耳に聞こえるアップテンポの曲と自身の呼吸音。地面を踏む音と感触。
頭の中が考え事でいっぱいになる。先日のシャルロットさんに絡む男達を倒した時の事。
男の拳を避けた瞬間に自覚した。自覚した瞬間に血が沸騰した様に頭へと駆け上がり、同時に落胆したのを覚えている。だからこそ、血は急激に冷え、まるで男達が雑草に見えてしまった。
いいや、確かに人の形はしていた。ただ、人の形をしていただけ。それだけなのだ。
村雨との繋がりが深くなった。
ソレは十二分に理解できた。同時に自覚したくもなかった症状が頭にチラつく。
戦う事に対して『楽しい』と思ってしまっている。前の福音との戦いもそうだ。俺自身は福音の操縦者、ナターシャ・ファイルスさんへ攻撃が通らない様に思考していた筈だった。その思考はあった。けれどもソレよりも戦闘という行為に対しての『楽しさ』を覚えていたのも事実だ。
戦闘技術に関してもそうだ。
素人同然の俺があれほど容易く関節を蹴り抜ける訳がない。攻撃の回避や防御は散々織斑先生から叩き込まれているけれど、対人戦となればまた別だろう。
けれど、俺は自然と、まるでソレが当然の様に動く事が出来た。
足を止めて、深呼吸をする。
流れる汗をジャージの袖で拭いながら眩しく輝く太陽を向いて、呼吸を落ち着けていく。
難しく考えるのは止めよう。考えても答えは出ないし。いっそ村雨に聞くのが一番早いかもしれないけど、前のことを思い出すとあの世界に閉じ込められそうなんだよな……。
「……まあその時にでも考えるか」
ともあれ、今にはさっぱり関係の無い事である。
頭で考えた所で終わってしまった事であるし、結果だけを見ても俺に力が付いた、と喜ぶべき所なのだろう。
左手を見ながら、思い切り握り締める。あの時の感覚はない。シャルロットさんに言った様に昂った時だけの症状ならば……。
大きく溜め息を吐き出す。
夏野穂次らしくない。もっと簡潔に、簡単に、それでいて適当に考えよう。
「さいきょーの力を手に入れた、やったぜ! アーッハッハッハッハッハッ!!」
高笑いをしてみせ、感情を振り払う。ニヤリと笑ってみせ、事態に流されてやる。
成るようになれ。ちくしょーめ。
高笑いを収めて、ランニングからウォーキングへと変更する。
夏休みに入っているからか、IS学園の敷地内に人影はそれほどない。部活動に勤しむ女生徒の大半は自国に戻っていたりするのだから、当然と言えば当然かもしれない。
こう、もっと運動している女の子がいてもイイと思う。流れる汗、張り付く服、そして体のライン! 実に素晴らしい。
「ん?」
足を止めたのは、あまり意味は無い。ソレこそ目の前に全裸の女性が居たから、なんてとんでもない理由ではない。
いや、まあ、理由としてはとんでもない理由なのだと思う。どうしてメイドさんがIS学園の正面ゲートにいるんだ……。
イヤホンを外してメイドさんへと近寄る。
「メイドさん、メイドさん。お困りですか?」
「はい?」
疑問符を頭に浮かべて随分と重そうな荷物を持ったメイドさんがコチラを向く。俺の姿を見て、頭の先から足までしっかりと見たメイドさんは微笑んだ。
「――ええ、少しお嬢様に渡す荷物がありまして」
「なるほどー。お手伝いはいりますか?」
「ありがとうございます。もし手が空いている様でしたらお願い致します」
「見て分かる通りですよー。アッハッハ」
「……夏野様。お気を遣わずに口調を崩していただいても結構ですので」
「俺って名前を言いましたっけ?」
「世界に二人しかいない男性操縦者の名前を知るのもメイドの勤めですから」
「メイドってスゲー……っても流石に美人なお姉さんに敬語なのは許してください。緊張しちゃいます」
「まぁ。美人だなんて」
「いやいや、十二分に美人だと思いますよ」
へらへら笑う俺と綺麗に微笑むメイドさん。何、このメイドさん。スゲー美人なんですけど。つーか、メイドさんって美人だけしかいないのだろうか。メイドさんスゲー!!
