いやー……織斑一夏は強敵ですね
生きている。一夏は自身の頸が未だに繋がっている事を呼吸によって確認して、冷や汗を流す。
「あー、やっぱ"鬼の爪"じゃぁ雪羅は抜けねーッスね」
白い粒子を腕で振り払いながら穂次は空にいる一夏を見上げる。先ほどまで荒々しく粒子を吐き出していた柄は僅かに黒い粒子を散らすだけで刃としての形は保っていない。
その柄を左腕へと、まるで鞘に収める様に量子変換をした穂次はへらりと笑っている。
その様子に、何かを言おうとして喉が詰まったように声が出ない。きっとそうなんだろう、なんて先ほどの事実を適当に結論付ける。目の前にいるのはいつもの夏野穂次なのだ。
へらへらと笑い、冗談を言う。だからきっと――……。
「おいおい、相棒。冗談だよ。だから早く降りてこいよ」
「……冗談じゃ済まないだろ」
「そうだな。まあ冗談じゃねーし」
「…………」
「ハッハッハッ、せっかく正直に応えてやってるんだから、そんなに泣きそうな顔をするんじゃねーよ。俺困っちゃーう、ってか?」
相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべながら穂次は一歩を踏み出す。歯を噛み締めながら、信じたくない事実を一夏は受け入れ始める。一夏は知っていた。知っていた筈だった。ただソレを受け入れてなかっただけ、それだけなのだ。
その情報が穂次の事でなければ、一夏は容易く楯無の情報を信じた。けれど、穂次だから否定した。穂次だからこそ、信じていた。
「――んでだよ……」
「ん?」
「なんでだよッ! 穂次!」
「なんで? なんで、って何がだよ。俺がお前を攻撃した事か? それとも俺がお前の命を狙った事? ああ! わかった、きっと俺が亡国機業に所属している事だな!」
飄々と、コレが「当たりだろう」と言わんばかりにいつもの様にへらりと笑みを浮かべながら言葉を吐き出す。その言葉に一夏は更に眉間を寄せる。
何故。どうして。そんな言葉が頭に溢れて一夏の思考は回転する。穂次が
「おーらい、相棒。実は両親が人質に取られてるんだ」
「は?」
「ふむ、コレは微妙か? じゃあそうだな、金の為なのさッ! ハーッハッハッハッハッ!! とか?」
「ふざけんなッ!」
「おいおいコレがふざけて見えるのか? 結構本気でお前の命狙ったんだけど……ぐぬぬ」
「そうじゃねぇよ! なんでお前が――」
「亡国機業に、ってか? 別に両親は人質に取られてねーよ? まあ金の支払いはいいから加担してるってのはホントだけど」
「ソレで……それで俺達を裏切るのかよ」
「お金大好きッスからねー、チョーウケるー?」
へらへらと笑った穂次に対して一夏の頭に血が昇る。本当にソレで裏切ったのならば、ソレは許される事ではない。友達、仲間を大切に想う一夏だから――穂次を攻撃出来る筈がなかった。
血が昇っても、頭だけは冷静に。楯無から叩きこまれた思考回路が淡々と事実だけを突きつけ、一夏の願いを否定していく。
「うーん、困ったなー。金の為ーって言えばお前が怒って俺を攻撃
「嘘だったのか?」
「ん? ああ、金の為ってのはホントだぜ? 理由の一部でしかないけど」
頭を振って、へらりと笑っていた穂次は自分の左薬指に嵌っている黒いフィンガーバンドに触れる。黒々とした粒子が穂次を覆い隠し、粒子が鎧へと変化していく。装飾の無い、簡素なIS。武装らしい武装は左腕を隠す大型の盾しか見えない
一夏はその姿を見て目を細める。
黒の装甲は穂次とISの適合率が上がったから、それは穂次自身が言っていた事だ。だから驚きはない。
けれど、ソレは違う。
左腕にある筈の盾の形状が大きく変化していた。幅広のソレが、細長く変形している。アレは盾ではない、むしろ――
「なあ一夏。俺はさ、お前に勝ちたかったんだよ」
穂次の言葉に呼応するように、鞘の端が開き黒い粒子が漏れだす。発生するエネルギーを抑えきれない様に、次第に荒々しく吐き出されていく。
抑え込んでいた欲望が形になるように、鞘が機械的な音を立てる。
一つ、二つ、三つ――。
一夏に冷や汗が流れる。へらりと笑った穂次の目が次第に黒に染められ黄色の瞳が中心で発光していく。頬を侵食するように回路図模様が伸び、黒く脈動する。
ソレはきっと危険な力だ。一夏は直感した。仲間を大切に想える一夏だからこそ、例え敵かもしれない穂次の事を想わずにはいられなかった。
「やめろッ穂次!」
