「しゃ、シャルロットさん……」
「や、やぁ、セシリア……」
指導室で既に座っていた真っ青な顔のシャルロットが真っ青な顔をして入ってきたセシリアに引き攣った笑みを浮かべながら声を交わした。
おそらく同じ罪で呼び出されたであろう存在を見て、両者とも意を決する。ココで逃げ道ではなくて償う道を模索する辺り、二人の優等生振りが伺える。
「まあ気負わずに座れ」
悪の司令官も恐れて逃げる程の笑みを浮かべて千冬はセシリアの背中を軽く押して指導室の扉を閉める。
シャルロットの隣へと座ったセシリアは改めてシャルロットに目配せをして確認をする。呼びだされた内容は穂次の部屋で眠っている事だろう。
確かに自分達も幾らかは悪いと感じている。それこそ一般常識に基づいた判断だ。同世代の異性の部屋で同衾しているなど、教師の立場からは許される事では無いだろう。
セシリアとシャルロットの前に座った千冬は悪役よろしくな笑みを緩めて、悪戯が成功したように笑みを浮かべる。
「何か勘違いしているようだが、あの阿呆の部屋に入り浸っている事で呼び出した訳ではないぞ」
「ほ、本当ですの!?」
「ああ。それこそアイツの場合はIS学園もあまり手を出せないからな。
「そ、そうなんですかね……」
千冬の言う
「まあアレでいて、アイツはそこらにいる男共よりも幾分もマシだ。おすすめはしないがな」
「え、っと……わたくし達はどうして指導室に呼び出されたのでしょうか?」
「指導室に呼び出した理由は、ココが情報規制によって守られている所だからだ。カメラも無ければ録音機材もない」
「ソレは……学園としてはどうなんですの?」
「
「…………」
「冗談だ。笑って構わないぞ」
笑えるか。とは口が裂けても言えなかった。
口元を歪めるように笑う千冬に対して引き攣った笑みを作るのが精一杯な二人である。千冬の感覚上、空気も和んだ所で会話を切り出す。
「さて、わざわざ放送ではなく、私個人がお前達を呼んだのには訳がある」
「――……それは
「そうだ。第一として、あの阿呆に気付かれる訳にはいかなかったからな」
「穂次に?」
「……まあ、ソレはいい。幸い、生徒会長が上手く動いてくれたからな」
「…………穂次さんに何か?」
「……オルコット。お前は穂次が陰で努力を続けている事は知っているな?」
「え、ええ。先日シャルロットさんから教えていただきましたが……」
「ならば話は早いな。コレを見ろ」
千冬が二人の前に投げた紙束。クリップで止められたソレを訝しげに眺めながら二人はほぼ同時に手に取り、紙を捲り、そして顔を顰めていく。
ソコに書かれていたのはデータである。
訓練内容自体はそれ程驚く事はなかった。それこそ、代表候補生ならば出来るだろう、そんな内容だった。
「別に、普通ではありませんの?」
「イイから最後まで目を通せ」
そのデータの日付が六月に入っていない事を除けば、である。殆ど毎日続けられていた訓練、当然人間は成長するモノで多かった失敗も減り、同時に訓練内容も激化していく。
数値としての変化は臨海学校から戻ってきた日付。全ての数値が良くなっていた。いいや、
訓練の成功という文字が増え、失敗が無くなっていく。同じ訓練を繰り返していたならば道理であるが、訓練内容は日々激化していく。
比例するように増えていくIS稼働時間。学園で過ごしている時間を除けば殆どが訓練に費やされている。
「ま、待ってください。穂次はちゃんと寝ている筈です!」
「そうですわ! わ、わたくし達がちゃんと確認もしてます!」
「――教師として、その発言は咎めるべきなのだろうが、まあいい。その為の指導室でもあるからな。
けれど、データではあの阿呆は睡眠時間すらISを稼働している。尤も、データが動いているだけであって装甲が出ているという訳ではないだろうがな」
「……織斑先生は何か知ってるんですか?」
「確証が無い。何にせよ、夏野はオーバーワークである事は変わらん」
「わたくし達に……どうしろと言うんですの?」
「泣き落としでも何でもいい。あの阿呆を訓練から遠ざけろ」
「お、織斑先生が言えば――」
「言った所でアイツは訓練を続けるさ。そもそもアイツが訓練を続ける理由を作っているのはお前達でもある」
「私達が?」
「……口が滑ったな。これ以上は直接本人に聞け」
自分の不足を呪うように溜め息を吐き出し、千冬は席を立つ。二人が机に置いた資料を奪い、扉を開いた。
