巫女と無感情の神   作:綿あめ

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祭神として

 

紫が空間に消えてから一刻経った頃か。突然として僕の体は輝きだした。最初こそは驚いたものの、これが祭神になった瞬間だとすぐに理解した。

 

視界が一瞬だけぶれる。表現がおかしいのかもしれないが、景色が揺らめくと同時に新しい景色が視界に広がっていく。飛ばされると言われたが、やっとその意味もわかった。

 

「お疲れ様。どう?一瞬だったでしょ。」

「ああ、本当に一瞬だった。…それで、ここが僕の祀られる神社か。」

「そういうこと。名前がなんと、あなたと同じ読み方なのよ。漢字は違うけど、博麗神社。そう呼ばれるわ。」

 

ほう…偶然というものはよく転がっているというが、まさここまでのものとは。まぁどうせ祀られるのなら、その方が人間にもわかりやすいだろう。なら全然それで問題ないな。

 

「それとー、名前が同じだと区別が付きにくいから下の名前も付けてみない?」

「ふむ…確かに今の時代は下の名前も持つのが当たり前な時代だからな。…だが、いきなり言われても悩むものだな。」

 

「誰とお話なさってるんですか?」

 

紫に持ちかけられ、下の名前を考えていると第三者の声が聞こえた。声がした方向、それは神社が立つ方から聞こえた。顔をそちらに向けると、伸ばした黒髪を後ろで束ねて、紅白色の特殊な服を纏った女性。

 

「あら霊菜。丁度いいわ、今日からこの神社で祀られる神様を連れてきたのよ。」

「…?どちらに?」

「…そう、あなた『にも』見ることができないのね。」

 

先ほどの女性は霊菜と呼ばれていた。神社にいることから神主、いや巫女あたりか。職業的にも今日から僕はこの人に祀られることになるのか。

 

「紫、筆と墨と紙を貰えないか?」

「あぁ、文字に書けばこの子にも見えるものね。いいわよ、神社の中に入ってらっしゃい。霊菜、あなたもついてきて。」

 

未だに頭の上にハテナマークを浮かべている霊菜と共に、紫先導のもと神社の中に入っていく。神社の内装は見た目通りに美しく、なおも寂しげな雰囲気をさらけ出していた。言葉にするのは難しいが、わびさびというものが感じた。

 

「…名前を書こうと思ったが、まだ下の名前が決まってなかったな。…紫、家系図見せてくれないか?」

「構わないけど、ここの神社は全員血が繋がってないわよ?」

「それでいい。頼む。」

「わかったわ。」

 

紫が自分の右手付近に再び空間の隙間をつくる。その中に手を入れると一つの巻物を取り出した。あの空間の隙間みたいなものは、いわば一箇所の空間を別な空間と繋げる的な役目を果たしているのか、よくわからないが便利なものだな。

 

紫から巻物を手渡され、すぐにそこを開いてみる。まだ歴史が浅いのがわかるようにそれほど太いものではなかった。

 

初代 博麗 霊香

二代目 博麗 惠夢

三代目 博麗 霊亞

四代目 博麗 愛夢

五代目 博麗 霊菜

 

…うむ、やはり予想は当たっていたか。少々僕の予想とは異なるところがあるが、ここの巫女は代々名前の二文字を受け継がれている。『霊』と『夢』の字を一代飛ばしに使われているな。

僕はこの神社に祀られるなら、せめて名前だけでも神社に接点を持っておきたかった。名前の文字が継がれていっているなら、僕の名前もその文字にすればいい。

ただ、この二つの文字を組み合わせるのはやめておこう。これからの博麗の歴史で二つが組み合わさってできる名前の子がいるかもしれない。できる限りこの字に近い文字を…。

 

「…よし、僕の名前は決まった。」

 

筆に墨をつけて、綺麗な筆跡を意識しながら筆を走らせる。僕の姿が見えない霊菜はいきなり筆が動いたことが随分と驚いているようだが、これで僕の存在ぐらいは理解してくれただろう。

 

「…白零靈夢、ねぇ。ふふ、家系図を見せろと言った理由がやっとわかったわ。なかなか祭神らしいことするじゃない。」

「え…?え…?どういうことです?」

「えーと、今のを見てとりあえずあなたも祭神の存在は知れたわね?彼の名前は書かれてる通り白零靈夢よ。偶然にもこの神社と同じ名前で、下の名前は家系図から読み取って作ったのよ。」

「へぇー…すごいですね…。えと、ここの巫女をしています。博麗霊菜です。姿は見えなくても、これから一生涯信仰心忘れずに祀っていきますので、よろしくお願いします。」

 

…先ほど神社の外であった時から思っていたが、この子は随分と礼儀が正しい子なんだな。巫女らしく清楚で、尚もどこか幼げなのが印象的だ。

 

「こちらこそよろしく。」

「ふふ、靈夢はあなたに『こちらこそよろしく。』と言ったわ。」

「わぁ…!光栄です!先代様までは祀る神様がいなかったのに、私の代からおられるのは少々先代様には申し訳ない気持ちがありますが…。紫様が少し羨ましいですよ、靈夢様とお話ができて。」

