海龍のアルペジオ ーArpeggio of LEVIATHANー   作:satos389a

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今回はぶどう狩りの話を入れました。
原作からだいぶ弄くり回したのでヒーロー試験に関する勉強の必要性があると考え作文の添削のシーンも入れています。
そしてライトマサルの尖兵が既に工作を開始している事が明らかにされます。
タンクトップタイガーはヒーローらしくないクズなやつなのでオリ主である海神智史に殺害されるという末路を取らせました。
あと人間の愚かさ、弱さも本文中に含めました。
そして動き出す陰謀…。
アマイマスクさんはどうなるのでしょうか。
それではじっくりとお楽しみください。


第47話 ぶどう狩りと動き出す陰謀

ーーチチチチ。

 

「なるほど、だから相手はこういう問題をこちらに仕掛けてくるのか…。」

「そう、相手が仕掛けてくる問題は全て『この人物は本当に自分達、そして組織の為になる存在なのだろうか』という不安から来ている。」

「でもよ、何でお前はヒーロー協会の試験に参加しないんだ?」

「これ迄旅して色々見てきた故、カネや名声には興味がなくなってしまった、だからだ。そしてまた、旅をする予定だ、何時までもここにいる気は無い。それに知らない方が幸せな事もあるかもしれないぞ?」

「そうか。まあ参加するしないを決めるのは俺ではなく、お前自身だからな。しかし、本当にB級以上のランクに行けるのか?」

「行く行かないではなく、行かなければならんのだ、C級という数の多い下っ端のランクであるが故の、一週間ヒーロー活動を行わなかった者は名簿から除名されてしまうという定めを逃れるためには。1週間以内にヒーロー活動と認められるものが出てくるとは限らん。

自分に自信を持て。そうしなければその定めからは逃れる事、いやそれ以前にプロヒーローとして名簿に登録する事すら許されんぞ。」

「そうだな、諦めてばっかじゃ何も始まんねえからな。頑張んねえと。続き、教えてくれ。」

智史はサイタマに対しヒーロー試験の筆記の勉強を教えていた、彼は相手の考えと心理状態を説明しつつ、サイタマに過去問のデータをベースとした模擬試験の内容の添削を行った。

原作ではサイタマ本人が筆記の勉強をしなかった結果、C級スタートという形になりてんやわんやの状態になってしまったことを考慮してのことだった、それにC級スタートからB級昇格までの間に出てきたヒーロー活動と見做される『モノ』の一部を潰してしまった事も踏まえ、償い(自己満足かもしれないと考えている節はある)も込めて彼はB級以上のランクに行けるようにとサイタマの筆記の勉強を手伝うこととしたのだった。

しかし手伝うとはいっても、試験を仕掛けてくる相手の意図に応えるように結果を出さなければ結局は無意味になってしまう、なので彼は新たにヒーロー協会の試験基準、採点基準、過去問のデータ(必要とあらば時系列を遡っても採取した)、更には試験を担当するヒーロー協会の人間のパーソナルデータまでより事細かに調べ上げた。

こんな事など凡人には「実現する事などあり得ん」の一言で片付けられそうな非現実過ぎる事なのだが、あらゆる分野で進化し続ける能力を常に伸ばしすぎ、当然の如くに常に強大になりすぎている智史にしてみればとても容易い事だった。それに、今「実現できない」と言い切れても、次の瞬間もそうとは言い切れない。

 

「あら、朝早くから筆記の試験勉強?」

「ああ、本来の流れでは彼はC級スタートだった、そこに関する背景の因果を捻じ曲げてしまった以上、せめて自分なりの償いとして筆記の試験勉強を教えている。」

「なるほど、罪の償いね…。サイタマ君の事、多少気になっているの?」

「そうだな、そうでなければこんな事などしない。またこの世界で動く際に償った分以上の事をしでかすかもしれんが、動かなければ自分の心が、体が落ち着かず、満たされない。」

そこに、戸を開けてジェノスが入ってくる。

 

「あ、先生。何か勉強されているんですか?」

「ああ、あいつが筆記の勉強してないと今後ろくな事にならないし、自分が関わっちゃったからその償いとして筆記教えたいって言って俺に教えてるんだ。」

「そうですか。(本来ならこの世界に存在しない存在である彼らが俺や先生との間に多少たりとも関わっている以上、この世界の本来の未来の情報は当てにならないな、こうするのはある意味一理あるというべきだろう。しかし、彼ら、特に海神智史本人の行動次第では大事に発展するかもしれない、今の所彼にはこの世界を、俺や先生を悉く滅ぼす気は無いようだが、世間は彼を強大な脅威と見做して恐れている可能性がとても高い。もし世間の対応が一歩違えばそれこそこの世界は確実に終わる…。その時こそ、俺も先生も、誰も止められない災厄が芽吹く時だ…。)」

「ジェノス、智史の事で何か考え事でも?」

智史の事で思い詰めてしまっているジェノス、パーツを修復した際に機能の一部強化を行ったもののそれでも智史には全く及ばない、否全く追いつけずに凄まじ過ぎる速さの進化でアホみたいにどんどん引き離されてしまっている。自分を遥かに上回る力を持つサイタマすら同じ様なのだ、当然かもしれないがこの世界系の中の力を全て集めても全然勝てない、逆に蹂躙されるしかない程に彼、リヴァイアサンごと海神智史は強過ぎた。そこまで考えが及ばないにせよ、勝てる希望を見出せないのでは、思いつめて仕方がなかった。

そんなジェノスにズイカクが傍から話しかける、ジェノスはズイカクに連れられて隣の部屋に移る。

 

