海龍のアルペジオ ーArpeggio of LEVIATHANー   作:satos389a

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今回は色々と入れようと書いた結果文章が一際と長いです。
真木とカザリが策を講じて智史を潰そうとしますが、それを見抜いていた彼により逆に嵌められてしまいます。あとグリード達が彼により一方的に叩き潰されます。
特にカザリとウヴァの扱いは酷めなので2人が非常に好きな方以外はお楽しみください。


第39話 策を逆手に策に陥す

「何?もう1人の方のアンク君が殺されたと?」

「ああ、ドクター。一矢を報いるどころか、逃れる余裕さえ与えられずに一方的に殺されたよ。それも彼を殺した相手は僕たちにしてみれば今まで見た事のない奴だ。普通エイジがオーズになってあいつと戦うはずだが、今回はちょっと様子がおかしかったんだ、エイジが出てこないし、あいつが出たことと何らかの関係があるのかな?」

「そうかもしれませんね。相手が火野君ーーオーズならあのアンク君は殺されはしなかったのかもしれませんが、今回彼を殺した相手は我々にしてみれば未知の存在です。彼を排除するだけの力量を見せつけたという事は我々にしてみればオーズに匹敵、いやそれ以上の脅威が現れたということになります。」

「つまり何の策も無しに直接戦うということは避けた方が良さそうだね。下手に突っ込めば各個撃破される可能性がある。奴を倒すとしたらまず奴に足止めを食らわせて行動能力を削ぐか、囮を使ってアンク達から大きく引き離し、隙ができた所でアンク達を潰して後方攪乱を行い、場合によっては人質も取って攻撃手段を潰し、最後に一気に殺る、それがベストだと僕は思うよ。それか、もしかしたらかもしれないけど、こちら側に誘い込むのはどうかな?僕達と同じ目的を持ってるかもしれないし。」

「カザリ君、君が望むとおりにそううまく事が運べばいいのですが現実はその言葉通りには進まないことを心得ておいた方がいいでしょう。相手がこちらの思惑通りに動いてくれるとは限らないのですから。」

「分かってるよ。さて、他のグリード達にもそのこと伝えなくちゃ。望む欲望が違っていても共通する脅威は一緒だからね。」

アンクロストがリヴァイアサン=海神智史によって一方的に殺戮される光景を瞼に焼き付けた猫系グリード、カザリはアンク除く自分達グリード達の司令塔というべき存在、真木清人とそう会話をする。そして彼は他のグリード達にそのことを伝えに行く、危険な存在が目の前に居るというのにそれぞれの野望について争っていてはその弱みを突かれて全員が各個撃破されるという最悪の結末を危惧していたからだ。そして彼は考えていた、智史をこちら側に引き込めないかと。

だがしかし、こんな企みさえ智史は1つも聞き逃してはくれなかった、何せ無意識のうちにこれら全てを耳で聞き取り、そして見えぬところからその様をこっそりと見ていたからだーー

 

一方その頃、鴻上ファウンデーション本社ビルの会長室ではーー

 

「何⁉︎オーズが潰されたというのか⁉︎」

「はい、海神智史というこの世界の外から来たと思われる人外の存在により、オーズドライバー諸共いとも簡単に潰されてしまいました。」

「なんと⁉︎それで彼がオーズを叩き潰したことに関する理由はあるのかね?」

「はい…、何でも、彼と戦いたかったという事らしいです…。ですが幸いな事に変身者である火野まで殺される事はなく、現在彼はクスクシエで安静を取っています。」

「なるほど、映司君、いやオーズと単に戦いたかった、か…。素晴らしい!綺麗事1つさえ飾られていない、実に素晴らしい欲望ではないか!後藤君、彼がなぜオーズと戦いたくなった理由、見極めてみたいと思わないか?ただの戦闘狂とは思えん、何か裏がある。」

「会長、それは一体⁉︎」

「君の報告書によると映司君は彼の手により連れ去られ、そしてここに連れ戻されたという。もし彼がただの戦いたいだけの欲望の持ち主ならば映司君は戻ってこなかったかもしれん。」

そう会話を繰り広げる鴻上ファウンデーション会長、鴻上光生と後藤。鴻上は智史によってオーズドライバーが壊された事に当初は驚き自身の目的が潰えたことを少し嘆いていたもののそうなった理由の背景について話を進めるにつれて、彼、海神智史がどういう人間なのかということに興味を示し始めた。

 

「いますぐ彼のためにケーキを作ろう、“この世界へようこそ、ここに来た事によって新たな物語が始まることを祝おう”という趣旨の!」

「か、会長、それでは彼という人間を見極められません…。」

「分かっているよ、里中君、海神智史君の位置は分かるかね?」

「はい、クスクシエで他の仲間達と一緒にいるようです。」

「ならば結構。このケーキが出来たら配達に向かってくれ。そして彼を明日ここへ連れてくる旨を伝えてくれたまえ。」

「分かりました、ですがもう直ぐ勤務時間外なので手当てを頂きます。これもビジネスですから。」

鴻上直属の秘書、里中エリカはそう答える。そして彼女は勤務時間外に働かせた分の給与を貰うことを条件として彼の元にケーキを送りに向かうことを承諾する。

 

 

そして、少し前、クスクシエではーー

 

「ただいま。いきなりで悪いけど、誰だか分かるよね?」

「あ、アンク…。そして、お、お兄ちゃん⁉︎」

「そ。うちがアンクからこいつを引き剥がした結果、こうなったんだよ。」

「で、でもそれじゃあアンクは…。」

「アンク?大丈夫だよ?うちがもう1人の方ぶっ潰した上でそいつから奪ったコアメダルと新規作成した同種類のものを投入してもうこいつに憑依する必要性を無くしたから。」

「ああ、こいつが勝手に俺が持っているコアメダルと同じようなものを複製し、信吾から引き剥がした上で俺に体を与えたんだ。」

「アンク…。」

「とにかく、お兄ちゃんを部屋へ。このまま放っとくのもアレだから。」

そして智史は信吾を担いで二階の部屋へと連れて、寝かせようとする、と、その時ーー

 

「…う、うう…。」

「映司君⁉︎映司君⁉︎」

寝ていた映司が、遂に目を覚ます、それに気がついた比奈は慌てて映司の元へと走る。

 

「比奈ちゃん…?ここは、何処なんだ…?俺は、死んでしまったのか…?」

「知世子さん!アンク!映司君が、映司君が…‼︎」

「え、映司が目を覚ましたのか⁉︎」

「うん、早く来て…‼︎」

映司が目を覚ましたことを聞いたアンクと知世子は慌てて二階の映司の部屋に向かう。

 

