海龍のアルペジオ ーArpeggio of LEVIATHANー   作:satos389a

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今作はあまり長すぎるのもよくないなと考えコンパクトに纏めました。
最近長すぎてダラダラ感があるなと個人的に感じたからです。
さて、アマイマスクさんは拉致され軟禁、そして救出されたと思いきや主人公に蹂躙劇の邪魔になると判断されて殴られ気絶というちょっと酷い扱いです。
とはいっても死にはしません。
そしてどんどんとんでもない展開に進んでしまっている感じがします、何とかハッピーエンドで終わらせてみたいと感じるところなのですが…、
それでは今作もお楽しみください。


第48話 愚民は破滅を自ら招く

「ほう、ここがヒーロー協会Z市支部か。随分と立派な形をしているな、表面がまるで磨きすまされている黒曜石のようだ。」

「随分と巨大ね、これでも支部なんでしょ?」

「ああ、A市にある総本部はもっと大きい建築物だ。ヒーロー協会がS級6位のヒーロー、メタルナイトに依頼してこの世界で最も固い建築物として建築された。」

「詳しいな、まさかこのことも調べていたというのか?」

「勿論だ、そして言うまでもなく、この総本部は『最も固い』建築物なだけであって絶対に『陥ちない』要塞とはとは言い切れまい。」

「そうだが…、まさか、総本部を破壊する気か?」

「今の所そこまではまだ考えてはいないが、今後の展開次第ではありうるぞ?」

「ライトマサルとやらが余計な事さえしなければ智史が更に暴走する事は無かったのに…、しかしライトマサルは一団を束ねる1人って言ってたんだよな、その上がいるとしたら、なんか怖いな…。」

智史達はヒーロー協会Z市支部の目の前にいた、あの後ここに移動するまでの最中にSNSといったメディアで自分達の噂を聞きつけた大衆により写真を撮られたりはしたもののヒーロー協会の人間であるイアイマンが乗っていたこともあり、特に進路を妨害される、パニックを引き起こして大混乱に陥るという事は無かった。それはさておきとして、この目の前にある建築物は支部とはいっても周りの建物より大きく巨大で、黒い外見と相まってより一層存在感を醸し出していた。

智史達はエントランスから建物の内部に入る、そこにはヒーロー協会所属の黒スーツの男がいた、彼はアマイマスクの所へと道案内する。

 

「あ、なんか青い髪のイケメンがいる。あいつか?」

「ああ、あれがアマイマスクだ、この世界のメディアでよく見かけ、大衆に良い意味で知られている存在にふさわしい見た目だな。」

「僕に匹敵するような清々しい面構えだね…。」

「カザリ、それは妬みか?あまり拗らしておくのは拙いぞ?」

やがて彼らはアマイマスクの所に出る、アマイマスクは彼が『X』ごと海神智史なのかという顔をし、智史に興味の視線を向ける。

 

「君が『X』ごとワダツミ サトシ君か。」

「ああ、その通りだ。私に興味の視線を向けているようだが、他の3人に用は無いという態度はあまり示さないで欲しいものだ、疎外感を感じてしまうだろうから。」

「なるほど…。んじゃあとりあえず入って。」

アマイマスクはここまで案内してきた男にご苦労様とジェスチャーで伝えると、4人を会議室に入れたーー

 

 

ーーほぼ同時刻、サイタマの家。

「A級スタートになっちまったな。あいつの試験勉強、とても役に立ったよ。大半の問題が学んだ事そのまんまに出てきたから楽勝だった。」

「そうみたいですね。C級スタートという下っ端からの結末は避けられたという事ですし。」

「あいつには感謝しねえと。さて、この時刻だとあいつらそろそろ家に帰ってくる筈なんだが…。何かあったのか?」

「携帯も持ってないようですし…。仮にあったとしても連絡先聞いてませんからね…。」

「ひょっとしてここにはもう用が無いからか?よく分からないな…。」

サイタマとジェノスは智史達が帰ってこない事が少し気になっていた、後にアマイマスクに会った事で帰りが遅いという事実が判明するのだが…。

 

 

「さて、ワダツミ君。この世界に来た目的は何だ?」

「旅をして、風景を楽しみながらそこで自分のやりたい事をやる為だ、この世界に限らず複数の世界でも同じような事をした。」

「なるほど、風景を楽しみながら自分のやりたい事をやりたい、か。では君が殺したC級ヒーロー、タンクトップタイガーについてだが、なぜ彼を抹殺した?」

「自分の行く手を阻んだ事も大きいが、自分の他人に求める人物像に全く相応しくないーー強くなろうとせずにしかも己より弱き者を卑劣な手段で潰しまくっていた挙句に非常時には自分から行動しようとせず、ただ他人任せな大衆を自分の好きなように扇動する偽善に満ちた卑劣漢だ、仮に改心させようとしてもしようとするだけ余計に無駄だと判断した、だから躊躇いもなく抹殺した。」

