SAOとダイスンスーン   作:人外牧場

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あなたに私の持つ全てを差し上げます

 明かりを最小限に抑えた部屋で、サチは出された食事を食べる。ここはユルトが事前に購入していた、ユルトの活動拠点だ。何日たったか数えるのを止め、毎日出される美味しいともまずいとも取れない食事を食べ家主の帰還に怯え、夜になるとキリトやみんなの事を考え枕を濡らす。そんな日々がただただ続いていた。

 

「サチ、出ろ」

 

 ユルトから唐突に外出許可が下りた。ユルトは備え付けのイスに座り武器の手入れをしていた。武器の中にはかつて自分が扱っていた、槍もあった。

 

「どうして、手入れなんてするんですか。そんな事したって無駄だと分かっているのでしょう」

 

 ユルトは少々乱暴に手入れをしていたダガーを机に置く。サチは途端怯え始める。フェイスカバーの隙間からサチの様子を見ると再び手入れを再開する。

 

「習慣だ。人間は自分で作ったルーチンで動いている。私にも当然ある」

 

 するとは三本目のスローイングダガーを磨きながら答える。

 

「サチ、今日だけ外出を許可する。助けを呼ぼうとしても無駄だ。貴公の位置は手に取るように分かる。夕刻の五時までに帰らぬようだったら、貴公をモンスターの群れに放つ。いいか」

 

 サチは本当に外出していいのか、戸惑う。そして、意を決して家の扉を開け一歩踏み出す。ユルトは黙々と武器の手入れを続けている。サチは走り出し、久しぶりの外の光景に感動する。ユルトに拉致された時に武器とアイテム、わずかの所持金も没収されたが、アイテム欄にはユルトから振り込まれたコルといくつかの転移結晶があり、サチは早速、転移結晶を使いある所に跳ぶ。

 

 

「あの、どなたですか?」

 

 サチがギルドホームの扉を開けると、そこには談笑する見知らぬギルドがいた。サチはすぐに扉を閉めなんとも言われぬ孤独感に苛まれた。あの時ユルトの言った「キリト以外は死ぬだろう」を改めて実感した。

 

「ケイタ・・ダッカー・・ササマル・・テツオ・・・本当に死んじゃったの?ねえ」

 

 サチはその場に崩れ涙を流す。しかし、みんなの為泣いてはいられないと自分を鼓舞し立ち上がる。

 

「でも、何すればいいんだろ」

 

 元々、無趣味なサチは自分が何をすればいいのか分からず気付けば時刻は十二時をまわろうとしていた。とりあえず昼食にしようと適当な所に入る。席に着き、NPCにいくつかの料理を注文し、店内を見渡す。

 

「エッ!キリトくん!」

 

 店内の一角に真っ黒の服装のキリトを発見する。つい声をかけようとするも、キリトのテーブルの向い側にいる少女を見て、思いとどまる。

 

(キリトくん、なんだか楽しそう)

 

 少女と談笑し笑うキリトを見て、サチは心が締め付けられる思いがした。

 

(キリトくんは私の事どう思ってるんだろう)

 

 ユルトの罠にキリトくんも掛かっていた。きっとキリトくんは罠から生き延びたのだろう。拉致された私をキリトくんはどう思っているのだろう。キリトくんは私の為に泣いてくれたのだろうか、それともユルト様に対して怒ったのだろうか。

 

「知りたい」

 

 ハッと、自分らしくない言動にサチは戸惑う。これ以上キリトくんを見ていたらおかしくなってしまう、と思いサチは急いで運ばれた料理を食べる。元々小食のサチは一つの料理を食べるのにずいぶんかかってしまった。やっと全て食べ終え、どこかに行こうと席を立った時、丁度会計を済ませたキリトと目があった。

 

「サチ!」

 

 キリトが急いでサチの所まで走ってくる。キリトはサチの両肩に手を置き、目に大粒の涙を溜めていた。その後ろから、キリトと談笑していた少女が不思議そうな顔でこの状況を見ていた。グシグシと、キリトは袖で涙を拭きサチを問い詰める。

 

「サチ!大丈夫か、アイツに何か酷い事されてないか」

 

「う、うん大丈夫だよ。何もされてない」

 

「よかった。ホントに良かった」

 

 キリトは安心した顔でサチに抱きつく。サチは顔を真っ赤にして抗議する。

 

「き、キリトくん///恥ずかしいよ、そんな人の前で」

 

「サチが無事だったんだ。もう少しこうさせてくれ」

 

「キリトくん・・・!」

 

 サチがなんとなく店の外に視線を向けた時、キリトを見据えるユルトの姿があった。サチは背中に良くない寒気を感じ、キリトを強引に引き剥がす。

 

「きキリトくん。私、用事があったから行くね」

 

 サチはそう言って店を出ようとする。サチをキリトは引き留める。

 

「サチ。俺と一緒にいよう、アイツの所から逃げよう。俺が守る、誰からもサチの事を守って見せる」

 

 サチは立ち止まり一度キリトの顔を見る。思わず、いいよと答えそうになるも、その時、一瞬だけ朝見たユルトの背中を思い出す。誰も寄せつけようとしない拒絶の姿、しかしそこには人間としての温かな人格が生きている。サチはそう感じた。拉致された時も、彼は暴れる私に一切暴力を振るわなかった。それどころか、彼は自分のベットを自分に使わせ、食事も与えてくれた、優しくはなかったけど冷たくもなかった。

 私は彼を見放したくないと思った。

 

「ごめん、キリトくん。私、行かなくちゃ」

 

 サチはキリトの手を振り切り、適当な路地に入った。サチの予想どうり、まるで最初からいるようにユルトが壁にもたれかかり静かに笑っていた。

 

「キリトと一緒にいてもいいのだぞ。そのために貴公を外に出したのだ。こんな機会は二度と無いぞ」

 

「いえ、私はユルト様のお傍にいます。居させてください」

 

「・・・少しずつ、躾けた甲斐があったな。良いだろう、貴公をそばに置いてやろう。ただし、小間使いとしてだ。もし、私に危険が及べば貴公を盾にする事もあり得るぞ」

 

「はい、ありがとう御座います。ユルト様」

 

 サチはにこやかに笑い、一つお辞儀をする。ユルトはクルリと背を向け、路商に立ち寄る。

 

「どうした、小間使いとして最初の仕事だ。私は買い物をする、その荷物持ちだ」

 

「ハイ!」

 

 サチは嬉しそうに返事をし、ユルトの所へ走り寄っていく。ユルトは小さく誰にも聞こえないように笑った。サチは嬉しそうにユルトの荷物を持ち、家に帰った所で、サチはユルトの前で、かしずき笑顔で言った。

 

 

「あなたに私の持つ全てを差し上げます」


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