「申し遅れました。チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。知っているとは思いますが、夏野穂次と言います。次は是非ともお仕事ではない時に会いたいです」
「ふふっ。聞いた通りご冗談がお上手ですね」
「アハハ」
冗談なんてとんでもない。こんな美人さんなら是非ともプライベートで会いたい。出来るならもっと親密な関係になったりして、優しくされたい。
でも冗談ではない、とは決して言えない。その一言を言うのが急に怖くなったのだ。決して俺がヘタレである事の証明ではない。
「ときに、夏野様。陰で頑張る女性はどう思われますか?」
「へ?」
「例えば……両親を失くし、家督の責務を一身に背負い、ソレを一切見せない様な気高い女性はどう思いますか?」
「スゲー具体的な例えッスね……」
「あくまで、例え、です。よろしければご参考までにお聞かせいただいても?」
「何の参考にするんですかね……。まあ特に思う事はないですかねー……」
「……そうですか」
「いや、まあスゴイと思いますよ。俺の想像が追いついていないだけなんで。たぶん、重圧も有っただろうし、それでもその女性は気高いままなんですよね」
「そうなんですよ! 誰にも弱い所など見せずに、一人で背負い続けて――」
「あー、ブランケットさん?」
「……失礼致しました」
「いや、別にいいんですけど。まあ知り合いにも似たような人がいるんで、やっぱり凄いと思いますねー。完璧っぽい癖に料理ヘタでチョロいですけど」
「……、どんな方ですか?」
「そうッスねー。普通はしてない事まで完璧にこなしてて、でも努力した事に関しては何も言わないで、ちょっとだけ胸を張って……うーん、言葉だと上手く言えないですね」
「なるほど。夏野様はその方の事がお好きなのですね」
「好き、なんですかね? 自分ではよく分からないんですよねー。でも隣に居てくれると落ち着きますし、嫌いではないんだとは思います」
「そうですか、そうですか」
「どうしてそんな微笑ましい物を見る感じなんですかね……」
「いえいえ、そんな。ふふふふふふ」
ニコニコと、優しい微笑みを浮かべたブランケットさん。実に美人である。
メイドで美人でお姉さん。これだけで最強かもしれない。いいや、最強だろう。さいつよ。
「というか、ブランケットさんって誰に仕えて――」
「ありがとうございました。ココまでで大丈夫です。
それと、女性のことを詮索するのはご法度ですよ」
唇に人差し指を押し当てられて言葉が詰まる。実に素晴らしい魅力的な笑顔のブランケットさん。美人な顔が近くに来た事に放心している間に荷物を掠め取られ、ブランケットさんは深く頭を下げて踵を返した。
「……メ、メイドってスゲー……」
俺の口からはそんな感想しか出なかったのである。
まるで夢の様な出来事だった。美人メイドのお姉さんが魅力的な微笑みを俺に向けてくれた。現実的ではないけれど、僅かに残った紅茶の香りだけがソレを現実だと教えてくれた。
改めて走り直してから俺は自室へと戻り、シャワーを軽く浴びた。
うむ、中々筋肉が付いてきたな。鬼の訓練による影響だろう。さすが千冬様である。千冬様? ……う、頭がッ。
ノックが聞こえて抑えていた頭を上げる。下は履いているから何も問題ないだろう。
「はいはーい」
「……」
扉を開けるとセシリアさんが立っていた。何かを言おうとして驚いたのか、口をパクパクと動かして声は出ていない。
「どーしたんスか?」
「服を着てくださいまし!!」
顔を真っ赤にして背を向けたセシリアさんにキョトンとしてしまう。なんと初心なのだろうか。
以前にシャルロットさんが叫んだ時に半裸で応対していたけれど、こんな反応してくれる女の子は居なかったぞ。
タンスの中からジャージを取り出して羽織ってから改めて扉を開く。
「いやー、まさかあんな反応をされるとは……」
「当たり前ですわ……。というより、どうして、その、半裸でしたの?」
「走ってきたからシャワー浴びてたの」
「……また何かしましたの?」
「その俺が走ってる
「まあイイですわ」
「それで、今日はどうしたのさ」
「ええ、その……いい茶葉が手に入りましたので」
「お茶菓子ならキッチンの戸棚にあるよ!」
「ありがとうございます」
セシリアさんが持ってくる茶葉は本当にイイ物が多い。いや、それこそ銘柄とかを全く知らない俺が言うのもアレだけれど、持ってくる度にセシリアさんによる知識を披露されれば流石に覚える。
ぼんやりとお湯を沸かしていれば隣にセシリアさんが近寄ってくる。
「……村雨が暴走したんですの?」
「あー……もしかして、シャルロットさんに聞いた?」
「ええ」
「そっか。一応、自分で確認を色々してみたけど感情の昂りで変に適合率が上昇するっぽいんだよなぁ」
「……大丈夫ですの?」
「問題ねーですよ。エッチなことを考えなけりゃ、いつもと一緒さ」
「誤魔化さないでくださいまし」
「アッハッハ。まあ問題ねーよ。日常生活には影響がないし、戦闘になっても俺の武装関係で攻めには転じれない訳だし」
「……穂次さんがISを得てからワタクシ達と戦おうとしなかったのは、そういう事でしたのね」
「あの時点では弱すぎたからなんだけどなぁ……。まあ、今も弱いけど」
「……少しは心配させてください」
少しだけ不機嫌顔でムスッとしたセシリアさんに苦笑してしまう。本当にどうしてこれほど優しいのだろうか。
「まあ成る様に成るしかねーッスよ。問題が出てきたらソコで対処しましょ」
「もう問題があるのですが」
「なんですと!?」
「穂次さんの事ですわ」
「俺自身が問題になる事だ……ッ! みたいな?」
「意味がわかりませんわ」
「意味がわかったら問題も解決してそうだ」
「……それもそうですわね」
溜め息を吐き出して納得してくれたらしいセシリアさんにへらりと笑い、紅茶の準備に取り掛かる。
沸騰したお湯で一度カップとポットを温め、ポットの中のお湯を捨ててから茶葉を入れる。
以前に適当に入れたら怒られたのを覚えている。怒り方がいつもの様な激怒ではなくて、自然と間違っていることの指摘だったので非常に怖かったのも覚えている。もう俺は紅茶の淹れ方をマスターしたぜ……!!