「つまり新人潰しや売名行為もそこに該当すると?」

「そういう事だ。」

「そうか。大衆に対してネガティブなイメージを抱いているようだけど、それなら何故大衆を積極的に攻撃しないのか?」

「こいつらを潰そうという理由・興味・嗜好が現時点で存在しないからだ、向こうからまだ仕掛けてない事もあるが、余りに馬鹿すぎて潰す気力が潰える所もある。」

「馬鹿すぎて潰す気力が湧かない、か…。これは面白いねえ…。先程タンクトップタイガーの事を『改心させようにも無駄だ』と言ってたけど、そのぐらい人間の愚かさを感じ取っていたのかな?」

「その通り。私は元『人間』であるが故に人類社会の負の部分を大いに感じ取ってしまった。この世界でも感じ取っているのだが、追い詰められれば本性が出る、些細な事で憎しみ合う、自分の都合を優先する、自分が間違っている所もあるかもしれないのに自分を正当化して自分が正しいという事を示そうとする事…。他にもたくさん感じ取った。」

「元『人間』であるが故にさっき言った事をこれまででも、この世界でもたくさん感じ取ったのか…。いい事じゃないか。実際君が言った通りの人間が我々ヒーローが守るべき大衆の中に居たよ、そして僕の基準で言えばもしヒーローだったら即失格というべき人間達でゴロゴロだ。」

「失格、か…。その基準、教えてくれないか?」

「『ヒーローは常にタフで力強く、そして美しく、速やかに、そして鮮やかに悪を排除できる存在でなくてはならない』だよ。」

アマイマスクは自分の理想論というべき基準を呟く、智史はそこから何かを自分と同じものを改めて感じ取る。

 

「なるほどな…。それ故に『悪』には容赦しないのか、自分が『悪』と感じ取った相手に対しては。ふっ、私も同類だ、安心しろ。敵対した相手は基本的に滅殺しなければ気が済まん性格だ。」

「同じ者同士、か…。智史が敵に対して情け容赦ない性格を持った理由はなんとなくわかる、自分の都合のいいように嘘をつかれてそして素直だからそのまま鵜呑みにして信じ込んでしまい傷ついてしまったから、もうこれ以上同じ事で自分が傷つかないようにしたかったという事情があるから。さっき智史が言ったように、お前も智史と同じ『何か』を持っているんじゃ?」

智史の『同じ者同士』という発言を聞いたズイカクは智史との関わりから得た記憶を基にしてアマイマスクにも智史と同じものがあるのではないのかと尋ねる。

 

「…『何か』、か…。ああ、僕にもあるね…。

僕の父親は『悪』の改心するという嘘を鵜呑みにして、そして騙されたまま奇襲を受け、母親や友人達を人質に取られ半殺しにされた後、彼らと共に殺されてしまったんだ…。

僕の父親は『相手の話を聞いた上でちゃんと説得すればきっと改心してくれる』と僕に言い聞かせてくれていた、僕はそれを必ず通じると信じてしまっていた、でもこのトラウマはそれは嘘である、通用しないという事を僕に刻みつけた…。

父親が言った事を悉く踏み躙られ、裏切られた僕は悲しみのあまりもう二度と傷つかないように彼、ワダツミサトシ君と同じように『悪』に対しては容赦しないようになったんだ。

ワダツミ君、君は僕を『同類』と言ってくれたけど、僕もそう感じるよ。君がこれまでに見せつけてくれた『敵』に対する容赦の無さは僕と同じだ。」

「ふっ、同じ者同士だという事がこれで明らかになったな、同時に自分ときちんと向き合ってくれる友人がいないと言えないにせよ、少ないという事も。ならば、この場で友人となってしまおうか、『類は友を呼ぶ』という感じで。」

「偶然の一致があるにせよ、だね。ただ僅かながら君が指摘してくれたように考え方、見方の違いの問題も多少はあるだろうし、お互いの考え方を完全とは言えなくとも理解し合っておく必要がありそうだね。」

「場合によっては直すべきところは直しておくようにしなくては、な。」

「そうだね。」

こうしてアマイマスクは智史を自分を理解してくれる者と認め、彼と友人関係になるのであった。そして自分から見れば『悪』とは言い切れない存在である事、同時に自分のやっている事が必ずしも正しいとは限らないという事も改めて感じるのであった。

 

