欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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遅くなりました。
遅くなった代わりに、2話更新します(迫真


三回勝負にしよう

 意識が浮上する。大きく息を吸い込んで()()()()()()()()()を確認する。どうやら、俺の首はまだ落ちていなかったらしい。

 溜め息のように息を吐き出して、強張っていた精神を解きほぐす。嫌な夢を見たわけでもない。夢は楽しい未来の話なのだから、そもそも"嫌な"という冠は必要無い。

 息を吸い込めば、特有――……と言うべきかわからないけれど、ここ最近よく鼻にする甘い香りを吸い込んでしまう。

 なるべく意識しないようにしていた右腕に柔らかい感触。抱きつかれている訳ではなくて、握られている手。

 首を動かして隣を見れば、瞼を閉じて静かに呼吸をしているセシリアが居た。何かを言っても美しい彼女は何も言わなければ更に美しく思えてしまう。口を開けば「ふふん」と得意げに鼻を鳴らすのだから可愛らしい、と言えるのだろうけど。

 緩やかなネグリジェを押し上げるおっぱいが彼女自身の腕によって圧迫されてやや強調されている。触りたい気持ちを必死で抑え込む。

 細くしなやかな指を一つ一つ丁寧に解いて、彼女から離れる。人が変われば殆ど毎日している行動なので、セシリアやシャルロットがコレで目を覚ますことはない。

 彼女に背を向けて、視線を落とす。自身の欲がズボンを押し上げて、なんとも言えない気持ちになってしまった。

 愛している、という気持ちはある。ソレは世間一般的な感情を自分の尺度で計った結論だ。だから、俺は二人を愛している、と言える。

 覚えた喪失感、駆り立てる激情、自然と平穏の中に彼女達が居る。自分よりも大切な存在なんて腐るほどいるけれど、それでも二人は別格だと言える。

 ()()()()が言ったところで非常に信用出来ない所がアレだが……。それでも()はそう宣言出来る。

 ココまで感情的な思考が出来る存在じゃないんだけどなー。と苦笑が溢れた。

 何も考えずに行動することと()()()()()()()()()()()()はまた別だ。だから、俺はこの感情を大切にしなくてはいけない。だから、俺はこの存在達を大切にしなくてはいけない。だから、俺はあの喪失感を味わわない為に――……。

 

 モゾリと何も掴んでない手を先ほどまで俺が眠っていた場所に漂わせるセシリアを見て思考を止める。

 布団をかけ直して、彼女の艶やかな金髪を撫でて、彼女を改めて夢の世界へと旅立たせる。

 彼女が改めて寝た事を確認してからベッドから離れる。ジクジクと痛む程自己主張をするソコを無視して、サクッとジャージに着替えよう。

 

 

 

◆◆

 

「――ククク、ハハハ、アーッハッハッハッハッハ!! 騙されたな一夏ァ!」

「くっ……! なんでだよ……! どうしてなんだよッ! 穂次!」

「くふ、ヒヒ!! 別に騙そうと思ってたんじゃァないんだぜェ!? ただ俺を信用していたお前が悪いんだよォォォオ!! ヒャッホォォ!!」

 

 口をコレでもかと言わんばかりに歪ませて嗤う穂次とその目の前で拳を握りしめて現実を否定しようと、理由を聞こうとする一夏。

 大きく開いた手で口を隠し、けれど嗤いは溢れるようで穂次の顔が愉悦へと染まっている事がありありとわかってしまう。

 

 

 

「で、アレらは何をしてんの?」

「お姉ちゃんの手伝いをどっちがするか、ってじゃんけんしてたけど……」

「……あっそ。ホント、どうでもいい事で盛り上がるわね、アイツら」

 

 グーで負けた一夏とパーで勝った穂次を呆れたような視線を送る鈴音。隣には困ったように笑う簪が居る。

 先日の非常に良心的且つ常識の伴った魔女裁判によって幾らか更識簪という存在は織斑一夏(+a)を取り巻く存在達に認められた。そこには女の子特有の牽制などは無い。

 基本的にサバサバとした感性を持ち合わせている鈴音と武人然としている箒、更に恋愛感情に初心な軍人然としたラウラ。空気を読む事に長けているシャルロットと冷静な淑女であるセシリア。