「アンク…。ここは、本当にクスクシエにある俺の部屋なの…?」

「映司、何を言っている、ここは本物のお前の部屋だぞ!」

「あいつに、アンク達がいる世界を壊される光景を見せられたんだ、だからこの世界はもう無くなったのかって思ったんだ…。」

「違う!もし奴、海神智史が本当にこの世界を壊していたら俺やお前はここにはいねえだろうが!」

映司はアンクのその一言にハッとする、そしてそれが夢ではなく、本当の世界であることを再認識する。

 

「あの光景は、嘘だったんだね、アンク…。でも、どうして俺はここに…。」

「よく分からねえ、ただ奴がここにお前を連れ込んだ、それだけだ。そこまでの記憶は…、覚えてないか…。」

「そうか、異次元に誘い込まれた後にあいつと戦って、そしてぶった斬られてオーズドライバーがぶっ壊れた所で意識が途切れたから…。」

映司は当初は幻想かと戸惑ってはいたものの、次第にそこは現実の世界だと確信していく。そしてそれを裏付けるようにして彼を傷つけた張本人が姿を現す。

 

「アンク、その様子だと火野映司が目覚めたみたいだな。」

「ああ、映司、お前に大怪我を負わせた野郎、海神智史が目の前にいるぞ?」

映司はその張本人ーー智史の姿を目に捉える、しかし心の奥底から湧いてくるものは大事なものを奪われ壊されたことによる怒りではなく、そのこと自体が真っ赤な嘘だったということに対する困惑だった。

 

「どうして…。わざわざこんなことを…。」

「どうしてって?憎しみに溺れて私に対する憎しみ以外を持たずに突っ込んでくるオーズ=火野映司、最強の代表格としてのオーズ=火野映司と戦い、そして蹂躙したかったからだよ。」

「……そんな欲望の為に、俺を騙すなんて…。」

「私は自分の欲望が赴くがままに生きたくてな。その欲望を抑える気など微塵も湧かん。どうだ?軟弱な綺麗事など、そこに存在などしないだろう?」

智史はそうバッサリと言い放つ、その言葉に映司は返す言葉を失って沈黙してしまう。

 

「さて、今度は私がお前に聞こう。お前は何の為に仮面ライダーとなり、戦っている?」

「困っている人、苦しんでいる人を助ける為だ。」

「ほう。そういう輩を守ることが皆の為にもなるし、人を助けたことによる笑顔という対価を貰えて自分を満足させることになって一石二鳥だとお前は解釈しているようだな。だがその言葉を礎として行われている行為は、本当に皆の為になっているのか?それだけで皆の為になるというのか?場合によっては対価を貰う為に行ったそれが皆の為にならぬこともあるし、最悪の場合はそれ自体が逆に皆の不都合となることもあるぞ?そもそも、『皆』とは、何処から何処までを指し示している?この社会の守る価値にも値しないクズ、他の他人の何の為にもならない死すべきクズも困っている者なら助けるべき者と捉えてお前は守ろうというのか?」

「ち、違う…‼︎」

「違わないな。今言ったその表現だとお前の為にならぬ者、お前と敵対する者まで守るという風に受け取れる。もしそれではお前やその他の他人の害になるものが残ってしまうではないか。

言葉は使い方によっては己さえ殺める凶器ともなる、その言葉が持つ意味さえ深く考えずに自己満足の為に動いているようでは、お前は、この世界ではヒーローではなく、ただの単なるお節介者ーー偽善者だ。ヒーローはボランティア感覚でやるものじゃない。」

「ち、違う…。俺は、そんなことの為に動いてなんかいない…‼︎」

智史は映司の言葉にある矛盾を突くかのように冷たく言い放つ、映司はその言葉に絶望を感じて動揺する。そんな彼を庇うのかのように比奈は智史に悲しみを込めた眼差しで智史に食らいつき、こう言う、

 

「海神さん、映司君は、映司君は自己満足の為になんか戦ってないです!彼は、彼はみんなを守らなければいけないという誰も受けたがろうとしない義務を、たった1人で引き受けているんです…‼︎」

「そうだな。普通の奴らならやりたくないことをやれてるあたり、褒めることはできよう。だが、それは周りの人間、いや周りのあらゆる事象も考えて引き受けたと言えるのか?仮面ライダーとなって戦っている理由は“人助けがしたい”だったな、だがそんな偽善まみれの自己満足を最優先として周りの状況を読むことなく勝手に動いていたら、人助けどころか、最悪の場合、大迷惑を引き起こしていたぞ?自分の欲望のみに従い、綺麗事1つさえ従わずに行動しているならまだしも、自分の正義、信条という軟弱なもの、綺麗事に従ってやっていることが長期的に見ればかえって周りの為にならんこと、強いては自分自身の為にもならぬことを必ずと言っていいぐらいに生み出す。自分の掲げた正義は最終的に自分の首を絞め、身を縛り、刃となって返ってくる。実に馬鹿馬鹿しいことよ。」

まあ私も何も考えずに欲望のままに動き、他者を省みぬ所はあるし、火野映司本人も使命感で戦ってるところもあるから全部自己満足のみで動いているとは言えんが。

「智史、幾ら何でもちょっと言い過ぎだぞ、やっと目覚めてよかったってところでこんな発言はキツすぎる。」

「分かっている、だからといって何も指摘せずにそのまま仲良しごっこもアレだからな。」

智史はそう言い終えると部屋を出る、そして玄関扉を開けて日が落ち始めた西の空を見つめる。

 

「琴乃か。夕焼けが綺麗だな、雲ひとつさえない空だから。」

「ええ。智史くんが火野さんに言ったことについて聞くんだけど、基本的なことは間違ってない。でも、世の中には見返りを求めずに人助けをする人、人の為になるようなことをする人もいるのよ。」

「成る程な、そういう心の優しい人間もいる、だが自分がしたことがどのような影響を与えるのかまでは考えている奴はごく稀だ。」

「そうね、無償の愛は大切なことだけど、それによって行われた行為が誰かを傷つけているかもしれないわね。」

そう2人は会話する、そこへ、黒い高級車が一台、彼らの目の前に止まる。

 

「あなたが海神智史さんですか?」

「ええそうですが、何か?」

「鴻上ファウンデーション会長直属の秘書、里中エリカといいます。鴻上会長からあなた宛にケーキをお預かりしています、どうぞ。」

黒い高級車から降りてきたエリカはそう言い智史にケーキを渡す、智史は断る勇気が元から無いせいなのか、少し戸惑いながらもケーキが入っている容器を受け取った。

 

「あと、鴻上会長が明日あなたにお会いになられたいと仰られていました。何か都合が悪い事でもありますか?」

「いえ、特に何も。こちらも鴻上会長とお会いになりたいので。」

「分かりました、では、明日連絡して頂ければこちらの都合のいい時間帯に迎えに来ます。」

そしてエリカは智史に自分の名刺を渡すと車に乗って去っていく、日が静かに沈み、空を暗闇が支配していく光景をバックにしながら。

 