「別に大丈夫だ、ただ、智史がこの世界で動くとなると何が起きるのか不安になってな…。」

「あいつに悪気はない事は分かるんだけど、ただ、些細な事でも気に入らなければ容赦無く徹底的に破壊する癖があるからな…。まあアホみたいに強過ぎるし、更に強くなるし、しかも相手の事や自分の事も事細かに把握した上でもう十分だというのにもっと強くなって挑んでるからただの傲慢なやつとは一言も言えない、そして気に入らない事を消す事で二度とストレスが溜まらないというメリットは悪くはないし…。とにかく自分の気持ちに正直なんだよ、あいつは。」

「そうか…。但し、智史がこの世界を滅ぼす気になってしまったら、引き止めてくれ…。止められなくてもいい、頼む。」

 

「(…ジェノス…。)」

智史はそんな2人の会話を無意識に聞き取り、知ってしまっていた、そしてジェノスの苦悩に僅かながらも同情したーー

 

 

ーーZ市市立病院、8-102号室

 

「ん…、んん…。」

「黄金ボールさん、ようやく目が覚めたようですね。」

「パネヒゲか…。ここは、何処だ…。」

「市立病院ですよ、医師からの話によると見知らぬ誰かさんに手当をされてここに入れられたみたいです。」

「そうか…。しかしあの怪人はどうなったんだ…?」

「私にも分かりません、ただここ病院に収容されるまでの途中、意識が僅かながら戻りまして…、車の中でしたね、私達の手当をしている女性と昆布をムシャムシャと貪ってる若い2人がそこにはおりまして…。そして車を運転していたごく普通の一般人の姿形をした若い男性が私達をカプセルに入れる所で意識が再び途絶えました…。」

「昆布か…。恐らくあの怪人は倒されたかもしれないな…。」

F市市立病院の一室に男2人がいた、その2人は大怪我を負い三角巾や包帯を身に巻いていた。彼らは何者かが自分達の手当をしたという事で話をする、しかしその何者かとは彼らには分からなかったーー実際にこの病院に2人を搬送したのは智史達なのだがーー

そして2人とも目覚めたのを見計らうかのように黒い服を着た男ーーヒーロー協会の役人ーーが部屋に入ってくる。

 

「黄金ボールさん、パネヒゲさん。ようやく目が覚めたようですかね。」

「おや、ヒーロー協会の役人さんですか。何かあったのですか?」

「実は、B・C級以外の他のヒーローの方々にも連絡を回し、急遽調査を依頼する程の、急を要する事態でして…。本来なら大怪我を負われてしまって依頼すべきでない所を申し訳ないのですが、2人ともお目覚めになるところをお待ちしていました。」

「一体、何なんだ…?」

「これを、ご覧下さい。」

役人は端末を起動するとその画面を2人に見せた、そこには智史達の姿形を映した画像ーー昨日F市で桃源団殲滅の際に撮影されたものーーが映し出されていた。

 

「な…⁉︎この男性は、まさか…⁉︎」

「パネヒゲさん、何か見覚えがあるのですか?」

「あの男性は、見覚えがありますね…。怪人との戦いで負傷した私達をここに連れてきた人物ではないかと考えます。病院で意識を取り戻した後、ここの職員から話を聞かされたのですが、若い男性が私達を入れたカプセルを置いてそのまま去って行ってしまったと…。手当もプロの医師達も驚く程正確に行われていたそうで、この状態なら後遺症のリスクもなくそれ程時間も経たずに快復するだろうとの事でした…。」

「なるほど、つまりパネヒゲさん達はあの男性、我々ヒーロー協会では仮称「X」に助けられたという事でしょうか?」

「ええ…、確実にそうだと思います。」

「しかし、その下の化け物は何なんだ…?」

「桃源団がF市でテロを引き起こした事に連動して出現したと推測されます、少なくとも我々がこれ迄に見た事のない存在である事は確かなようです、しかも信じ難い事に、この映像が撮影された直後に光り輝く粒となって消失したという事象が確認されています。恐らくこれには「X」が関わっている可能性があると思われます。また未確認情報ですが、「進化の家」の本拠地と思われる場所で大気圏にまで達する爆煙を生じ、かつ直径50㎞圏内を跡形もなく消し飛ばした巨大な爆発や、Z市で発生した天候の異常なまでの変動も「X」が実行したという目撃情報も確認されています。」

「おいおい…、これ迄に起きた事象も「X」の仕業だというのか…?もし本当だったら災害レベル鬼ってレベルじゃねえぞ…。少なく見積もっても竜は下らねえ…。否それ以上か…?」

「ひょっとすれば、人類滅亡の危機、つまり災害レベル「神」かもしれませんね…。」

そう雑談をする役人と2人、そこに役人の電話が鳴り響く。

 

ーーピピピピ、ピピピピ!

 

「はい、私です。

ーーはい、強盗団「牛の胃袋」の首領、A級賞金首ブルブルが討伐され、ブルブルとその構成員達の死骸がF市の警察署に置かれていった…。何ですって?ブルブルと構成員達を皆殺しにしたのは、「X」?

分かりました、はい、連絡します…。」

「何か、あったのですか?」

「既に先行して聞き込み調査を開始しているヒーロー達から、「X」と思わしき人物が強盗団「牛の胃袋」の首領、A級賞金首ブルブルを構成員達諸共全員殺害して討伐の証拠としてF市の警察署に彼らの死骸を突き出したという情報がF市管轄の警察署より提供されたとの事です…。」

「A級賞金首とはいえど、強盗団を束ねる首領だぞ…⁉︎計画犯行とはいえど人の命を最初から奪う目的でやってる筈がない…‼︎」

「普通、賞金首は警察署に突き出すのが常識なのですが、それは生かしたままですからね…、人の命を奪っているならまだしも、彼らは人の命を奪ったという「罪科」がない。また罪科を引き起こしている総本人であるブルブルだけが殺されるのはまだしも、その末端の構成員まで皆殺しとは…、随分と惨たらしいですね…。」

