欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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されど馬鹿はヘラリと笑う



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全てはソレの為に

 時刻は十一と十二の間を差す。

 熱い太陽に文句を言いたい気持ちを溜め息に変えて吐き出した。その溜め息に目敏く気付いたのか篠ノ之さんコチラを横目で睨んでくる。

 

「夏野。嫌ならば逃げてもいいんだぞ」

「逃げられない理由がなけりゃぁ逃げてるよ」

「ハッ、あまり私たちの邪魔をするんじゃないぞ」

「へいへい。俺はバックアップだからお気になさらずに」

「おい、箒。何言ってんだよ」

「ふん。私と一夏がいれば出来ない事はない」

「うんうん。俺もそう思うよ。マジで」

 

 それでも俺は着いていかなければいけないのだけれど。まあ、ソレはいい。

 篠ノ之さんの言葉も冗談には聞こえない。それこそ、第四世代である白式と紅椿があれば今回の問題は全く生じないのだ。

 それでも保険は必要だろうけれど。

 へらへら笑う俺とふふんと腕を組んでいる篠ノ之さんを見ながら一夏が溜め息を吐き出した。

 

「穂次、悪い」

「気にしてねぇよ。事実を言われただけだしな」

「当然だ」

「箒。先生たちも言ってただろ? コレは訓練じゃない。実戦だ。だからこそ、俺たち三人の連携が重要に――」

「わかっている。ふふ、どうした? 怖いのか?」

「そうじゃねぇよ。あのな、箒――」

「まあまあ。お二人さんの夫婦漫才は帰って見るって事で」

「夫婦漫才ではない!」

「はっはっはっ。まあそろそろ時間だし、準備をしようぜご両人」

 

 へらへら笑う俺に対して目を細めた一夏は手を軽く上げて俺に謝罪の意を向ける。別に謝られることは無いのに。

 向けられた謝罪を断るのも可笑しいので適当に手を軽く上げてソレに反応する。

 

「行くぞ、紅椿」

「来い、白式」

 

 ISを展開した二人に倣い、俺は左手の薬指に収まった鉄製のフィンガーバンドに触れる。決して、指輪なんかじゃない。

 

「村雨」

 

 一言だけ、名前を呼んでISを展開する。

 光に包まれた体が浮遊感を覚え、収まると俺の視界はクリアに変化した。息を吐き出して、調子を確かめる。事前に何度も確認もしたけれど、やはり問題は無い。

 

「しっかし、紅椿と白式はカッケーッスなぁ」

「ふふん、そうだろう」

「ホント、素晴らしいッスねー。そのおっぱいを下から持ち上げてる感じ。俺は最高だと思ってます!」

「一夏、夏野はどうやら再起不能になるらしいから作戦には参加出来そうにないな」

「待て待て! 刀から手を放すんだ箒! 穂次も煽るな!」

「揉みたいだけで俺に煽る気持ちなんて一切ない!」

「余計に悪いじゃねぇか!!」

「一夏! 退け!! ソレを叩き切ってやる!」

『馬鹿共、聞こえるか?』

 

 ややイライラしている織斑先生の声に俺たちは停止する。コレは説教コースかも知れん。織斑先生に説教されることを考えると夜も眠れません。つーか、マジで怖くて寝れない。

 キッと俺を睨んだ篠ノ之さんに対していつものようにヘラヘラとした笑みを浮かべて両手を上げる。

 

『はぁ……今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解」

「織斑先生。私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『――そうだな。だが、無理はするな』

 

 織斑先生が僅かに"間"を空けて篠ノ之さんに反応をした。表情はいつものように落ち着いているけれど、声にはドコか喜色が混じっている篠ノ之さんに思うところがあるのだろう。

 オープン・チャンネルでの作戦概要も終わり、一夏が少しだけ反応した。どうやらプライベート・チャンネルで何かを言われているのだろう。

 

『では、はじめ!』

 

 オープン・チャンネルで言われた織斑先生の一言に各自が反応する。

 一夏を乗せた篠ノ之さんは一気に空へと飛翔した。ハイパーセンサーでようやく見える程度の所で停止し、更に速く移動を開始した。どうやら問題は無いらしい。

 

「さて、俺たちも行こうか。村雨」

 

 対して俺はノンビリと村雨に声を掛ける。当然、応えなんてないけれど。

 膝関節を曲げて、海面を睨む。紅椿の位置情報を得ながら、瞼を閉じる。

 浮遊感が強くなり、ジンワリと力が抜けていく。

 砂浜の少し上、何もない空間を蹴り飛ばし、一気に加速する。間延びした景色を一瞬で見送り、より鮮明になった視界を感じる。

 海面の少し上の空間を更に蹴り、更に加速していく。

 丁度、上空にいる紅椿を捉えた。生憎と『銀の福音』の位置を知れない俺は二人が攻撃をしないと何も出来ない。篠ノ之さんが俺に対して情報を提示し続けてくれていればいいのだが、初めて乗る機体でソレも求めるのは無理だろう。