「智史くん、鴻上さんは何でケーキをわざわざあなたに?」

「物事の誕生に価値を感じているからだよ。ではそれがなんでケーキと結びつくのかというと、誕生日の時はケーキで祝うという習わしに基づいてケーキを作るのではないのか?」

「成る程ね、中に入ったら早速中身を見てみましょう。」

2人はクスクシエに再び入る、そして容器を開いてケーキを見る。そして“Happy Birthday Satoshi!”という文字が真っ先に目に入ってきた。

 

「一から十まで調べ尽くして事前にこういう趣旨のモノが出てくると分かりきっていたとはいえ、普遍的意義で捉えた場合、私は、この世界で生まれた訳ではないと言い切れる。」

「そうね、智史くんはこの世界で生まれた訳ではない。それよりも智史くんや私達がこの世界に現れたことで新たな物語が始まるということを祝っているのかもしれないわ。」

「だとしたらそれは鴻上光生という人間の器の大きさを改めて物語っている事になるな。ますます会いたくなってきたわ。」

智史はそう呟く、しかし次の瞬間に不穏な気配を察する。

 

「…ふん、火野映司達、そして私達と敵対しているグリード達が作戦の会議中か…。恐らく私を餌で釣って非戦闘員から大きく引き離してその隙を突くように急襲して人質を取り、攻撃手段を削いで最後に一気に私を殺るというものか…。よく用いられる普遍的な策略とはいえよ、有効性並びに脅威性はある。だが残念だったな、こちらがこの旨を知っている以上、対策を練ることは出来る…。策略が成功しているという風に欺き、引っ掛け、そして全員返り討ちにしてやろう。」

さて、策を練るとしよう。堅実に、迅速に、しかし確実に終わらせるとするか、ーーとは言っても進化のし過ぎで0.0000001秒も経たない内に確実なシミュレーションが大量に出来、直ぐに対処できてしまったから、現実として直ぐに叶えられるようになってしまったな。実に素晴らしいことだ、これからもこれに満足せずに更に更に鍛えていこう。だがやはり、湧いてくるのだな。かつて湧いてきたようなものとは表面上は違えど、本質的には同じなあらゆることがあっさりと、簡単に終わってしまうようなこの虚しさ、物足りなさが。そうか、それが私を外へ外へ飛び出していくように突き動かし、最終的には己を高める原動力の1つとなっているのか。

さて、あっさりとぶっ潰しても構わないが、それだとさっぱりしすぎて詰まらん。この駆け引きを楽しみつつもぱっぱとお開きにしなければならないほどの長期戦にならないようにしなくては。

「智史くん、なんかあったの?」

「ああ、我々と敵対している者達が策を練り始めたようだ。今すぐ実行に移すとは言えないが、恐らく人質目当てでお前や他の仲間もお狙いだろう。念の為に私の側に居てくれ。」

話の流れとは不自然な独り言の内容に不思議がる琴乃に智史はその独り言の理由を自分のありのままに、しかし事細かに語る。そこにーー

 

「あ、あのさ…。君が、俺の体内にあった恐竜系のコアメダルをすべて破壊してくれたの?」

「そうだ。アレはお前の身のためになどならんと判断したからぶち壊した。理由?お前のことが少し気にかかったからだ、それだけだ。」

「成る程な。でも良かったぜ、これで映司は暴走しなくて済む。ところで、あの光景見せられてから、お前に対する感じは恐怖と絶望しかねえ…。なんなんだあの物言わぬ威圧感は…、底が、底が見えねえ…。今は滲み出てねえというのに、何故だ、何故かあの気配は強大さを増しているような気がしてならねえ…。」

アンクの発言は智史の恐るべき本質ーー常に進化、学習し、更にはそのペースさえ増大させていくという異常なまでの自己再生、進化能力ーーを半ば言い当てていた。それにその本質が僅かだけしか出ておらず、しかもそれ以外は普通な状態だったのがかえって彼の本質に対する恐怖を増大させていた。

 

「あ、寝泊まりする場所探さないと。琴乃、ズイカク、どこかで夕食食べた後で一旦リヴァイアサンに戻るか?」

「せ、折角だからここ暫くの間泊まってもいいよ。最初は悪い奴なのかなって思ってたけど今はその真逆で俺の命を救ってくれた恩人だから、さ。」

「そうか?随分と気前がいいな。まあいい、遠慮なく泊めてもらうとしよう。」

そして智史達は夕食、ケーキを食べ、その日はクスクシエに泊まるのだった。そしてその日の深夜、

 

ーー火野映司、お詫びとしてオーズドライバーを直しておいたぞ。

智史がこっそりと映司の部屋には入り、そして真っ二つとなったオーズドライバーに何かを弄るようにして触れ、そして去っていく。その後には眠っている映司と、元どおりの姿のオーズドライバーがそこにあったーー

 

ーー翌日

 

「行くとするか、鴻上光生の所へ。」

夜明け、智史はエリカの名刺に記されていた電話番号を入力して、エリカに迎えの連絡を寄越す。

 

「鴻上さんの所に行くの?」

「ああ。一度会ってみたい人物だからな。」

「そうか。ところで、何で夜が明けたらオーズドライバーが元どおりになってたの?もしかして、またしても君が?」

「そうだ。お前が寝ている隙にこっそりと直しておいた。お前の為ではない、ただ単に私がそばに居なくてもお仲間を守る為に使える防御手段を増やしただけだ。」

「なるほど、昨夜の会話聞いてたけど、恐らくグリード達が人質を取って君の攻撃手段を削ぐという策への対応策なの?」

「そうだ。恐らく私を釣って隙を作ることでここを急襲してくる可能性が非常に大きい。その時に人質を取ってくる可能性がある。そこを逆手に取ってカウンターを仕掛ける。概要は昨夜言った通り、私がワナに引っかかり、かつ彼らの気配がここクスクシエにあるーー策略が成功したと見せかけて釣り上げ、盛大に返り討ちにするというものだ。しかし知世子さん達本人がそのままそこにいることは作戦上のリスクが大きい。なので知世子さん達を一時退避させた上で彼らそっくりの気配を出す“デコイ”を置く。だが私がこの旨を伝えても彼らはそう簡単には信じてはくれまいだろう。彼らを動かすことが出来るのは現状では映司、お前とアンクぐらいだ。協力してくれないか?」

