欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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無色透明

 目が覚めたのは随分と早い時間だった。

 気がつくと眠っていた、という訳もなく言い包められて複数の布団を用意して同じ部屋で眠った。

 どうしてか抱き締められていた俺はその柔らかい感触に顔をただただ緩めていたのだが、頭を撫でられたあたりで子供扱いされているのでは無いかと不安を感じ出した。そう考えれば男である俺と一緒の部屋で眠る事も説明がつく。決して理由の一部に俺がヘタレだとか、そういう理由がある訳が無い。

 

 欠伸を噛み殺して、溜め息の様に一つだけ息を吐き出した。

 俺の布団と挟んで眠っている二人の様子を見て思う事は寝顔が可愛いという事と寝相がいいな、という事ぐらいである。いや、それこそセシリアさんの布団を押し上げているおっぱいだとか、僅かに肌蹴た布団から伸びるシャルロットさん生足とかはドギマギするのだけれど。

 かといって狼狽した所で何の意味も無いので俺としては素晴らしい、という観賞的な感想しか沸いてこないのだ。いや、ホント、素晴らしい。

 触って起こすのも気が引けるので、眠っていた事で肌蹴てしまった浴衣を直して俺は朝の空気を吸いに外へと出る。

 

「ふぅ……」

 

 夏であるが、太陽が薄らとしか出ていない時間であり、少しばかり冷えた空気が肺の中へと入り込んで、溜まった空気を入れ替える。

 

 抱き締めてくれていた時、二人は何も言わなかった。ただ抱き締めて、撫でていただけである。顔に押し付けられていた柔らかい感触を思い出せば今でもニヘラと顔が蕩けてしまう。いやはや、役得だ。

 

 どうして二人が俺を抱き締めたのかはさっぱりわからない。ソレこそ、俺に何かしらの感情を抱いているのだとすればきっとソレは哀れみなのだろう。

 IS操縦者という称号を得る代わりに戸籍も抹消され、両親には会えず、所謂日常から逸脱させられた悲劇的な俺。哀れむには十分すぎる理由だ。

 その哀れみによって二人は優越感を得て、俺は極上の柔らかさと甘い香りを得た。Win-Winだろう。

 

「ハハッ、笑えるー」

 

 まったくもって、笑える事だ。ちょっとだけ勘違いをした。もしかして、なんて事も思った。

 そんな訳がある筈もない。有り得ていい訳もない。

 なんせ彼女達は美少女なのだ。俺としては触れれるだけで満足できる程の、それこそ高嶺の花と言ってもいい。

 会話できるだけ幸せ。触れ合えるだけで幸せ。それ以上なんて求めるつもりはない。

 なんて日常とは素晴らしいモノなのだろうか。へらへら笑うだけの、簡単で、素晴らしい日常。

 

 もう一度、溜め息を吐き出す。

 伸びをして、体に始動の命令を送っていく。鏡は無いけれど、きっと俺の顔はへらりと笑っている事だろう。

 

「さぁってと、お二人さんの寝起き姿で興奮しなきゃ」

 

 ちょっとした使命感を覚えた俺はやっぱりにへらと笑って部屋に戻った。

 慌しくセシリアさんとシャルロットさんが俺を折檻するまでにそれほど時間を要する事も無い。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 臨海学校二日目。朝から夜までISの各種装備試験運用のデータ取りが行なわれる。

 専用機持ち達は億劫になれるぐらいのデータ量が必要であり、セシリアさんの目が少し細くなる程度には大変だそうだ。

 

「ようやく全員集まったな――おい、遅刻者」

「は、はい」

 

 本当に珍しく遅刻者と呼ばれているボーデヴィッヒさんは背筋を伸ばして織斑先生の声に返事をした。

 織斑先生の鋭い瞳は本当に怖い。俺は知ってる。あの瞳で人を殺せるらしい。ネットで見た。

 ボーデヴィッヒさんによるISのコア・ネットワークの説明を聞き流しながらボンヤリと周りを見回す。四方を崖に囲まれた、まるで自然の作り出したアリーナの様な場所。そんな場所よりも海がある事でより水着に見えてしまうISスーツは素晴らしい。

 健康的でむっちりとした太ももや、胸の大きさがはっきり分かる。果たしてこうして一学年全員を視姦する事なんて滅多に無かったので今の内に見ておく。

 高嶺の花であっても、見るのはタダなのだ。見ていて損は無い。

 

「おい、阿呆」

「ゴメンナサイ! 痛い! 頭が割れる!!」

「さて、それでは各班に振り分けられたISの装備試験を行なうように」

「織斑先生! 大切な教え子の頭が割れそうッス!! 手を放して! 今回、まだ俺は何もやってないでしょ!!」

「……専用機持ちは専用パーツのテストだ。各員、迅速にな」

「迅速に行ないたいのに頭を掴まれてて何も出来ません! サー!」

「阿呆と篠ノ之はコッチに来い」

「……私もですか?」

「ああ。コレとは別件だから安心しろ」

 

 安堵したように息を吐き出した篠ノ之さん。デカイってスゲーですな……。

 

「アダダダダダダ!! 痛い! スゲー強くなった!」

「篠ノ之。今日からお前には専用――」

「箒ちゃんには今日から専用機に乗ってもらいます!」

 

 突如聞こえた声に織斑先生は反応した。いいや、元々気付いていたのかも知れないが、声の方向へと俺が投げられた。

 地面が流れ、投げられた方向を見れば篠ノ之博士がニコリと笑って両手を広げている。俺を抱き締めてくれるのか!! そのおっぱいで俺を包んでくれるのか!!