「さて、他の3人に話を聞くとしよう、何故ワダツミ君と一緒について行くのかい?」

「んじゃあ、僕から言っていい?」

「ああ。」

「僕は、君の価値観から言えば元『悪』だった、彼と会うまでは。だけど彼に圧倒的な力の差を味わされて希望を見出そうと争う事さえ無力だと感じさせるほどに絶望させられた、そして彼について行くかと聞かれ、こんな絶望を見せつけられた後で再び人間を餌にするのも何か好きじゃなくなったから彼について行く事にした、当初は少し馴染めなかったけど、今じゃ旅をしている事で色々と知れて楽しい。」

「やはり、ワダツミ君は圧倒的な力を持っていると?」

「そういう事。彼が行く先々では必ずとは言えないけど、阿鼻叫喚が轟き、絶望が撒き散らされる。僕の力を遥かに上回る猛者達さえもあっさりと倒され、地獄を嫌という程味わされたんだ。」

「君の力は…、何となく分かる、少なくとも災害レベル『虎』ーー大都市壊滅とはいかなくとも不特定多数の人間に危機が及ぶーーぐらいはあるみたいだ。」

「虎か…、僕はネコ科系列の『怪人』だからこの程度かもしれないね…。まあ彼が旅で行く先々の環境は必ずしも僕に今のままでいいとは一言も言ってないから体を鍛えてはいるけれど。」

カザリはこれまでの事をアマイマスクに素直に話す、そして自分が人ならざる存在ーーネコ科系列グリードである事を自虐ネタも交えて暗に示す、当然彼、海神智史が人の域を超えた存在である事も。

 

「私は、智史くんと出会ってから彼と一緒に付いて行った、派閥争いの事もあるけれど、父親のようになりたいと鍛錬した私、そしてそこから出た自身の成績の優秀さ、それを上の人達が恐れた事が原因で私は監視下に半分置かれていた。

智史くんは私達人類と敵対していた『霧』という存在だった、そして智史くんと会った事で『人類』という社会の中での私の居場所は無くなってしまった。それを見抜いていたかのように智史くんはついて行くかと尋ねた、だからついて行った。智史くんは自分の欲望に正直過ぎて時にやり過ぎる事もあるけれどそれ以上に見捨てられない『何か』を持ち合わせている。そして智史くんとの関わり、そして旅でお互いに学んだ事もあった。」

「私も智史と同じ『霧』という種族だ、だが種族の『長』が智史は自分達と同じ仲間ではないとして攻撃するように命じた、私はこの命令に従って攻撃した、しかし智史の圧倒的な力の前に私の仲間達は次々と討ち取られ、私1人が何とか生き残った状態だった。

智史と会った当初は何をされるか少し不安だったよ、だがあいつは私を自分の好みという理由だけですんなりと受け入れてくれた。個人的エゴで助かった部分が多いとはいえど、私はあいつと交流した事で色々と楽しい事を学べた、そして今でもあいつの旅に同行して新たな事をたくさん学んでいる。」

「…なるほど、君達がワダツミ君について行く理由・背景はそれぞれという事か。」

アマイマスクはそれぞれの今に至る事情を聞いて少し納得したようだ、そしてこの後も話は弾んだ、会談の時間は二時間に及んだものの、彼らと会った事でアマイマスクは彼らは人類を攻撃する『悪』でないと判断し、その内容を明日ヒーロー協会の重役達に正式に通達する事にした。

しかし残念なことにその内容が通達される事よりも陰謀の方が一歩早かったようだーー

 

 

ほぼ同時刻、ワンパンマンの世界系の外では。

 

「見抜かれたのは、計算外だったようだな。」

「はい、防諜や偽装工作は念入りにやっていたのですが、まさかリヴァイアサン本人に正体をいとも簡単に見破られてしまった事は想定外でした。」

「そうか、予想以上の観察眼だな。それで、計画に齟齬はないか?」

「は、周りの大衆は既に奴に対してネガティブなイメージしか抱いておらず、奴の言ったことを聞こうとも、信じようともしませんでした。」

「なるほど、奴が大衆に対して言った事は我々のやろうとしていることを言い当てているから嘘っぱちとは言い切れんな。皮肉な事だがその世界系の中にいる人間の愚かさが我々の計画を着実に進めるファクターとなっている事実は認めねばなるまい。もしこやつらが奴程でないにせよ、かなり賢明だったら我々の計画が見抜かれ、最悪破算する可能性さえあるからな。」

「あまり賢明すぎるーー知能が高すぎるのもかえってよろしくない事ですね、現実を理解してしまう可能性もありますから。」

「そうだな、知らない方が幸せな現実が外にはゴロゴロと転がっている、それを知れないほど愚かな方がかえって幸せかもしれん。」

ライトマサルは人間の愚かさを感じるようにして呟く、実際その言葉通りであり、ワンパンマンの世界系の大衆達は智史が振るった圧倒的な力を見て彼を脅威とみなす第一印象が優先し、その煽りで周りの事ーー智史がやった事の結末、ライトマサル達がやろうとしている事も含まれていたーーが見えなくなってしまっていた、いや見ようとさえしなかった。当然智史の指摘した事など見ようとも、聞こうともしない。

