閑話みたいなモノです。
穂次の乙女ゲージが上がっていく……主人公とは一体……(ウゴゴゴゴ
「ほあぁ……」
「はあぁ……」
先に言っておけば、コレは俺の声ではない。もっと言えば俺の斜め後ろでやり切った顔をしている一夏の声でもない。
俺の目の前にはクラスの皆がいる。その皆が俺へと視線を集めている。ハッキリと言えば冗談を言える様な余裕は俺には無く、いっそ逃げ出したい気持ちでイッパイなのである。
その逃げ出したい気持ちを上乗せする様に、最前列で俺を見て、更には口を情けなく開いた美少女二人が目を輝かせているのだ。
「いい、スゴく、イイ」
「ええ、そうですわね」
コレがシャルロットさんでなければ「原始人かな?」なんて俺も言えただろう。シャルロットさんでなければ。
とにかくとして、締まったネクタイを少しだけ緩めてどうにか心に余裕を与える。緩める動作をすれば一夏の顔が顰められたが許してくれ。ネクタイを締めた時はそれほどだったけど、今は息苦しいんだ。
「ヘタレの無い夏野君なんて夏野君じゃないわ!」
「だがソレがいい!」
「もっと、こう、ヘタレな執事が出来上がると思ったのに!」
「つまり何が言いたいかって!?」
「織斑君! グッジョブ!」
「おう!」
クラスメイト達が声を合わせて一夏を称える。後ろで仕事を完遂した裏切り者は満足気に頷いている。
一方俺は執事服に着られ、髪をセットされ、小道具である縁の無い四角い伊達メガネと白い手袋までしっかりと着けられている。
そう、執事である。
学園祭まであと数日。俺の頭の中ではご奉仕喫茶で忙しく駆けまわるメイドの格好をしたクラスメイト達を妄想していたのに、服を調達したシャルロットさんはニッコリと俺を捕まえて執事服を渡してきたのだ。
有無を言わせない笑顔であった。震えた声で後退りしながら「一夏がイルヨ」と言えば、もう片方の手にもう一着見せられたのだ。そう、執事服は二着だったのだ!
ネクタイの締め方を知らない俺はソレを理由に逃げようとした。俺は一夏を恨んだ。
「つーか、俺じゃなくて一夏でもよかったんじゃないッスかね……?」
「織斑君も着せようと思ったけど、夏野君の着替えの手伝いをするって言って逃げられたの」
「穂次が困ればいいと心から思った。他意はないぞ」
「悪意だけなんだよなぁ……」
「思ったよりもなつのんが似合ってて皆驚きだけどね~」
「小道具が仕事しすぎなんだよ、のほほんさん」
とにかく、いい加減に目の前で壊れたラジオみたいに「イイ」を一定間隔で言ってるセシリアさんとシャルロットさんを誰かどうにかして下さい。俺の何かがガラガラ崩れていってるから。
「というか、シャルロットさんに言われて執事服は着たけど、何かするんスかね?」
「………………」
「え? この沈黙は何なの?」
「ほ、ほら! 接客の確認とかしないといけないから!」
「執事服を着てやる意味はないんだよなぁ」
「マニュアル作らないといけないし!」
「執事服を着る意味はないんだよなぁ」
「ほら~、ご奉仕されたいし~」
「ソレは執事服を着る理由になるけど……まあいいか」
「夏野君のそういう所、嫌いじゃないわ!」
「皆欲望に忠実ならイイんじゃね?」
「そうですわね!」
「いや、セシリアさん達はもうちょっとだけ落ち着け下さいお願いします」
ともあれ、接客の確認という大義名分があるのならば仕方ない。俺だって接客の確認というソレがあるのならばメイド服を是非見たいのだ。
その役割が俺に回ってきただけだ。メイド喫茶という名目だったなら、俺は執事服ではなくてメイド服を着ていたかも知れない。それだけは良かったと思う。ホント、マジで。
「それで、接客の確認ってのはイイけど。お客さん役とか誰がするんだ?」
「是非、わたくしがッ!」
「僕がするよ!」
「……」
「ん? どうした穂次? そんな顔で俺を見て」
「もういい。相棒を信じた俺が悪かった」
「いきなり辛辣だな」
「つーか、メイド服と執事服を調達してきたシャルロットさんとメイドがご自宅に居るセシリアさんは評価側に回った方が良くないッスかね?」
「評価はわたしがするよ~。わたしもメイドさんだからね~」
「……布仏さんがメイド?」
皆のドジっ子メイドがソコには居たのだッ! 布仏さんは絶対に変なドジをする筈だ。パンチラとかするんだろ? 俺は知ってるゾ!
