欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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必殺技は叫びたい

「そういや一夏。誕生日に何か欲しいモノとかあるか? 俺の童貞とか処女以外ならあげるぞ」

 

 学園祭から数日。夕食を食べる食堂にてそう口にした俺に対して一夏は目を鋭くして睨んだ。どことなく鬼を思い浮かべた辺り、やっぱり血は繋がっているんだろう。

 

「両方とも全然要らないから悲しくもなんともねぇな」

「おいおい、自分の気持ちには正直な方がいいんだゼ☆」

「わかった」

「おーけー、すていすてい。その強く握った箸で俺をどうするつもりだ」

「アンタら、食事中よ」

 

 鈴音さんの呆れた様な声で俺達二人は席に座り直す。ちゃっかりと一夏の隣に座っている鈴音さんはやっぱり流石だと思う。

 そして箒さんはなんで俺を睨んでるんですかね……?

 

「え? 一夏の誕生日って今月なの?」

「おう」

「そっか。じゃあ僕も何か用意しておこうかな」

「マジか。ありガッ!?」

「デレデレするな」

「箒! 急に足を踏むなよ! 俺が何をしたっていうんだ」

「ぶっちゃけ言えば何もしてないのが悪いんじゃね?」

「はぁ!? なんだよそれ。というか皆も頷いてるし」

「…………それを穂次さんが言いますのね」

「ホら、俺ハ、チャんと行動シてるから」

「声が上擦ってるよ?」

 

 俺の隣にいるシャルロットさんとセシリアさんが俺の顔を覗き見てくる。ついでに柔らかい。当ててるんですかね? 当ててるんですね! 何も考えなけりゃ、おっぱいの感触も楽しめるけど、無理ッス……。

 

「セシリア達と仲直り出来たのか。よかったな、穂次」

「一夏、お前……」

「え? なんで俺が残念そうな顔で見られてるんだ?」

「アンタが残念だからよ」

「鈴も酷くないか?」

 

 むぅ、と一つ唸った一夏は口をへの字にしながらだし巻き卵を口に入れた。一口貰ったけど、スゲー美味い。

 会話が一段落したのを見計らい、腕を組んで難しい顔をしていたラウラさんが口を開いた。

 

「それで、おまえはどうしてそういう情報を黙っているのだ?」

「別に大した情報じゃないかなって」

「……それで、私達ではなく穂次には言っていたのか」

「ん? ――いや、俺は穂次にも言ってないぞ?」

「は?」

「フッ、愛すべき一夏きゅんの情報は全て集めて当然だろう!!」

「うわっ、凄い鳥肌立った」

「やっひゃひっ!?」

「穂次さん?」

「穂次?」

「なんで俺は脇腹を抓られたんスかね!? すげー変な声出たわ……」

「それで、ソコの知っていて黙っていた二人は?」

「うっ」

「まあ待てラウラ。私は決して情報を秘匿していた訳ではない」

「ほう……」

「当然の事は当然だからこそ口に出す必要も無いだろう? ISの操縦は女性だけだと、今更口にする必要もないようにな」

「俺と一夏がいるからもう女性だけとは言えないんだよなぁ」

「黙ってろ」

「ひぇっ……」

「というか、スルーされてるけど、俺の誕生日ってそこまで当然で重要なことなのか?」

「黙ってろ」

「アッハイ」

 

 俺と一夏は身を縮めて食事を再開する。こういう時は何も言わないに限るんだ。穂次、知ってる。

 

「ま、とにかく。誕生日に一緒に祝えばいいんじゃね?」

「ああ。中学のときの友達も俺の家に集まる予定だし、皆も来るか?」

「任せろ。次は大魔王という焼酎をだな」

「千冬姉が怖くなるからやめろ!」

 

 何を言うか。あの人は既に大魔王なのだからこれ以上怖くなる事はないだろ! 口に出して言えないけどな。

 一夏の誕生日である九月二七日。食堂の壁に備えられているカレンダーを見れば赤い数字に大きく丸が描かれていた。

 

「つーか、二七日ってキャノンボール・フ()ストじゃね?」

「キャノンボール・フ()ストね。何その必殺技みたいな日は」

「叫びたくならない? キャノンボール・フィストォォ、って」

「意味がわかりませんわ……」

 

 セシリアさんにスゲー呆れた視線をもらいながらへらへらと笑っておく。拳を飛ばしながら言いたい。キャノンボール・フィスト。

 競技であるキャノンボール・ファストはISを用いた高速バトルレースであり、実際は国際大会である。今回するのは国際大会ではなくて、市の特別イベントとして催されるモノであり、IS学園の生徒のみが参加するモノだ。

 クックックッ、専用機持ちとなった俺が無双するんだ……。

 

「穂次、訓練機部門と専用機部門があるんだよ?」

「何ですと!? つーか、なんでナチュラルに思考が読まれてるんですかね……」

「口に出てたからね」

「――、ソーッスカ」

 

 チラリと一夏に視線を送ってみれば首を横に振られた。シャルロットさんがニッコリ。俺もニッコリ。思考を読まれる事はイイんだけど、ちょっと怖いですよ、シャルロットさん!