 

「ライトマサル様、ヒーロー協会上層部並びに各マスメディア、政府機関への工作、完了しました。」

「そうか、契約を結ばなかった者達についての措置は、終わっているだろうな?」

「はっ、勿論です。」

そこへ工作を終えたと部下の1人が報告した、従わなかった者達は只では済んでいない事が暗示されていた。

ライトマサルは計画通りに事が進んだ事に安堵する、そして後は計画を実行してリヴァイアサンごと海神智史の足を引っ張り、最終的に討伐する流れへと持ち込むだけだと微笑む。

だが、彼らーーベヒモス達も含めた者全てもーーはリヴァイアサンごと智史の力を測りきれなかった、そして知らなかった、智史は油断し、奢っていたのではない、相手が仕掛けてくる策全てを見抜き、そしてそれら全てを座興として楽しもうとしていた、それ程までに余裕があったーー既に事態は、彼らに選択を許さぬ域、裏を返せば智史が彼らを思うがままに嬲れる事が許される域へと到っていたという事をーー

 

 

ーー会談終了後、サイタマの家。

 

「ただいま。」

「お、お前ら⁉︎こんな遅くに帰ってきたとは…。」

「一体、何があった?」

「ぶどう狩りをした後、アマイマスクというヤツとヒーロー協会Z市支部で会話をしてきた、奴自身が私に会いたがっていたから。」

「アマイマスクーーまさか、ヒーロー協会を取り仕切るA級一位のヒーローか?」

「ああ、そしてあいつは私と同じ同類だったよ。敵に対する容赦の無さでは。」

「そうか…。それで、結果はどうなった?」

「人類に直接攻撃を加えなければ敵と見做さない、との事で明日、公式声明を出すとの事だが、その前に何かよろしくない事が起きるような動向があるな。」

「そんな不吉な事を言うなよ、あ、おすそ分けのぶどう持ってきたからこれ遠慮なく食べていいぞ。」

ズイカクがW市のぶどう農家で収穫してきたぶどうをサイタマ達の目の前に出す、ジェノスはそれを黙って受け取る。

 

「ぶどうか…。(随分と艶々しい…。こうして直に見ると家族団欒としていた時の事を思い出すな…。)」

「ん?何かあったのか?」

「いや、何でもない…。」

ジェノスは過去の暖かい思い出を思い出したのか、少し回想をしていた、そしてぶどうを口にほうばろうとした、その時であるーー

 

「お、おい!テレビ見てみろ!」

「先生、何があったんですか?」

「智史がヒーロー協会に緊急指名手配されているぞ、アマイマスクの奴があいつに襲われたとか言い、全人類の敵だと宣言して何か訳のわからん姿をした奴らと手を組んであいつを撲滅しようと公式会見で今発表してるぞ!」

お気に入りの番組を見ようとテレビをつけたサイタマが形相を変えて智史達の所に現れた、表情から見るに信じられないという雰囲気が漂ってくる。

 

「“僕は、海神智史と人類を攻撃しないという契約を交わしました、しかし海神智史はこれを破って欲望のままにこの世界を蹂躙しようと僕を攻撃してきました、海神智史は圧倒的な力と市民を盾とするという卑劣な戦術で僕を苦しめました、しかしそこにライトマサル氏率いる軍勢が駆けつけ僕を、市民を助け、海神智史を追い散らしたのです!しかし海神智史は追い払っただけなのであって死んだ訳ではありません、つまりまた再び人類を攻撃してくる可能性があるという事です。なので我々は、海神智史を全人類の、いえこの世界全ての敵とみなし、この世界を守ろうと協力してくださるライトマサル氏と共に海神智史を撲滅する事をここに宣言します!”」

「ふっ、やはり当たったか…。」

テレビの画面には智史がアマイマスクを卑劣な手段で攻撃し、全人類の敵であるかのような映像が映し出されていた、智史はある意味嬉しそうに微笑む、これで自分の好きな凄惨な蹂躙劇が己の思うがままに開幕できると心の中で喜びながら。

 

「智史、お前、何か知ってるのか?」

「ああ、言ってもこんなものを見た後では多分信じてくれない、精々半信半疑だろうがな。」

「それは何なんだ?」

「あれは工作がたっぷりと入った放送だよ、勿論今私を全人類の敵として撲滅すると宣言しているアマイマスクはアマイマスク本人ではない。アマイマスクの皮を被ったさっきお前が言った「訳のわからん奴ら」の手先だ。本人は軟禁されてしまっている。」