 そんな五人にとって女性的ヒエラルキーはあまり存在しない。あるのは競争相手からどのように勝利するか、という意思と意中の相手にどう気付かせるかという問題だけである。

 そんな意中の相手である朴念仁と阿呆は三回勝負になったジャンケンを繰り返している。

 

「そういえば、簪は『あのアホに恋出来ない』って言ってたけど、どういう事?」

「ぇ……えっと――」

「わたくしも気になりますわ」

「ひっ!?」

「……セシリア、アンタ何かしたの?」

「人聞きの悪い。何もしてませんわ」

 

 突然背後に登場したセシリアの声にビクリッと反応した簪は素早い動きで鈴音の影へと隠れた。当然、少しばかり鈴音より高い身長の全ては隠れなかったけれど、鈴音はしっかりとセシリアと簪の間に壁を作るように身体を移動させている。

 怯えた様子の簪に唇を少しだけ尖らせて不満を表すセシリアに少しだけ申し訳ない気持ちを押し出す簪。簪だってセシリアの事を嫌っている訳ではない。ただ、なんというか、単純に怖いのである。

 

「それで?」

「え、えっと……その……、私は、穂次くんが怖くて……」

「あのアホのドコが怖いのよ……今もジャンケンに負けて地面を叩いてるようなヤツよ?」

「うっ……うん」

 

 両手を高々と上げている一夏の前には四つん這いになり、その拳を地面に叩きつけて悔しがる穂次の姿がある。しかしスグに立ち上がり一夏に懇願するように手の平を広げている。五回勝負になるようである。

 

「人と話すと……大凡の人柄は、わかるんだけど」

「アンタはなんでソレでコミュ症患ってるのよ……」

「……――私は"更識"、だから」

「? そりゃぁアンタは更識簪だけど」

「あ、えっと……その、……」

「まあいいですわ。それで?」

「う、うん……穂次くんは、よくわからなかったから」

「……ふーん」

 

 三人で"あいこ"の度に「へへへ、やるな」「お前こそ」なんてやってるバカとアホへと視線を向ける。

 確かによくわからない。どうしてあいこの度にお互いが何も言葉を交わさずに手を引いているのだろうか。さっぱり理解出来ない。

 

「穂次くんは……ずっと演技してる感じがする……と思うたぶん」

「最後で台無しじゃない」

「穂次くんも"普通"はずっと()()()って言ってた、から……だから」

「あー……簪ってアイツの事って知ってたの?」

「え、えっと……うん。その時に、教えてもらった」

 

 自意識が薄いと言われている、なんてへらへらと笑いながら言った穂次の事を思い出しながら簪は応える。同時に感情だけはハッキリと叩きつけてくるクセにソコに何もない不思議な感覚を思い出す。笑顔であるのに、その奥には何も無い。そんな彼だから、怖い。

 けれども、そんな彼だからこそ人の言う"普通"を意思も無く行動してしまうのだろう。だから――恐ろしい。

 

「でも簪の趣味的には穂次はそれこそ理想なんじゃないの?」

「へ?」

「ほら、人を助けるなんてヒーローみたいじゃない。そういうの好きなんでしょ?」

「ほぁっ!? ふぇ!? な、なんで!?」

「それなりにアンタと仲良くなったし、趣味とかは知ってるわよ。というか、アイツがポロッとヒーローショーに行ったって言ってたし」

「ほ、ほつ――」

 

 

「――穂次さん、少しよろしくて?」

「アイエェェェェエエエ!? セシリア!? セシリアナンデ!?」

 

 顔を真っ赤にして怒ろうとした簪は鈴音の背中へと隠れた。その向こうからヒーローの情けない叫び声が聞こえたような気がするが強く瞼を閉じていた簪は知らない世界である。鈴音が呆れたように「あー……」と呟いているのでなんとなくの情景は思い浮かんでしまうが……。

 

「それで、理想じゃないの? 正義の味方」

「あ、憧れではあるけど……」

「……ま、理想の男では無いことは確かね」

 