「それと、ココであった話は外部に漏らすな。特に夏野には絶対にバレるな」
「……はい」
「では、
いつものように冷たさを含む笑みを浮かべて千冬は扉を閉めた。
指導室の椅子に体重を預けた二人はぼんやりと天井を見上げる。
――どうして訓練を続ける理由が自分達に繋がるのか。
二人はその真実を知らない。けれど、ソレを知らなくてはきっと彼を止める事など出来ない、という事だけはわかった。
度が過ぎる稼働時間。彼の特性を考えれば精神的疲労は想像を超える筈だ。そんなモノを続ければどうなるかなんて、分かりきっている。
だから――彼を止めなくてはいけない。どんな理由があったとしても。
「うん、まあ二人の主張はわかったよ。ああ、わかった」
「わかってくれて何よりですわ」
シャルロットとセシリアの深夜訓練を知っている事を少しばかり訝しげに思いながらも、「休め」という二人の主張はしっかりと聞いて、理解もした。
別に主張を聞き入れた訳でもない穂次としては訓練を休むつもりなど毛頭ない訳であるけれど、二人に真っ先に聞かなくてはいけない事があるのだ。
「それで――……
俺が縛られている理由は何なんですかね?」
「うん。穂次は休まないとダメだよ」
「ねぇ! 俺の話を聞いて!? 無視しないでっ! ほらよく考えて! 休まないといけない事は分かったけど縛られるのは違うと思うんだっ!」
「なるほど……休むつもりはないということですのね」
「違ェよ! そうじゃねーよ! オカシイだろ! 休ませようとしている相手をロープで縛るとかオカシイって話だよ! そういうプレイなら事前に言ってって言ってたよね!? 俺言ってたよね!?」
「ちょっと黙ってくれるかな?」
「アッハイ……ごめんなさい」
自室の椅子に縛られて身動きが取れない穂次にニッコリと笑いながら口を閉ざすように命令したシャルロット。その素晴らしい笑顔に何を感じたのか、穂次は先程まで忙しく喋っていた口を閉ざして背筋を伸ばして佇まいを直した。決して怖かった訳ではない。
へらりとした笑いはいつも通り浮かべてはいるけれど穂次の頭の中は混乱の真っ只中である。縛られている事自体は別にいつも通りだと言えるけれど、今回ばかりはさっぱり理由がわからなかった。いつもわかってなど無いけれど。
そもそもどうして訓練の事がバレているのだろうか。その理由もさっぱりわからなかった。
その時穂次の頭に電流が走る。決してそういった趣向の拷問を受けている訳ではない。
「なるほど……コレはそういう理由に託つけたプレイなんですね――うわーすげー冷たい目だー」
「ちょっと黙ってくださるかしら?」
「アッハイ……ごめんなさい黙ります」
決して怖かった訳ではない。これだけは真実を伝えておかなくてはいけない。例え縛られている椅子がガタガタと震えていても、ソレは穂次の感情とは一切の関係は無いのだ。
セシリアとシャルロットは冷ややかな視線を穂次に浴びせながら思考する。とりあえず、捕獲は完了した。あとは徹底して理詰めしていけば、この阿呆は停止するだろう。そこそこに頭の回る存在であることはわかっているし、穂次の行動原理が一般常識に基づいている事もわかっている。その一般常識に基づいた行動がいき過ぎているから今回問題になっているのだけど。
「それで、どうして無茶をしますの?」
「…………」
「黙ってちゃ、わかんないよ。穂次」
「…………」
穂次は決して喋らない。懇願するように言葉を放った所で穂次の口は今は開かない。
数秒ほど、お互いを見つめ合う沈黙が続き、シャルロットがふと気付く。
「――喋っていいよ、穂次」
「いやー、黙れって言ったり、喋れって言ったり忙しいッスねー」
「…………」
「セシリア!? 銃口がコッチに向いてるから! 死ぬから! ソレは死んじゃうから!?」
「そうですわね」
「ひっ!? 俺は悪く無いだろ! 理不尽だ! 訴えてやるっ!」
「多数決で今から裁判でもする? ちなみに私は有罪に入れるけど」
「俺が有罪確定じゃないですかヤダー! ふぇぇ……どうすればいいんだよぉ……」
「それで、喋りますの? 永遠に黙りますの?」
「片方が死んでるんですがソレは……」
「そうですか。わたくしも悲しいですわ」
「なんで後者を選んだ事になってんですか!? 喋るから! もう何でも語っちゃうっ!」
