一人の騎士が居た。
ドコかヘタレな王子を背後に置き、鞘に収めた剣を握った騎士がソコには居た。
口元には笑みを携え、目の前にいる敵に視線を合わせた。そのまま、一歩目を踏み込んだ。
剣先を僅かに床に擦り付け、一気に振り上げる。容易く初撃を回避した
なんせ、目の前の騎士の事はよく知っていたからだ。何かの間違いがあるかも知れないが、決して二人は恋人関係だとか、そういう事実は全く無い。当然、家族という訳でも決して無い。
「流石ッスねぇ」
「当然でしょ」
小さく交わされた言葉に互いに笑みを浮かべる。騎士による攻撃など物ともしないように、回避し、捌き、強化ガラスの靴で防いだ。
決して互いの力が拮抗している訳ではない。コレは演技なのだ。
少しばかり
当たらない攻撃に肩を竦めてみせた騎士は足元に落ちていた盾を拾い、
「俺が居る限り、王子には一切触れさせんよ」
少しだけ演技染みた言葉と構えた剣。沸く観客。どういう訳か『格好いい!』という黄色い声ではなくて『やったぜ!』というドコか芳しい歓声であったが、穂次はなるべく気にしない事にした。一夏は黄色い声にしか聞こえていないだろう。
鈴音が一夏に対して残念そうに目を向けていた。ソレに一夏は気付いて、真剣な表情になった。
「流石は俺の盾だ。俺も誇らしく思うよ」
更に黄色い声が沸いた。鈴音の残念そうな目が強くなり、穂次は肩を少しだけ揺らして笑いを堪えている。一夏はキョトンとしているので、状態に気付いていないのだろう。人生、気付かない方がいい事もある。
「つーか、なんでアイツは狙われてるのに遮蔽物に隠れないんですかね……」
「騎士様が守ってくれるからでしょ?」
「身を守らない王子様の御守りなんて最悪だな」
「ま、遮蔽物に隠れろって言わないアンタもどうかと思うわよ?」
「それもそっか」
剣を一振りして三歩程下がって武闘派なお姫様から距離を取った騎士。佇まいは警戒し続けているが、既に演技の仮面は外れているのかヘラリとした笑みが顔に浮かんでいる。
「なあ穂次。俺はドコかに隠れてた方がいいのか?」
「おいおい、主役が隠れてどうするんだよ」
「そうだよな」
「ついでに言うと、頭を下げな相棒」
一夏の頭を抑えつけて穂次は振り下ろされたナイフを防いだ。防がれたソレに僅かに目を見開いた銀髪のお姫様は構わずに蹴りを放った。
脇腹を狙ったその蹴りを左手で防ぎ、掴もうとすれば容易くも蹴り足は抜かれてしまった。
「なるほど。本当にお前を倒さなくてはいけないのか」
「まあ一応騎士だからな。コレの」
「コレって言うなよ」
「へいへい、失礼。王子様」
ベェと舌を出して外方を向いた穂次に一夏は溜め息を吐き出した。
「ま、そこにお姫様は守ってくれるみたいだし、俺は戦いに集中するよ」
「お姫様?」
「え、えへへ……やぁ、一夏」
「シャルもか」
「うん。ちょっとね」
人懐っこい笑みにドコか困った様な気持ちを織り交ぜながら盾を持ち、そして今しがた何かを弾いた。金属音が響き、盾が大きく動いた。
騎士は小さく、まるで息の抜ける様な口笛を吐き出し、笑みを浮かべ、その顔を正面へとお姫様達へと向ける。
王子の背筋に悪寒が走る。冷たい何かが背中を這い、急激に口が乾く。一夏は顔を上げた。シャルロットの先、穂次の向こう、ラウラの奥、鈴音の更に背後。
ゆらりと影が揺れた。長いポニーテールを揺らし、白のドレスを纏った少女。お姫様達と同じように透明のガラスの靴がコツコツと舞台を鳴らす。誰もがその登場に押し黙り、その少女へと視線を集中させた。
左手には鞘に収まった刀。チキリと高い音と何かが擦れる小さな音が静かな舞台に大きく響く。
穂次はソレを見つめて肩を竦めた。彼女と会話をしていた限り、こういった舞台は苦手である事は分かる。ソレを確かめる様に一夏へと視線を向ければ、その視線に気付いた王子は首を横に振る。その顔は真っ青だ。
「――王子だ。王子だろう?」
「あ……(察し」
「なあ! 王子だろ、お前……っ! 王冠を置いてけ! その王冠だっ!!」
穂次は箒の瞳を見た。なんか、こう……ぐるぐるしてる。耳が真っ赤な事を考えると恥ずかしすぎて限界突破した事はなんとなくわかった。
穂次がそんな状態である箒を見るのは二度目である。二度目は今で、一度目は売り子をしていた巫女姿の箒である。実におっぱいが素晴らしかったと、穂次は思い出した。
少しだけ身をズラして後から飛んできた盾を手に取る。盾を投げたお姫様は凄くニッコリしていた。
「なにかな?」
「あー、いえ、別に。サンキュー、プリンセス」
改めて盾を腕に装着した騎士は剣を構えて、ニヤリと前を見た。
ソレを見たお姫様達も同じく構えた。日本刀の鞘が舞台に落ちると共に型の決まっていない殺陣が始まった。
事の始まり、いいや、原因は確かにあった。
そもそもどうしてシンデレラ達が頑なに王冠を狙うのか。演技と同じ様に隣国の軍事機密があの王冠に秘められている訳ではない。
王冠には権利が秘められていた。何でも出来る、という程自由ではないが、たった一つ確約されている事があった。
『織斑一夏、夏野穂次と同室になれる権利』