だがしかし、俺はそんな嘘には惑わされない。フッ、コレでも元ポンコツスパイなのだ。嘘に惑わされる様な事があってはならない。
「フッ、俺は惑わされないぞッ! 布仏さんの様なドジっ子メイドが現実にいる訳がないだろ」
「ホントだよ~。更識家にいるもんね~。おりむー」
「のほほんさんはなんで俺に同意を求めてるんだ?」
「ほら~、おりむーの言葉ならなつのんも信じるんじゃないかな~って」
「まあ、楯無会長からは聞いたけど」
「なん……だと……」
「それにわたしだって仕事はちゃんとするんだよ~?」
「ソレは嘘だ」
「なるほど……ドジっ子メイドに見せかけたスゲー敏腕メイドなのか……実にイイ」
「穂次さん?」
「ヒッ……ゴメンナサイ」
キツイ目をしたセシリアさんに謝ってしまう。その隣では同じく俺を睨んでいるシャルロットさんがいるのだ。二人が恐ろしいデス。
「あー……じゃあ二人が客役でいいとして、まあ間違った事とかがアレば止めて訂正するって感じでイイんスかね?」
「それでいきましょ。セシリア達もそれでいいよね?」
「わたくしは構いませんわ」
「僕も」
「じゃあ教室から出て、入店からしましょ」
二人が教室から出たのを確認して、適当に椅子や机を移動させて、仮設テーブルを作成する。
「紅茶とかの準備って出来てるのか?」
「穂次が嫁とお色直しに行っている間に用意した」
「……あー、ラウラさん。ただ着替えに行ってただけだから」
誰だ、このイタイケな少女にそんな言い回しを教えたヤツは。お兄さん許さないぞ。
ともかくとして、一つだけ息を吐き出してネクタイを締める。緩やかに意識を集中させていき、メガネを上げる。
クラスメイトの何人かが息を飲み込んだ様な気もする。あと一夏が俺をスゲー見てるのが心から怖い。なんだよ、お前やっぱりホモかよ!
立ち振舞から変化させれば何も問題は無い。そんな事はずっと繰り返してきた事なのだから、容易い事なのだ。
扉が開かれ、色合いの違う金色の頭が二つ並んでいる。俺を一目見て、目をパチクリとさせているのが実に印象的だ。
俺はヘラヘラとした笑いを浮かべて一歩前へと進む。
「ヘイ! 可愛いネ! この俺様とオ☆チャ、していかない?」
「ハイ、カットー」
そんなクラスメイトの声が聞こえた。目の前の二人はスゲー冷たい目で俺を見下している。俺が何をしたっていうんだ。
「夏野君。そういうの、いいから」
「俺は真面目にやっ――」
「穂次?」
「穂次さん?」
「嘘です冗談です。マジスイマセン。次からちゃんとしますから許してください」
見下していた二人から冷たい声で名前を呼ばれてしまった。くっ、俺に変な性癖が出来たらどうするんだ!
謝りながらヘラリと笑ったみせれば更に溜め息を吐き出されてしまった。
「次にフザケたら、わかりますわね?」
「な、何があるんですかね……」
「……そうですわね、何かさせますわ」
「ヒッ……わからない分余計に怖いんですが」
一体俺は何をされるんだろうか……いや、何をさせられるんだ。この上でメイド服とか流石に俺は嫌ですよ? つーか、男にメイド服着せて何が楽しいのだろうか。アレは女の子が着るモノであって、男が着るものじゃない。
◆◆
「穂次に何をさせるつもりなの?」
「色々と思いつきましたけど、一般的にはご褒美と言われそうですわね」
「なんとなく、その気持ちは分かるよ」
セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアは教室の扉の前でクスクスと笑いながら先ほどのやり取りを思い出していた。
彼がいつもの様に振る舞っていればソレで話しは終わったかもしれない。けれど彼はいつも以上に軽薄に振る舞ってみせた。
だからこそ、余計に揺さぶりを掛けたかった。もっと、もっと、彼の感情が揺れればイイ。
「さて、じゃあ仕切り直しといこうか」
「そうですわね」
「別にフザケてても問題ない、ってのが本音だけどね」
「いつもの調子でも、ソレはソレでイイですわ」
普段は見ることが出来ないだろう執事姿の彼なのだ。更に言えば、意外にもソレが似合いすぎていたのも原因だろう。
どうにかして自分の後ろに着いてくれないだろうか。なんて考えてしまうのは二人がお嬢様であるからなのだろう。
