欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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読者「なんで簪ちゃんがヒロインに増えないんや! ここまでやってオカシイやろ!」
猫毛「なるほど……しょうがないにゃあ……」


仮面の笑顔

 更識簪はシャワーを浴びながら彼の事を考えていた。

 自分を助けてくれた彼、夏野穂次。

 

 変態で、ちょっと怪しい所もあるけれど、頼られると断れず、信じれる人。……あとは、ちょっとだけ、ヘタレな所もある。

 

 へらへらと笑っている癖に、色んな事を考えていて、自分が落ち込んでいればフザケて笑わせようとする。

 

 上手く出来た時は一緒になって喜んでくれるし、システムエラーが大量に起きた時は一緒にげんなりしながらも手伝ってくれる。

 

 いつか彼は「ヒーローにはなれない」と笑って言ったけれど、先日私を助けてくれた時はきっと彼は私の中でヒーローだった。

 

 故意的にかはわからないけれど胸を触られたり、その後に真っ青になったいつもの彼を見たけれど、やっぱり彼は私の中ではヒーローだ。

 だから、私は彼に憧れを抱いている。その憧れが強くなって、心の中を占領している。

 

 へらへら笑い続けている彼。

 私を助けてくれた彼。

 

 どちらも彼である。

 きっと左目も誰かを助けた結果なのかもしれない。もしもそうならば、きっと彼は本当のヒーローなのだ。

 

 

 そう、ヒーローなのだ。

 

     だから――、

 

 

 

 怖くて仕方がない。

 恐ろしくて仕方がない。

 

 ヒーローなんてモノは普通の人間がなれるモノではない。憧れている自分だからこそ言える。ヒーローは()()()()から憧れるのだ。

 なりたい、という気持ちはあっても絶対に成れないからこそのヒーローなのだ。

 誰かの為に戦うなんて事、人には出来ない。誰かの平和を無償にする為の対価を払い続ける正義の味方は物語の中だけに存在出来る物だ。

 だから、怖い。夏野穂次がたまらなく怖い。

 私を助けてくれた時に気が付いた。この言いようもない違和感に気付かなければ良かった。

 

 ――けれど私は気付いてしまった。

 

 迫り上がる吐き気。口を開けても何も出ない。何も入っていないお腹が引き攣り、痛くもないのに抱え込んでしまう。

 引き攣る喉と不安で押し潰された自分と彼を信じれない弱い自分だけがとても――痛い。

 叩きつけてくるシャワーのお湯だけが、物語じゃなくて現実に居ることを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、眠れなかった。

 不安で押し潰された日はいつだってそうだった。あの日も、あの日も、あの日も――。

 そんな、弱い自分に気付いてしまう一日に新しく追加されただけ。

 

 そんな風に簪は自分に嫌気を催しながら、どうにか通常の感情へと引き戻した。

 アクビを一つだけ溢して目の前のディスプレイに注視する。吐き出されたエラーを解析して、失敗を糧にしていく。何度も繰り返した作業だけれど、同時に姉のように何でも上手くいかない、と自分に言い聞かせているようで少し前までは嫌いな作業だった。

 少し前からは……穂次が隣に居たから、その作業も楽しんでいた。そう感じていたのは他ならぬ自分である事は簪は認めている。

 

 そして今日は、不安でいっぱいだ。

 

 彼に会いたくない。そう思ったのは始めてかもしれない。いつの間にか隣に居てへらへら笑っているのが普通になっていたとも言える。

 そこでようやく簪は自分が思った以上に彼へと感情を寄せていた事が分かって、自分を責めてしまう。

 もしも、彼が人間らしく下心を持って自分に近づいてきたのであれば、その全てが仮初のモノになってしまう。けれど、出来る事ならばそうであって欲しいと願う自分もいる。

 

「お、簪さん早いっすねー」

 

 いつもの様にへらりとコチラへと寄ってくる彼に簪は反応出来なかった。

 

「へい、ボス! 無視はいけませんよ!」

「……ボスじゃない」

 

 いつもの様に返してようやく簪はいつもの表情を作る事が出来た。

 相変わらずへらへらとしていた彼はいつもの様に少しだけ間を開けた所に座る。間がある、と言ってもお互いに手を伸ばせば届く様な距離だ。

 心臓がドクリ、ドクリと脈を打つ。こうしてへらへら笑っている彼を見ていれば余計に彼の異常性に目が行ってしまう。

 

「き、昨日は……ありが、とう」

 

 乾いた舌が上手く回らず、なんとか彼に感謝を伝える事は出来た。

 きっと彼はへらへらと笑って、「おっぱいを揉めたので十分ですヨ!」とか言うのだ。私の知っている彼ならきっとそう言う。

 

 だから――

 

 どうしてアナタはキョトンとしているの?