「やめろ? 何をだよ。今の行動全部か? ハハッ、やめられるかよ。もう舞台は整ってんだ。大立ち回りでもしなきゃぁ観客の目が引けねぇだろ?」
八つ目の音が鳴ると同時に黒の粒子の流動が停止し、鞘がガチリと音を鳴らして開いていた八つの部品が閉じた。穂次は柄を握り、一息にソレを鞘から引き抜いた。
鯉口から僅かに溢した粒子が散り、鋒の軌跡を黒く描く。変哲もない刀だった。白い刀身と黒い峰。人が握れば大太刀とも呼べるソレはISにしてみれば打刀とも言える程度の長さ。
穂次はその刀を一瞥し、一直線に一夏へと向き直る。
地が蹴られた。
瞬時加速にも劣らない穂次の踏み込みに一夏が反応出来たのは単に白式の速度が原因だった。相手の速度に合わせる様に、一夏の視界が一瞬狭まり世界が鈍くなる。鈍くなった世界で正常に、或いは異常なまでの速度を出している穂次だけが一夏の視界に収められた。
左からの薙ぎ払い。穂次の動きからそう判断した一夏は雪片弐型を起動し、攻撃を防ぐために動く。斬り返しまで含んだ動作だった。
「ッ」
「それは悪手だぜ、相棒」
触れる程度に当たった刀を弾き、一夏は
一夏の左腕に光が収束し、荷電粒子砲が唸りを上げる。光が穂次を覆い隠し一夏は咄嗟に距離を取ってしまう。
稲妻を走らせながら、
「村雨に乗っ取られたのか」
「……お前がそう思いたきゃぁソレでいいんじゃね? 夏野穂次は裏切らない、だからきっと村雨が悪い。そんな選択も別に構わねぇよ」
穂次はソレを肯定した。いいや、否定しなかっただけで、ソレは肯定とは言い難い言葉だった。だからこそ一夏は思考が乱れる。
稲妻を走らせていた鞘へと刀を戻した穂次はへらへらと笑みを浮かべて口を開く。
「
「嘘……なのか」
「嘘も何も俺は何も言ってねぇだろ。まあお前がどんな選択をしようが俺は受け入れてやるよ。だがね、今回の俺の選択だけは絶対に否定させない。
誰にも否定させるつもりはない。一夏にも、箒さん達にも、俺にも、セシリアやシャルロットにも、否定させねー」
「んで……なんで裏切ったんだよッ! 何が悪かったんだよ! セシリア達に告白したんだろ!?」
「…………なんで
ソレをお前が言うのか、
穂次の顔が笑みから怒りへと変化し、一直線に一夏へと加速する。同時に引きぬかれた刀の鋒が眼前へと迫り、一夏は雪片の腹でソレを防いだ。
一夏の事を
「どうしてお前が一番目なんだ……どうして俺が二番目なんだッ! どうしてお前が普通に日常を過ごせて、俺は政府に拷問紛いの検査をされた!? なんでお前は
「それは――」
僅かに緩んだ一夏を咎めるかのように穂次は一夏を蹴り飛ばす。衝撃に言葉を詰まらせながらも一夏は体勢を立て直した。
「――……別にお前が悪い訳じゃねーさ。誰が悪いわけでもねぇ。ただ全部が悪かったのさ」
怒りを鎮めて、誰かを諭すようにゆっくりと、納得させるように言葉を穂次は吐き出した。
織斑一夏が一番目だったことも、夏野穂次になる少年が二番目だったことも、誰も悪くはなかった。
誰も悪くなかったからこそ、人に成れた二番目は恨まずにはいられない。羨まずにはいられない。妬まずにはいられなかった。
「俺は
「…………」
「後の事は任せてくれ。お前を殺した理由なんて俺には腐る程言い訳出来る。それこそお前が言った通り、ISの暴走とかな」
叩きつけられる殺意に一夏は冷や汗を流してしまう。一瞬だけ、一夏は自分が死んだ方がいい、などと考えてしまうが、ソレはスグに否定する。
死んでいい訳がない。死にたくない。けれど、穂次を否定する事など出来ない。否定出来る訳がない。
「だから、本気で戦えよ一夏。お前はライバルなんて思ってないかも知れねーけど、な!」
穂次が接近し、刀での連撃が繰り出される。連撃と連撃の合間には格闘が挟まれ、一夏は防戦するしかない。いいや、一夏の感情も問題だった。
一夏は穂次の事を相棒だと思っていた。自分よりも先に行く、好敵手だとも思っていた。だから、一夏は穂次に勝ちたかった。ソレこそ全てを度外視して、勝ってみたかった。
一夏の心が震える。全身の毛が逆立ったように、過敏にソレを求めてしまう。
「チッ……予定してた時間より短いな」
舌打ちをした穂次の言葉と同時に身を翻して穂次は迫ってきた
アリーナのバリアに穴を開ける程のエネルギーを込められたレーザーを撃ち込んだ存在は真剣なな顔を悲しみで染めて、スコープを覗き込んでいた。
「……穂次さん、動かないでくださいます?」
「俺を撃つのか? セシリア」
