巫女と無感情の神   作:綿あめ

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変化の日常

人間とはひどくも脆い。

 

そんな結論に至ったのは数えるのを辞めたほど昔の話だった。寿命は短い、病に簡単に侵されてしまう、死んでしまうことはむしろ珍しくないほどに…。

 

それが僕からした人間の評価だった。

 

人間なんて僕にとってはそんなもんだった。

 

 

 

ただ、そんな風に思ってたものも今日この日で覆ったかのように思う。

曖昧な表現になったのは僕自身にもわからなかったから。

 

――今日、霊菜が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはいつも通りの当たり障りない1日だった。同じような日常をただただ繰り返されるていく当たり前の日々。それが続くことが当たり前だと認識しているように当たり障りがなかった。

 

まだまだ続く夏の日に、隠れることを忘れたかのような太陽、ほんのりと涼し気な風、神社に響く蝉の声。

 

思えばあの時に気づくべきだったのかもしれない。少し考えれば気づけるようなこと、気づければ霊菜は死ななかったのかも知れない。一概に言い切ることはできないが、死を避けることはできたのかもしれない。

 

霊菜は死んだ。

 

死んだ人間はもう元に戻れない。

 

人間のみならず、命を持つ者は死んでしまえば生き返ることはできやしない。

 

霊菜は…殺された。

 

それはこの幻想郷で知らぬ者はいないと言えるほどの妖怪に。

 

代々続いた博麗の巫女もこの妖怪に殺された。

 

ならば気づけるはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、それでは行ってまいります!」

 

霊菜は元気な声で靈夢に呼びかける。姿が見えなくとも自身が祀る神、霊菜は毎日本堂に足を運んでは声も聞こえぬ神に語りかける。

 

それでも神は応えてくれる。声が聞こえないかわりに紙に筆で字を書き答えをくれる。

 

『無理はするな』

 

「今回は結構手強い妖怪みたいです。常闇の妖怪と呼ばれる者で、人間妖怪問わず殺害を繰り返しているらしいです。」

 

『万全な準備を施すように。死にそうならば逃げること。敵前逃亡は恥ではない、生きるための手段だ。生きればそれだけで勝ちだ。』

 

「…はい、ありがとうございます。さて、ではそろそろ参ります!」

 

『気をつけてくれ』

 

霊菜は靈夢がいるであろう方向に1度微笑むと踵を返す。本堂を出る前に1度深呼吸をしてから扉を開けて出ていった。

 

霊菜がいなくなると本堂は静寂に包まれる。物音一つせず、動くものは一切なく、生命の気配すら感じず…。

 

「…常闇の妖怪。…そういえばどこかで聞いた、いや見たことがあるな。ふーむ、確か博麗の書物のどれかに書いてあった気もするが…。」

 

胸騒ぎ、そんなこと今の今まで1度もなかったが今初めてした。霊菜が本堂から出ていった時、初めて不思議な感覚に襲われた。恐怖、いやそんなものは感じるはずがない。ならばなんなのか。

 

「…わからないことがまたできてしまったな。まぁいい、それよりも常闇の妖怪だな。博麗に関わりがあるのは確かなら…霊菜にも関わりがあるはずだ。…あるはず?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――夜が更けた。

 

昼の静寂とはまた違う、夜の静寂が神社に訪れる。蝋燭の灯火で照らされた本堂の中、そこには無感情の神がいて…。

 

「…おかしい。どういうことだ?いつもなら7限には霊菜が戻るはずだが、今はもう9限。手こずっているのか?…霊菜に限ってそれはない。負けるとわかれば逃げるのも大事だと教えているはず…。」

 

―おかしい。何かが違う。『今日』という日は何かが違う。刺激的な日を、いつもと違う日常を望んだのは確かだが、これは違う。

 

「…常闇の妖怪。」

 

呟く声も消えてゆく。

 

「そうか…!常闇の妖怪!」

 

靈夢はすぐにその場から立ち上がる。頭の中で常闇の妖怪と博麗が結びついた時だった。むしろ今の今まで結びつかなかったのが不思議だったように、それは突如として答えを導き出した。

 

靈夢はゆっくりと歩きながら本堂の扉を開けて外に出る。祭神は神社から出れないとは言ったが、神社の敷地内であれば自由に行動することができる。

 

今宵は満月。

 

依然、ゆっくりとした歩きながらもその足で鳥居の前にまで来る。ここから先は神社の敷地外、出ることは出来なかった。

 

「…靈夢、珍しいわね。どうしたのかしら?」

「…紫か。」

 

そこで靈夢以外の声が神社に現れた。靈夢のすぐ後ろのところにスキマを開き、どういう原理かはわからないがそこのスキマに腰をかけている紫。扇子で口元を隠すいつものスタイルだった。

 

