欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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短め(5700字
みんな砂糖は持ったな!


闇夜に咲く華

「私が一夏と?」

「ええ」

 

 篠ノ之箒は少しだけ頬を赤らめてセシリアの言葉を繰り返した。浴衣の着方を雪子から教えられながら、細かい所は修正してもらいながらではあったけれど、どうにか着用する事が出来た三人は顔を突き合わせて簡単な作戦会議を開いていた。

 その少し後ろでは雪子が微笑ましく頬に手を当てて「あらあら」と嬉しそうに漏らしているのだが、ソレは敢えて気にしない事にしておこう。

 

「それは嬉しいが、全員で回る方がいいのではないか?」

「それもいいんだけどね。穂次が変に気にしそうだから」

「……そうか」

「アナタと穂次さんに何があったかは知りませんが、仲直りなら早くしてほしいですわ」

「……すまん。全部私が悪いんだが……」

 

 箒が思い出すのは銀の福音の時に夏野穂次に放った言葉だ。全ての責任を彼に押し付け、そして彼はソレを否定せずに自身と一夏の為に殿(シンガリ)を務めた。

 結局謝れていない箒は視線を少しだけ落とす。決して彼女とて穂次の事を毛嫌いしている訳ではない。いや、セクハラは程ほどにしてほしいとは思っているけれど。

 彼と話しているとどうにも怒ってしまうのだ。恋心ではない事は明らかなのだが、いつのまにか彼の愉快な空気に巻き込まれている。

 

「はぁ……まあ穂次さんに謝りにくい、というのはわかりますわ」

「そうだろう? いや、だからといって謝らない、というのは間違っている事は分かっているんだが……」

「まあ箒が分かってるなら、適当なタイミングでいいんじゃないかな? 穂次だって、別に謝ってほしいって訳じゃないんだし」

「……そうなのか?」

「遅くなれば余計に謝りにくくなりますわよ」

「ハイ……」

 

 顔を上げた箒に視線を少しだけ鋭くしてセシリアは言葉を放つ。その言葉にしゅん、と体を小さくした箒に二人は苦笑する。

 

「まあ今日は夏祭りだし、穂次の息抜きも兼ねてるから」

「そうなのか?」

「変に気負ってる、というか」

「微妙に違うと言いますか……」

「……いつもの夏野だったと思うが」

「全然違うよ!」

「そうですわ!」

「お、おう……そうか」

 

 顔を迫らせてきた二人に思わず一歩引いてしまった箒。コレが恋の力というのだろうか。

 そう言えば今日の一夏も夏野によく構っていたな、と考えればなんとなく辻褄は通る。通ったと同時に嫌なビジョンが箒の脳裏を駆け抜けた。いいや、そんな事は無い。鈴音やラウラならまだしも夏野に負けるなんて事は無い筈である。

 

「と、言う訳ですので謝罪に関してはまた今度にしていただけるかしら」

「わかった」

「代わりに今日は一夏と二人きりにするからっ!」

「――あ、ありがとう」

「わたくし達の利害は一致していますわ」

 

 三人の手が合わさり、目を合わせる。

 

「あの鈍感男達に気付かせてやりますわ!」

「うん!」

「お、おう」

 

 燃えあがる二人にやや置き去り気味な箒がその場に居たが、頭の中ではすでに夏祭りデートをしている一夏と自身がいるのだから、比べるのもオカシイだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ! 穂次! 綿菓子があるよ!」

「穂次さん穂次さん! アチラにはりんご飴が!」

「あのさ、お二人さん。いつもの冷静で戦術的な君らはドコに行ったんだよ」

 