「撃ちたくないから言ってるんですわ」
「動きたいからそう言ってるんスよ」
へらりと笑った穂次は不可視の攻撃を避け、アリーナに飛ぶ影を数える。一夏と自分の間に入ってきた篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒ。その少し後ろに凰鈴音とシャルロット・デュノア。一夏の後ろに移動したセシリア・オルコットと更識簪。
穂次は安心するように息を吐き出して笑みを深める。この程度ならば
「ああ、助けてくれ! ISが暴走しちまったゼ!」
「…………」
「ありゃ、誰も反応してくれないなんて俺がまるで悲しい存在じゃないッスか!」
「理由は全部さっき聞いたわ」
「あっそ。理解が早くて助かるよ。何より、ココに織斑先生がいない事が幸いしたね、いやまったく」
「……前の告白は嘘だったの? 私達を騙したの?」
「騙した? 人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ。俺はこんなでもシャルロットとセシリアを愛してるよ。世界と比べるまでもなく、な」
「それなら――」
「――だから俺と一緒に行こう。こんな世界なんて一緒に壊そうぜ。セシリアもシャルロットも、世界を恨む理由なんてあるだろ? だから一緒に行こうぜ」
へらりと笑う穂次が両手を広げてそんな言葉を吐き出す。自分が当然の事をしているように語る穂次にセシリアとシャルロットの眉が顰められた。
否定したい現実はある。穂次の言う通りに世界を恨んだ事もある。彼が愛と呼ぶソレに準じて、それこそ彼の言った通り、彼のことを信じれば――二人は彼に着いて行くべきなのだろう。
「冗談ッスよ。そもそもセシリアやシャルロットが来るなんて思ってないし。性格的な話でも、倫理的な話でも、何より俺との関係の話でも」
アッサリと自分の言葉を否定した穂次は溜め息を吐き出しながら、泣きそうな程に情けない顔を無理矢理笑いを作り上げる。
穂次との関係と言われて、二人は疑問を浮かべ、その疑問に答えるように穂次が嫌そうに言葉を続ける。
「織斑先生に俺の事を見張れって頼まれてんでしょ?」
「なにそれ……」
「わざわざ通信規制の掛かってる指導室に入って、俺にバレてはいけない話をしてたのにィ? いったい俺に何がバレちゃいけないんデスかねー? 二人は何を任されたんデすカねー?」
顔を隠してカタカタと嗤う穂次にセシリアとシャルロットは息を飲み込む。
違う、アレはそう言った話ではない。そう口にする前に穂次が高らかに空に向けて嗤い出す。
「ハーハッハハハハ! ホント、騙されたぜ。織斑先生に頼まれたから、なんて考えたくなかったけどな」
「ち、違うよ穂次!」
「ふーん……別にどっちでもいいッスよ。ソコは俺に関係ない事ですしィ? 織斑先生がずっと俺を怪しんでたのはホントだし。わざわざ俺を自分の近くに置いたのもそういう事だろうし」
ヤんなるね、と言葉に続けた穂次は溜め息を大きく吐き出して、これ以上話す内容が無いかの様に。
「それじゃあ、敵として改めて自己紹介をしてやるヨ。
ドーモ、セイギノミカタ=サン。
感動的な皮肉だろ?」
>>無名・無銘
片方は人名。もう片方はIS名。世間的に名称はない。無名という名前も実は無い。
>>元穂次――無名
へらへら笑いながらいつもの調子でブッコロしてくる狂人。嗤う狂人とはちょっと違うのを書きたかったメタ的な都合でテンション低め。低め?
人を好きになったり、自分で考えたりをする内に自意識を普通程度に得た。感情の起伏はあるけど、大凡いつも通り。
>>村雨――無銘
対戦乙女IS。コンセプトは最強相手でも勝てる。弊害で搭乗者の人格を破壊していくけど、最強に勝てるから問題ないよネ! がコンセプト。
元々はコチラが正しい形。
>>ファースト、セカンド。
背番号なら三番四番
>>「織斑先生に俺を見張れって頼まれてんでしょ?」
ドキドキ魔王裁判より。
>>……今更その理由かよ
そうだよ(迫真
今だからこそ、この理由です。許してたじゃん、理解出来ねー。なんて事はたぶん無いと思います。許しててもイラつく事はありますよね? 人間ですもの。ああ、シカタナイナー。
で通しますので許して……許して。
>>ん? あ……(察し
そうだよ(震え声
まだ完結しないから……
>>次話
なるべく早く投稿します。具体的に言えば7/21の12:00ぐらい(予約投稿並の推理