「はい、そして先程の話に戻すのですが、桃源団の全メンバーも所在不明で…。これ迄に集めたデータから推測するに、先程の画像の化け物に全員が殺害されたと思われます。」

「こりゃアマイマスク並に容赦ねえな…。確かにさっき言ったものも含めたこれらの行為が結果論としてみれば俺達の為になっているとはいえど、世間の一般常識から見るに、度を逸しているぞ…。」

 

 

ーーほぼ同時刻、ワンパンマンの世界系の外。

 

「やはり、あの存在ーーリヴァイアサンは各々の世界系の掟に従おうとはせず、己の欲望のままに動き回るか…。」

「はい、これ迄に奴に目をつけられた世界系は破壊されるか、大きく変質してしまっています。本来のものに戻そうにも、既に修復不能なレベルです。」

「掟に従い、本来の定められた道を歩む事こそが正しい道だというのに…。まあいい、ここまでやるという事は奴にはそんな事など目にも入っていないだろうからな。幸運にも奴はこちらの意図を悟る事なく自分から弱点を晒して罠に引っかかってくれた。」

ライトマサルはワンパンマンと他の世界系を仕切る次元の壁の目の前で報告をしに来た斥候と会話をしていた、既に部下達の一部は自分達が外から来た存在であると感づかれないように細工をしてこの世界系に侵入し工作の下準備を始めていたものの、流石にいきなり将軍クラスの自分ーー細工しようにもオーラで悟られてしまう、大男総身に知恵が周りがねの状態ーーが行くのはリスクがありすぎると判断して敢えてここで指揮をとっていた。

 

「しかし、下手に手を出せばこの世界系にも甚大な被害が出るのでは?」

「そこを利用する。奴がこの世界系でしでかした事を宣伝して、共感を呼び、各世界系を超えた連合軍を結成し、奴の足を引きずる。それでベヒモス様が準備なされている兵器が完成するまでの時間を稼ぎ、その策から目を逸らさせて完成と同時に一気に引導を渡す。」

「なるほど…。しかし、こんな事途中で気付かれてしまわないでしょうか。」

「そのような最悪の事態にならないように我々が仕事を果たすのだ。一つとて手を抜くな、さもなくば感づかれるぞ。」

「はっ!」

そして用を終えた斥候は再び任に戻る、ライトマサルは思索にふけながらリヴァイアサンごと智史をいかに足止めするかを練る。

彼は自分達の策の真の目的が漏れないように厳重な防諜を敷いていた、そのお陰でリヴァイアサン=智史以外の全ての生命体にはその策謀は知られなかった。

そう、智史以外には。

とても残念な事に、智史は最初から彼らの様子を把握していた、そして更にタチの悪い事に、何度も言っているが彼は常に進化をし続けて、そのペースさえぶっちぎった勢いで上げまくっていた、あらゆる面で。当然、彼らがいくら防諜を頑張ってもそれを上回るペースで「知る」力が桁違いに強化されては全く無駄だった。

その策謀の一部始終が全て智史に筒抜けである事を彼らは知らぬまま策を進める事になる、それはある意味で幸せだったのかもしれないーー

 

 

ーー翌日

 

「ヒーロー試験、行ってくるわ。お前ら、今日はどうすんだ?」

「このまま家にいるのも手だが、あまり好きではない。隣のW市でぶどう狩りでもするとしよう。」

「ぶどう狩りか…。そこに至った理由は何なんだ?」

「昨日、『明日どこ行こうか』と考え色々と調べていたら、W市はぶどうの名産地と知ってな、その時にかつて1人で元の世界に居た時に山梨県の御坂という地でぶどう狩りをした事を思い出した。そこでやったあの時以来、新鮮な生のぶどうを食べてなくてな、だからだ。」

「なるほど、どういう味なのかしら、W市特産の生のぶどうって…。」

「結構おいしいぞ。おまけに無農薬かつ自然の肥料や環境に与える害が全くない方法で効率良く栽培しているんだ。ただ、W市の行政の方がこのぶどうを市のブランド品としてこのぶどうに関する権利を殆ど管理し、そして街により金を落とすようにっていう感じでW市市内でしか買えないようにしてしまったんだ。

こっから行こうにも金はかかるし時間はかかるし面倒くせえ…。ああ、W市のぶどう、食べたいぜ…。」

「味は食べてみないとわからない、だからこそ一度食べてみる価値はあるな。しかし、お金をより市に落としたいという努力は理解不能ではないが、やっている事は何か間違っている気がする、少なくとも消費者の観点で見れば。

敢えてW市以外でも食べられるように販売し、W市の知名度を上げ、観光客を呼び込めるようにインフラを整備しながら、ぶどうと引っくるめて街づくりを進めてみれば如何だろうか。個人的にはこの方がより税収も、街の収入も増える気がする。」

「F市を面白半分で半壊させたお前が言うなよ…。あ、そろそろ行かねえとやばい。行くぜ、ジェノス。」

「はい、こちらも準備できました。行きましょう。智史、騒ぎをまた起こさないでくれよ。」

「了解した。」

そしてサイタマ達は出かけていく、智史達も少しして出る、そして出るなら閉めておくようにと渡された鍵を使い、玄関に鍵をかけた事を確認する。

そしていざ出かけようとした時に、この住宅街の住人の1人ーー中年の女性と運悪くばったりと出くわしてしまう。

 

「すみません、あなたが一昨日のあの異常気象を引き起こした人なのですか?」

「はい、そ」

「言うなぁああ!」

その住人は智史が昨日の事件の実行者なのかと訊く、智史はそのまま「はい」と答えようとするものの、次の瞬間、ズイカクがそれを阻む。

 