 

「ああ、昨日はアレから大変だったんスよ――」

 

 彼の口から聞かされる、セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアからの折檻にも似た説教。きっと脚色しているだろうソレが面白おかしく語られていく。

 まるで感謝されている事を疑問を無かった事にするように。

 

「――どうし、て」

「ん?」

「どうして、私を助けたの?」

「? ほら、人を助けるのって普通じゃん?」

「普通じゃ、ない……普通なんかじゃない!」

 

 立ち上がり、断言してしまう。

 驚いている彼なんて無視して、泣きそうになってしまう。落ちた工具達が音を立てて、私の声に反応してか、周りの先輩達がコチラを見ている。

 

「あー、簪さん? ちょーっと場所変えようぜ。ほら、な?」

 

 どこか困ったように彼は笑って、私の背中を押していく。

 頭に血が昇って、泣きそうになって、彼に怒鳴って。

 

 

 

 彼が私を入れた場所は誰もいない静かな部屋だった。電気が点けられて明るくなった部屋には整理された工具達が並んでいる。

 

「えー、落ち着いて――はないな。どうしようかな、こんなの始めてだし」

 

 彼は困ったように頭を掻いて、少しだけ情けなく笑みを浮かべている。

 

「えー、どうして助けたか、だっけ?」

 

 簪はコクリと首を動かしてそのまま目線を床へと向ける。先ほど聞こえた答えが幻聴だと、まだ信じている。

 

「さっきも言ったけど、人を助けるのって普通じゃん? それに簪さんは可愛いしな!」

 

 はっはっはっ、とまるで冗談のように付け足された笑いが次第に勢いをなくしていく。そしてまた困ったように「あー……」と声が漏れた。

 

「その……えー、まあアレだ。そう、おっぱいが触りたかったんだよ。いやー、ちっぱい最高ッス!!」

 

 イェイ、と戯けて言った穂次を簪は睨んでしまう。泣きそうな目で睨んだ穂次は眉尻を下げてどうしようもなく情けない顔をしていた。

 

 彼が好きだ。彼が好きだ。彼が好きだ! 穂次くんが好き!!

 けれどその感情が同時に逆転する。怖い。ただ只管に彼が怖い。そう思ってしまっている自分が許せない。

 

「嘘、吐かないで……」

「嘘じゃないッスよ。これでも俺は巨乳派とか言われるけどちっぱいだって大好きです!」

「そうじゃ……ない……」

 

 否定した簪に困ったような顔をして、穂次はようやく息を吐き出す。

 諦めたように、息を吐き出して、扉の鍵を締めた。音を立てて締められた鍵に簪はハッとして顔を上げる。

 

「なあ、簪さん。俺のドコがおかしかった?」

 

 へらへらと笑っていた。

 

「なあ、簪さん。俺のドコが普通とは違った?」

 

 

 まるで仮面を被ったように、ソレが彼のいつもの表情だったのに。

 

 

「なあ、簪さん。教えてくれよ。直すからさ。簪さんが変だと思った事を教えてくれよ」

 

 

 一歩、男の足が進んだ。同時に一歩後ろに下がってしまう。

 息が浅くなって、怖くて、恐ろしくて。

 背中が冷たい。壁が背中に着く。

 

 彼の左目が煌々と黄色に輝いている。ソレを汚すように黒が蠢いてた。

 動きを封じるように顔の横に手を置かれ、壁が音を鳴らす。

 

 

 

「なあ、簪さん。パンツの色が何色か教えてくれよ。ほら……ほら!」

「ひっ……」

 

 声を出して驚いた簪は少しだけ彼の言った言葉を考える間を置いて、怖くて閉じた瞼を恐る恐る開いた。

 