 

智史本人の予想通り、Z市市街のとある倉庫ではーー

「ぐぅ…、僕を軟禁しておいて、これから何をする気だ…?」

「悪く思うな、お前の動きが我々にしてみれば邪魔に映ったからだ。当初はリヴァイアサンそっくりに扮した仲間にお前を襲わせる芝居をさせ、そしてそこを助けるという計画だったが、お前の能力を見るにそれは本当に上手くいくか確証が出てこなくてな。まあいい、リヴァイアサンが愚かな人間共と共に足を引きずられて混沌に飲まれて身動きが取れなくなるところをそこで見ているがいい。」

ライトマサルの部下の1人が椅子に縄に縛り付けられて動けない男にそう言い放つ、縛り付けられている人物は勿論アマイマスクだった、彼は智史達と会談を終えた後、高級な自家用車で帰宅しようとしたところをライトマサルの手先達に襲撃された、彼の戦闘能力はS級ヒーロー上位クラスに匹敵するものであったものの、相手はそれ以上の実力の持ち主で固められた戦闘集団だった、彼は力の差で圧倒され強引に地にねじ伏せられ、新陳代謝抑制剤と麻酔剤と思わしきものを投与されて鎮圧されてここに縛り上げられていたのだ。

 

「ライトマサル様、いやベヒモス様や至高神様の為にも、お前には逃げられるわけにはいかん。」

「ライトマサル、ベヒモス…、至高神…?誰なんだそれは?」

「至高神様はお前達の世界や他の数多の世界を守護されておる、ベヒモス様はそんな御方に仕えておられる勇将の1人。これまで他の世界を無差別に破壊しようとする動きはライトマサル様やベヒモス様を主とした我々が鎮圧してきた、今回もそうだ、だからだ。」

「まさか、ワダツミサトシが我々人類をこの世界諸共滅ぼす存在だと?確かに彼は人類に対してネガティブなイメージを持っていると言ったが、余程の理由がない限り攻撃はしないと言っていた、寧ろ彼に何かの手出しをする事こそが君たちの望む真逆の事態を招くのでは?」

「そう言うだろうと考えていたよ。こんな状態でお前本人に対し芝居の攻撃をやらせれば、結果的には不測の事態を招きかねない。だからこそ、お前をここに軟禁し役者にリヴァイアサンは全人類の敵であると欺瞞の映像付きで宣伝したのだよ。」

アマイマスクは智史に何かの手出しをする事こそがこの世界諸共人類を滅亡させるのではないかと指摘する、実際その通りであった、智史は愚かな人類がライトマサル達とともに自分に突っ込んでくる事を期待し、蹂躙して皆殺しにしようと考えていたのだから。

 

「まあいい、ここでじっくりと己の無力さを噛み締めながらこの策略の一部始終を見ているがいい。」

部下はそうアマイマスクに言う、だが次の瞬間アマイマスクも含めたこの世界系全ての時間が突如として停止した、この世界の時間を操る事さえ出来るライトマサル達の時間軸も強制的に操作され一瞬で時間を停止させられた、時間を止めようとしている動きさえ感じさせないほどの速さで。

そして誰一人ぴくりと動かない状態の中、部屋の中の空間を歪めて次元の穴から智史が現れる、智史は本物の方のアマイマスクを連れ去り次元の穴へとまた消えていった、本物そっくりのダミーのアマイマスクをそこに置いて。そして時間を止められていたという事は見る事、感じる事、考える事も強制的に停止させられていたので智史が何をしたのかは本人以外、誰も分からなかった。

因みにアマイマスクは気絶させられてしまった、目覚めさせたままでいきなり暴れ始めると何らかの形で足止め(物理的意味ではない)を食らう可能性があるからである。しかしそうだからといって、何時までも寝させておくのはちょっと味が無い。いつ起きるかどうか分からない状態で自分の企みをやるのが楽しいと彼は判断した為だ。

 

「あ、あれテレビに出てたやつじゃねえか!」

「ああ、あの放送が嘘っぱちである事を実際に示す為に軟禁された本人を倉庫から連れ出してきた。」

「という事はお前が無実である事を完全に立証できる筈だ!」

「駄目だ。あのまま立証しても私を討伐せんと気分が軒昂している世情の様子を見るに全く信じてくれん可能性が濃厚だ、人類の敵たる私の言う事など信じるものかという程に一致団結してしまっているから。どうせなら徹底的に追い詰め、苦しめた上で更なる奈落に叩き落とす為にこの事を示してやろう。」