 そもそも俺は保険なのだから、何も問題は無い。

 

 ドクリと心が跳ねる。

 小さく呼吸を再開して、瞼を上げる。速度を維持したまま、いいや少しだけ遅くなってしまったけれど、紅椿との距離はそれほど開いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 紅椿を駆る篠ノ之箒と白式に包まれた織斑一夏の最初の一撃は回避されるに終わった。

 白式とは別の白。銀を冠するISはまるで歌う様にマシンボイスを震わせた。

 

「La――」

 

 頭部装甲から生えた一対の翼が開き、その羽一つ一つが二人へと狙いを定める。

 開いた羽――砲口に僅かに光が溜まり、その光が射出された。ソレは羽の形をした高密度のエネルギー弾であり、翼を形成する羽の数だけの弾丸。

 問題はソレが休まる事を知らず二人に向けて射出されているという事だ。

 まるで天使が無知な人間を罰する様に、暴を振るう。

 幸い、というべきか。それとも壁にも似た弾幕の影響か精度自体はよろしくない羽達。しかし当たれば圧縮されたエネルギーが収縮を緩め、相応の爆発となって襲う。

 一夏と箒は複雑な回避運動を繰り返し、二面攻撃を行なう――が、福音はソレを容易く回避し、更に反撃まで行なう。

 

 射撃、回避に特化した実用レベルが高すぎる翼。

 

「一夏! 私が動きを抑える!」

「わかった!」

 

 言葉と同時に箒が空を飛翔し、福音へと迫る。二刀を握った腕を振るえば、腕部装甲が開きエネルギー弾が福音を追い詰めていく。

 軍用であろうと、所詮は一般人が製作したIS。そのISに生みの親であり『天災』と謂われる篠ノ之束が製作した紅椿が、現行最高スペックと謂うソレが負ける道理など無い。

 道理が通れば、理屈などどうでもなる。箒は福音を追い詰め、福音に回避ではなく防御せざるをえない状況を作り出した。ソレは同時に回避からの反撃という福音のリズムを崩した瞬間でもあった。

 そのタイミングを逃す一夏ではない。雪片弐型を握り、機を窺った。

 

 同時に福音が動き出す。

 大きく開かれた翼。そのウィングスラスターが全門開き、光弾を放った。問答など必要の無い全方位への攻撃。

 けれどソレは先ほどまでの密度は無い。つまり、隙が自然と生じてしまう。

 

「――押し切る!」

 

 箒は回避運動を繰り返しながら福音へと接近を果たし、隙を作り上げた。

 そして、ようやく気付いたのだ。

 

「うぉぉおおおお!」

 

 一夏が福音の放った光弾の一つを追いかけているという事に。

 光弾を雪片で消し去った一夏。その先には船が一艇。封鎖した筈の海域にいる、異分子。

 

「一夏ッ! くっ!?」

「La……♪」

 

 翼で二刀を弾かれ、箒は体制を崩す。箒は身構える。当然である。ソレは何度も繰り返された反撃の為の防御である。

 

 けれど、砲口は箒へと向いていない。

 砲口は、白い騎士に向いている。

 

「La♪」

 

 銀の福音はまた歌う様にマインボイスを震わせた。そして壁とも言える弾幕を一夏へと向けて振りかざした。

 光弾の壁が一夏へと迫る。一夏に回避するという選択肢など無い。あったのならば密漁船など最初から放置している。

 

「一夏ァ!!」

 

 箒の叫びとは裏腹に、高圧縮されたエネルギーは破裂し、爆発した。

 エネルギーの残滓と僅かに蒸発した海水を煙にしてその場が包まれる。

 箒は一瞬だけ脱力して、そして歯を食いしばり福音へと視線を向けた。

 

「貴様……貴様ぁぁああああああああ!!」

 

 ソレは正しく怒りである。

 喉が張り裂けんばかりに叫んだ箒は不恰好に刀を振るう。ソレすらも面白いように回避しつくす福音はピクリと何かに反応して箒から距離を置いた。

 瞬間、福音が居た位置に何かが高速で通過した。

 

「外したかー」

 

 間延びした声はオープン・チャンネルで聞こえた。飄々とした声の主はへらへらと笑いながら煙の中から現れた。

 黄色の騎士。翼も、剣も、何も持たない騎士。盾が装着されている筈の左腕には細長い何かが装着されているだけで、代名詞とも言える彼の盾はその姿を消していた。

 彼の後ろには織斑一夏がいた。

 安堵。怒りに茹っていた頭が急激に冷え込み、涙が溢れてくる。

 