 やっぱり俺の上には吹き出しがきっと存在していいるのだ。そうとしか思えない。

 

「明日から高機動調整がはじまるんだよな? 具体的に何をすればいいんだ?」

「基本的には高機動パッケージのインストールだが、お前の白式にはないだろう」

「その場合は駆動エネルギーの分配調整とかに、各スラスターの出力調整とかが主になるかなぁ」

「……穂次」

「お前は調整よりも自分の力量を上げれば?」

「ぐぬぬ……」

 

 はっは。ざまぁ。

 何かと言って、どうせ一緒に訓練……というよりは一夏のデータ取りはするんだけど。調整ぐらいは手伝ってあげなくもないんだからねッ!

 そんな事を考えてると両隣からジト目で俺を見つめる二人がいる。

 

「穂次の村雨にも高機動パッケージはないよね?」

拡張領域(パススロット)が無いからなぁ」

「よ、よければわたくしが調整に付き合いますわよ?」

「フッ、俺は訓練なんかしなくても出来る天才だから何も問題無いッス」

「ふーん」

「そうなんですわねー」

「……どうして二人とも棒読みでスゲー温かい目で俺を見てるんですかね?」

 

 一体何だと言うのだろうか。俺と鬼との訓練はバレていない筈だろう。追跡されたという事もないだろうし……つーか、夜に出てるからバレてる訳ないと思う。俺の撒くのも熟練してきたし、何より今なら絶対気付く。

 逆にそれ以前だと分からないし、追跡されたかもしれないけど、そんな事も無いだろう。俺なんかを追跡して何も得ないし。

 あとは先生達がバラしたとかだけど。バラす利点が無いから違うだろう。

 

 え? つまりなんでこんな目で見られてる訳だ? ヤメテ! そんな目で俺を見ないで!

 

「つーか、調整なら更識会長とか――スイマセンナンニモナイデス」

「なんで言葉を途中で止めたんだよ」

「俺だって命は惜しいって事」

 

 俺だってこんな所で死にたくはない。何より誰かの恋路を邪魔して、馬に蹴られるどころか()()()()()()()()()()とか、()()()()()()()()とか、()()()()()()()()()()()()とか勘弁してほしい。

 

「まあ超音速機動ならラウラさんとか有利だし、妥当じゃね?」

「あら、わたくしではありませんのね」

「あー、まあ、ハイ」

 

 セシリアさんに視線を合わせずに俺は答える。どういう訳か、セシリアさんの名前は出せなかった。当然、セシリアさんの力量が一夏を教えるに至ってないとかそういう問題ではなくて。

 よくわからない理由を言える訳もなく、適当に誤魔化しておく。

 

「フッ、いいだろう。最近あの女にかまけているお前を、()()教育してやろう」

「ありがとうラウラ」

「あのさー、なんで俺が睨まれてるんスかね?」

「自分の胸に聞いたらどうだ?」

「俺におっぱいが付いてたら考えます。おっと、鈴音さんごめんなさい」

「なんで謝った! ア穂次!」

「いや、ほら、他意はないから」

 

 鈴音さんにもないおっぱいが俺に付くわけがないだろ! 将来的にも鈴音さんのおっぱいが付くわけもないから俺におっぱいが付くことは未来永劫ないのだ。

 怒りを収めたのか、()()()()()()ドカリと腰を下ろした鈴音さんが不貞腐れた様に口を開く。

 

「つうか、有利不利で言うなら白式も有利でしょ。機動力だけで言えば高機動にも引けをとらないし」

「でも搭乗者がお察しだから」

「あ……ごめんね、一夏」

「本当の事だから言い返せない……! というか、穂次も煽る側じゃねぇだろ!!」

「スペック数値だせる俺を引き合いに出してもいいのか?」

「ぐっ……」

「はーっはっはっ! 織斑一夏敗れたりィ!」

「アンタのソレも普通に言える事じゃない筈なのにね」

「楽しんだ方がいいだろ。何より俺はソレを悲観してねーし」

 