 時間は進む。

 見事に、というには随分と不恰好ではあったけれど、セシリアとシャルロットは作戦会議の通りに穂次と一緒に屋台を練り歩いていた。

 作戦に不都合があったとするならば、思った以上に祭りの雰囲気に彼女らが呑まれてしまっていることだろうか。

 ともあれ、二人にすればデートであるのだから浮かれるのも仕方がないのであろう。もう一方が邪魔であるけれど、そもそも相手がデートとすら思っていない事も問題である。

 綿菓子とりんご飴を購入した穂次はソレラを美味しく食べている二人を眺めてへらへらと笑みを浮かべる。文句は色々と出るであろうが穂次にしてみれば二人が笑っているのなら満足なのだろう。美少女の笑みとは金よりも価値があるのだ。

 

 もふもふと綿菓子を唇で挟んでその甘みに顔を緩めるシャルロットとリンゴ飴の()部分の平たく出た飴を噛んで割り顔を綻ばせるセシリア。

 その二人を見て、小さく溜め息を吐き出して口の中で「まあいいか」と零す穂次はいつのもようにヘラリとした笑みを浮かべた。

 

 

「ん? どうしふぁの?」

「なんでもありゃぁしませんよ。綿菓子が美味しそうだなーって」

「ちょっと食べる?」

 

 綿菓子を穂次の方へと傾けてみせたシャルロット。何気なくやった行為ではあったけれどシャルロットの心の中は熱でやられている。

 片手をシャルロット、もう片手をセシリアに掴まれている穂次は少しだけ考えた後にシャルロットの顔色を窺う。ニコニコと笑っていた。どこか顔が赤い様な気がしたけれどきっと提灯の明かりだろう。

 

「んじゃ、ちょっとだけ」

 

 もふり、と綿菓子に近付いて柔らかすぎる実を噛む。抵抗も何もなく千切られた果実を器用に口の中に収めて溶ける甘さを舌に広げる。

 何か飲み物が欲しいなー、とか考えている阿呆は置いといてシャルロットはニコニコとしながらも心では羞恥心に苛まれている。それならば、そもそもするな、という話ではあるのだけれど、それはソレである。

 シャルロットの視線に気付いた穂次は一拍間を置いて冷や汗を流す。

 

「え? 俺、何か悪い事した?」

「全然! 大丈夫だよ!!」

「あ、新しい綿菓子とか買ってこようか?」

「いいから! 何も問題なんてないから」

 

 慌てた様に自身の行為を咎める穂次を鎮めてシャルロットは一息吐く。綿菓子の一部分を見つめて、ゴクリと喉を鳴らした。

 

「ほ、穂次さん。わたくしもリンゴ飴をあげますわ!」

「いや、気を使わなくてもいいんですよ、セシリアさん」

「……食べませんの?」

「ワー、スゲーリンゴ飴食いたいナー!」

 

 どこかしおらしくなったセシリアを見て穂次はリンゴ飴を迷わずに齧った。口の中に広がる飴の甘みと僅かに広がる果汁を舌に広げてから「その言い方は卑怯ですよ」という言葉と一緒に飲み込んだ。

 甘い、何か飲み物が欲しい。とか考えている阿呆は置いといてセシリアはリンゴ飴を見つめている。赤い飴にコーティングされた一部分にリンゴの白い果肉が見えている。

 深く息を吐き出して、意を決してから行動をしよう。

 

「しかし、二人ともはしゃいでるなー。夏祭りってスゲー効果ですね」

「そういう穂次は全然はしゃがないね」

「もしかして、楽しくありませんの?」

「いや、楽しくないなんて事はないッスよ。浴衣姿のお二人さんがキレイだし、はしゃいでる二人は可愛いし」

 

 相変わらずスラスラと褒める言葉が口から出て行く穂次は暗くなってきた空と提灯を視界にいれながら、「あー」と声を漏らす。

 そして徐々に顔を赤くしていき、言葉を口から出さない様に閉じ込めた。

 

「まあ、十二分に楽しんでるので、二人は気にしないでください、マジで」

「どうしてそんなに顔が赤いのかなぁ?」

「提灯だよ、提灯。あー、夏だから暑いなー!」

「夜も近いのですから、それほど暑くもないと思いますけれど?」

「フッ、熱い男である俺は常に燃えているんだぜ……!!」

「さすが穂次だね!」

「格好いいですわ!」

「やめてっ! いつもみたいに流して!! 別の羞恥心が俺を襲うから!」

 

