揺さぶる。
おじさん 怖いの?
おじさん 苦しいの?
おじさんはどうして私を殺さないの?
おじさん 優しいんだね。
少女の声が頭にエコーする。サツキは焚火を消し、刀を手にしひたすら振り続ける。何をしたらいいのか分からなかったが、サツキは妖刀の邪気が自分の記憶を消してくれる事を願いなが妖刀 誠を振り続けた。
「情けない」
サツキの設定は前々から考えていた私の妄想ですので、信憑性は皆無です。
こんな駄文に今までお付き合いありがとうございます。これからも、話は続きますので付き合ってくれると幸いです。