仮想世界に夜が訪れる。すでにサチは寝入っている。しかし、ユルトは一人家を後にし誰もいない7層に来ていた。もちろんユルトも特別な理由が無ければこんな所に来るつもりは無かったが、その特別な理由があった。ユルトの目の前にローブを着た男が現れる。男は静かにユルトに近づき話しかける。
「あんたがユルトで間違いないな」
どこか焦りを含んだ声色で男が話す。ユルトはピクリともせずに静かに話に耳を傾ける。沈黙する様子を肯定と取った男が話を続ける。
「俺がアンタを呼んだ理由はもう分かってるだろ?アンタ、裏じゃ相当な数PKしてるって噂だ。一部じゃアンタの事をサイレントチーフって呼んでる奴いる。そんなアンタにある男の暗殺を依頼したい」
「私は依頼者の顔を見ないと依頼は受けない。もし裏切られでもしたら、報復できるようにな」
「そ、それはすまんかった。これでいいか」
男はローブを脱ぎ棄てる。ツンツン頭に悪人面、腰に直剣を差した男にユルトは見覚えがあった。
「貴公は確かキバオウと言ったな。軍のナンバー2が私に暗殺の依頼か」
「黙ってくれないか?どこから情報が漏れるか分からへんからな。それで、受けるのか、どうなんか?」
「依頼とあっては私に断わる理由は無い。受けよう。それで、殺したい奴は誰だ」
キバオウはアイテムウィンドウから暗殺対象の画像をユルトに渡す。画像を見たユルトは声を殺して笑う。画像に映っていたのは、SAO最大のギルド、キバオウが副長を務める通称 軍と呼ばれるギルドの団長 シンカーだった。
「いつの世も権力争いは暗殺で行われる物か・・・時代は変わっても、暗殺者に仕事は無くならないな」
ユルトは、画像を消去し転移結晶を使い場を後にする。一人残されたキバオウも一度周りを確認し、ローブを着その場を後にした。
一週間、ユルトは徹底的に軍及びシンカー本人について調べ上げた。
シンカー アイングラッド解放軍。通称軍のリーダー。結成当初はアイテムの分配、ダンジョンの情報の公開などしていたが、軍が拡大されるにつれ汚職、情報の隠ぺいが横行し各派閥間の争いにより実質軍の権限を持たない。
ユリエール シンカーの副官。彼女自身、高位の鞭の使い手で戦闘力は高い。軍の噂ではシンカーとの交際が囁かれている。放任主義のシンカーとは反対の性格。
シンカー暗殺の為の情報をピックアップする。ユルトは顎に手を当て、思考する。シンカー自身の戦闘力は低い、しかし、副官であり四六時中シンカーの隣にいるユリエールとの戦闘は避けたい。ユルトの暗殺スタイルは静かに相手に忍び寄り一撃で仕留める、王道の形だ。そのためには出来うる限り戦闘をせず目標に近づかなくてはならない。そのため、シンカーに寄り添うユリエールが最大の障害になっていた。もし二人と戦闘になったとしてもユルトが負ける可能性は、ほぼ0だがユリエールがシンカー逃走の為の時間を稼ぐとなると、成功の可能性は低くなる。ユルトが沈黙の長と呼ばれるまえから、仕事には十二分の用意し、すべての可能性を潰しながら目標の退路を断つ。そうした、異常なまでの徹底主義がユルトの成功の元になっていた。
しかし、今回は不安材料が多すぎる。シンカーもバカではない。キバオウが遅かれ早かれ自分を暗殺しようとしている事は事前の調査で分かっていた。ユリエールもキバオウが台頭した辺りから、シンカーに付けている護衛の数を増やし、出来うる限りユリエール本人が付くようにしている。そして、何よりユルトが暗殺決行を踏みとどまっている理由があった。
「キリト。私の邪魔をしようとする気か」
つい先日、軍の本拠地がある第一層にキリトとアスナが滞在しているとの情報が、情報屋から知らされた。キリトとアスナ。今では血盟騎士団を象徴するプレーヤーだ。元から腕利きが集まっていた血盟騎士団で、二人の力は突出している。風の噂ではあるが二人は、婚約までしたそうだ。第一層に来たのは偶然だろうが、二人の話を聞いたユリエールが接触したとの情報も入っている。十中八九、シンカーの護衛を頼んだのだろう。
「なら、現場との連携がうまくいかない今日しかチャンスはないだろうな」
いつもとは違い若干の焦りを感じながらユルトは一人仕事の用意をしていた時だった。ピロンという効果音と共にメールが届く。差出人はキバオウからだ。ユルトは、メールを開け内容に目を通す。
「なにっ!?」
驚愕の声を上げ、ユルトは急いで第一層に向かった。キバオウがユルトよりも先の行動を起こしたのだ。シンカーを罠に掛け、最近出来た第一層の未踏破ダンジョンにシンカーを閉じ込めたのだ。
「浅はかだ。そんなことすればユリエールが動くぞ」
ユルトはそう吐き捨て転移した。
第一層ダンジョン前でユルトはユリエールと遭遇する。ユリエールの後ろにはキリトとアスナもいる。
「誰だ。これより先は私の権限で立ち入り禁止と警告があったはずだが」
「私はただ軍の関係者よりダンジョン内に取り残されたシンカーの保護に来た。私と貴公らの利害は一致している。口論より先に、やるべき事があるのではないのか」
ユリエール達はそのままダンジョンの扉を開け中に消えていく。それをユルトは確認しユルトはダンジョンを後にする。そして、その足で軍の本拠地のある第一層 黒鉄宮に赴く。事前に入手していた軍の鎧を装備しユルトはある部屋の前で止まる。扉には副団長室と刻まれていた。三度ノックし中からキバオウの声がし、ユルトは入室する。部屋に入るとすぐに鍵をかけその上から、解錠不可のプログラムをかける。そして、鎧をいつものものに変更する。それをみたキバオウが軽く悲鳴を上げる。そして、ユルトはキバオウに詰め寄る。
「暗殺者から仕事を奪うとは中々良い神経をしているな。あの行いは自分が今度は狙われる存在になると、覚悟した上での事だろうな」
「あ、アンタの仕事が遅いから、ここここうなったんや!」
「ほう。人一人誅殺するのに二週間はかかり過ぎると言うのか。どうやら、貴公は暗殺のなんたるかを理解していないようだ」
ダンと部屋のテーブルにユルトは手を付く。キバオウが一歩下がる。
「完璧な暗殺など無い。必ずどこかに証拠は残り、暗殺者はそれが見つかれば終わりだ」
カチャリと腰のショーテルに手をかける。キバオウが一歩下がる。
「だからこそ我々、暗殺者は、十二分の備えをし、必ず対象を殺すために時間と金をかけあらゆる事を行う」
シャリと音を立ててショーテルが抜かれる。キバオウが一歩下がる。
「それを蔑ろにし、あまつさえ暗殺すら否定された暗殺者はどうすればいい?」
ドンとキバオウは壁にぶつかる。キバオウは下がれない。
「得られる筈だった贖罪の血を、代用するしかないのだ」
ヒュンと風切り音が鳴り鈍く光るショーの切っ先がキバオウの見た最後だった。
数日がたち、軍の解体がシンカーから発表された。
ユルトは必要な記事だけ読むと新聞を消去した。サチがユルトを呼ぶ。ユルトは椅子から立ち上がり夕食に向かった。