「一夏……」

 

 だから、きっとコレは油断だった。

 隙と呼べるモノであった。

 

 ソレを逃す敵など、この場にはいない。

 

「La――」

「箒ッ!」

「え……?」

 

 本当に一瞬だった。一夏が箒と福音の間に入り込んだのも、その一夏に向かって幾重の光弾がぶつかったのも。

 

 激痛。いいや、そんな言葉すらも生易しい痛みが一夏を襲った。

 それでも一夏は箒を見て、箒の安全を確認して、少しだけ笑った。

 

 力の抜け、海へと落下しそうな一夏を支えたのは穂次だった。

 一夏はなんとなく理解していた。途中から痛みが熱だけになったのはこの親友のお陰だという事を。

 視線だけを穂次へと向けた一夏に対して穂次は変わらずにへらへらと笑った。

 

「任せな、相棒」

 

 問いなど無かったけれど、穂次はそう言って支えていた一夏の意識が落ちるのを確認した。

 

「一夏っ、一夏!!」

「篠ノ之さん。一度撤退だ」

「どうして――、どうして!?」

「篠ノ之さん、しっかりしてくれよ。マジで」

「なんで、お前は一夏を守ってくれなかったんだ!!」

 

 ソレは、篠ノ之箒の叫びであった。心の底から出てきた、感情であった。

 ソレに対して穂次は何も言わずに、やはりヘラリと笑った。激情をその身に受けた所で夏野穂次は決して揺らがなかった。

 

「俺のせいで一夏がこうなったから。さっさとココから逃げようぜ」

「――っ」

 

 納得など、出来る訳がなかった。

 目の前でヘラヘラしたヤツが正常でいて、そして一夏がこの状態である事に。

 歯を食いしばり、箒は穂次を睨んだ。睨みながらも、箒は一夏を受け取り、一夏を労わる様に抱き締めて背を向けた。

 

「ま、殿(しんがり)はするさ。無事に帰れたらおっぱいでも揉ましてくださいお願いします」

「――死ね」

「辛いッスなぁ」

 

 箒の一言にも穂次はへらへらと笑って肩を竦めて、息を吐き出した。

 行きよりも少し遅い程度の速度で動く箒を見送りながら、穂次はようやく福音へと視線を向けた。

 福音は先ほどから砲口を穂次へと向けて、そしてしっかりと光る羽を幾重にもして放っていた。

 当然だ。悠長に会話をしているぐらいだったのだ。

 ソレは正しく隙であった。

 けれどどうだ。その攻撃の全ては"何か"によって妨げられ、穂次に当たる事は無いどころか、砲口の近くで暴発する。

 ようやく砲撃の危険を認識した福音は砲口を閉じて、距離を開ける。自身の得意とする距離で停止し、じっくりと黄色い騎士を認識した。

 

 

 ふわりと、騎士を中心に何かが集まる。

 八つのソレが騎士を守るように、決まった軌道を巡っていく。

 

「"ヤツクビ"、なんてカッコイイだろ?」

 

 誰に言うでもなく、ニッと歯を見せて笑った穂次は瞼を閉じる。

 精々一時間が限界かな。と思考しながら、感じる頭痛を噛み締める。

 保険として、セカンドとして、そして自身を友人だと言ってくれる人間の為に。

 

「こっから先は通さないぜ? なんせ――おっぱいが俺を待ってるからな!」




武装紹介
>>ヤツクビ
 単純に言うと、シールド・ビット。性質は盾そのままでPICと保持されてるエネルギーを噴出させて移動する。
 左腕に残った長いパーツは盾の芯みたいなモノで、ソレが剥がされない限りは問題なし。
 ビット兵器を動かすにも才能は必要であるけれど、穂次の場合はちょっとした裏技で保っている。
 実際、自在に動かせなかったりする。

>>ヤツクビあったら一夏助けられたんじゃねーの?
 ビット兵器の運用がヘタだから咄嗟に動いた一夏くんに反応できなかっただけだから(震え声

>>箒ェ……
 好きな人を助けられたのに、助けられなかった穂次に怒るのは仕方ないね。状況が頭に入ってないから穂次が防御してても無視してるし。
 自分のことは棚の上に。

>>おっぱいが待ってるの?
 無事に帰る事が出来たらですね(ニッコリ



>>穂次の役割
 一夏達が失敗してセカンドチャンスを作る為と一夏達を無事に帰す為の保険。
 一夏は確定で戻さないとならず、箒ちゃんもそれなりに優先度は高かったり。

 千冬さんが言い出さなくても、穂次自身が立候補と立案をしてた。

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