「分かった。直ぐに比奈ちゃんや知世子さん達に伝えとくよ。…でも、俺携帯電話持ってなかったんだよね…。」

「受け取れ。基本的には私の独壇場だが、万が一のことも考慮し、奴らが動き出したら連絡してやる。」

映司は明日のパンツと小銭以外は何も持たない男である、それ故に携帯電話など持っていなかった。智史はこんなことなど見透かしていたかのようにトランスレシーバーを瞬時に生成して、映司に渡す。そして彼は知世子達の見た目そっくりのデコイを瞬時に生成してその場に出現させる。同時にグリード達の生体反応探知能力に強力なジャミングを掛け、本物の方の生体反応を完全に消し、デコイがグリード側から見れば本物に見えるようにした、切り替わった際の違和感を感じさせず、こちらの意図を悟らせないほどの丁寧さを伴って。そして生み出された『彼ら』は開店準備をしていた本物の知世子達の前に姿を現す。

 

「え、何で私がもう1人いるの⁉︎」

「知世子さん、これから囮作戦を行うんです。海神さん曰く、自分が離れている隙にグリード達が知世子さん達を狙ってくるだろうからそれを逆手にとって返り討ちにする為にこのようなデコイを作った上で一時退避して欲しいとのことです。」

「何でグリードがここに攻めてくると言い切れるの、映司君?」

「恐らく敵の殺気に感付きここを離れるようにしてバラバラにならずにここでいつも通りにのほほんとやっている、だからこそグリード達を釣り易いと智史、おまえは判断したんじゃねえのか?お前の話を盗み聞きしていたが、あれは本当のようだな、本当にそっくりの内容だ。奴ら、あいつを釣ることでお前らを人質に取り、あいつを追い詰めるつもりだ。」

「アンク、補足ありがとう。ところで…、いつから私に対する呼び名が名前の方になったのだ?」

「…そ、そんな神妙な目でこっちを見るんじゃねえ…。お前なら、言わなくても分かるだろう…。」

「分かっている。さて、知世子さん。比奈さん、信吾さんと共に一時避難して下さい、この作戦の責任は全て私が負いますので。」

智史はそう言い終えると目の前にワープホールを出現させる、リヴァイアサン艦内とここクスクシエを繋ぐ連絡手段として。

 

「ここを通ればクスクシエではない別の場所に出るのね、ありがとう。」

「いえいえ、とんだ大迷惑を掛けてしまっているようですからこの程度など取るにも足りません。絶対的に安全とは保証はしませんが、それでも最も安全な場所は用意は出来ます。」

そして本物の知世子達はリヴァイアサン艦内へと移動する、まあジャミングが機能しっぱなしなので余程近くまで行かなければばれないのだが、万が一のことも考慮し、最も安全な場所と胸を張って言える存在ーー自分の血肉であるリヴァイアサンの艦内を彼らの避難場所とし、また移動中に発見されるリスクも考慮し、時空空間を捻じ曲げ、ワープホールで直接移動することとした。同時にデコイ達が彼らがいつも行なっているパターンを参考にして行動を開始する。

これで、真木一味の策略を迎え撃つ体制が完成し、あとは智史の独断場と化した。最もこれが失敗しても、智史にしてみれば致命傷には全くならない。何せ失敗したらさっさとグリード達を始末して仕舞えばいいだけのことなのだから。そもそもこの策略自体が智史にしてみれば暇つぶしというべき一種の座興でしかなかったからだ。

そしてその後なのだが、デコイを使った朝食は本物が作るものよりも精神的にいい感じがしなかった(味的な意味ではない)ので、智史達はクスクシエの近くにあったコンビニで軽食を買って、そのまま食べることにした。

 

「随分と大掛かりな策略だな、智史。だが失敗したらどうするんだ?」

「ぱっぱと奴らを片付けて仕舞えばいいだけのこと。だがその言葉の通りに片付けてしまったら少し楽しくない。だから暇つぶし、そして楽しみとしてこの策を練った。」

「ひょえ〜。恐ろしすぎだ…。あ、車が来たぞ。」

「迎えが来たか。さて、琴乃、ズイカク。これから罠に釣られるように見せかけることも兼ねて鴻上光生の所に行こうか。」

「ええ、行きましょう。」

「アンク、映司、囮が出てきたらあえてそのまま突っ込むという釣られ役、頼んだぞ。クスクシエのヤツは私が仕留める。」

「分かった、でもそれじゃあ」

「私達を模したデコイも囮に敢えて突っ込ませるから問題無い。」

丁度軽食を食べ終わった所にエリカが乗る迎えの高級車が彼らの目の前に止まる、そして彼らはその車に乗り込み、鴻上ファウンデーション本社ビルへと向かう。

 

「車が一杯だぁ。前になかなか進まない。みんな働きに行くからか?」

「まあそうだ。そのせいで先程の光景ーー渋滞が発生している。今はまだマシだが、日が昇ってくるにつれてどんどん激しくなるぞ。」

「車から見る景色も、電車の時とは違って、また新鮮ね。」

「ふっ、そうだな。車の方が『街』により身近だからより近くに街を感じられていい。」

 

「着いたぞ。」

「こりゃ随分と派手だなあ。街中で見てきた建物もガラス張りで中々に凄かったけど、これは様々な表情が混じってるからそれ以上だ。」

「そうだな、ただの四角形の形をしていないし、ガラスに青空が映えているから美しい。」

「こんな建物も私が生まれる前にはあったんだよってお父さんから聞いたわ。」

鴻上ファウンデーション本社ビルの前に着いた智史達は思わず感心してしまう。そして智史達は会長室へと案内されるかのようにエレベーターに乗り込む。

 

「会長、お連れしました。」

「そうか。ご苦労、里中君。これは報酬だ、受け取りたまえ。さて、君が海神智史君か。」

「はい、私が海神智史といいます。連れの方の名前は天羽琴乃と、ズイカクです。」

「なるほど、君は外から来たと言っていたね。あ、遠慮なく腰を掛けたまえ。」

「(すげえ強面ヅラだな、智史…。)」

「(ああ、ピンクのスーツもそのキャラ味を一際と際立たせているからな…。)」

会長室は街を一望できる程の大パノラマを備えていた、そしてそこに置かれている様々な小物や装飾が会長室としてのその部屋の価値を一際と高める。そして智史達は鴻上に促されるまま、彼の名刺を受け取り、そのまま席に着席する。

 

「さて、君がオーズと戦った理由は、単に彼と戦いたかったという理由からだね。」

「はい、その通りです。」

「ではその理由が生まれた背景は?」

「自分を高めた結果の試金石としてたまたま彼を選んだからです。」

「自分を高める…。素晴らしい!その欲望によって新たな物語、時代が生み出されるのだから!