その言葉でようやく目の前から銃口が消えて、ホッと一息吐き出した穂次。えー、と口に出しながら視線を巡らせて言葉を選ぶ。
「俺って何から喋ればいいの?」
「全部だね」
「全部に決まってますわ」
「おっぱいが好きで――ごめんなさい、真面目にしますゴメンナサイ。そんな目で俺を見ないでください」
結局、何を語ればいいのかわからずに、誤魔化すように冗談を口にすれば絶対零度のような視線が穂次を突き刺した。
「えー、あー、」と言葉を改めて選びながら、逃げれない事を悟り、穂次は小さく息を吐き出した。
「えー、……よりにもよってセシリアとシャルロットに言うのかー」
「何か問題でもありますの?」
「問題というか……なんというか、言いたくないってのが本心」
「…………わたくし達はそこまで穂次さんに信用されてませんのね」
「そっ……か」
「いやいやいや、違うから、えっと、そういう事じゃなくて……あー! もう! なんて言えばいいかわからないんだって!」
「言いたくないのでしょう?」
「うっ……それはそうだけど……でも、セシリア達を信頼してない訳じゃないから。ほら、えっとアレだ。彼氏に隠れて料理の勉強してる感じなんだよ」
「どうして彼氏が例えに出たのかな?」
「そんなに目を輝かせても俺から出てくる答えは恋愛小説参照だから、シャルロットの喜ぶ答えは返ってこないゾ!」
「なるほど……言いたいことはわかりましたわ」
穂次の言葉に穂次の言わんとしている感情を理解したセシリア。確かに、自分も穂次に隠れて料理の勉強をしている。ソレを穂次に聞かれればテキトウに誤魔化してしまうだろう。
言いたくない、という感情はよくわかった。だからこそ、口元がニヤけそうになる。ヒクヒクと口角が動き、セシリアは耐えられずに口元を手で隠して背中を向けた。
「じゃあ穂次、言おうか」
「鬼畜ゥ! 言っても俺が恥ずかしいだけなんですけど……」
「恥ずかしがってる穂次を見たいから聞くんじゃないか」
「コレが真性鬼畜ってヤツですね、間違いない」
「えー」と声を漏らしながら、何処から、何から話そうかと思考を巡らせる。途中でどうせ全部語るんだしいいんじゃないだろうか、という
ともあれ、最初に言わなくてはいけないことがある。
「そもそも俺は無茶してないんですが……」
「…………」
「ほ、ほら、無理って言葉は嘘つきの言葉なんですよ? 血反吐を吐いても出来りゃぁ無理って言葉は嘘に――」
「そういうのはいいから」
「というより、血反吐を吐いている時点で無茶はしてますわ」
「でっすよねー……でも、ほら、俺って弱いじゃん」
「先日の無人機戦を見ている限りそうとは思えませんが?」
「それでも弱いよ。だから、俺は強くならないと、強くならないと――」
まるで呪文のように二度呟いた穂次はやはりへらへらと笑っていた。けれども声だけはまるで使命を帯びたようにハッキリとしている。
「強くないと、
「――は?」
「あの時だってもっと早く気付いていればセシリアを
へらへらとした笑いが崩れそうになり、必死でソレを取り繕おうと更に表情が歪む。憎い相手を呪うように、言葉が穂次の口から溢れていく。
ソレは渇望だった。ソレは否定だった。ソレは彼の欲望だった。
ただ純粋な願いの形だ。誰かを守る為には強くなくてはならない。だからこそ彼は力を求めた。求め続けた。自身の出来うる事は全て手を付けた。けれど足りなかった。だから穂次はもっと力を求めた。自分の肉体や精神などどうでもよかった。むしろ壊れてしまえと願った。壊れれば辛さもなくなる、そうなれば大好きな二人を単純に守る事が出来る。
「バカですわね」
「えぇ……」
「そうだね」
「そもそも、わたくしがサイレントゼフィルスと戦って負傷したのはわたくしの責任ですわ」
「私が無人機に攻撃された時も、私の不注意だからね」
「だから穂次さんが変に責任を感じなくても大丈夫ですわよ」
「私達は
「それは――……わかってるけど」
だからこそ、守らなくても良くなれば――穂次は否定する。
どこか納得のしていない穂次に気付いたのか、セシリアは呆れたように小さく溜め息を吐き出して縛られている穂次の手を取る。
「穂次さんはわたくし達が悲しむ事も嫌なのですわね?」
「まあ……」
「それじゃあ、これ以上の無茶はやめてくれるよね?」
「いや、それとコレは話が」
「うわー、穂次が無茶すると悲しいなー。好きな人が無理をしてるのは嫌だなー」