「ど、どうしたんですか?」

「いえ、ただの見間違いです…。もう、あの異常気象を引き起こした奴にそっくりそのまんまの姿だから、疑われちゃうじゃないか!」

「は、はい…。すみません…。」

「そ、そこまでやらなくても…。分かりました、すみません、疑ってしまって。人違いなのかしら。」

ズイカクは智史を敢えて智史本人のドッペルゲンガーとしてガミガミ叱る、その意図の真意を察しながらもこれ迄の自分がやったことの無計画性を思い出した智史は少しへこたれる。

その様子を見た女性は本人ではないと信じ込まざるを得ず、これ以上やると可哀想だと判断してその場を去って行ってしまった。智史達も人気がない所ーーゴーストタウン化した場所ーーを探してそこで改めて話をする。

 

「すまんな、本当に無計画で。」

「まあそう落ち込まなくても。しかし弁慶が義経にやった事を学んどいてよかったぁ〜。」

「あれは助かった、ありがとう。だが言いそびれていた事がある。」

「たぶん、僕達の事がばれたという事なんでしょ?」

「ああ、まだ詳細の把握にまでは至ってないものの、既に見知らぬ存在がいるという事で我々を知ろうという動きが本格化している。」

「恐らく、その動きの主体はヒーロー協会かしら。」

「多分な。腐っても奴らは人類を守る、強いては自分自身の利益も守る役目を負っている。自分達の脅威となる事を目の前にして動かぬわけがあるまい。

そして、もう一つ告げたい事がある。」

「え、それは何?」

「何れ名前も、姿もわかるかもしれないが、私を快く思わぬこの世界系の奴らとはまた違う存在がこの世界の住人達の一部に対して策謀を仕掛け始めている、今はまだ表面には出てないものの水面下では既に工作が進みつつある。

これ迄自分の好きな様に派手に暴れて来たからな、そしてその世界でも派手に暴れてしまった。それをいい事にして奴らは民衆を、この世界の上層部を煽動して我々を追い詰める算段だろう。」

「…え、それってなんかやばくない…?」

「そうかもしれんな、しかしその策謀は私にしてみればこれとない機会だ。何も考える術を持たされないように教育され、いいように煽動されている民衆に対して自分達の愚かさ、弱さを知らしめ、逆にこちらの好きなようにする(盛大に暴れ、破壊の限りを尽くす事もこの中には含まれている)にはむしろ好都合だ。さて、この話は取り敢えず打ち切って、改めてW市に行くとしようか。」

智史はそう言い終えると昨日の化学消防車ーーRosenbauer Panther 6×6ーーと同じモノを再びその場に生成する、そしてゴーストタウンの一角からその消防車が出てきた。

彼らを乗せた消防車はW市に向かっていくーー

 

 

ーーほぼ同時刻、ヒーロー協会Z市支部

 

「アマイマスク様、これ迄に集めた資料並びに証言によるとここZ市に「X」は存在すると考えられます。」

「既にそれは本部の重役から聞いている。僕がここに来たのはそんな下らない報告を聞くためじゃない。「X」とは何者かという事を確かめたいからここに来たんだ。」

「ですがアマイマスク様、「X」はF市を半壊させています。我々人類の脅威である可能性はとても高いです。」

「確かにその可能性はある、だけどそれは桃源団の件と少なからずとも関連性がある、もし桃源団がそこにいなくても「X」はF市を半壊させるような真似をしたのだろうか?」

「い、いえ…、ですがそれは…。」

「この事は市民の避難が事前に完了していた事もあれど、我々人類に対する悪意があってやった事とは僕には到底思えない。もし人類に対する悪意があったとしたら今回のときより被害は拡大し、大勢の民衆が殺されていた可能性さえある。」

「は、はい…。」

「(「X」…、「進化の家」の生き残りであるアーマードゴリラによると「進化の家」を壊滅させ、社会の敵であるA級賞金首ブルブルを殺し、たった今入った情報によるとA級ヒーロー、パネヒゲと黄金ボールを助けたという。怪人に敗れた2人はヒーローとしての基準を満たしていない事はさておきとして、今の所「X」が民間人や我々ヒーローと積極的に敵対し、攻撃しているーー僕の言葉で言えば『悪』たる事を確信させる物証はない。寧ろヒーローがやるべき行為の一部をやっているとさえみなす事も出来る。確かに、圧倒的な力を有している可能性は高い、だから脅威たるリスクはあるという考えも否定できない。しかしまだ民間人や我々と敵対している事が明らかでないというのに、こちらから真っ先に『悪』と決めつけ敵対するというのは如何なものか。もしそれに元から我々人類に対する敵意がなかったら、それこそ面倒事を新たに生み出してしまう愚かな行為だ。

少なくとも一度会って何者なのかという事を確かめてみるべきだ、その上で人類の脅威ーー『悪』とみなすかは考えよう。)」

A級ヒーロー第1位にしてヒーロー協会内にて強大な権限を持つアマイマスクは仮称「X」ごと海神智史の事を知りたがっていた、彼はこれまで体験してきた経験や智史に関する「情報」を基にして智史はこの世界の脅威たり得るのかを考えていた、そしてその「答」を自分なりに見出すために智史を探し出して直接会おうと考えていたのだった。

そんな物思いに耽るアマイマスクに望んでいたというべき新たな情報が入ってくる。

 

「アマイマスク様!W市の監視を担当しているA級2位、イアイマンさんより報告です!『W市郊外にて「X」と思わしき人物一行が確認された、これより目標と思わしき一行の追尾を開始する』との事です!」

「了解した、分かり次第随時僕の方に報告してくれ。」

 

 

ーーW市市街地郊外のとあるぶどう農家。

 

