薄命なる少年職人の道   作:シュヤリ

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※ご指摘を頂きサヨの回想、アリアの台詞を追加しました。


第五話~冷たい再会~

「……ヨ……サ…………サヨ!」

 

 微睡みの中、共に故郷で育った親友の声でサヨの意識が少し戻り、最近の記憶が流れる。

 昨日は夜盗に襲われたところを少年に助けてもらい、色々お世話になって今日帝都に辿り着く。そして兵士の募集をしている役所に向かい手続きを済ませた。

 

 その後は故郷の仲間を自分の足で探していると幸運にもその内の一人、タツミに出会った。役所で剣を抜いて門前払いされ、道中で貯めた資金は騙し取られたと聞いた時は心底呆れてしまったが、世話好きな富裕層の少女に拾われて家族に親切にされて助けて貰ったと聞いて安堵した。

 そして自分も少女の父の口利きで軍に入隊できる事が決まり、その期間お屋敷での滞在を許されて部屋を一室貸してもらった。

 幼い頃から共に育ったとしても年頃の男女だという事でタツミとは別の部屋だが、その気遣いもサヨにとっては嬉しかった。そして話が聞きたいとやって来たお屋敷の少女と紅茶を飲みながら会話をしていて意識が途切れたのだった。

 

 靄が晴れるように思考が鮮明になり、完全に意識が覚醒したところで五感も戻ってきた。薄暗くてよく見えないが、自分は手枷を付けられて拘束され何かに吊るされている事が分かった。そして噎せ返るような血と肉の腐ったような臭い。思わず胃の中の物が口から逆流しそうになるがそれを飲み込み、先ほど自分の意識を覚醒させた行方不明だった仲間(イエヤス)の名を叫ぶ。

 

「うっ……イエヤス……イエヤスなの⁉近くにいるの?」

 

 室内にサヨの声が響き渡ると、何かが揺れる音ど同時に声が返って来た。

 

「目が覚めたのか……ああ、俺だ……イエヤスだよ」

 

 弱々しい声ではあるが、肯定をするその声は確かにイエヤスの声そのものだった。

 それはこの異常な状況、いや異常な状況だからこそ心から安堵し、涙を流した。

 

「良かった……アンタ方向音痴だから帝都まで来れないとも思ったけど……これでまた一緒ね!」

 

 得体の知れない恐怖に駆られていて、半ば現実逃避でもあるがサヨはイエヤスの無事を喜んだ。

 

「バカ……良くなんかねぇよ……その言い方だと……タツミには会えたんだな……俺はもう……ぐっ!」

 

 イエヤスの言葉が途切れ、何度も咳き込み床に何か吐きつけられた音を最後に彼のただ苦しそうな呼吸だけが返ってきた。

 

「イエヤス……イエヤス⁉

誰か、誰か助けて、イエヤスが死んじゃう‼」

 

 サヨは助けを求めて叫び続けた。そして声が枯れようとした所でその想いに呼応するかのように重低音と共に光が部屋に入り、扉が開かれた。

 

「キャンキャン五月蝿いわね。田舎の育ちの悪い家畜だからしかたないか。まあでも、家畜らしいお似合いの格好ね」

 

 薄暗い部屋に差し込んだ光の正体は火の点いた蝋燭が入った手持ちのランプ。そしてその持ち主は昼間にあった恩人の少女、アリアだった。

 しかし、気を失うまで話していたアリアとは違い、濁り切った瞳で歪な笑みを浮かべていた。

 彼女が近付いて来た事で自分の姿が見えて、そこでようやくサヨは何も着ず、自分の素肌を晒されていた事に気がついた。しかしそこでこみ上げてくる羞恥心よりもイエヤスの事が気になり彼女に訪ねた。

 

「アリア、イエヤスは?イエヤスが大変なのさっき咳き込んだかと思ったら喋らなくなって」

 

「当たり前じゃないの、そいつはお母様が薬漬けにして観察してるんだから。今晩には死ぬんじゃない?」

 

 ランプを起き、床に落ちていた棒を広い上げて冷たく言い放つ。それでも、サヨはまだ心のどこかでアリアを信じていた、いや縋る思いがあった。

恐怖で錯乱する中でなんとか自分という自我を繋ぎとめていた。

 

「悪ふざけはやめて……イエヤスを助けて……これを取って……服を返して……」

 

「家畜如きが私に意見するんじゃないわよ!」

 

 涙を流して震える声で懇願するサヨにアリアは手に持った棒を脇腹目掛け振り抜いた。

 殴打された部分を中心に痺れが走り、直様鈍痛に襲われる。少女の力とはいえ、無抵抗の体に全力で棒を振るわれ室内にはサヨの悲痛な叫び声が響き渡る。アリアはまるで優雅な演奏を聞いているかのように恍惚の表情を浮かべサヨの頬に手をやる。

 

「グっ……はぁっ……お願い……止めて……」

 

「アンタ綺麗な髪してるわよねー。私が癖っ毛でこんなに悩んでるっていうのにっ!だからっ!先にっ!アンタだけをっ!連れて来てやったのよ!こうしてやるためにねっ!」

 

 アリアは身勝手で醜悪な、そして理不尽な言葉をサヨに吐き捨て狂気に満ちた何度も頬を叩いた。叩かれた頬は赤みを帯び、やがて青くなるまでアリアの平手打ちは止まる事が無かった。

 

「……痛いよ……止めて……助けて……」

 

 すっかり腫れ上がった痛む頬を抑える事も出来ずにサヨは声を絞り出し、アリアは歪な笑みを浮かべてそれに応えた。

 

「そうそう……そんなしおらしい態度が見たかったの。馴れ馴れしくて気の強そうなアンタがそんな様になるのがね。あっハハハハハハ!