 

…今まで人間と接することがなかったが、ここでの生活は楽しくなりそうな気がするな。まぁ霊菜が僕の姿が見れないのは残念だが、その方がいいのかもしれない。僕は無感情に宿る神。これからも、誰にも認識されることなく過ごせていけば僕はそれでいいから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭神というのも存外退屈なものだった。何せ特にやるべき事がないから。どうも祭神というのは神社から離れる事ができないらしい。故に基本的には神社の本堂にいることがほとんどだった。

 

あの後、紫に聞いた話だとここは幻想郷と呼ばれる場所らしい。なんでも妖怪と人間の共存が紫の夢らしく、それを実現するために作られたある意味もう一つの世界らしき場所。世界で幻想となったものが集うらしく、幻想郷の外は外の世界と呼ばれる。妖怪も外の世界では既に幻想となっているらしく、ほとんどの妖怪は幻想郷に住み移っているらしい。

 

博麗神社はその幻想郷の東の果に位置している。そして幻想郷には人里と呼ばれる人間が住む里が一つだけ存在している。博麗の巫女はその人里の人間に害をなす妖怪を退治するのを生業にしているらしく、霊菜も何度か妖怪退治にでかけていった。

 

博麗神社が東の果にあるため、人間の参拝客が来るのは極めて少なかった。何せ道中に妖怪が出るため、人間たちは基本的に里を出ることがないらしい。それでもどうしても博麗神社に来たい場合は、傭兵を雇ったり、霊菜が里に買出しに行ったついでに護衛を雇う等で来ていた。

 

僕はそんな人間達の願いを聞いていた。あくまで聞くだけ。なにせ僕には願いを叶えるための力を持っていない。ただ一つできることは健康運を上げることだった。それ自体も信仰心が僕にさほど集まっていないことから、効果もあまり望めるものでもなかった。

 

あと僕がしていることは霊菜の相談に乗ることだった。霊菜は20代に入ったがまだまだ若い。悩みは多いものだった。たまに本堂に筆と墨と紙を持ってくることがあった。そこで霊菜は悩みを打ち明け、僕がそれにたいして筆談で返してあげる形でコミュニケーションを取っている。それしか方法がなかったから。

 

 

 

あとはたまに紫が遊びに来る。紫はなんでも妖怪の賢者と呼ばれているらしく、仕事などが多いことからかなり忙しいらしい。それでも時間を見つけては僕の元へ来てくれる。

話をできるのは私くらいなんだから、話し相手になってあげるわよ?と、結構気を遣われているのがわかる。その時はお酒を交えての飲み会みたいなものだが、それでも退屈に溢れている僕には充分すぎるものだった。

 

「それで、ここでの生活にはもう慣れたかしら?」

「ああ…。そういえばここで祀られるようになってからもう五年の月日が流れたな。やはり退屈な事が多いが、霊菜の成長を見るなど楽しいこともあるさ。」

「ふふ、あなたでも楽しいと思うことはあるのね。」

「さぁ、な。はたしてこの感情が楽しいかなんてことは僕にもわからない。ただ、退屈ではないから楽しいと思っているだけだ。」

「…そう。寂しくはないの?」

「寂しいという感情がないからな、そう思うこともないさ。…あぁ、あれだな。紫と酒を飲みながら話している今はきっと『楽しい』と思うぞ?」

「あらあら、私を口説いているのかしら?」

「そんなわけなかろうに。」

 

楽しいと思う、口から出た言葉だが楽しいがどんなものかわからない僕にとってはお世辞にしかならなかったか。まぁ紫のことだ、僕の気遣いとして捉えているだろう。妖怪の賢者と呼ばれるだけはあって、紫は結構、いやかなり賢いからな。

 

「さて、と。私はそろそろお暇させてもらおうかしら。」

「ん、そんな時間か。」

「こう見えても忙しいのよ〜。最近は仕事の方も式神に任せきりだったしね。また暇を見つけたら来るわ。」

「うむ、待っている。」

 

紫はスキマを開いてそこに入っていく。閉じる前に笑顔で手を降ってきたから、僕も手を振り返す。笑顔を作ろうとしても上手く笑うことができない僕にとって、精一杯の見送りだったと思う。

 

スキマが閉じると静寂が辺りを包んだ。むしろ僕にとっては当たり前な空間だった。しかし、なぜだろうな。最近はこの静寂の空間に違和感を覚えてしまう。

 

…また一つわからないことができてしまったな。杯に残った酒を飲み干しながら新たな疑問に僕は頭を捻った。





二話目になりましたが、本小説をお読みになられたこと、本心から感謝してます。
処女作ではないのですが、文章力がないので至らない作品になってしまうかと思います。最大限、読者様に楽しんでもらえるよう書いていきますので、暖かい目で見守りください。

これからもよろしくお願いします。

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