しかし、だ。そうしたい理由は何なのかね?普通の人間ならいずれ満足してしまいそうなものだが、君は際限なく求めそうだな。君がそこまでして強さを求め続ける理由、何か訳があるな。」

そう言われ智史は霧の究極超兵器超巨大戦艦リヴァイアサンとして転生する前の過去を思い出す、かつて周りとは異なっていた性格を持つ自分を受け入れようとしなかった没個性的な社会を変えられるだけの力が無く、ただ他人の言うことしか聞くことができなかった屈辱と諦観が入り混じった時のことを。

 

「はい、私は力が無かったことによる己の人生を変えられぬ不自由を味わったが故に、力を欲しているのです。ですが上には上がいるという言葉の通り、自分より力を持つ者が居るという可能性に押されるようにして底知れぬ勢いで己を鍛えています。」

「ふむ…。後藤君から聞いたが、君は外から来たのかね?」

「はい。」

「それは外には自分より強い敵がいるということを危惧し、いずれそいつらによって己の身が滅ぼされるーー死を恐れているからなのかな?」

「その通りです。いずれ自分がしたことの業が自分自身に返ってくる、今のままではいずれ殺されてしまうのではないかと危惧している自分が居るからです。」

「なるほどな…。自分がしたことによるしっぺ返しによる破滅を防ぐ為に自分を高めるのか…。だがこういう仮定も出来る、強くなり過ぎたらなり過ぎたで脅威と見做され、君のことを恐れる他者により、殺す前に殺されるのではないのかね?」

「“殺られる前に殺る”。そのコンセプトに基づく行為を受ける側のことを言っているのですか?」

「まあその通りだ。君は己を鍛え上げ、力を徹底して手に入れることで自分が望まぬモノを排除しようという弱肉強食のコンセプトに基づいて己を強大にしているようだが、それによって得た力が他者から見た場合、圧倒的な恐怖と脅威を与えることになる。彼らがこの存在から完全に逃れる方法はただ1つ。殲滅される前に君を殺すか、その勢いを削ぐしかあるまいだろうな。」

鴻上の指摘に智史は少し納得する。自分が持っている力を滅茶苦茶に増やし、それにより己を更に強大としていく行為が破滅を呼び込むという形は違えど今まで認識してきたことと本質的には同じ別の可能性を見出せたからだ。

 

「そうですね、だが私はそれによる破滅さえ打ち砕き、逆に破滅を齎すようにして進化しましょう。進化を止めるのは自然の摂理である変化の流れに対応しようとしない行為です。いずれそんな状態のままでは滅ぼされるべくして滅ぼされます。」

「ふふふ、殺られる前に殺るというコンセプトに基づく破滅さえ打ち砕こうとは…。自分の運命は自分で決めたいという生き様を貫くか、素晴らしい!欲望の赴くがままに自分の生き様を貫き、そして誕生を齎すといい!今日が君の新たなる生のハッピーバースデーだ!」

“殺られる前に殺る”というコンセプトに基づく破滅さえ打ち砕いてもなお、自分の好きなままに生きたいという意志を露わとする智史に鴻上は賞賛を送る。

 

「ありがとうございます。ですが覚えておいた方が良いですよね、自分の欲望に基づく意志を力づくで押し通して生きるということはその分だけ他者を捻り潰してしまうという事実を。」

「そうだな、ところで2人共、今度は君達に聞くが、君達には欲望はあるのかね?」

鴻上が琴乃とズイカクにそう語りかけた、その時である、突如として備え付けてあった電話が鳴り響く。近くにいたエリカが慌てて受話器を取る。

 

「はいーー、分かったわ。グリードが、2体現れたのね。」

 

ーーガチャン

 

「会長、新宿にグリードが2体出現。現地警察が現在応戦中とのこと。後藤君とライトベンダー隊が現在急行中、SATと現地警察と協力して対応するとのことです。私も向かいます。」

「分かった、里中君。直ちに出撃してくれ。ーー智史君、何か言いたげな目をしているな?」

「はい、先ほど里中さんが言っていたアレは陽動でそれで映司君達を釣り上げている隙に別のヤツらが映司君の仲間らを襲ってくる気がしまして。なので。」

「成る程…。なら行くがいい、咎めはせぬ。」

「鴻上会長、ありがとうございます。」

智史達は会長室を慌てるようにして出て行く、そしてエレベーターに乗り込む。

 

「予め定めた作戦通り、デコイを使うのね。」

「ああ。そうでなきゃ自分が釣られていると騙し切ることができない。映司、新宿で囮が動き出したぞ。」

「“分かった、今すぐに向かう。”」

さて、鴻上光生との会話で確認したことを糧として自分を更に更に強大にするとしよう、観察眼も磨きながら、な。

 

ーーほぼ同時刻、新宿

 

ーーパパパパパ、パパパ!

 

「退避、退避ぃぃ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「くそぉ、化け物めぇ!」

新宿の市街地には既に一般人の人影は無い、皆恐れをなして逃げ出したからだ。そして代わりにいるのはグリード2人ーーガメルとメズールと、応戦する現地警察だった。

この世界の警察はグリードが生み出すヤミーによる凶悪事件に備えて武器を強化していた、通報があってから対処に移行する前にオーズやバースといった仮面ライダー達に始末されている程の小規模犯罪でその努力を見せられはできなかったが。

彼らは仮面ライダー達に怪人達の始末を任せたくはない、だからといってヤミーはこの世界で『法律』に基づいて裁けるような存在ではないこと、それにこれ迄に次々と一般社会に害をもたらし続けたこと(仮に殺しても保護する法が存在しない為に法律上問題は無いこと、仮面ライダー達と彼らを支えるバックアップが居なければ救われなかった命もあった、そして何よりも仮面ライダー自体が小回りが利く単体高火力の対グリード、ヤミー用のユニットとしては強力だったという理由も存在する)から、彼らを社会的に裁くことも難しかった。

それはさておき、今回戦闘が勃発したのは彼らの近くだった、彼らは日頃積んでおいた訓練の成果を見せつけるべく戦闘を開始する、だがしかし、装備している火器ではなかなか彼らの進撃を止められない、並のヤミーなら鎮圧できるほどだというのに。

それでも、警察は一般市民を守るという義務、そして彼ら仮面ライダーが到着するまでの時間を稼ぐという目的に従い、彼らを牽制しつつ戦う、しかし彼らもまた積極的に反撃し警察は被害を出す、オーズやバース、智史達をまるで誘うのかのように。

 

「メズ〜ルぅ、これ全部ぶっ壊していい?」

「いいわ。もっと暴れて、ガメル。彼らが寄って来るほどに。」

「やった〜!俺、メズールの為に、こいつら、全部、壊す〜!」

 

「映司!居たぞ!ヤツらが!」

「うん!」

陽動としてあえて目立つようにして盛大に暴れるメズールとガメルを見つけたアンクと映司、敢えて引っかかった上で戦えと智史に言われているのでそのまま突っ込んでいく。

 

「仮面ライダーか⁉︎頼む、こいつらを止めてくれ〜!」

「(智史は言っていた、状況を読んで行動しなければ最悪ただの迷惑に終わると。それは納得できる、でも、動かなければ救えるものも救えはしない!)変身!」

そして映司は仮面ライダーオーズに変身する、たとえ偽善と罵られようとも誰かを守りたいという本能のままに。

 