「やめろよ、言ってる事は分かるけど、気に入らないからってみんなぶっ壊す気か?」

「まあそんなに興奮するなよ、智史。でもこうなってしまった事の背景にまともな理由が無いわけじゃないからお前がこう言いたくなるのも仕方ないな…。」

「ところでこの人、どうするの?」

「布団掛けて寝かせとくか。そのまま床にゴロっと転がしたままなのは流石に可哀想に思えてくる。」

智史はそう言うとアマイマスクを布団に寝かせる、とんでもない展開となり、そして悪夢に満ちた明日へと至るかもしれない1日はこうして終わったーー

 

 

そして翌日ーー

 

「海神智史を出せぇぇえ!」

「人類を滅ぼそうとする悪魔め!正義の使者に裁かれるがいい!」

サイタマの住むマンション周辺ーー避難命令が出た場所の外は朝から物々しい雰囲気に包まれていた、昨日のアマイマスクの偽物の放送やそれと連動したヒーロー協会の公表ーー調落され、洗脳された者達が主導していたーーを受けて興奮した大衆が日頃から溜まっていた衝動を発散できないストレスを叩きつけるのかのように殺気立って大量にサイタマのマンションがある立入禁止区域の周辺に押し寄せてきた為だ。それでもサイタマの家の周辺で食い止められている理由は警察をはじめとした治安機関が立入禁止区域に彼らがそこにいるのはライトマサル達やヒーロー達とともに智史達を排除する為の作戦の支障であると公式には発表されている。

しかし実際には彼らを盾にして彼やその仲間の良心を煽って心理的揺さぶりを与える手筈も込め、自分達が不利になったらその封鎖は解除する予定であった、とはいってもそこに民衆が居ないのでは本末転倒になりかねないので彼らの感情を維持し、より高ぶらせる為に敢えて立入禁止区域周辺にてライブ中継をしていたのだ。

 

「何か…、おかしいですね…。」

「ああ、展開にしてはあまりに急過ぎる…。敵に対する態度が残虐とはいえど俺達や一般市民を助ける様な態度を取った『X』がなぜ突然人類の敵として攻撃される事となる?」

「それに昨日彼を攻撃するように公表したアマイマスクさんの様子に不自然さが何気なく感じられたのです、態度はアマイマスクさんそっくりだというのに…、何故でしょうか?」

智史を攻撃するように召集されたヒーロー達の中にはある程度怪我から回復した黄金ボールとパネヒゲの姿があった、彼らは先日の放送から生じる急展開に疑問を抱いていた、しかし敵と自分達の上司たる雇用元ーーヒーロー協会が決め付けてしまった今、職業ヒーローとして応じないわけにはいかなかったーーもし下手をして刃向かったらそれこそプロヒーローとしての名誉はもちろんの事、明日を生きていく事さえ危うくなるからと恐れたからである。

 

「貴方達、この前怪人に敗れて無様な姿を晒したA級ヒーローの2人ね?」

「お、お前は…、」

「S級2位の、戦慄のタツマキさんですね…。」

「情けないわね、怪人に敗れた挙句に他人に助けられるなんて。今回もこの前と同じ無様な醜態を晒さないでよ、まあ今回の相手はとても骨がありそうね、貴方達じゃ到底歯が立たない相手だから訳のわからない人たちと一緒に援護してあげる。」

「こちらこそ気を付けて…。」

 

そしてヒーロー達は智史がいると思われるマンションーー勿論サイタマの家もそこにあるーー周辺に急遽設定された立入禁止区域へと侵入していく、討伐してくれと期待しながら自分達は安全なところに居ようとする大衆の声援を浴びながら。

 

「あれね。」

「お前達がヒーローという存在か。」

「そうだけど、貴方達が訳のわからない人達ね?随分と大きく、ゴツいガタイをしているじゃない。それで早速聞くけど、何故立入禁止区域をZ市の一部にしたの?」

「奴を速攻で倒せる、いやその程度に収め追い出すことができるという自信があるからだ。それにこちらが正義であるという罵声を奴に浴びせてやれば奴を倒せなくとも心理的打撃を与える事は可能だ。」

「ごもっともな作戦ね。でも貴方達何か裏がある…、矛盾みたいなものがあるのかしら、まあいいわ。」

 

 

ーーほぼ同時刻、サイタマの家の中では

 

「ふっ、来たか。私が彼らにしてみれば世界を滅ぼす元凶なのだから出ねばなるまい。」

「止めろよ、俺が代わりに出てぶっ潰してやるから。お前には多少の借りもあるし、それに下手に好き勝手にされたら更に滅茶苦茶だ。」

「(何故『私が出ると滅茶苦茶』になると決められるのかが何となく分かるがな、ある程度私がこの理由を作っているとはいえど、人間が喜ぶ笑顔が欲しいというある一種の自己満足もそこにあると言っていいだろう。とはいえ、サイタマやジェノスをかなり追い込んでしまっているな、すまんな、2人とも。本当に好き勝手で。後で謝罪として何か償わなければ。