二人は顔を合わせて笑って、扉を開いた。
ソコには執事が居た。先ほどまでの軽薄な雰囲気など欠片も見つからない、執事が居た。
軽く下げていた頭が緩やかに上がる。
「御帰りなさいませ、お嬢様方」
執事は微笑みを携え、二人を出迎えた。
彼の執事姿を見た時の様に二人は口をだらし無く開けて、言い様のない感情をどうにか声を出そうと頑張った。結果的に「ほあぁ……」となんとも情けない声が出たのだが。
そんな様子にもニコリと笑った執事は二人を促して仮設テーブルへと案内した。当然、二人が座る前に椅子を引く完璧っぷりを見せた。
セシリアとシャルロットはとにかく周りを見渡した。全員が口を開いていた。どうやら現実らしい。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ!」
「だ、大丈夫だよ!」
「何か不足があればお申し付け下さい」
香りの高い紅茶を淹れて、二人のテーブルから一礼し、下がった穂次。
二人は心を落ち着ける様に紅茶を一口。飲み慣れている味、というべきなのか。近頃はよく飲む味だからすんなりと舌に馴染んだソレは喉に通った。
「誰だおまえは!?」
ようやく、と言ってもいい程時間を掛けてから一夏の言葉が教室に響いた。他の皆も頷いている。
対してその問いかけをされた穂次は軽く首を横に振り、困ったように微笑んだ。
「我が友。私を忘れてしまうとは……私の不足を呪うべきなのかね?」
「穂次、戻ってこい! お前はそんなヤツじゃないだろ!」
「それはソレでスゲー評価が気になるんだけど?」
アッサリと微笑みはいつもの様なヘラヘラとした軽い笑いへと変化した。先ほどまでの立ち振舞の欠片も見当たらない。
全員が安心した様に息を吐き出す様子を見て、穂次は分かるように肩を落とした。
「えぇ……総意なのかよぉ。俺だって頑張ればアレぐらい出来るんだぜ?」
「マジかよ。穂次スゴイな……」
「フッ、この夏野穂次。演じる事に関しては誰にも負けないと自負しているッ!」
「常に演じてろ」
「箒さん、スゲー辛辣な言葉ッスね。普段の俺が何をしたって言うんですか!」
「何から言えばいいのかわからないが、とにかく胸に視線を向け過ぎだ」
「そりゃぁ、おっぱいがありゃ見るのが男の性だ」
「……一夏を少しは見習え」
「……ほら、アレはホモだから」
「小さい声で喋っててもホモだけは聞こえたぞ!」
「ホモ特有の地獄耳かッ!」
「ホモじゃねぇよ!」
いつもの様に一夏との軽口の言い合いをしている穂次はもう執事の演技は終わったと言わんばかりに首を締めていたネクタイを少しだけ緩めた。
「それで、接客に関してはアレが基本でいいんですかね?」
「振る舞いもよかったね~」
「わーい、布仏さんに褒められたゾ! 頭とか撫でてイイんですよ?」
「やだ!」
「スグに断られると俺も悲しくなるんですが……」
余計に肩を落とし、ワザとらしく悲しんでみせる穂次。その顔はやはりヘラヘラとした笑いは浮かべられている。
カチャリと、陶器が擦れ合う音がして穂次はそちらへと顔を向けた。
「おかわりはいる? っても、あんまり美味く淹れられてないと思うけど」
「穂次さん」
「はひっ」
立ち上がったセシリアが穂次の手を包み込んで真面目な顔で彼を見つめる。その動作に驚いたのか、まるで乙女の様な声が出てしまった男は目をセシリアから逸らしている。
「是非、オルコット家でバトラーをしませんこと?」
「セシリアずるい! デュノア家でもイイよ! というか、ウチにおいでよ!」
「む、無職になったら考えます」
シャルロットも参加した事が原因なのか、穂次は震えた声でなんとも情けない事を口にした。
このヘタレめ……。というのは一夏を含めた全員の総意であった。
ヘタレはセシリアに加わり空いた手を握ったシャルロットのお陰でマトモな思考は捨てられてしまった。
つまりヘタレが加速するだけだ。
>>オ☆チャ
常套句
>>バトラー穂次
仕える、事に関しては一級品。
ただしヘタレ。
>>ドジっ子メイドのほほんさん
絶対無い。動きは緩やかなクセに無駄がないメイドなのだ……。メイド服のほほんさん……。