 コレが普通なんだからどう悲観しろというのだ、という話。へらりと笑ってやれば、なんとも言えない顔になる全員。ラウラさんだけは溜め息を吐くだけだったけれど。

 

「つうかさあ、ウチの国は何をやってんだか。結局甲龍用の高機動パッケージは間に合わないし」

「ん? 甲龍の高機動パッケージならもうそろそろ開発終わるんじゃね?」

「……は? なんでアンタが知ってんの?」

「試験データ見たから?」

「よし、ちょっと待て」

「ククク、誰も俺を止める事は出来ない! 国際法律も夏野穂次を捕らえる事は出来ないのだ!!」

「セシリア、シャルロット」

「はい」

「ゴメンネー、ホツギー」

「それは卑怯ですよ! 鈴音さん!」

「うっさいわ! なんでアンタは国家機密情報を知ってんのよ」

「そりゃ、鈴音さんを調べると自然と甲龍を調べる事になるし。結果的にそういう情報も目にするだろ?」

「……アンタって本当にスパイだったのね」

「何を今更」

「でも繋がりはもう無いんだろ?」

「まあなー。実際、甲龍の高機動パッケージの開発は元々の開発速度からの予測だし。細かい日程とかはわかんねーッス。

 なんでそんなに意外そうな顔で見られてるのさ」

「いや……穂次って優秀だったんだなーって」

「そう、ですわね。ちょっと意外ですわ」

「あー、まあ世界を敵にしても問題ないぐらいには情報を集めてるのさ。世界になんて負けないんだからね!」

「敵が大きすぎるんだよ……」

「ふぇぇ……」

 

 一夏の呆れた様なツッコミに戯けて声を出す。

 そしてへらりと笑って口を開く。これだけは言っておかなくてはならないのだ。

 

「まあ本当に世界が敵になっても負けるつもりはないよ。なんせ村雨は絶対に負けない機体なんだからな」

 

 尤も、今は負け続きで恰好がつかないのだが。それは黙ってて下さい。

 キリッとキメ顔で言ってやればスゲージト目で見られてるのだけど、俺には効かないぜ!

 

「おっと、もうこんな時間か! 先生方の手伝いに行ってきます!」

「逃げたな」

「逃げたわね」

「逃げましたわ」

「コレは逃走じゃねー! 戦術的逃走だ!」

「やっぱアイツはアホね。ア穂次だわ」

 

 何度も言うようだが、コレは逃走ではない! 決してジト目からの逃走ではないのだ! 俺には効かないんだからな!! ふぇぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 夏野穂次には秘密がある。

 その言葉を聞いた一夏は思わず眉間を顰めた。当然である。一夏は穂次の事を親友だと、相棒だと言える程度には信頼している。

 だけれど、その言葉を面と向かって全否定出来る程、目の前の相手は信じられない相手では無い。

 

「信じ……られません。その……えー」

亡国機業(ファントム・タスク)

「その亡国機業に着いてるなんて」

「そうよね。私も信じられないわ」

 

 そう言った更識楯無は溜め息を吐き出しながら紅茶を一口飲み込んで喉を潤す。

 そんな自室にやってきた楯無には恩がある。それこそ信じる事の出来る人物である事は一夏は理解していた。対暗部用暗部である事も、自分を狙う組織が動いてことも、全部理解する事も出来た。

 だけれど、その説明から数日。改めて部屋にやってきた楯無の言葉だけは信じられなかった。

 

「尤も、確証を持って彼が裏切り者という事は言えないわ」

「じゃあ――」

「けれど、彼は都合が良すぎるのよ」

「……それでも、穂次は」

「ええ。まだ推測の域は出てない。だから私はこうして一夏君の前にいるの」

 

 つまり、確証が得れれば楯無はスグに穂次の所に行くのだろう。捕縛、或いは――。

 一夏はそう考えて視線を鋭くする。そんな視線に楯無は苦笑して扇を開く。やけに達筆で『愛』と描かれているが、余計に一夏の視線は鋭くなった。

 

「私だって、彼は怪しみたくはないわ。彼自身とも少し話をしたけれど、全部空振りした訳だし」

「なら、やっぱり穂次は裏切って無いんじゃ?」

「そうね。

 学園祭の出し物でアナタが使った逃走経路、その終着点に亡国機業が待ってた事も。

 亡国機業の構成員が逃げた果てに偶然待ち伏せしていた事も。

 その構成員を逃がした事も。

 きっと偶然なんでしょうね」

 

 一夏の背筋に冷たいモノが走る。穂次の裏切りを感じたからではない。目の前にいる更識楯無の瞳にである。

 自然と緊張し、汗が溢れる。口が乾く。

 