「お客様、随分と立派な消防車ですね。マニアの方でしょうか?」

「いえ、私達マニアじゃありません…。単に彼の個人的好みで…。」

「…やっぱ消防車は度を逸して目立ち過ぎてるぞ、大きさも結構あるし、色合いも目立つし…。」

「君の創る物を全否定する気はないけど、流石にこれはマズイんじゃないかな?目立ち過ぎて周りの人間達から注目されちゃってるよ。」

「個人的好みを優先するあまりにこうなっちゃいました、スミマセン…。」

「別に揉め事になってないからいいけど。ところで人間達が構えているモノ、何って名前なのかな?」

「これの事か?これはスマートフォンというんだ。」

「形はちょっと違うけど…、何処となく似てるねえ。」

「こいつにはカメラの機能が当たり前のように搭載されている、カメラとはモノを記録し、2次元ーーつまり「絵」の形にして表現するものだ。そしてこいつにはインターネットに接続できる機能がある、ぶっちゃけて言えば皆に情報が知れるようにしてしまう機能があるという事だ。」

「げっ、それってある意味マズイんじゃ…。」

「ああ。もうとっくにヒーロー協会の方にはこの事は知れているだろうな。私は奴ら、否全ての人間に自分の事を知られたくて行動していたからな、これはある意味必然というべきか。」

「自分を知らしめたいという欲望ーー自己顕示欲か…、以前の僕だったら堪らずセルメダルを投入してたよ。あ、ごめん、よく見てみたら人間達僕らじゃなくてさっきまで乗ってたあの赤い車ーー消防車に注目してたよ。裏を返せば僕らに対する注意は殆どないって事が示されたね。」

「まあそうだな、人目をあまり気にせずにぶどう狩りができるな。行こうか。」

あの後智史達はのんびりと化学消防車に乗って今いる場所までやってきた、普段見かけない「デザイン」をしていたせいかその化学消防車は人々に注目されはしたものの、その分智史達に対する注意は大きく削ぎ落とされた。

なのでヒーロー協会の人間達や情報調査に出ているヒーロー達を除き、彼らの事が本格的に社会に大きく知れ渡る事は特に無かった。

そして智史達は消防車に注目し撮影している人の群れを尻目にしてのんびりとぶどう狩りを始めた。

 

「ぶどう、沢山あるね。」

「そうだな、種類が多すぎてどれから食べていいのか少し分からんぐらいだ。」

「しかも生き生きとしてるな…。相当な鮮度があるって見ていい…。あ、これ食べていいのか?」

「試食として無料で提供されている、別に食べても構わん。」

「なるほどな…。んじゃあおばさん、これ、遠慮なく頂きます。」

そしてズイカクは試食として提供されたぶどうの実ーーオリンピアを口にほうばった、彼女は少し驚いた、ぶどうはこういう味がするのかという事に。

 

「このぶどう、何って名前なの?」

「カッタクルガン。皮が薄く、シャキっとしているのに水気がたっぷりとある珍しい品種。栽培がとても難しく、そのため販売する店も少ない希少な品種だそうだ。」

「へぇ〜。これはここでは珍しい品種なのか…。」

「ここでは、な。ここ以外はそうとは限らないが。」

「智史くん、これ美味しそうだから、ア〜ンして。」

「(今試食品として提供されたのはデラウェア、ワインによく使われる品種か…。しかし琴乃、私は子供じゃないのに…?まあ愛情表現ならいい…。)…あ〜ん。」

「手が、手が届かない…。」

「だったら脚立でも用意してもらおう。(クラインフィールドで階段を作って切るのも手だがそれだと人ならざる存在という事を自分からまざまざと示しかねないから、危険すぎる。まあいずれバレるとは分かってても、大騒動は今は起こしたくないものだ、目立ちたいという欲望と相反して。やはり私は矛盾に満ちた存在であることを思い再び思い出すな、だが矛盾した存在であるという事を少しでも受け入れなければ自分を更に不幸にするだけだ。)」

そして4人はぶどうを次々と切っていった、バスケットはあっという間に水気のある新鮮な多種多彩なぶどうで満たされていった。

お会計を済ませ、4人は消防車に乗り込む。

 

「沢山ぶどう手に入ったね。サイタマ君の所にも幾つかお裾分けしようかしら。」

「そうだな、全部独り占めはおかしすぎる。しかし、カネがあまりにも多すぎて中々減らないな、まあ切らさなければ特に問題はないのだが。ところでぶどう狩りの最中、サイタマとジェノスのヒーロー試験に関するデータを記録しておいた。」

「なるほど、どんなものなのか見せてくれないか?」

「了解した、ただしお前達にしてみれば我が目を疑うものかもしれないぞ、特にサイタマはそうだ。」

そして智史はスマートフォンの画面をズイカクに見せる、そこにはサイタマとジェノスの体力試験中の結果の一部始終を記録した映像が映し出されていた。

 

「な、何だこれは…。人間でない私達が言うのもなんだが、こいつ人間の域を超えてるぞ…。」

「やっぱり見た目で判断してはダメだという事をまざまざと示してるね…。」

これを見たズイカクとそれを横から見ていたカザリはサイタマが人間ではないーー自分達すら超え得るかもしれないという事をまざまざと思い知らされてしまった、2人は普通そうな見た目に惑わされてはいけないという事を改めて感じる事となる。

それはさておきとして、4人を乗せた化学消防車はそのぶどう農家を出ようとした、その時であるーー

 

「あ!あの人達です!」

「⁉︎」

「お前達かぁ〜‼︎F市を半壊させた元凶は!」

何者かが大声を4人に掛けた、見ると茶髪のお団子頭の若い女性とタンクトップと髪型が虎模様の筋肉質なガタイのいい男がそこにいた。

 

「ヒーロー、タンクトップタイガー!参上!」

「あの人達とても危ないんです!何とかして下さい!一昨日に化物のようなものを出現させてF市を半壊させたり、次々と人を殺害したりして…、怪しいです!」

そのガタイのいい男はタンクトップタイガーと名乗った、彼はC級6位のヒーローだった、C級でも並の犯罪者なら撃退できるだけの実力の持ち主である事は間違いない。おまけに上位なのだろうか、そこそこ知られていたようだ、現に周りの人間は彼を見て彼の名を口にしていた。