紅茶をカップの中に注げば立ち上る香りが鼻腔を擽る。本当にイイ匂いがする。
「…………ん?」
「どうかしましたの?」
「いや、何か嗅いだことのある香りだなぁ、と……」
「? 普通のカフェに置いてあるような銘柄ではありませんが……」
「喫茶店とかじゃなくて……」
俺の頭の中に一人のメイドさんが微笑みかける。ああ、なるほど、あの人に着いていた香りか。
………………。
「――――!?」
「ど、どうしましたの? 急に蹲って」
「スイマセン。今は触れないで下さいお願いしますマジで!!」
顔が熱い。どうしてだ! ちくしょーめ!
え? 何? 俺はセシリアさんのメイドさんに向かってセシリアさんの総評を下していた訳ですか!? ふぁぁwwクッソワロタwwww死にたい。
セシリアさんの反応を見る限り俺のことは言ってないんだろう。でも顔が熱い。ヤバイ。何がヤバイか分からないぐらい、ヤバイ。
セシリアさんが性悪じゃなくてよかった。でもそうやってスゲー心配そうに、不思議そうに俺を見るのはやめて下さい死んでしまいます。
「いや、あー……ホント、メイドさんってスゲーですね」
「は?」
「いや、スイマセン戯言です。ちょっとだけ落ち着かせてくださいお願いします」
>>顔真っ赤穂次
これにはセシリアさんも思わずニッコリ。
裏で行なわれているセシリアさんとスーパーメイド・チェルシーさんのやり取りは脳内で補完してください。
スーパーメイドは全部を言わずにたぶんニッコリして
「夏野様と一緒に飲まれるのがよろしいかと」
「なっ!? チェルシー!」
「失礼致しました」
とかいう会話があったんだろう。そんな感じ。
補完しろとか言いながら、骨格だけは語る製作者のクズ
>>紅茶葉
オルコット家で常用されている茶葉。チェルシーさんに香りが着いていたのはそういう設定。
じゃあセシリアさんがその茶葉を持ってなかったのか、とか言われると反論しようもないけれど。
家で常用している茶葉を意中の異性に振舞う、というのは中々勇気がいると思います。家族に振舞うようなソレなので、と妄想すれば糖分が増やされる。
>>チェルシーさんの持ってた荷物
内容は決めてない。頭の中では下着とか、下着とか、下着とか、もしかしたら下着かもしれないな! とか考えていました。茶葉とティーセットが物語的には妥当。でも下着かもしれない。いいや、きっと下着なんだ。確認するまで荷物の中身は変化し続ける。
>>時系列おかしくないッスかね?
はい。
ちゃっかり夏休みに入ってます。
シャルロットとラウラの買い物が済んでいるのにチェルシーさんが登場するのは結構不思議空間だったりします。でもスーパーメイドだから(震え声
茶葉やら荷物もチェルシーさん本人が届ける意味も無いです。
デート書かなきゃ(使命感
で書き終わってからセシリアさんが一週間消えてることに気付きました。申し訳ありません。コレは妖刀ムラサメ()案件に続くメイド案件では? ハイクを詠め!
セシリアさんをヒロインにすると決めてるので、チェルシーさんの登場は不可欠だった訳ですし……。
>>シャルとセシリーの情報統合
重要。シャルロット自身が「ふふんっ」する為に「穂次に守られた事」を言った訳ではなくて穂次の心配からの行動。
ちなみに
「――なるほど、わかりましたわ。わたくしからも少し言っておきます」
「頼むよ、セシリア。僕だけだと穂次も無理しそうだし」
「それより、先ほどの話なのですが。穂次さんの症状を語るだけでよかったのではありませんの?」
「だからちゃんと事細かに説明したでしょ」
「ですから、アナタが穂次さんに守られた事や穂次さんがシャルロットさんを恋人の様に扱った事は別に説明しなくてもよかったことでしょう!!」
「えへへ、そんな、恋人だなんて」
「様に! 恋人の様に、ですわ!!」
とかそういう会話は書く気がないので各自脳内で補完してください。
>>
私です。
浴衣姿のセシリアさんとシャルロットさんを書くつもりで篠ノ之神社を入れるかを迷っていましたが、よくよく考えれば篠ノ之箒さんとの関係が拗れたままなので、ソレの修正もあったのを思い出しました。
でも今作だと普通の夏祭りなので、箒ちゃんも楽しむべきかも知れません。箒ちゃんはまた今度だな(白目
まーた、デートを書くのか……砂糖の準備しなきゃ(使命感
出来れば夏休みで事態を動かしたいなぁ……。