「どうして亡国機業が学園祭と言えどIS学園に潜入出来たのかしら? 誰かがチケットを流したのかしら?」

「それが、穂次だって言うんですか?」

「いいえ。言わないわ。だって確証がないもの。因みに穂次君の事を怪しんで行動を追ったけど――」

「追ったけど?」

「――妹とのデートで外に出ただけよ!! しかも! どういう事よ!」

 

 バンバンと机を叩いて「うぅ~」と唸る楯無に一夏はポカンとする。頑張って頭を働かせて目の前にいる美女に対する言葉を探す。

 

「えー、あー……つまり穂次は無罪って事じゃ」

「そういう事じゃないわよ!」

「えぇ……」

「どうして私じゃなくて穂次君なのよ!! あぁもう! 簪ちゃぁぁぁあん!!」

 

 一夏は頭痛のする頭を頑張って働かせた。なんというか目の前にいる人が先ほど自分を極度の緊張に追いやった人だとは思いたくなかった。きっとアレは錯覚だな。そうに違いない。

 

 ある程度喚き散らして満足したのか楯無は愁いを帯びた美女の様に溜め息を吐き出す。

 

「それで、穂次君は怪しいのよ」

「絶対私情を挟んでるでしょ、ソレ」

「そんなこと決してないわ。ええ、当然」

 

 絶対に嘘だ。それだけは面として言える。けれど一夏は言わなかった。言うと面倒になりそうだったからだ。そして一夏の判断はきっと正しいだろう。

 

「まあ、私が穂次君を怪しんでいるのはホントよ。都合が良すぎる……いいえ、悪すぎるのかしら?」

「それは……穂次の運が悪かったんじゃないんですか?」

「そうかも知れないけれど、そうじゃ無いかも知れない。彼の元々の経歴からしてもあり得なくは無いことでしょ?」

「それは――」

「元々政府のスパイだった彼が別の所に鞍替えした可能性もある」

 

 楯無の言葉に一夏は口を噤んだ。一夏は穂次が二重スパイだった事を知っている。だからこそ、その全ての行動がIS学園の為だったと理解している。

 けれど楯無の言葉はまるで穂次の真実を知らないかの様ではないか。学園最強を冠する生徒会長ですら真実を知らないのではないか?

 

「報酬さえあれば簡単に鞍替えしそうだしね」

「ソレは――無いんじゃないですか?」

「そうかしら? 政府所属していた時の情報も見たけど、随分と報酬にこだわっていたみたいよ。私も頼み事をした時に報酬を求められたし」

 

 あの穂次が?

 一夏の脳に穂次が思い浮かぶ。お金を渡そうとすると大きく両手をバツにして「おっぱい!」と言うようなヤツなのだ。ソレが夏野穂次という人物なのだ。

 一夏が否定の言葉と、穂次の真実を言葉を口から出そうとすれば、その口には楯無の指が当てられた。

 

「一夏君が彼をどう思ってるか、知ってるわ。だって愛してるものね……」

「ねぇよ!」

 

 コレだけは敬語も無しに言える事だった。

 

「まあ私から言える事は彼を余り信じないで、って事かしら。それだけよ」

「いや、大丈夫なんじゃないですか?」

「……そうね」

「それに……もしも穂次が裏切っても俺が止めます」

「愛する穂次君の為だものね!」

「おい」

 

 

 やけに低い声に「いやん」と楯無は戯けて部屋から逃げ出した。

 閉じられた扉に溜め息を吐き出して、一夏は思考を巡らせる。

 千冬姉が情報開示していないという事は本当に穂次が二重スパイだったのは秘密裏の事だったのだろう。IS学園に所属している楯無さんが知らないという事はIS学園との契約ではなくて、千冬姉個人との契約だったかも知れない。

 それはいくら考えても答えは出ない。

 

 楯無さんが裏切っているという可能性は……たぶん無い。それなら俺を倒したり、白式を奪ったりする機会は何度もあったと思う。

 けれどソレは同時に穂次にも言える事だ。白式を奪う機会はあっただろう。けれど今も白式は俺が持っている。ソレが証明だ。

 本当に運が悪かっただけなのだろう。そう考えると楯無さんに怪しまれている事もまた運が悪い。

 

 思考を纏めあげてから一夏は苦笑を混ぜて結論を導き出した。

 夏野穂次が裏切っている事なんて無いだろう。というか、裏切らない、と彼の口から宣言されたのだ。

 だから、絶対に、穂次は裏切ってなどいない。


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