「…霊菜は、死んだのか。」

「疑問形では聞かないのね。」

「疑問ではないからな。」

「あらあら、普通なら否定的に考えるのが生物なのだけれどね。」

「僕は普通ではない。全てがわかった今、全てを受け入れる。」

「…相変わらずなのね。」

「わかっていることを否定したところで変わるものはない。肯定して受け入れることで生物は前を向ける。」

「普通じゃない生物が普通を語るなんておかしなことよ。」

「お前も普通の生物ではないからな。…じゃあ聞かせてもらうか。」

「えぇ、そうね。霊菜なら死んだわよ。正確に言えば、常闇の妖怪に殺されたわ。」

 

思い出していた。僕が博麗神社にきて間もない頃、博麗の書物を読んだ。それには博麗について多彩なことが記載されていた。博麗の技や、博麗の浅い歴史。

その歴史の中に書かれていたこと、代々博麗の巫女は1匹の妖怪によって殺されていた。それが常闇の妖怪。そして博麗の巫女が死んだ時の年齢は全員25歳。そして霊菜もまた25歳だった。

 

「聞きたいことはそれではない。なぜ霊菜を殺した?」

「あら、私は殺してないわよ?」

「直接的には殺してないだろうな。しかし、間接的に殺したのは間違いないだろう?」

「…ふふ、あなたは頭がいいわね。」

「そうでもないさ。…お前は博麗の巫女が25の歳になった時に常闇の妖怪と戦わせる。その理由を聞きたいのだが。」

 

「そうねぇ、でもまず私が殺したところだけは否定させて貰うわね。…博麗の巫女が存分な力を奮えるのは25歳なのよ。そしてこの幻想郷の厄介な妖怪、常闇の妖怪と戦わせるのには最盛期の時じゃないと勝てないのよ。…でも、今のところは全員負けちゃってるわね。」

 

紫の言葉が終わっても靈夢は言葉を返せずにいた。それでも別に紫は何も言ってこない。靈夢の答えを待っているのか、そこまではわからないが胡散臭いことには変わりない。

そして、重い雰囲気をさらけ出す中で靈夢は口開く。

 

「なるほど、な。お前が常闇の妖怪を殺せばいいと思ったがそれは違うな。紫、お前の夢は妖怪達の楽園を創ること。お前がやったら自分で夢を壊すことになるからな。そして、博麗の巫女には、霊菜には常闇の妖怪を懲らしめろしか言ってない。物凄いハンデを背負わせてることには変わりない、が。常闇の妖怪を懲らしめることも博麗の巫女の大きな試練なんだろうな。常闇の妖怪という強き妖怪を討つ事によって初めて一人前になれる。そういうことなんだろう?」

 

靈夢は紫を見ずに、空に輝く大きな満月を見ながらに語った。靈夢が語ると次は紫が黙った。そっと吹く風が神社の木々を揺らし、夏らしい音を奏でる。時間にしては1分程だったか。随分と長い時間が経ったと感じた頃に紫は口を開く。

 

「本当にあなたには全てがお見通しだってわけなのね。…それでも私は確かに霊菜を殺したのかも知れないわ。その上でどうするかしら?ここの祭神をやめる?」

「…いや、続けるさ。お前のことだ、新しい巫女をもう用意しているんだろう。祀られるものがいない神社は寂しいからな。」

「えぇ、そうね。」

 

「祀るものがいない神社は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊菜の葬式は人知れずに神社で行われた。立ち会ったのは靈夢と紫、そして紫の式神の藍の3人だけ。無論、紫の式神と言えど藍には靈夢の姿や声を感じることはできなかった。

 

「…さて、五代目博麗の巫女、博麗霊菜の葬式はこれで終わりね。」

「あぁ、そうだな。」

「明日には新しい巫女がここに来るわ。」

「そうか。」

 

霊菜とは思えば長いようで短い時間を過ごした。実際にはとても短な期間、それでも退屈な毎日をただ永遠と繰り返していた靈夢にとっては長い時間だった。そんな彼女が亡くなっても靈夢は――

 

「――あなたは泣かないのね。」

「なぜ涙が流れるのか僕にはわからないからな。そう、お前は今は泣いたままでいいと思うぞ。」

「…そうね。」

 

寂しい、か。それが何か僕にはわからないけど、これから訪れるのは霊菜とは違う日常。

 

―少しだけ名残惜しいものを感じるな。




さてやはて、不定期更新とは言いましたが1ヶ月も時間を開けてしまい申し訳ございません。むしろ不定期更新なら1ヶ月開けてもいいのではないか、とも思いましたがこのような作品でも喜んで読んでいただける読者様の気持ちを考えれば、早く読みたいと思っていると思うと申し訳なさが募ってしまいます。次回の更新はなるべく早くしようと思います。

閲覧、ありがとうございます。

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