SAOとダイスンスーン   作:人外牧場

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今夜は月が綺麗だ

 キリトが55層にてビヨールと出会った日。ユルトは19層にて、パッチと会った。

 

「へ、へへ。ユ、ユルトの旦那。元気でしたか?」

 

「それほど死に急ぎたいか、ハイエナ」

 

 パッチが槍を構えるよりも早く、ユルトのショーテルがパッチの喉元に当てられる。ゴクリとパッチが生唾を飲み込む音が聞こえる。

 

「だ旦那。過去の事は水に流しましょうや、今こうやって旦那は生きてんだから」

 

「過去の清算の出来ない暗殺者などいない。ラトリアでの 恩 は決して忘れはしない。貴公が過去の清算をしたいのであればそれ相応の、誠意を見せろ」

 

 カランとパッチは手に持った槍と盾を落とす。そして、アイテム欄からユルト好みのアイテムを落とす。

 

「ど、どうだ旦那。即効性の麻痺毒にそれを仕込めるスローイングダガーに、この間拾った指輪だ。これで誠意は見せれたかい」

 

 ユルトは、地面に落ちたアイテムを拾い一つ一つ確かめる。それを、許しと受け取ったパッチが盾と槍を拾い、ユルトに話しかける。

 

「ところで、旦那。後ろにいる嬢ちゃんは旦那の連れかい?」

 

 パッチはいやらしく小指を立ててユルトに近寄る。

 

「よほど、死にたいようだな」

 

 ユルトは再びショーテルをパッチの首に当てる。さっとパッチが後ろに下がる。

 

「す、すまなかった。これ以上は余計だな。俺はさっさと帰るよ」

 

 そそくさとパッチは二人の前から姿を消す。ユルトの後ろにいたサチがユルトの隣に来る。その表情はいささか不安げだ。

 

「ユルト様。さっきの人は誰ですか」

 

 ユルトはそれに答えず黙ったままだ。

 

「す、すいませんでした。出過ぎたまねをしてしまいました」

 

 ユルトはそれでも黙ったまま転移結晶を使い、自宅まで戻る。サチは心中に心残りを残したままユルトと共に自宅へ飛ぶ。

 

 

 

 時刻はすでに7時を大きく回りユルトとサチは互いに食卓を囲む。サチがユルトの元に来てからはサチがユルトの身の回りの全てをしていた。しかし、今夜はサチが食材を買ってくる頃にはすでにユルトが夕食の準備をしていた。驚くサチをよそにユルトはサチに席につくように、言う。豪華ではないが決して貧相でもない料理を二人で囲む。会話のないまま、食事が終わりサチが食器を片そうと、席を立とうとするとユルトが手に酒のボトルとグラスを持ち、席を立つ。

 

「今夜は夜風が気持ち良い。酒に付き合ってくれ」

 

 これまた驚きに満ちたサチを置いてユルトは外にある、備え付けのテーブルにグラスを置き、椅子に深く腰掛ける。

 

「どうした、サチ。早く来たまえ」

 

「はい!ただいま」

 

 サチもすぐに椅子に腰かけ注がれたグラスを持つ。サチはまたも目の前の出来事に驚く。食事の時もフェイスカバーを上げて食べるだけだったユルトが、兜を外したのだ。その顔は彫の深い落ち着いた雰囲気の男だった。

 

「どうした。まだ、一口も飲んでいないではないか」

 

 サチは我に返り急いでグラスの中を空にする。すると、頃合いを見計らいユルトがグラスに紅いワインを注ぐ。

 

「ふん。香りはまあまあだが、味が幼稚だ。水を飲んだ方がまだ感動する。駄作だな」

 

 ユルトは悪態をつきながら少しずつワインを口にする。ワインを飲んだ事のないサチにはまるで分からない事だった。

 少しして、サチに仮想の酔いが回り始めたころ唐突にユルトが語りかける。

 

「私はこの世界に来る前、暗殺を家業としていた。自慢ではないが、名の有る英雄や君主を幾人も殺し、裏の世界では沈黙の長と呼ばれるまでに私はなっていた」

 

「そして、私はある者からの依頼により、化け物が跳梁跋扈する北の大国 ボーレタリアへと足を運んだ。今思えば、その選択が私の運の尽きだ。私は、朝に会ったあの男 パッチに騙され牢獄に捕らえられた。そこで私はある男に会った。詳しくは言えないが、その男に私は確かに殺された」

 

「私は気が付けばこの世界で暗殺の依頼を受けていた。私に何の用があり、どんな目的があるかは知らぬが、私は暗殺者、ただそれだけだ。そして、お前と出会った。私はどうしようもなく、お前が欲しくなった。そして、お前は私の所へ来てくれた。それが堪らなく嬉しい、お前があの男ではなく、私を選んでくれたそれが私には」

 

 ユルトは静かにサチの手を取る。ユルトがサチの顔を覗く、ユルトの顔に笑みは無く真剣そのものだ。

 

「私はお前が隣にいてくれる事が、嬉しい」

 

 サチは顔を真っ赤にして俯く。ユルトはサチの手を離し、残り僅かになったグラスを傾かせ、ワインを飲み干す。ユルトは、自分の真上で優しく光る満月にしばし、見とれた。

 

「今夜は月が綺麗だ。サチよ」

 

「は、はい。そうですね、ユルト様」

 

 サチは俯いたままユルトの傍にまでより、ユルトの前にかしずく。

 

「ユルト様、私はいつまでも貴方のお傍にいます。ユルト様の言う通り今夜は月が綺麗です。一緒に飲み明かしましょう」

 

 サチはとびきりの笑顔でユルトの素顔を見る。ユルトの口元には確かな笑いしわが出来ていた。


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