さて、ライトマサル本人やその兵や各種兵器の戦闘能力についてだが、かなりのものだな、末端の兵士でさえも素体の能力だけでサイタマとノーガードで戦えるだけの能力がある、最強クラスであるS級全員を束ねても軽く一蹴できる…。それが私達がいる場所を取り囲む様にして一万、しかも全員がこちらの言葉で言えば装甲を兼ね備えたパワードスーツの様なものを着用…。オマケにこいつらを支援する兵器も多数…、勿論こんな化け物じみた猛者の群れを率いるライトマサルはそれ以上の実力の持ち主だ、結果は言うまでもあるまい、私が出る必要性は否応無しに十分にある。)そうか、なら好きにするがいい。但しお前が倒れたら私は遠慮無く出るぞ。奴らは私を苦しめ、甚振る為にここに来ているんだからな。」

「そうならないように頑張ってやるよ!ヒーロー協会からいきなりお前を攻撃する様に指示が来たってジェノスから聞いたけど、お前が無実だって事は分かってるからな!」

そしてサイタマとジェノスは家の外に出る、是迄の智史の所業で2人はリヴァイアサンごと智史がとんでもない人物であるという事を理解していた、そしてその付き合いから人類を滅ぼす気など元から無かった事を理解していた。

 

「お前らか、俺の家を今から滅茶滅茶にして智史を引っ張り出そうというやつらは。」

「あなた達は…、最近プロヒーローに登録されたA級の新人、ハゲマントと同じくS級の新人、鬼サイボーグね。今すぐここを引けばヒーロー協会が名簿に残しておいてあげるって言ってたわ。」

「断る、今ここで俺が引けばあいつが出てくる事になる、あいつはお前らや民衆が扇動されてる事を知ってて逆にこの状況を楽しみ、そして徹底的に蹂躙し破壊し尽くしてやると言わんばかりの魂胆だ、こんな異常な状態だというのに不気味なまでに余裕を持っている、本当に何か物凄い恐ろしい事が起こる予感がするんだ、真っ暗闇の奈落に向かって自分からどんどんと突き進んでいく様な。一旦頭冷やせよ、何であいつは突然討伐される存在になったんだ?そしてあいつを討伐する動きは、本当に正しい事なのか?」

「分からないわ、ただ人類の敵ならば排除するだけ。道を阻むなら例え協会の名簿に登録されているヒーローでも容赦はしないわ。」

「状況が理解出来ていないのか⁉︎人類の『敵』を討伐するという動きが、最終的には自分達の為になるのか考えてみろ!」

「敵がいなくなった分、気を、自分を引き締める機会が減って最終的には中から腐っていく話?」

「そんな生ぬるい話じゃない!眠れる獅子、いやそんなレベルじゃない、一度目覚めれば破壊の限りを尽くす『災厄』である事を理解せず己の力を過信し勝手に制して消そうとして目覚めさせようとしている状態なんだ!」

「こっちこそ状況を理解していないみたいね、奴の脅威はさっき言ってくれた事を簡略化すれば災害レベル『神』かそれ以上よ。あんな奴を放置すればいずれ爆発した際に人類が滅亡する程の被害を齎すわ、ならば爆発する前に一気に潰すのよ!」

2人は智史を刺激ーー攻撃すればそれこそとんでもない事態になると必死に伝える、しかし智史の予測通り、彼らの殆どは智史を滅ぼす事で曲がりなりにも団結し士気軒高なので聞く話を持とうとしなかった。

 

「くっ、ならば戦うまでか!先生、行きましょう!」

「ああ、ここで俺達が破れれば智史が出てくる事になるからな!」

そして戦端は開かれた、己の名を高めたいヒーロー達が反逆者たるサイタマとジェノスに襲いかかる、しかしサイタマは驚異的な戦闘能力の持ち主だ、ワンパンマンの名が作品名につく通り、原作でもS級上位でしかまともに戦う事ができない災害レベル竜クラスの怪人をワンパンで沈めている。その恐るべきワンパンで片っ端からヒーロー達を吹き飛ばしていく。

 

「中々やるみたいね。なら私が直直に相手をしてあげるわ。下がってなさいーー」

 

ーーズドッ!