 今しがた完璧な形の土下座に移行した男を見下しながら鈴音がそう呟いた。目の前に神様でも在る(いる)のか頭を上げては両手を握り祈るようにしている。

 無償で人を助ける正義の味方。それは確かに簪の理想である。人の為に自身をすり減らし、人の為に戦い、勝利する。ソレは確かに、理想であり憧れだ。

 だからこそ、簪は穂次の隣に立つ事など出来ない。その歪さを知っているから。無償で人を()()()()()()穂次が怖くて堪らない。更に言えば、彼にとって敵は()()()()ではない。純然たる敵なのだ。容赦や配慮、思いやりなど在りはしない。

 ――敵だから、殺す。そこに()()()()事など関係ない。敵は敵だ。きっと、彼はそういう思考と判断であの戦場に立っていたのだ。あの瞬間に隣に居た簪だから、ハッキリと言える。

 

 今しがた土下座から解放された穂次はへらりと笑って一夏と軽快な会話を繰り広げている。どういう訳かご満悦なセシリアもその会話に入り、笑顔を作っていた。

 

「穂次くんは……オカシイよ」

「……まあ変態だしね。単純なのよ、ア穂次は」

 

 溜め息に混ぜて、鈴音はそう言い切った。簪程ではないにしろ、鈴音も穂次の歪さは知っている。ソレも含めて、これ以上話す事を拒んだ。

 掘り下げた所で答えは出ないし、答えを求めようとまるで一般論のような答えか、納得出来ない答えが返ってくるに違いないのだ。「男だから可愛い女の子を助けるだけだ!」なんてその筆頭だ。下心をあるように見せているが、本当に下心があったならそんな事は言わない。穂次はそれなりに頭の回る存在だ。そんな事は理解って(わかって)いる。

 その頭の回るであろう存在は更識楯無に微笑まれてまるで囚人のように連れて行かれている。一夏も同じく連れて行かれている事からどうやら二人とも徴収されたらしい。

 

「それで、セシリア。穂次が連れ去られたけどいいの?」

「べ、別に穂次さんがどうなろうと、わたくしには関係ありませんわっ」

「アーソウデスカー」

 

 鈴音の棒読みに食って掛かるセシリア。その言葉に対して反論する鈴音。売り言葉に買い言葉とはこの事か、と少し遠い目をしている簪。

 二人の軽い言い争いがお互いの想い人に対する言葉に変化してきた所で簪の視線が穂次達の消えた出入り口へと向かう。キョロキョロと顔を動かして、目標を見つけたのかカツカツと靴を鳴らす。

 

「お前ら、夏野はいないのか?」

「ひっ!? ち、千冬さん!?」

「織斑先生だ、凰。更識妹、夏野を知らないか?」

「え、えっと……お姉ちゃんに、連行されました」

「そうか」

「ほ、穂次さんがまた何かしましたの?」

「まるでアイツが四六時中何かしらの罪を犯しているような言い草だな」

 

 織斑千冬はその冷たい表情に苦笑を混ぜて、「間違いではないか」と呟くように付け足した。

 改めて辺りを見渡して、件の罪人が居ないことを確認した千冬はセシリアへと視線を向ける。

 

「オルコット、少しいいか?」

「へ? わ、わたくしですの?」

「ああ。別に何か()()()()()をしている訳ではないだろう? 例えば、夜に出歩いている、とか」

 

 セシリアが一歩後退る。頭の中にはIS学園の校則が濁流のように流れて、自身のしていた行動が罰則に当たるかを判断する。当然、"IS"を使う学園であるからソコに"男性"に関する文言は無い。だから、何も問題は無い。

 佇まいをスグに直したセシリアは焦った顔を笑みで覆い隠して、余裕を見せる。同じく千冬も笑った。

 

「なに、安心しろ。デュノアも一緒だ」

 

 コチラは獲物が罠に掛かった瞬間を見るような笑みであることを追記しておこう。




>>拳を握りしめた一夏、大きく開いた手で口を隠した穂次
 グーの一夏、パーの穂次。

>>三回勝負、三回勝負にしよう(懇願
 五回勝負にしよう(懇願



>>――私は"更識"だから
 物語的にはそんなに意味のない発言。簪ちゃんがカッコいいセリフを言いたかっただけ。
 内容としては対暗部用暗部である"更識"に関して触れてるぐらい。そんな家系だから、簪ちゃんもある程度の人心掌握やらの技術は持ってる筈。コミュ障だけど。
 あと、簪ちゃん。対暗部用暗部とかいう機密は漏らしちゃイケナイ(戒め

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