でもね……助けるわけないでしょ、アンタもこいつ等と同じになるのよ!」

 

 アリアは床に置いたランプを拾い、高く掲げると部屋の全体が照らされる。そこでサヨはようやく自分の横にも吊るされている人がいる事に気付いた。しかしその人は絶命し、腹部を切り取られるなどされて各部分が欠損し、焼かれたであろう箇所も有りもはや性別すら分からなくなっていた。

 

 サヨの吊るされている場所は扉付近であったためこの部屋がどれだけ広いのか知る術は無いが、横を向き視界に入るだけでもおびただしい数の拷問器具、同じ数の人だった物が目に入る。目に映る限りの死体、死体、死体、人間の尊厳を奪われた者達の地獄で遂に肉体的精神的なショックが重なり胃の中の物を吐き出してしまった。

 吐瀉物が床で広がり自分の足や体に付着してしまったがそれを拭う事すら許されない。

 

「なにしてくれるのよ家畜如きがぁっ!」

 

 運の悪い事に吐瀉物が一滴アリアの服に飛んでしまっていた。激怒したアリアは近くにあった松明に火をつけてサヨの腹部に当てる。

 

「あっああああっ、熱いいっ熱いっああああっ!」

 

 炎によって腹を炙られて掠れた声で悲鳴をあげるがアリアの怒りは全く収まらずグリグリと押し付ける。松明を動かす度にサヨは体を震わせた。

 

「がっ……サヨ……おい……止めろ……止めろぉ……!」

 

 仲間の悲鳴でイエヤスは目覚めた。しかし息絶え絶えで満足に動かない身体を起こし、入れられている牢屋の鉄格子の隙間から必死に手を伸ばした。

 

「ちっ……死に損ないが五月蝿いなぁ。お母様の家畜じゃなければ痛ぶれるのに……ふんっ!」

 

 アリアはイエヤスに近付いて松明で殴りつける。イエヤスは抵抗する事も出来ずただ殴られ、床に仰向けになってしまった。

 

「くそっ……タツミっ……サヨを……サヨを助けてくれっ」

 

 何も出来ない自分の無力を呪い、イエヤスは親友の名を呼ぶが何も返ってはこない。

 

「来れるわけ無いじゃない、今頃ベッドの上でバカみたいに寝てるわよ。でも安心なさい、私は優しいからこの家畜の躾が終わったらすぐに連れてきてあげるから」

 

 サヨの地獄はまだ終わらない。アリアは短い先が四角くなった鞭を手にし、何度もサヨの体に叩きつけ狂気の笑いを部屋中に響かせた。最初こそサヨは悲鳴を上げていたが、やがて痛みが脳の許容量を越えて意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も無い暗闇の中でサヨの意識は戻ってしまった。あれからどれくらい時間が経過したのかもわからない。そして次に来る恐怖(アリア)が頭を過ぎり、泣き出してしまう。しかし泣き声は掠れそれはもはや呻き声にしか聞こえなかった。

 

「ヒッグ……助け……て……誰か……ソ……ロ……」

 

 不意に口から出た自分を助けた少年の名前。昨日の事なのにもう昔の事のように思えてしまう。

 今までの思いでが走馬灯のように流れ、もう自分には明るい未来が無い事が分かってしまったからだ。一糸纏わぬ姿で宙吊りにされ、体の至る所を傷つけられ、すぐ近くで仲間が仲間が死にそうになっている。

 兵士になると決めた時にどんなに辛く、苦しい事があっても耐え抜くと決めた心は粉々に砕けてしまった。

 涙も止まりこんな所で嬲り殺されるくらいならと目を瞑り、舌を噛み切ろうとした時、背後で何かが倒れる音がした。

 

「うっ……すごい臭いだ……それに惨い。どうか魂は安らかに天に登ってください。

サヨーいるー。居たら声をってうわ、こんな所にむき出しの刃物置いとくなよ……手入れもしてないし……本当に虫唾が走るな……この家の持ち主に対して」

 

 ブツブツと絶えない文句がサヨの耳に入る。幻聴かと思ったが自分を呼ぶその声は確かに聞いた事のある声だった。

 死を決意した意思が鈍り、閉じた目を開くと足元に薄っすらと赤い光が見えた。

 

「サヨー、居ないの?

やっぱり僕の思い過ごしかな……じゃあここの主を成敗して帰るかな」

 

 この声は誰の物だろうか。そんな事を考えたら涙が頬を伝った。

 賊を助けてくれた時に自己紹介した時の声。

 身長の事を言った時に少し落ち込んだ時の声。

 過去を尋ねた時の少し怒った声。

 楽しそうに矢筒の説明をしている時の声。

 全てが重なりサヨの頭の中に一人の人物が思い浮かんだ。

 

「……ソ……ロ……?」

 

「サヨ、そっちにいるんだね⁉」

 

 赤い光が消えたかと思えば自分の体が円の光に照らされて前方のとびらに自分が映し出される。

 

「あっ、ごっゴメン……って……酷い傷じゃないか。直ぐに手当てしないと⁉」

 

 幻聴なんかじゃない。本物のソロがここに来た、それが確信に変わった瞬間だった。

 


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