 

「きゃあっ⁉︎(超能力を行使したにもかかわらず、一瞬で…⁉︎)」

タツマキは念動力による暴風攻撃をサイタマに対して行った、彼女の戦闘能力は先と同じくS級上位でしかまともに戦えない災害レベル竜クラスの怪人を「雑魚」同然にしてしまう程である、それに相応しい威力を込めた一撃なのだがサイタマの実力はそれ以上だった、サイタマは暴風に体を吹き飛ばされない様に踏ん張りながら暴風を強引に突っ切ってタツマキに一撃をかましたのだ。

 

「くっ…、やってくれるじゃない…‼︎」

 

こんな強い一撃を喰らってもタツマキは素早く態勢を立て直す、伊達にS級2位を務めている訳ではないのだ。

そして反撃を行おうとした時、ライトマサルの尖兵の兵士長らしき存在が止めろと手で指図をした、タツマキはその矛を収める。

 

「中々骨がある様だな、戦う前に名を聞いておこう。」

「サイタマだ。智史ってやつをぶちのめしたいんだろ?あいつが出てくる事になったら俺の住む街が滅茶苦茶だ、テメェらの好き勝手にさせるかよ。」

「そうか、なら始めようか、手始めにこやつらを倒して見せよ!」

そして今度はライトマサルの兵士達が一斉にサイタマとジェノスに襲いかかってきた、サイタマ達は再び応戦する、しかし智史の情報を念入りに調べた事による確実な根拠に基づく懸念は的中した、ライトマサルの兵達は先ほど戦ったヒーロー達とは違い、パワードスーツを着ていたとはいえ、彼らの攻撃を軽々と防ぎ、弾いてしまった。

 

ーーヒュッ!

「ぐぉわっ⁉︎」

そして反撃が加えられる、それは彼らにしてみればこれまでにない重い一撃だった、肉体が軽く悲鳴を上げる、しかしこれで戦闘不能になったという訳ではなく、サイタマ達は素早く受身を取って着地した。

 

「くっ、やるじゃねえか‼︎嬉しいぜ、こっちはワンパンでいつも終わっちまって詰まらなくて暇を持て余してたんだ‼︎本気を出すにはちょうどいい!」

「ですが、これまでにない一撃です、しかもあの一撃には余裕を感じます、気をつけて下さい…‼︎」

本気を十二分に出せる相手が目の前に現れた事にサイタマは喜ぶ、こう喜ぶのはあまりに強すぎて普段力を持て余しがちで退屈だった反動なのだろうか。

 

「必殺、マジシリーズ!」

そしてサイタマとジェノスは自身の本気の象徴と云うべき必殺技を繰り出してきた、その威力は本気なだけあり凄まじい。この世界の怪人も人間もひっくるめたあらゆる存在も一発で消し炭だろう。

しかし、これは『この世界』に限ればきちんと通用しうる話である。

何故なら今彼らと相対しているのは自分よりも遥かに強大なこの世界の『外』から入ってきた存在なのだから。

 

ーーズゴッ!

ーーボゴッ!

「(ひ、必殺技が一撃で破られただと…‼︎)」

彼らはバリアの様なものを展開すると先と同じく軽く防いでしまった、そして強烈なエネルギー波を伴った拳打が放たれ、2人を軽く吹っ飛ばす、そして2人はその真後ろのエネルギーで出来た半透明に輝く巨大な壁に叩きつけられた。

 

「す、すげえ奴らだ…、楽しい…、だけど俺達が破れたら智史が…、智史が…‼︎」

「リヴァイアサンがどうしたのだ?井の中の蛙の様な知恵しか持たぬ民族にしては大層頑張った様だが、ここまでの様だな。そうだ、一つだけチャンスをやろう。リヴァイアサンの居場所を教えてやればせめての敬意としてお前達の命を助けてやる。さあ言え、リヴァイアサンの居場所を!」

2人はこの一撃でほぼ満身創痍となっていた、今はもう満足には戦えない事が分かったーーつまり劣勢である事が自ずと示されていた。

ライトマサルの兵士長は最後のチャンスとして2人の命乞いを期待しながら尖兵達に強引に2人を担がせ、2人の喉元に“早く居場所を吐け、さもなくば命は無いぞ”と言わんばかりに刃を突きつける、それでも2人はなお抵抗しようとした、兵士長は2人に居場所は吐く気は無い様だと捉え2人の首を切り裂こうとしたーー

 

ーーシュッ!

ーーパキィン!

 

「⁉︎」

「…ふふふ、もうこの辺で止めておけ。私はここにいるぞ。」

「智史…‼︎」

「リヴァイアサン、とうとうこちらから姿を現してくれたか。これで手間が省けるわ!」

智史がもう止めておけ、ここからは自分が相手だと言わんばかりに刃をクラインフィールドの短剣を軽く投げつけて吹き飛ばした、彼の中では凄惨な蹂躙劇がいよいよ開幕できるという喜びが渦巻いていた。

いよいよ、この世界の者ならざる者同士の死闘、否この世界諸共消し去ってしまう程の一方的な殲滅のメロディーが奏でられようとしていたーー


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