「そーですわー。悲しいですわー」
とんでもない棒読みだった。けれどもソレでも穂次に対しては大ダメージだったらしく、「うぅぅ」と唸っている。
「だから、今日は休もうよ」
「でも――」
「でも、も何もありませんわ。穂次さん」
顔を寄せて真剣な表情で見つめるセシリア。当然、意味もなく、打算も何もなくそんな行動をしている訳ではない。穂次の弱点などお見通しなのだ。
ジィ、と見つめていると徐々に顔が赤くなっていく穂次。彼の頭の中では「いけません、いけませんわ! お代官様!」と言っている穂次と「良いではないか、良いではないか」と笑んでいるセシリアがいる。配役逆であったならばどれほど良かっただろう。
彼の脳内の出来事はさておき、セシリアは縛られている穂次の手を撫でる。そして穂次の頬に柔らかい感触と鼓膜が小さく音を拾った。
「あー!! セシリアズルい!!」
「ふふん! こういうのは早いもの勝ちですわ!」
「いいもんね、私もするから」
セシリアとは逆の頬に柔らかい感触が触れ、スグに離れる。
ようやく何が起こったかを理解した穂次の顔が真っ赤になり、バスン、と音を立てるように目を回す。
ぐったりとした穂次を見て、セシリアとシャルロットは顔を見合わせて、微笑み合う。改めて彼の頬に唇を落として、優しく彼に微笑んだ。
◆◆
「あぅあぁぅあぅあうあうあぁあああ――――……」
真っ白と真っ黒の世界。カラカラと白い絨毯に転がりながらコチラに来る直前の事を思い出して顔が熱くなる。
そんな俺を見ながら口をへの字に曲げる村雨。
「来て早々、情けない声じゃのぅ……主」
「うっせー、うっせー、ばーかばーか」
「そんな事じゃから"へたれ"などと言われるんじゃ」
「うぐ……自分の武器にも言われるとか」
「そもそも、さっさとヤればいいじゃろ。お互いに好いておるんじゃろ?」
「ヤっ、てお前……」
両手を組んで胸を強調している村雨に視線を強めに向ける。
「俺がそんな事出来ると思うのか! したいけどな!」
「へたれじゃのぅ……」
「うっせー! お前は誰の味方なんだよ!」
「妾は主の武器じゃが?」
何を当たり前のことを聞いてるんだ? って顔はやめてもらっていいですかね……。俺の立つ瀬がない。いや、元々ないけど。
かしゃり、と絨毯を鳴らして胡座をかく。
「それで、主は休むのか?」
「まあ、セシリア達に言われたし……」
「……妾は別に構わんがの。ソレにあまり無理をして主に継承する意味もないからのぉ」
「つーか、どれだけ進んでるんだ?」
「ふむ……小刀二刀、槍、斧、弓。これらはある程度なら戦えるじゃろう。
「アレでまだ勝てないのかよ……」
「当たり前じゃろ。ソレに
「……それはわかってるよ」
「――ならば良い」
近くにあった槍をクルクルと弄びながら、その穂先を俺の頸へと勢い良く向け、寸前で停止する。
俺が微動だにしなかった事が嬉しいのか、それとも俺を殺せる事が嬉しいのか、村雨はその口をニタリと歪ませる。
「さあ主。妾の準備は出来ておるぞ。あとは主が踏み出すだけじゃ」
「……わかってるよ」
「クヒッ、ならば重畳。主の欲望が尽きない事を心から
村雨は喉を鳴らして笑い、俺の頸を弾き飛ばした。
俺の意識はゆっくりと浮上していく。
>>指導室
カメラ、録音機材が一切無い密閉空間。学園としては問題だけれど、そもそも半分程法律の通用しないIS学園に何を言ってるんですかね……
薄い本で使われそうな部屋。
>>いき過ぎた指導
千冬様が一夏とか穂次にしているような事。でもアレも教育の一環だから大丈夫ダネ(白目
>>穂次のIS稼働時間
彼に眠る暇など無い。肉体は休息してるけれど、脳はずっと動いている状態。レム睡眠がずっと続いている状態
>>縛られている理由
捕獲しないとヘタレは逃げるから……
>>穂次「彼氏に隠れて料理の勉強をしているんだ」
仏 「一夏の為に……!」
穂次「アイツのほうが料理上手いんだよなぁ……」
>>穂次「守らないと……守らないと……」
強い力を得たから」という事と、大切な存在だから守る」というアレやソレが変な責任になって穂次に襲いかかっている図。考えすぎ、というかもしれませんが、その程度には穂次は二人が大切です。
>>無価値、不必要
穂次の根底にあるもの。基本的には虚無です。ただ生きてるだけです。
>>二人は幸せなキスをして終了
やっぱり、金髪二人のキスが……最高やな!(確信