ソレがシンデレラの求める権利であった。当然、両名と同室になれる訳ではなく、どちらか一方と同室になれる権利である。
織斑一夏を狙う少女達はその逞しい妄想を広げた。
夏野穂次を狙う少女達は少しだけ悩んだ。極々偶に穂次の部屋へと襲撃しに行っていた二人にしてみれば魅力としては劣るモノであった。
けれど、
『会長権限』という如何にも一夏と穂次が弱そうな言葉に少女達は釣られた。
一人は防弾ガラスの靴を。
一人はサプレッサー付きのスナイパーライフルを。
一人はナイフを。
一人は防弾盾を。
一人は日本刀を。
魔法使いは一人ほくそ笑む。
もしもこの舞台に悪が在ると言うならば、ソレは間違い無く魔法使いの事を言うのだろう。
その魔法使いは目を細めて舞台を睨める。ソコには一人の騎士がやや引きつった笑みを浮かべながら、まるで必死に攻撃を捌ききっている。
日本刀の一撃を流し、
ナイフによる素早い連撃を必要最低限だけ弾き、
鋭い蹴りを軽々と手で防いでいる。
挙句に視線を向ける事もなく、狙撃手の一撃を回避してみせる。
その動きの全てを注視していた楯無が目を細めて、小さく、細く息を吐き出した。
「穂次君頑張りすぎー」と冗談めかして言って、顔に笑みを浮かべておく。このままでは自分の目的も達成する見込みも無く、そして舞台としても失敗になるかも知れない。
だから、コレは、そう、仕方ない事なのだ。決して自分が面白そうとか、そういうアレではない事は確かだ。更識楯無は後にそう言い訳をする予定だ。
マイクのスイッチを押し、楽しげに告げる。魔法使いの言葉はこの時点では絶対なのだ。
「さあ! ただいまフリーエントリー組の参加です!」
「ふぁっ!?」
「は?」
攻撃を捌ききった穂次の声から素っ頓狂な声、一夏の口からはさっぱり意味がわかってない様な言葉が漏れだした。
そして分からなかった意味はスグに理解する事が出来た。
地響き。まるで軍隊……いいや軍隊程の統率はない群が走って一夏並びのその前にいる穂次の前に現れた。
「穂次!」
「は、ハハハ……無理! 逃げるぞ一夏!」
「おう!」
「待ってよ一夏。せめて王冠を」
「スマナイ、シャル……。俺には威厳が必要なんだ」
「は?」
シャルロットはさっぱり意味がわからなかった。威厳ってなんだよ、と口に出したかったけれどソレは飲み込んだ。
「一夏! 白式に脱出ルート送っとくぞ!」
「生きて会おう、我が騎士よ!」
「絶対に警戒を解くなよ、王子様!」
王子と騎士はまるで打ち合わせをしていたかのように弾かれる様に動き始めた。呆気に取られていたシャルロットはようやく一夏へと一歩を踏み出したがその手は穂次に引かれ、アッサリとシャルロットは穂次の胸の中へと収まった。
「ふぇっ!?」
「ハーッハッハッ! お姫様共、このお姫様がどうなってもいいのか!」
「――えぇ……」
現状に真っ赤になったシャルロットは穂次の言葉に呆れを混ぜた戸惑いの言葉を吐き出した。
剣をしっかりと胸に抱いたシャルロットへと向け、三流悪党の様な言葉を吐き出した騎士。先ほどまでの格好良い騎士の姿は最早無いのである。
「ねえ穂次」
「何だ? おーっと、俺を籠絡しようたってそうはいかないぜ!」
「いや、まあ籠絡してもイイけど……。よく考えなよ」
「ん?」
「お姫様達は皆ライバルなんだよ?」
「だろうな。あの三人がしっかり連携してたらこの天才である俺だって危なかった」
「ソレはどうでもいいんだけど。皆ライバルだから私は人質としての価値は無いよ?」
「……はっ!?」
仰々しく驚いてみせた穂次。緩んだ拘束からスルリと抜けだしたシャルロットは穂次の顔をしっかりと捉えてニッコリと笑う。
「ちょっとだけトキメイたよ」
「は? あででででで!!」
「よし! 騎士は捕まえた! あとは王子だけだよ!」
うぉぉぉぉおおおお! と決して野太くない声が響き広い舞台をお姫様達が駆けまわる。決して騎士を捕らえてるシンデレラの方は見ない。
シンデレラに関節を極められている騎士はちょっとだけダラしない笑みを浮かべて、ソレを隠す様にいつものへらりとした笑みを浮かべる。
「んじゃ、俺の仕事は終わったから舞台を降りようか」
「え?」
「王子が居ないし、捕まった騎士は仕事は出来ないだろ」
「そうだけど……アッサリしてるなぁ」
「演技だからな。 くっ殺せ! とか言ったほうがいい?」
「ん? 今何でもするって言った?」
「言ってないんだよなぁ」
舞台を降りたシャルロットはクスクスと穂次と軽口を言い合い、手を放した。肩をぐるりと回し、穂次はシャルロットへと向き直る。
「そういや、シャルロットさんは王冠を狙わなくてもいいの?」
「あ」
「行ってらっしゃい! 何があるか知らないけど俺は応援してるよ!」
本当に知らないんだろうなぁ、とシャルロットは苦笑しながら穂次と別れて、王子様を探しに走りだした。どうせ穂次に聞いても適当にはぐらかすのは目に見えていた。
シャルロットの姿を見送った穂次は目を細めて小さく息を吐き出し、天井を向いた。
大きく溜め息を吐き出し、
「……やっぱり、辛くないッスねー」
そう一言呟いて、いつも様にへらりと笑みを浮かべ、手を強く握りしめてみた。
痛みは思ったほど感じる事はなかった。