 両手で顔を隠したくなった穂次であるが、残念なことにその両手は花に持たれているので顔は隠せない。

 そんな顔を真っ赤にした穂次を見てシャルロットとセシリアはクスクスと笑みを浮かべる。恥ずかしければ言わなければいい、という訳にもいかないのだ。

 決して二人の顔には合わせずに穂次は空を見上げた。さっさと顔の熱が冷める事だけは神様に祈ってやってもいい、なんて考えたけれど残念ながら叶うことはないのである。

 

「――ッ」

「わっと、っ?」

 

 前のめりに転けそうになったセシリアに驚きながら、握られていた手を引いた穂次は何かに躓いたのだろうか、と足元へと視線を向けて眉を顰めた。

 

「あー、鼻緒が切れたのか」

「その様、ですわね」

「大丈夫? セシリア」

「ええ」

「うーん。歩けそうにないッスね」

「大丈夫ですわ」

「無理でしょうが……浴衣で背負う訳にもいかないか。よいしょ」

「ひゃっ!?」

 

 穂次は淡々とセシリアを横抱きにして人ごみの少ない方向へと歩き出す。ポカン、と呆気に取られたシャルロットはスグに意識を戻してソレを慌てて追う。

 

 

 到着したのは喧騒から少し離れた広場であり、祭りの休憩の為かベンチが疎らに設置されている。

 

「はい到着」

「――――」

「セシリアさん?」

「ひゃ、ひゃい!」

「あー、抱き上げた事はゴメンナサイ。イイ匂いしたし軽かったですよ!」

「……そういう事は言わなくていいですわ」

「もう穂次、急に移動しないでよ」

「スイマセン。つーか、思ったよりも俺がはしゃいでたっぽくて、あー、うん、まあ、ハイ」

 

 何かを言葉に出そうとした穂次は結局何も言わずに溜め息を吐き出した。

 ソレに対して疑問を頭に浮かべたセシリアとシャルロットは顔を見合わせて首を傾げる。

 

「とりあえず、お二人は座って休んでて」

「え? 私は大丈夫だよ?」

「俺が歩くのシンドイから休みたいんだよ」

 

 よっこいしょ、とベンチの横に座った穂次。ベンチに座っていたセシリアの横に顔をキョトンとさせて座ったシャルロット。

 穂次はポケットの中からハンカチを取り出して引き千切る。ビリビリと布の破れる音が響き、セシリアが顔を驚かせる。

 

「何をしてますの?」

「鼻緒の修理ですよー」

 

 壊れたセシリアの下駄を手元で弄りながら答えた穂次は破いたハンカチを鼻緒部分に通して長さを調整する。

 手である程度の長さを決めてから結び、セシリアの足元に直した下駄を置く。

 

「ほい、応急処置だけど」

「あ、ありがとうございます……」

「すごいね穂次。こんな事出来るんだ」

「……あー、まあ、()()()()に教えてもらったんだよ」

 

 言い出しにくそうにそう漏らした穂次は立ち上がり、ズボンに着いた土を軽く払い落とす。

 

「んじゃ、ここで待ってておくれ。お兄さんはお腹が空いたのです」

「じゃあ、私も」

「シャルロットさんはセシリアさんと一緒に居ていいッスよ。歩くのも痛いだろうし」

 

 シャルロットが立ち上がる前に断りを入れた穂次。その穂次の言葉にシャルロットは立ち上がるのを諦める。

 穂次がテクテクと喧騒へと向かっていく姿を眺めながらシャルロットとセシリアは溜め息を吐き出した。

 

「どうしてバレたんだろ」

「申し訳ありませんわ。わたくしがあそこで転けなければ」

「いや、セシリアは悪くないよ。アイテテテ」

 