そして女性は智史達がやった事を曲がりなりにも知っていたようだ、智史達に対して早く排除してくれと男ーータンクトップタイガーに態度で話しかける。

 

 

「如何にも。だが先程言われた行為の実行者は私だけという事は覚えておけ。

私はテロ集団「桃源団」を撲滅する時に面白半分で化物を召喚して彼らを攻撃した、F市を半壊させたのはその際の事だ。殺人?ああ、A級賞金首ブルブル率いる強盗団「牛の胃袋」を1人残らず皆殺しにした事か。お前達にしてみればむしろ都合のいい事だぞ、こいつらを皆殺しにしたという事はこれ以上こいつらから不当にカネを毟り取られなくて済むという事なのだからな。」

智史は消防車から降りる、そしてこれまでの事を素直に認めながら人外だという事を示すようにしてサークルを展開し録画しておいた証拠映像を見せながら呟く、周囲は彼が人外だという事、そして先の女性が言った事を実行した張本人だという事を明らかに認識し始めていた。

 

「ふざけないで下さい!あなたが法律を守ろうとせずに好き勝手に行動したから多くの人が迷惑してるんです!」

「迷惑、か。お前達側からみればまあそうなるな。だが私は平穏に過ごしたいという気はあれどこの世界の法律を守る気など根本からない。そして力がある者ーーつまり力の争いに勝利した者が法律を創るのだから、法律を守ることなど気にしてはいない。ところで、何故このような事態は勃発した?」

「な、何言ってるんだ?お前が暴れたからだろうが!」

「一理あるな。確かに私は今回の事態の最大の原因だ。だがお前達大衆はこの事態をみずみずと見過ごし、そして私の手によって街が半壊する事を許してしまった。何故か?

お前達大衆には『力』が、そして『勇気』が欠けているからだよ。もしお前達大衆が桃源団の暴走をその場で食い止めるだけの『力』と桃源団のようなお前達にしてみれば悪質な輩を自分から止めようという『勇気』があれば私がF市を半壊させる程好き勝手に暴れる事は無かったろうに。

それらが無いから桃源団が来た時お前達は我先にと逃げ惑い、桃源団の手の届かぬところでヒーローが桃源団を倒してくれるのを期待する。しかし彼らは必ずしも桃源団を倒せるだけの実力を持っているとは限らん、現にすべてのヒーローが桃源団を倒せるだけの実力を持っているとは限らないという事、つまりヒーローがお前達の期待に必ずしも応えてはくれない事が今回の事件で示された。

自分の身を最後に守るのは自分自身とよく言う、あまりに強過ぎる脅威を排除できないところは如何仕方が無いにせよ、日頃から脅威を排除する為の『力』や『勇気』を鍛え身につける努力はしようとはしないのか?単に逃げ、他者に脅威の駆除を任せているだけでは脅威は必ず去るとは限らないというのに。脅威は自分から取り除こうとしなければ確実に取り除けないというのに。」

「うぅ…。」

智史は自分の考えを、指摘を、大衆に突きつけるようにして言い放った、それは的確に急所を突いており、そして悉く「現実」に満ちていた。それを聞いた大衆は反論する言葉もグウも出ずに悉く沈黙してしまう。

 

 

「く、か弱い人々に強くなれという事を強要するのか、強くなる道筋さえも無いというのに⁉︎ふざけるな!」

「当たり前の事を言っただけだ、そうでもしなければまた同じような事態は起きる、こんな事態を引き起こしたくなければ強くなるんだな。道筋が無い?『強くなる道筋は無い』と単に決め付け諦めているだけだろう、無いと決まったわけでは無いのだから。そう考える事こそ一番愚かな事だ、自分の弱さを、愚かさを、諦める事によって自ら改めようとしないからだ。つまり、お前達大衆は自ら進んで弱者になっている程とても愚かなのだよ。

そのぐらい愚かだからこそお前達大衆は本来なら『自分達の害を駆除する』という自分達がなすべき事をヒーローという輩に任せて責任逃れをしている、それはつまり自分の弱さを変えようとしない行為を発現したものだ。

だが、それだけならまだしもヒーローに害を退治する事を依頼し、期待するだけで汚職とかそういう醜いものには目もくれん、ヒーロー協会というヒーローの為の組織も自分達の都合のいいように管理しようとせん。管理、意思判断は全部ヒーロー協会自身ににお任せだ。そしてヒーローは、ヒーロー協会の人間は必ずしもお前達のなすべき事を素直に反映してくれる輩ばかりではない、だからヒーロー協会は汚職が勃発し、ヒーローは見返りなくばお前達の願いを聞かなくなる輩ーーつまりお前達の為よりも己の私利私欲を優先する輩へと変わっていく、目の前のタンクトップタイガーたる男がそうであるように。

F市で、そしてこの星で圧倒的な力を以て面白半分に大暴れしている私を恨み憎んでも別に構わないが、その弱さを変えようとせず、自身がやるべき事を遠慮無く他者に擦りつける程に弱い自分自身も恨むべきだな。」

「く、くそ野郎…。そう言って更に好き勝手に暴れるというのか…。」

「まあそうだな、私を止める?止められるなら止めてみるがいい。

おっと、その前に大事な事を示し忘れていた。」

智史はそう言うと今度は女性の方に顔を向け、どんどん歩み寄っていく。

 

 