「火野…‼︎変身!」

それに続くようにして後藤もバースに変身する、同時にライドベンダー隊とSATが展開を開始、生き残っていた警察部隊と連携してオーズとバースを援護するかのように射撃を開始する。

 

「こいつら、しつこい…‼︎」

「くっ、忌々しいわね…‼︎」

オーズやバースとの連携は不完全ではあるものの、それでも適所でガメルとメズールの動きを妨害するかのように炸裂する、その攻撃を鬱陶しく、忌々しく感じる2人、コアメダルが足りず不完全なせいか、それとも彼らの攻撃に有効性があるのか。

 

「もう一匹来た!今度は誰なの、メズ〜ルぅ⁉︎」

「オーズやバースでは無い…。でもカザリから聞くに恐らくアレはもう1人の方のアンクを抹殺した存在ね。」

智史の姿を捉えたことで彼がまんまと囮に引っかかったことを確信し、策略通りに行ったと確信、いやそう欺かれてしまう2人。アレが『デコイ』だと気付かずに…。

因みにアンクは傍観していた、下手に手を出せばグリードである事がバレて誤解を招き、猛烈な迄の弾丸の雨を食らうかもしれない。完全体とはいってもそれは忌々しいものであることは確かだった。それにその事がバレることによって今後の自分の行動に支障が出ると彼は危惧していたからだ。

 

「デコイか…。ふっ、智史のヤツ、言ってた通りに表面上はこいつらに引っかかったと見せかけ、本当はちゃんとクスクシエに向かったようだな。残念だったな、カザリ、ウヴァ…。お前らはあいつの策略にまんまと嵌まっちまったな…。」

 

 

ーーほぼ同時刻、クスクシエ。

 

 

「いつも通りだね。」

「ああ、あいつの気配を感じない。やるなら今のうちだ。」

「それはそうだけど、でも何か上手くいきすぎている気がする。策略にまんまと引っかかったから、そのまんまこっちに来てくださいって言っているような…。何か、不気味すぎる…。」

「まあいいじゃねえか。ドクターとお前が会話して練り上げた策がそのぐらい上手く行ってるということだ。早く人質を取るぞ、あの2人が囮であるということがバレ、こちらの意図に気が付いて阻止しに来る前にな。」

そう会話するのは先程アンクが言っていたグリードのカザリとウヴァだった、2人は策に上手く引っかかったと確信、いやそうなるように欺かれてしまいここクスクシエに人質を取るために現れたのだ。

 

「中は…、まだ気づいていないみたいだ、ターゲット以外誰もいない…。」

「なら行こうぜ、早く!」

そして2人はグリード化してドアを開けて侵入する、因みに客は居なかった、というのも智史がこっそりと『クスクシエに行きたい』と考えている人間の欲望をこの日に限り書き換えてしまったからである。

 

「動くんじゃねえ!殺されたくなかったら大人しくしろ!」

「変な真似をしたら、殺すよ?死にたくなかったら、大人しく従え。」

ウヴァとカザリは脅すようにして威圧する、だがしかし彼らが返した反応は自分達が想定していたものとは少し異なっていた。なんと驚き、キョトンとしていたのだ、というのも智史が前述した通り、彼らは智史が作ったデコイだったので、指定されたパターン以外の行動は仕込まれていなかったので無反応だったのだ、本人と同じ気配を出しているというのに。そして困惑が彼らに襲いかかる。

 

「お客様、何用でしょうか?」

「…あれ?様子がおかしい…。」

「おい、話を聞け!聞くんだよ!これが見えねえのか!」

「騒ぎを起こされては困ります。ここは騒ぎを起こす場所ではありません。」

「こいつら…、何故だ、何故怯えねえんだ…⁉︎」

凶器が齎す死の恐怖など気にしても居ないのかのように平然と説教を仕掛けてくる知世子、それがダミーだという事を知らされていない2人は大いに困惑する。

 

「あ、あの〜、話、聞いてるの…?」

「迷惑は困ります、出てってください。」

「おい、何なんだこいつら…‼︎」

自分達がした事の目的などお構いなく単なる迷惑として処理されることにパニック状態になる2人、そしてそれを仕掛けた元凶の高笑いが轟く。

 

「ぷっ…、あはははははははは…‼︎」

「だ、誰だ⁉︎」

「いきなりだから驚かせてしまったな、初対面だというのに、すまなかった。我が名は海神智史。諸君らがよく知る仲間の1人を殺した存在だよ。」

「馬鹿な、君は囮に引っかかった筈だ…‼︎」

「引っ掛かった?私が?馬鹿め。諸君らの策を見通していたからこそ、諸君らの策に策を講じた上で敢えて引っ掛かり、逆に諸君らを引っ掛けたのだよ。」

先程まで気配を漂わせずに突如として現れた智史に2人は驚愕する、そして智史はキングラウザーを右手に構え2人に迫ってくる。

 

「てめえ、何言ってやがる⁉︎この女が、どうなってもいいのか⁉︎」

「ほう。目的の為には手段を選ばぬか。実にいいことだ。だがそれが倫理上下劣な手段ならばその前に阻止してやろう。そもそも、気がついていないか、まあ上手く欺けたからな。自分が人質にしているもの、あれは私が作った人間を模した『人形』だよ。そうだから仮にここで『壊され』ても心は痛まん。」

「な、何っ⁉︎」

智史は高らかに指を鳴らす、すると知世子達の形を模したデコイがあっという間に砂粒と化して崩れ去る。

 

「こいつら、人形だったというのか⁉︎」

「そうだ、諸君らがそう簡単に見破れはしないように徹底した細工と工夫を施したがね。」

「ということは、囮に食らいついている『君』は、囮…‼︎」

カザリは智史が何を企んでいたのかを一瞬で理解した、そして自分達が逆に策に嵌められたということを。

 

 

同時刻、新宿ーー

 

「つ、強い…‼︎」

「噂通りの強さね、ボウヤ…。だけど、忘れてない?大切な人を置き去りにしたということに…。」

「ふっ、それは何を指しているのかな?お前達は囮として私達を引きつけ、大切なものに対する守備を手薄にし、そして別の奴らがそれを人質にとることで私達を追い詰めようという策略を立てていたらしいな、だが残念だったな、そこには私の大切な存在などいない。それに対する策を講じてしまったが故に。」

