「ふむ。一時退団を希望するか。まあ仕方ない事だろう」
団長室でヒースクリフは、差し出された書類に目を通しながら冷静に対応する。
「あんな事があったので、私たちは騎士団と距離を少し開けたいんです」
ヒースクリフは手に持っていた書類を机の引き出しに仕舞う。アスナの後ろで立っていたキリトは昨日の出来事を思い出していた。
ラフィン・コフィンによる攻略組、暗殺計画。一部のプレーヤーで噂されていたこの計画。もちろん血盟騎士団も最低限の対策をしていた、が、騎士団内に既にラフィン・コフィンのメンバーが紛れ込んでいおりクラディールを筆頭に5名が、75層攻略の為のレべリング行っていたキリト、ビヨール率いる攻略隊を強襲。事前に料理に麻痺毒を仕込んでおり、満足に戦えない攻略組17名を殺害した事件が起こっていた。事件は、たまたま周辺でレべリングをしていた三騎士、アスナ組が異常事態を察知し駆けつけがすでに察知していたクラディール達は、既に逃走後だった。これにより、攻略組17名の死亡。指揮官ビヨールが、クラディールより呪いを受け戦線を離脱せざるおえない状態になり、13名が攻略の辞退を志願する状態となった。
「君たちの一時退団を認定するが、条件付きだ。一つは、この事を絶対に外に漏らすな。団の指揮を下げる要因になる。もう一つは、攻略組に相応しい人物を3人見つけてくる事だ。ただでさえ人数不足なのだスカウトマンのまねごと位はしてもらおう」
「ハイ。必ず見つけてきます」
二人は一礼し団長室を後にする。団長室の前には、松葉杖を突き、鎧を外したビヨールが立っていた。ビヨールは二人に礼をする。
「すまなかった。私が不甲斐ないばかりに、この様な事態になりおまけに戦線にも戻れなくなってしまった。貴殿らにはどれだけ詫びようとも足らぬ。この老骨で良ければ、好きに使ってくれ」
「ビヨールさん。俺は気にしてませんよ。三騎士やビヨールさんがいても止められなかったなら、それは必然の事だと思ってる。たしかに、攻略は出来なくなったけど、終わった訳じゃない・・・また一緒に戦いましょう。ビヨールさん」
キリトはそう言ってビヨールの前から去った。残されたビヨールは歯を食いしばり無様な自分を責め続けるのだった。
「久しぶりだね、ここに来るのも」
「そうだな。最近はレべリングばかりで家に帰れなかったからな」
結婚し二人は22層に小さなログハウスを購入していた。22層は特に目立つ所も無く見どころは層の大半を占める湖だったが水生モンスターも強い物がおらず、プレーヤーも素通りしてしまうため静かだった。
二人の新婚生活はもう一度始まった。
「やっぱり、アスナは料理が上手いな。調味料も作れるんじゃないのか?」
「まだよ。でも、いつかは絶対に醤油や味噌を作ってやるわよ」
「アスナ、この花きれいだな。今まで攻略ばかりだったから気付かなかったよ」
「じゃあ、これからいっぱい綺麗な物を見ましょう。今までの分を取り返すくらい」
「そら、高いだろ」
「は、恥ずかしいよ、キリトくん。高校生にもなって肩車なんて」
二人はこのデスゲームの中で確かに愛を育んでいた。そんな日が続く中である事があった。二人が日課の散歩をしている時、家の周りをうろつく怪しい男が家に入ろうとしていた。キリトが剣を構え後ろから一気に間合いを詰め、男の背中に剣を突き付ける。
「誰だ。正直言わないと、命を保障できない」
「キ、キリトの旦那俺だ。パッチだ。ほら、シリカっつうガキの時いたじゃねえか」
キリトはパッチから剣を離す。パッチは、一部じゃあ有名な商人で高価なアイテムを安価で提供してくれる奴だ。しかし、誰もその商品の出所を知らない。
「どうしたんだ、パッチさん。はたから見れば完全に泥棒だったけど」
「久しぶりですね、パッチさん。こんな所までお仕事ですか?」
パッチはニヤニヤ笑いながらキリトとアスナの肩を抱き寄せ、話す。
「旦那達、結婚したんだろ。ファンクラブじゃあその話で持ちっぱなしだぜ」
「「それはどうも」」
「しかし、気をつけるこった。一部の過激派じゃあ、ラフィン・コフィンに暗殺を頼んだって奴もいるって話だ。ココが襲われるのも時間の問題だろうな」
「で、一体なんの話なんだ。それだけ言うために来たんじゃないだろ」