「はら、パンツの色だけじゃなくてブラの色とかも教えてくれよォ! ほらぁ!!」

「…………」

「お、いつものジト目に戻りましたね! さっすがボスだぜ!」

 

 へらりと笑った穂次が壁から手を離して、腰が抜けてしまった簪が床にペタンと座ってしまう。

 そんな座った簪に情けなく笑って穂次も床に座る。そこにはやはりちょっとだけ間がある。

 

「えー、まあ言いたい事もあるんだと思うんだけど、とりあえずごめん」

「……いい」

「ただ怖がってる簪さんが見たかったんだ!」

「……よくない」

 

 力説するように拳を握りこんだ穂次にジト目を向ける。どうして彼は"こう"なんだろうか。

 へらへらと笑っている彼は先程までの仮面のような感じはしない。

 

「んで、なんとなーく分かった。つーか、忘れてたんだけど。俺って自意識薄いらしいんスよ」

「……は?」

「だから、普通じゃない理由? 俺にとってはコレが普通だからさっぱり分かんねーッスけど」

 

 へらりと笑って穂次はそう明かす。

 簪の中で乱雑に置かれていたパズルが作られていく。自分を犠牲にする理由。正義の味方の様な行動。ぼんやりと形が出来ていくソレになんとなくではあるが、簪は納得をした。

 

「つー訳で、人を助ける理由ってのは大体そういうモノだって理解してるからッス。あとは簪さんを助けた理由だっけ? 結構コレは言いたくないんですけど……」

「言って」

「アッハイ……。まあ、ホラ、えーっと……アレだ。俺が簪さんを利用してるから、かな」

「…………」

 

 簪は思わず自分の胸を腕で隠した。残念な事に溢れる事はなかった。だがそれがいい。

 

「嘘吐くなって言われたから言うけど、実は簪さんに最初近付いたのは一夏の為でもある」

「……ホモ?」

「ホモじゃなァい! 俺は決して男が好きとかそういう人じゃない! 女の子の方が好きだし! おっぱい好きだし! ちっぱいも好きだよ!」

「…………変態」

「変態いただきましたー。まあ簪さんには悪いけど、あとは更識会長への防衛手段かな」

「?」

「ほら、俺って、スゲーかっこ良くて、こう、色んな人に狙われるジャン? だから生徒会長である更識会長が風紀の為に俺の命をダナ」

「真面目に言って」

「アッハイ……。前も言ったけど、俺って元スパイな訳ですよ。んで、まあソレが原因で怪しまれてる訳ッス。だから、簪さんは人質代わり、みたいな?」

 

 ソレを聞いて、どういう訳か簪からは怒りではなくて安堵の息が吐き出された。

 よかった。彼がコレほどまでに人間らしくて、よかった。

 

「んー、つーか、マジでなんでバレたんスか?」

「え?」

「これでも"普通"はずっとしてるからここまで看破されたのって始めてな訳ッスよ。いや、マジで」

「そこは本当……だったんだ」

「パンツの色が見たいってのも本当ですよ!」

「あっそう」

 

 穂次をバッサリと切り捨てた簪は落ち込んでいる彼を見ながら考える。どうして彼の異常に気付いたのか。

 ド直球で言うなら、「アナタの事が好きでずっと見てました(ハート」と言えばいいのだが。そんな事は言えない。

 更に言えば、彼は自分を利用するために手を貸しているのであって……きっとソレは恋愛感情にはならないのだろう。

 顔を少し赤くさせて、正義の味方の為に、更識簪は自分の唇に人差し指を当てる。

 

「……秘密」

 

 ようやく自然に笑えた簪に穂次は情けなく笑って簪の頭をグシャグシャと撫でる。

 きっと、言えば壊れてしまう関係だから。今のままで満足なのだ。憧れは憧れのままで。私の味方である彼はきっと私だけの味方になることはないから。

 

 今日はよく眠れそうだ。




>>……は?
 簪ちゃん人気すなぁ……
 私に望むとこうなる事なんて分かってた事でしょうに。
 簪さんはヒロインにしません(断言) まえがきでもヒロインにするとは言ってないから大丈夫大丈夫(震え声

 ホントは絶望面に叩き落とそうとしたけど、ソレはそれで問題なのでやめました。愉悦が足りない

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