「メズール、カザリ達の近くから、目の前のあいつと同じ雰囲気だけど、それ以上に途方もなく禍々しい気配が…‼︎これって…‼︎」

「まさか、逆に嵌められたというの、私達が…⁉︎」

「まあそういうことだ、これ以上の話し合いは今はしたくは無いのでね、少しの間、大人しくしてくれたまえ。」

「だあっ!」

「ぐはぁっ⁉︎」

「メズ〜ル、メズ〜るぅぅ…。」

罠に引っかかったという希望をあっさりと崩され勝利への希望を潰された2人は智史(囮)に殴り倒されてそのまま気絶してしまう、ここに至るまでの智史の猛攻により大量のセルメダルを撒き散らすという形で怪人態に変身できないほどに激しく衰弱してしまったが為に逃げる余裕さえ与えられずに2人があっさりと捕縛されるという展開で新宿での市街戦は終結した。

 

「(さて、この私の役割は終わった、あとは本物の方にこの2人の身柄を引き渡すだけだ。)」

そして智史は指を鳴らして捕縛した2人を異次元空間に転送する。そして本物の方に還るのかのように、砂となって消滅した。

 

「火野、これはどういうことだ?」

「後藤さん、あの智史君は囮だったんです、彼からそうだということを伝えられました。」

「そうか…。各部隊に伝達、負傷者の救護並びに撤収作業、急げ。」

 

 

「だから欺けたと言ったのか…。野郎…、まんまと引っ掛けやがって…。」

「当初は上手くいくかどうか少し心配してたがまんまと掛かってくれて嬉しいよ。諸君らの策を逆用し罠に引っ掛けた私が憎いか?そうだろうな、好きなだけ憎め。そして私に掛かってくるがいい!」

智史はそう言い放つと2人に颯爽と斬りかかる、2人は反射で回避しようとしたもののそれよりも智史の斬撃が素早く、命中と同時に火花と大量のセルメダルが飛び散り、2人は店の壁を突き破るようにして大きく吹き飛ばされる。

 

「ぐはぁ、何て威力だ…‼︎」

「強い…!当たりどころが悪かったらコアメダルの一部が砕けていた…‼︎オーズもなかなかだけど、彼はそれ以上だ…‼︎ウヴァ、一旦後退しよう、作戦は失敗だ!」

「た、退却だと⁉︎何の成果も得られていないというのにか⁉︎」

「どうした、もう逃げ腰か?」

「て、てめぇ〜‼︎」

「待て、ウヴァ、待つんだ!」

智史の挑発に激昂するウヴァ、智史には何の策も無しに突っ込んだら勝ち目は無いという昨夜の作戦会議中の忠告さえ忘れて突っ込んでいく。

 

「うらぁっ‼︎」

「はっ!」

ーーガッ!

ーーガッ!

 

ウヴァは格闘戦を仕掛けるようにして次々とクローや回し蹴りを繰り出すものの全て到達する前に拳で受け止められてしまう。そして何発目かの回し蹴りが放たれた際、智史はその足を掴み軽々と投げ飛ばした。

 

「どはあっ⁉︎」

「不完全か、コアメダルの数が足りないのか?」

「…てめえ、何故このことを知ってやがる⁉︎」

「何処かでお前達に関する供述を見たのでね、グリードの能力はコアメダルに左右される、と。折角だからお前達を完全体にした上で徹底的に弄り嬲ってみるとしよう、ほれ、受け取れ。」

智史は何枚かのコアメダルを瞬時に生成し、それをカザリとウヴァに投げつける、そしてコアメダルが入り、2人の不完全だった部分が補完され、2人は完全体と化した。

 

「この野郎…、このことを後悔しやがれ…‼︎」

「ダメか、完全に頭に血が上ってる…。せっかく完全体にして貰っただけでももう十分なんだし、こうなったら僕だけでも逃げ出そう。」

智史の挑発してくるかのような態度に激昂するウヴァとその挑発には乗らず、冷ややかに見るカザリ、彼はさっさとこの場から逃げ出そうとする、しかしーー

 

「知らなかったのか?オーズから逃れられても我が手の内からは逃れられぬぞ?」

「は、速い…‼︎どうしても通してくれる気は無さそうだね…‼︎」

「おい、俺を無視すんじゃねえぞこの野郎‼︎」

直ぐに智史が通り道を塞ぐようにして現れ、逃げたければ私を倒していけと言わんばかりの形相で睨みつけてくる。

 

「なら、君の望む通り、戦ってあげるよ!」

「それでいい、完全なる力、私に見せよ。そしてそれを上回る力で絶望へと誘ってやろう」

ウヴァとカザリは戦いは避けられないと覚悟したのか、再び構える、智史はそれを見て嬉しそうに微笑む。

 

「てりゃぁぁぁ!」

「はっ!」

再び智史が斬撃を放った、だが2人は跳躍してこれを躱す。

 

「完全復活を、舐めんじゃねえぞこの野郎!」

そしてウヴァは強烈な電撃を放ち、カザリはたてがみを触手のごとく伸ばして先端から無数の弾丸を放つ。だが智史はそれを素手で防ぎ、吸収し、己の力へと変えてしまう。

 

「ほう、やはり予想通りの実力を見せてくれたか、素晴らしい。」

「それだけか!てめえの臓腑、抉り飛ばしてやらあ!」

ウヴァは再び肉弾戦を智史に挑む、智史は見極めるのかのように何発か拳を当てたが完全体となったウヴァには通用しなかったようだ、だがウヴァの方の斬撃も智史には致命傷にはなり得なかった。

 

「畜生、なんて硬さだ!ええい、これでも食らって往生しやがれ!」

それでも諦めきれないウヴァは右手の鎌を智史に突き立て強烈な電流を流し込む、緑の雷が智史の体に程走る。

 

「どうだ、これでもう動けまい…‼︎」

「そうかな?」

 

ーーグシャッ!

 

「な、なんだと…⁉︎全て、無駄だというのか…⁉︎」

智史はケロリとこの攻撃を耐え凌いだ、いやそればかりか逆にそれを吸収し己のものとしてしまった。そして彼は突き刺さっているその鎌を右手ごと握り潰し、首を掴んで締め上げる。

 

「な、何故だ、何故だ、俺と、てめえでは、一体、何が違う…⁉︎」

「さあな。理由を知ったところで所詮お前は死ぬから知らなくてもいいだろうな。」

「…嫌だ、嫌だ、助けてくれぇぇぇ!」

「嫌だな」

智史はそう言い放つと意図返しと言わんばかりに今度はウヴァに強烈な電流を流し込んだ、完全体となったウヴァの体でも体内で暴走し、氾濫する巨大なエネルギーの前には耐えきれず、コアメダルやセルメダルは悲鳴を上げて次々と砕け散り、そしてウヴァは内部から一瞬閃光を煌かせた後にセルメダル1つさえ残すことなく巨大な爆発とともに消滅した。

 

「ふん、汚物に相応しい最期だ。さて、残るはお前のようだな、カザリ。」

「くっ…、やはり見逃してはくれたいみたいだね…、ならば全ての力を出してここから逃げ切ってみせよう!」

「そうか、来い。」

「はぁぁぁぁ!」

カザリは背中から8枚もの翼を発生させて空を舞う、そして黄色い風が智史に襲い掛かる。その烈風は完全体になったということもあり不完全の時より威力は激増しており、オーズならば軽く吹っ飛ばせてしまう程の威力が有った、だがそうだからといって智史に通用するとは全く言えなかった。カザリは威力的には彼を倒せないと考慮した上で目くらましとしてこの烈風を放ち、智史による追撃を妨害しようとした、そして黄色い烈風が智史の姿を隠したのを見たカザリはこれなら直ぐには追撃できないだろうと確信してその場からさっさと逃げ出そうとする、だがーー

 

「“言ったはずだ、『私からは逃げられない』と…。”」

「え?」

 

ーードォンッ!