「へへ、旦那は話が早くて助かる。せっかくの新婚生活だ、余計な奴らに邪魔されたくないだろう?俺が、事態を消火してやるよ。そこでだ、俺がせっかく骨折り損のくたびれ儲けな事してんだ。旦那達も俺の、厄介事頼まれてくれよ」
二人が顔を見合わせる。コクリとアスナが頷く。パッチは、ヘヘヘと笑い交渉成立だなといってさっさと帰って行った。明日、また来ると言い残して。
「キリトくんはパッチさんの厄介事ってどう思う」
「あれでもパッチさんかなり強いからな。何かを倒すっていう話だとかなり損な話を受けた気がするけど」
「じゃあさ、これが終わったらパッチさんに言えば攻略組に入って欲しいって」
「いいな、それ。それなら一石二鳥だ。そうしよう」
二人はテーブルを囲み料理に舌堤をうちながら談笑し、静かに夜は更けていく。
二人は扉を叩く音で起きた。おそらくパッチだろう。アスナが、急いで支度しキリトを起こす。若干寝ぼけながらもキリトが起き支度させる。ノックから3,4分たってようやく支度が終わりドアを開ける。予想どうりそこにはパッチが立っており後ろには、小さな女の子がいた。アスナは二人を家に入れ、テーブルに座らせ4人分の紅茶を用意する。
紅茶を一啜りし、パッチが話し出す。
「実は旦那達に、この子の面倒を見てもらいたいんだ。ユイ、挨拶しな」
ユイと呼ばれた少女は来ていたローブを脱いでキリトとアスナにたどたどしい言葉で挨拶する。
「わ私、ユイ。おにいさんとおねえさんは?」
「俺はキリト」
「アスナよ」
「きっと?あうな?」
小首を傾げるユイ。二人は思わず笑みを作る。
「違う違う、キ・リ・トだよ」
「きっと?」
「難しかったか。じゃあ好きなように呼んでいいよ」
そう言ってからユイは何度もキリトとアスナの顔を見て考える。そして、ハッとしたかと思うと。
「パパ!ママ!」
そう言って彼女は無邪気にほほ笑み、アスナに抱きついた。アスナは一瞬あっけにとられるもユイを抱いてトントンと優しく背中を叩く。安心したのか疲れが溜まっていたのかユイはすぐに眠ってしまった。パッチはそれを見計らい紅茶をもう一啜りして話を続ける。
「分かってると思うが俺の子供じゃねえぜ。少し話は長くなるがいいか?そうか、じゃあ話すか。俺が商人してんのはしってるな。それで、商人仲間と品物の仕入れにたまたまこの層でモンスターを狩ってたんだ。でも、結局あたりは無し。諦めて帰ろうとした時に森の中で、ユイを見つけたんだ。最初は、ユイが親とはぐれて迷子になったと思ったんだがおかしいんだ。ユイにプレーヤーのカーソルが出ねえんだ。おまけにメニュー画面も俺達とは違う使用になっていたし、俺の家で預かってたんだが、NPCでもねえ。さらに若干記憶喪失なんだユイは。憶えてるのは名前だけ、後はスポーンと頭から無くなっちまってる。はっきり言って俺の手に負えねえ。それで新婚さんで、父性と母性を兼ね備えたあんたらに俺の代わりにユイを預かってほしいんだ。どうやら、ユイも気に入ってるみたいだしよ、なんとかなんねえか」
いつもへらへらしているパッチが珍しく真剣な顔で二人に懇願する。こうなっては断る事は出来ないと思い二人はYESと返事をした。
「でも、パッチさん。一つだけ条件があります。俺達がユイを預かる代わりに、パッチさんに攻略組に入ってもらいたい」
「構わねえ、そんな事ならいつでも歓迎だ」
パッチはそう言ってログハウスを出ていく。キリトがそれを見送りに外へ出る。アスナはユイを抱いたまま寝室に行き、ベットにユイを寝かせる。そして自分も横になりもう一度背中を優しく叩く。
「心配しないで、ユイ。私たちがあなたを守ってあげるから」
玄関に立てかけておいた大盾と槍を担ぎパッチは家を後にする。その後ろからキリトが話しかける。
「パッチさん。俺、パッチさんが追いはぎをしてるとこ見たんだ。そんな、アンタが素直に子供を預かるはずない。一体どんな事を企んでるんだ、答えろ」
パッチは振りかえり、キリトは驚く。パッチは悲しそうな顔でただ、キリトを見ていた。
「俺はユイと同じように孤児だったんだよ。だから、ほっておけねえ。俺と同じような奴は生まれちゃいけねえんだ。それがハイエナって言われた俺の最後の良心なんだ」