「や、やっつけてください、この人私に何かする気です!」

「こ、この野郎〜‼︎見るからに怪しそうな目だ、みんな逃げろ、こいつは化け物だぁ〜‼︎気に食わなければ皆殺しにされるぞ〜‼︎

これ以上お前の暴挙を許すわけにはいかん!人間として穢れきったお前を粛清してやる!」

そしてタンクトップタイガーは智史に襲いかかる、それは虎らしい動きをした戦い方であった。

彼は汚れた手段を使ってでもC級6位に登るだけの腕はあった、並の相手なら粛清は容易かったのかもしれない。しかし今回の相手は一際と最悪だった、その相手とは、彼はおろか、もう神の域を超越しているというのに更に力を求め進化している、史上最悪の破壊神というべき霧の究極超兵器 超巨大戦艦リヴァイアサンごと海神智史なのだから。

智史は下らないと笑いながらこれを片手でやすやすと防いでしまう、そしてタンクトップタイガーは額を指一本で止められたままピクリと動かなくなってしまった。

 

「どうした、その程度か?事前に予測していたとはいえど、やはりその程度か。『虎』が名前についてるのか、その名を名乗るならば、せめてこのぐらいの刺激は欲しいものだ。」

 

ーーガリィッ!

ーーザクッ!

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!目が、目が、見えねぇ〜‼︎痛え、痛えよぉぉぉぉ!」

智史はタンクトップタイガーの顔を思いっきり引き裂く、否その肉を骨と眼球ごと纏めて抉り取ってしまう。引き裂かれた部分から大量に血が飛び散る、鮮血が周囲の土を赤に染めていく。

 

「そんなに苦しいか。では今すぐ楽にしてやろう。」

 

ーードスッ!

 

「ぐふぅ…。」

そして智史は止めとばかりにタンクトップタイガーの胴を手刀で刺し貫き、その勢いで体を片手で宙に持ち上げた、先ほどまで暴れていたタンクトップタイガーは腕をだらりと垂らして完全に動かなくなった。

 

「実に醜く、下らない奴だ。さて、先ほど殺した奴に殺せと命じた女の正体をここで示そう。ふっ!」

 

ーードゴォン!

 

「うわあっ!」

智史の手元から一瞬強烈な重力子の衝撃波が女性に向けて放たれる、それは周囲の大気を大きく振動させ煙を生じる、あまりの強烈さに周囲の人間は思わずバランスを崩して尻餅をついてしまう、やがて煙が晴れるとそこには女性の姿は無く、代わりに白く光る人の形をした石の彫刻のような存在がそこにあった。

 

「く、まさかこんな形であっさりと正体を暴かれるとは…。」

「見ろ。こいつがお前達や先程殺したタンクトップタイガーを扇動していた存在だ。こいつは私が好き勝手に暴れている事をいい事にして更に対立を煽り、この世界を更に悪い方向へと導こうとしていたのだ。」

「な、何のつもりだ、この世界も、これまでの世界も次々と狂わせ、破壊しているお前が言う言葉ではない!」

「そうか?いずれ分かるかもしれないが、お前も含めたライトマサルとやらの手下が大衆共やヒーロー達やヒーロー協会の人間達に私を攻撃するように更に策謀を巡らし煽動する事で私がこの世界をライトマサルの軍勢諸共跡形も無く破壊するという最悪の結末へと突っ走らせているのだよ、私にはこの世界で好き勝手に暴れる気はあっても壊すという気はなかったのだがなあ。残念だ、お前達の『各世界系の歴史を本来の元に戻す』という自分達の都合を優先したエゴによって引き起こされた行動によってこの世界はお前達が望まない最悪の方向に走り始めたのだから。

まあいい。今後も思う存分どんどん対立を煽れ。愚かな大衆に味方して私に決戦を挑め。そしてこの世界をお前達の軍勢諸共跡形も無く無へ帰すとしよう。それこそが私が望んだ最高というべき終わり方なのだから。

ライトマサルに宜しく伝えておけ、お前達の都合を優先した行動のせいで本来守るべき大衆諸共この世界は消し飛ぶという方向に私を走らせたと。」

智史はその白い存在に対して自分が言いたい言葉を言い終える、そして今度はその存在の首を片手で掴み上げ、そのまま凍りつかせてしまう。

 

「ら、ライトマサル様…、申し訳ありませ」

 

ーーザクッ!

 

「ぐぼぁぁぅぅぅ…。」

 

「ら、ライトマサルとは…。」

「私を快く思わぬ輩の1人であり、同時にその輩共を束ねる1人でもある。奴等は私がやった事を気に入っていないようだ、まああれだけ暴れれば気に入らなくて当然だが。」

「そして滅ぼすとか言っていたが、まさかサイタマ達も消し去る気か…?」

「消し去る必要があらば、だ。そうでなければ滅ぼしなどしない。ジェノスがお前に何か言っていたようだが、その内容、言ってみろ。」

「あ、ああ…。あいつは「この世界を滅ぼさないでくれ」と私に頼んできたんだ。」

「成る程な、ジェノスやサイタマは私をここまで走らせた元凶ではないから別に悪くない。だが問題は愚かな大衆共だ、口でいくら言ったところで自分から変わってくれるわけじゃない、理解を示す訳でもない。先程言ったように自分の愚かさ、醜さを受け入れようともしない。無論半分好き勝手に暴れたとはいえよそれが最終的には自分達のためになっている事を引き起こしているというのに私は悪者扱い。

そして私を気に入らぬ輩達はそれをいい事として奴らを更に扇動して私を追い詰め彼らと協力して私を殲滅する腹だろう。今の私はこいつらを全員返り討ちにして返し刀で世界を、人類を滅亡させようという気分だ。もう既にこいつらを余裕で滅殺する準備は整え、そして力は必要以上に身につけている、まあ外の外の世界を旅して新たに蹂躙劇を次々と繰り広げる事を考慮するに越した事は無いが。口で言って和解しようとしても徒労に終わるだろう、寧ろコケにされるだけだ。