 

「があぁっ!」

突如として智史の方から巨大な衝撃波が放たれ、黄色い風をまるで雲を払い飛ばすのかのように吹き飛ばす、そしてそれは逃げようとしているカザリに襲いかかる。その衝撃波の襲われたカザリは一瞬にして翼を全て捥がれ、大量のセルメダルを撒き散らして地へと落ちていった。

 

「だはぁっ‼︎はぁ、はぁ、はぁ…。逃げられないのか、僕は…‼︎」

「待たせたな、カザリ。死ぬ覚悟は出来たか?」

智史により地へと叩き落とされたカザリ、そして智史が地響きを立ててゆっくりと迫ってくる。その時彼の目の前に子供が現れる、彼は慌ててその子供に近づき、爪を突き立てるかのようにして人質に取った。

 

「びぇぇぇぇぇぇぇ!」

「動かないで…‼︎それ以上近づいたら、この子を殺すよ…‼︎」

「ほう。恐怖で全身が震えているな。所詮末路も見えているというのに。」

「そう言って、僕を止めようというの…‼︎無駄だよ…‼︎」

「ふっ、意地を張って自分に不都合な現実を受け入れようとしない、か…。お前も立派な「人間」だな、だがこんな場面を何時までも続けるのは詰まらん、だからここで終わらせるとしよう。」

智史はそう言い終えるとゆっくりと迫ってくる、そして突然、目も眩むような閃光と共に彼の姿が消える。次の瞬間、彼はカザリの背後に現れた、そして一瞬にしてカザリの両腕が斬り落とされ、斬り落とされた断面からセルメダルが大量に噴出する。

 

「行け、母親が心配しているだろう。」

智史は子供を解放する、子供は母親がいる方に走っていく、母親は子供が無事であったことに安堵して子供を抱きしめる。

 

「さて、カザリよ。終わりだ。」

 

ーーザンッ!

 

「だあっ!」

そして智史はカザリにキングラウザーを振り下ろす、両腕は切断されるわ翼は捥ぎ取られるわで満身創痍だったカザリ、それでも死への恐怖なのか、たてがみを盾として防ごうとしたものの既に満身創痍だったその体にはこの一撃を防ぐ余力など1つもなく、カザリはその身をたてがみごとバッサリと切り裂かれて一際と大量のセルメダルを撒き散らし、人間の姿となってその場に倒れこんでしまった。

 

「ふふふ、カザリよ。殺すとは言ったが実はお前はあえて生かしておく、他の2人と共にさらなる調教を仕込む為に、な。くくく…。」

智史はカザリを捕縛し、そして2人と同じく異次元空間に転送する、3人揃って仲良く調教させ、絶望をじっくりと刻み付ける為に。

 

「智史くん、終わったみたいね。ところで気になってたんだけど、大量に散らばっているこのメダルみたいのって、何?」

「セルメダル。人間の欲望を糧として増殖し、怪人「ヤミー」を生み出す。奴らグリード達にとっては細胞(CELL)のようなもので、大量に取り込めばその力は飛躍的に増大する代物だ。奴らはいかにしてセルメダルを集めるかを考えて行動しており、生み出されたヤミーもいずれはグリードによりセルメダルに分解されてしまう宿命だ。

またこいつは大量のエネルギーを保有しているため、さっき行った鴻上ファウンデーションでもバイクの燃料や武器弾薬のエネルギー源として使用されている。」

「さっき、人間の欲望を糧にして増殖するって言ってたよね。恐らくそれを人間に入れることでその人間の欲望を糧としてヤミーが生まれるのかな?」

「まあそうだな、ただそれを投与された人間はヤミーが生まれるまで欲望を抑えきれなくなって暴走をし続ける。」

「要するに、投与されたら自分の感情を抑えきれなくなる代物ね。まるで、覚醒剤や麻薬と同じみたい。」

「そうだな。さて、後片付けだ。あのまま放ったらかしにして返すのもアレだ。私1人でやる、このことを引き起こしたのは私自身だけなのだから。」

智史はそう呟くと元あったデータを基にして材料を瞬時に生成し、ぐちゃぐちゃとなっていたクスクシエの店内と大穴を穿たれた壁を元どおりに修復していく。

 

「終わったの?」

「はい、すべて終わりました。ご協力ありがとうございます。」

「そうですか…。ところで行った先についてなんですけど、随分と無機質でしたが…。」

「アレ?ああ、あれ軍艦だから必要最低限のモノしか無い。あとあれは『私』だ。私はあの『私』の代弁者でもある。」

「えっ⁉︎」

「比奈ちゃん、まあ驚かないの。ほら、映司君とアンクちゃんが帰ってきたわよ。」

知世子は比奈にそう言う、見ると映司とアンクが玄関の扉を開けて入ってくる。

 

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

 

この光景にいつも通りの、だけどどこか暖かい雰囲気を智史は感じる、そしてその後琴乃が智史にこう話しかけてくる、

 

「ちょっと、買い物行きたいところあるんだけど。付き合ってくれる?」

「構わん。いつも振り回してばかりだからな。」

「ありがとう。」

「暫くは泊まっていってもいいのよ、智史君。」

「わかってますよ、知世子さん。やるべきことを終わらせるまでは此処に居候します。」

そして3人はクスクシエを出て、武蔵野駅近くの中古家電販売店に向かう。

 

「これ、買って改造したかったのよね。」

「小物入れとして、か?」

「うん♪」

「そうか、なら一旦リヴァイアサンに持ち帰るか。」

琴乃はそこでスーパーファミコンのハードを買う、そして彼らはワープホールを通って一旦リヴァイアサンに帰る。

 

「久しぶりとはいえ、落ち着くな、ここは…。」

「そう言って貰えるなんて嬉しいわ。戻りましょう、クスクシエに。」

「ああ、そしてグリード達の頭領を叩き潰すとしようか。」

 

そして智史達はクスクシエに戻る。こうして今日は終わる、グリード達に更なる絶望の時が迫るーー


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