 下駄を外したシャルロットは眉を寄せて痛みを顕わにする。下駄で歩き慣れてない二人は少しだけ自由になった足を労わりつつ息を吐き出す。

 

「でも穂次ってスゴイね。あんなに簡単そうに直しちゃうなんて」

「そうですわね。ハンカチも一つダメにしてしまいましたし」

「……お姫様だっこは羨ましいなー」

「公衆の面前でしたので、嬉しさよりも恥ずかしさの方が強いですわ」

「でも嬉しかったんでしょ?」

「……――ちょっとだけ」

「いいなぁ」

「ソレを言いますと、臨海学校の時に穂次さんに守られたシャルロットさんも羨ましいですわ」

「あれは、ほら、えへへ」

 

 お互いに照れる様に顔をほんのりと赤くしてによによと笑みを浮かべる。幸い今は件の男がいないのだ。

 お互いの惚気話に花を咲かせて数分。ようやく戻ってきた穂次はヘラヘラとした笑みを浮かべる。

 両手にもった袋の中には焼きソバだったり、たこ焼きだったりと、不味い筈なのにどうしてか美味しい屋台特有の料理が入っている。

 

「おかえり穂次」

「おまたせ。んで、はい」

「えっ、冷たっ!」

「何ですの!?」

「氷嚢。ってもビニール袋に氷と水を入れただけだけど」

「ありがとうございます」

「というより、よく鼻緒のところが痛いってわかったね」

「歩き方が変だったしなー。まあ気付くの遅れて申し訳ないです。この罪は腹を掻っ捌いて罰をぉぉ……」

「そこまでしなくてもよろしいですわ!」

「そうだよ!」

「お、そうだな」

 

 アッサリと演技するのを止めた穂次はケロリとしてベンチの横へと座った。

 

「そんな所に座らないで、コッチに座ればいいじゃないか」

「そうですわ」

「俺にはこの位置にいる理由があるのだよ、お二人さん」

「どういう理由ですの?」

「この位置、実はお二人さんのお尻に視線を寄せやすいのですよッ!!」

「……聞いたわたくしが馬鹿でしたわ」

「穂次にマトモな理由があるとちょっとでも思った私も馬鹿だった」

「理由的にはマトモなんだよなぁ……。実際重要」

 

 うんうん、と神妙に頷く穂次に対して溜め息を吐き出した二人はジト目で穂次を睨んでやる。

 当然、睨みはご褒美と言わんばかりの穂次の言葉に再度二人は溜め息を吐き出した。

 

「それにしても、箒の神楽舞は凄かったね」

「いつもの箒さんとは思えない雰囲気でしたわね」

「本人の居ない所で褒めても何もないと思うんですが」

「そういう穂次は本人がいないから褒めないの?」

「上辺だけみたいに言わないでほしいけど……まー、しいて言うなら扇じゃなくて小太刀とかだったらよかったなー、とか」

「? どういう事ですの?」

「え? アレって二刀の舞だっただろ? 足運びもそんな感じだったし」

「……穂次って武道とか門外漢だと思ってたけど」

「門外漢だぞ。ただ見てると違和感とかがあってだな」

「それって凄い事じゃありませんの?」

「……あー、今の無し。忘れて」

「穂次さん?」

「実は知ってただけだよ。()()()()がそういうの詳しいんだ」

「それは無理があるんじゃないかなぁ」

「格好つけようとしてマズイ方向に進んだんだ。察してくださいお願いします」

 

 両手を上げて降参のポーズを取る穂次にシャルロットはジト目で睨んだ。嘘である、というのは非常に分かりやすい事であったが、ソレを追求しようと口を開こうとすれば、口笛の様な気の抜けた音が響き、一拍置き、盛大に空に華が開いた。

 空に咲いた華は花弁を闇夜に散らしていく。

 視線を奪われ、口を少しだけ開けて空を見上げているセシリアとシャルロットを横目で確認した穂次は安心したように息を吐き出して同じく空を見上げる。

 

 華はもう一度咲き誇る。 


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