そんな状況下だというのに、ジェノスの為に世界を滅ぼさないだと?言語道断。それでは汚れたものは残り続けるではないか。破壊と憎悪を背負わずして世界を変える事などできるものか。それに今汚れたものを悉く滅殺しなければいつ誰が滅殺する?私以外に居ないだろうな。何よりも中途半端で終わるのは私が一番嫌いな事だ。今目処が付いてない状況でたった1人の為にこの忌み嫌うべき世界を滅ぼさないなどまさに中途半端。だから止めん。気に入らないもの、道を阻む者は悉く破壊するのみ。

さて、一名こっそりと見ているようだが、そろそろ顔を出してもいいのではないかな?」

智史は何者かが隠れ、盗み聞きしている事を知っているかのように言う、するとイアイマンが現れた、彼は智史達を尾行し彼が引き起こした騒動の一部始終を逃げずに観察していた、彼が若い女性を攻撃しようとした時は流石に刀を抜こうと身構えたーーつまり大衆を攻撃するのではないかと考えたが、その女性が人間ではなく、白い存在だった事、最終的には大衆を批判するのみで攻撃する兆候が無かった為にその気を収め、警戒しながら様子を見ていたのだ。

イアイマンは人混みを押し分け、裂き分けて智史達の元に歩いていく。

 

「“い、イアイマンだ…。”」

「“は、早くこいつを殺っつけてくれ…‼︎”」

「先程言った訓示を受け入れず、相変わらず他人に任せて自分は安全なところにいようとするその醜い面を見たら一秒でも早く、跡形も無く消し去りたいのだが。」

「その気持ちは痛い程分かるけど、ここはちょっと堪えようか。後でさっき言った事を受け入れてくれる可能性がまだ無くなったわけじゃないから。」

「そうだな、お前の言う通りまだ可能性は潰えている訳ではない、ここはもう少し様子を見るか。」

大衆は相も変わらず自分達の醜さを受け入れようとしなかった、智史はそれを冷ややかな目で見つめる、そして消し去ろうと考え呟く、しかし琴乃に諌められてここは少し様子を見る事とした。

 

「…俺がA級2位のヒーロー、イアイマンだ。お前が、仮称『X』か?」

「如何にも。私がお前達ヒーローやヒーロー協会の呼び名である『X』に該当する存在だ、だが私の本名は海神智史。これからはそちらで呼んで欲しいものだ。」

「ワダツミ サトシか…。正体が判明したとはいえ、先程人間のようなものを攻撃しようとした時は流石に身構えた、何故その正体が分かった?」

「常に何時も、その正体を把握し続けているからだよ。」

「つまり、いつも見通していたからという事なのか?」

「まあそういう事だ、そして今顔を合わせたからには何時までも追いかけっこ、尾行ごっこをしている必要はあるまい。そして私達を尾行していたという事は私に会いたい、私の事を知りたい人間が多分いるだろうな、いきなりですまんが、その人間の元に案内してくれないか?」

「な、何故この事を知っている⁉︎」

「何故って?さっきと同じ理由だよ。さあ、その人間の元へと案内してくれ。事前に場所は知っていれどお前も一緒なら少しは嬉しい。」

「わ、分かった…。」

智史はアマイマスクが自分と会いたがっているという事を踏まえてイアイマンに道案内を頼んだ、イアイマンは多少戸惑いながらもそれを承諾する。

 

「“お、おい、イアイマンがあいつらと一緒にあの消防車に乗り込んだぞ…。”」

「“何のつもりなんだ…?”」

 

ーーゴォォォォォ…。

 

「“行っちまった…。攻撃されはしなかったけど、この後どうするつもりなんだ、あいつは…。”」

智史達とイアイマンのやり取りを遠巻きに見ていた大衆は消防車に乗って去っていく彼等の真意を理解せぬまま、ただポカンと見守る事しかできなかったーー

 

 

ーーヒーロー協会Z市支部のとある一室。

 

「そうか、遂に『X』と接触したのか…。」

「“ああ、『X』は『ワダツミ サトシ』と名乗っている、こちらから自分から会いに向かいたいと言って現在ここへの道案内をしている最中だ。一般市民に対する攻撃の兆候は見られなかった、ただ、本格的に接触する直前に一般市民に扮した人ならざる存在を確認した、そして『X』は自分を妨害しようとしたC級6位、タンクトップタイガーを殺害した後、その人ならざる存在が大衆やヒーローやヒーロー協会の人間を自分を攻撃するように煽動しようとしていると発言していた…。”」

「それが事実なのかはまだ判明していないが、現時点で集まっている情報から見るに『X』は我々人間社会への攻撃をやろうという雰囲気は今の所無いみたいだな、こちらから戦端を開いてはいない事だし。タンクトップタイガー?ああ、僕が口出しする必要性の無いランクのヒーローか、しかも彼はヒーローらしからぬ行為ーー売名行為、新人潰しといった悪業をこれまでに何度もしているヒーローの1人だから彼が殺されても僕は別に気にしない。取り敢えず報告ありがとう、『X』との会談は僕が行おう、君は道案内を済ませたら後はもう下がっていい。」

「“…了解した。”」

アマイマスクはイアイマンと通信で会話していた、会話からの雰囲気を見るにアマイマスクはヒーロー協会内で強大な権限を持っている事が僅かながらも伺えた。そして通信が切れる、アマイマスクは少し溜息を吐いた。

そして窓に肘をかけて日が暮れる空を見つめた、智史と会うときはもう直ぐであると考えながら。

だが彼は知らない、既に自分を暗殺しようとし、そして『X』ごと海神智史を自分を暗殺した実行犯として仕立て上げ、それを契機とした戦争が勃発するように仕掛けられたライトマサル達の陰謀が動き始めていた事に。

そしてその事の全容は当然かもしれないが智史本人しか知らなかった、智史は自分とその世界系の住人との戦争へと至る陰謀が始まるのを嬉しそうに待ち侘びていたーー


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