その出来事は一瞬で起こった。キリトの目の前で勇猛果敢にドラゴンに挑んでいた鎧中年が、ドラゴンと大きく距離を取った時だった。キリトの2,3メートル前に男が軽やかなローリングで戻ってくる。あの鉄の塊のような鎧で軽いローリングをする男に驚いた時、ある事に気付いた。ドラゴンが大きく尻尾を振りかぶっている事に
「リズ!今すぐ逃げろ!」
しかし、遅い。キリト、リズ、鎧中年の三人が立っていた周辺諸共に、ドラゴンの尾が地面を抉りながらなぎ払った。
「ぬおおおおおおおお!」
「キャー!助けて、キリト!」
「リズ!」
キリトが上手く空中で方向転換し、吹き飛ばされたリズを両腕で抱きかかえる。キリトが最後に見たのはまるで、世界の底にでも続いているような大穴だった。
「うぅ~ん」
キリトは目覚め、真っ先に飛び込んできたのは丸い空だった。ガバッと身を起こし、自分に掛けられた毛布に気が付く。辺りを見回す。リズがうつらうつらと船を漕ぎ、隣の中年が大いびきをかきながら大の字になってい寝ている。キリトは自分のHPゲージを確認する。おそらく、誰かが回復薬を使ってくれたのかキリトのHPは全快していた。キリトには自動回復のスキルがあるのだから、放っておけば勝手に回復するのだがそこは口にしなかった。半分夢の世界に入っていたリズがキリトに気が付く。勝気なリズが、気味の悪いほど大丈夫かと聞いてきたのだが、逆にこっちの方が心配になってきた、どこか頭を打ったんじゃないかとキリトが聞くと、リズは何も言わず、キリトにボディブローを放った。悶絶するキリト、そのとなりでギャーギャーと騒ぐリズ、二人の漫才にもう一人の男を起こす。
「ガハハ!それだけ騒げれば心配はないな、娘よ良かったなあ。乙女の涙が、奇跡を起こしたか?」
「な、何言ってのよおっさん」
豪快な笑い声と共に男が立ち上がりリズベットの肩を叩く、リズベットは赤くなりおっさんに抗議する。おっさんはキリトの前に来ると座り込みアイテム欄から大量の酒を出す。
「まあ、小僧が無事だったからな。とりあえず祝い酒だ。ほれ、小僧も飲まんか」
うむを言わせずおっさんはキリトに酒器を渡し、そこになみなみと酒を注ぐ。おっさんは水を飲むかのように早くもボトル一本を開けた。SAOでは飲酒は罪にならない、一部の物好きは仮想の酒を飲むためにSAOに入ったくらいだ。キリトはとりあえず一口酒を飲む。まずい
「所で今さらですけど、おっさん。誰です」
おっさんが三本目の酒を開けた所でキリトが話を切り出す。いつの間にかリズベットも酒席に参加している。おっさんはグイとボトルごと酒を煽るとボトルを置き、キリトを見据える。
「俺はビヨール。ボーレタリア王国では双剣のビヨールと言われたしがない一兵卒よ」
「つかぬ事を聞きますがビヨールさん。ユルトって男知りませんか」
「ユルト?ユルトユルト・・・それはもしかして沈黙の長 ユルトか」
「知ってるんですか」
「俺も、詳しい事は知らん。ただ奴は何者かの暗殺を依頼された一流の暗殺者だという事しか知らんな」
「・・・・・」
「どうした小僧。杯が空ではないか、ほれ」
ビヨールがキリトに酒を注ぐも、キリトの顔色は優れなかった。仇敵であるユルトが自分の知らない世界で生きていた事がキリトにとって不愉快なものだったから。
朝、キリトが目覚めると昨日いつの間にか酔いつぶれたリズベットが壁を前にうんうん唸っていた。
「どうしたんだ、リズ」
「どうしたもこうしたも、どうやってこっから出んのよ!」
爽やかな朝にリズの大声が響きわたる。静かに寝ていたビヨールが大あくびをしながら身を起こす。キリトも目の前の壁を前に考え込んだ。
(体術スキルに壁のぼりがあるけど、リズやビヨールさんを抱えて上るなんて不可能だ。ジャンプなんて論外だし、転移結晶もここでは使えない。どうしたことか)
二人が考え込んでいる間に、ビヨールがロープを取り出す。
「ビヨールさん、ロープで登るのは無理です。長さが足りません」
「いや、お前たち二人を出す手立てを考えていた所だ。俺だけになれば出る手はいくらでもあるが、お前たち二人もとなるとさすがに厳しい。そこでこいつを使う」
ビヨールは二人まとめてロープで縛る。縛り終えた所でキリトにナイフを渡す。
「危なくなったらこれでロープを切れ」
「ビヨールさん、それってどういう」
キリトが言い終える前に、キリトの言葉はかき消された。ビヨールは二人を縛っているロープを掴みハンマー投げの様にぶんぶん振りまわす。そして
「さらば!わずかとはいえ、お前との酒の席は楽しかったぞ。生きていたらまた会おう。強者ある所に俺はいる」
「「ギャアアぁああああああああああああああああ」」
ビヨールが手を離し、二人は弾丸のように上に向かって滑空する。
気が付けばそこは穴の外だった。キリトが素早くロープを切り、リズを抱え穴の外に着地する。二人が穴を覗くとそこから大きないびきが聞こえた。
「寝るの早!」
なんとか無事にリズベット武具店の付近まで帰ってくる。そこで、二人はいままで聞いた事のない美しい歌声を聞いた。リズベット武具店の前に、第一層攻略で知り合ったアスナとその隣につぎはぎだらけの服を着た女?が立っていた。