 

「おっと」

「ふべッ!!」

 

 ヒョイと俺を避けた篠ノ之博士の横を通り過ぎて俺は砂浜へと顔面を打ちつけた。砂の抵抗力により、一メートル程進んでから俺は停止した。

 

 顔を勢いよく上げれば心配そうにこちらを見下しているセシリアさんとシャルロットさん。

 

「俺の首って折れてないよね? 自分で言うのもアレだけどギャグ漫画みたいな顔面スライディングしたんだけど?」

「そうですわね。大丈夫ですわ」

「大丈夫? 穂次?」

「いや、そこまで心配されると俺が不安になるんですけど……え? 何、ドッキリか何か?」

「は?」

「イエ、スイマセンデス」

 

 明らかに威圧をしてきた二人に対して両手を高く上げて首を横に振る。折れて無くてもコレで折れるかもしれない……。

 

 溜め息を吐き出した二人にへらへらと笑って無事を示してから、件の超絶美女の方向を見る。織斑先生にアイアンクローをされている篠ノ之博士が見えた。

 

「……あれ? デジャビュ?」

「先ほどアナタがされていましたわね」

「さっき? う、頭が!」

「記憶がないのか、普通に頭が痛んでるか、わかんないね」

 

 確かに。実際、普通に頭が痛いのだけれど。

 それにしても織斑先生のアイアンクローを容易く抜けている篠ノ之博士が普通に凄い。一夏の言っていた肉体スペックが人外染みているというのも間違いではないのだろう。

 

「というか、誰?」

「篠ノ之束博士。篠ノ之さんの実姉でISの創造主。そして見て分かるとおり素晴らしいボディをした超絶美人だ!」

「……」

「あれ? 普通に説明したよね? 俺。シャルロットさんはどうしてジト目なんですかね……」

「穂次さんにとっての普通でしたわ」

「あ、なるほど……ん?」

 

 普通の説明だったのにジト目で見られるなんて、どうかしてるゼ!

 スカシたように肩を竦めてみせればセシリアさんからも溜め息が聞こえた。解せぬ。

 

 それにしても山田先生のおっぱいを鷲づかみして揉みしだく篠ノ之博士が実に羨ましい。いや、むしろイイ。超絶美女と巨乳メガネ先生との絡み。実に、イイ。

 

「穂次さん。顔が弛んでますわよ?」

「だからって耳を引っ張らなくてもいいと思うんですよ!! お二人さん!」

「あ、ゴメンネ。つい」

「とか言いつつも放してくれないのはどうしてなんですかね……!!」

 

 痛くは無いけれどね! むしろ美少女に引っ張られてると思うと、おっとIS理論を解法して落ち着けよう。ISスーツは素晴らしいけれど、もう少し男の身になってほしいモノである。いや、男が俺と一夏しかいないから考えても生産性は無いのか。

 

「あー、ちなみに篠ノ之博士に話しかけようとか思わない方がいいぞ」

「……どうしてですの?」

「基本的に拒絶的だそうで。一夏の情報だからたぶん正しいんじゃね?」

「そうですのね……」

「やや! そこに居るのはセカンド君じゃないか!」

「……随分と拒絶的ですわね」

「ほら、俺は研究材料的なソレだから」

 

 思いっきりコチラを見て大きく手を振っている篠ノ之博士。子供みたいに目をキラキラとさせているが、織斑先生に頭を叩かれた。天才は理解出来ないというけれど、篠ノ之博士はソレを体現している。

 

 イライラした様子の篠ノ之さんが俺を睨みはしたけれど、姉が取られて、という線はないだろう。尤も、一夏の話を間に受けるのならば、だが。

 

「それで! 頼んでいたモノは?」

「うっふっふー。ソレは既に準備済みだよ! さあ大空をご覧あれ!」

 

 空を指差した篠ノ之博士にならい、視線を上に上げる。既に耳に慣れてしまった、高い音が鼓膜を揺らし、地面に何かが墜落した。

 『(アカ)』だ。ソレは赤よりも赤い、紅だった。

 

「ばばーん! コレこそ箒ちゃんだけの専用機! その名を『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回ってる機体だよ!」

「コレが……」

 

 息を飲みこんだ様に、ISに魅了された様に、ふらふらと手を伸ばした篠ノ之さん。

 それにしても、全スペックが現行ISを上回ってるって、チートか何かかな? いや、篠ノ之博士がチート染みてるから間違いじゃないのか。

 

 まあ、別に気にする事でもないか。

 それこそ後ろの方で不平不満を漏らしている女生徒諸君の方が気になる。

 

 篠ノ之博士の妹だから、という言葉も。

 

 不公平、という言葉も。

 

 心に嫌な感触が触れる。ヘラリと笑って踵を返す。

 

「どうしましたの?」

「いんや。離れて専用パーツの確認をしとくよ。それこそ上の人を怒らせる訳にもいかないしー」

 

 なるべく顔を見せない様に、後ろに向かって手を振る。

 別に理由に嘘は無い。本当に、確認をしてある程度の報告を挙げないといけない。現実逃避でもしたい気持ちを溜め息で流す。

 

「うーん。どうにも変な感じだなー」

 

 呟いた言葉は誰にも聞こえず、村雨を起動した俺の一歩にかき消された。

 

 生まれた疑問が解消されることもなく、ボンヤリと村雨を動かしていた俺が慌しく山田先生に呼び出されるのは、少し後の話だ。

 その山田先生のおっぱいが揺れてるのも少し後の話である。




>>哀れみ
 さあ、カラッポの器にアイを注ぎましょう。



>>
 徐々に変な方向に進んでます。それこそ、穂次が表に出してなかった黒い部分が露呈しているだけなんですが。
 ギャグテイストだと思った!? 残念! シリアステイストだよ!!

 穂次がどうして「ありえない/ありえてはいけない」と言っているのかは別の機会に出します。
 察しのいい人は気付いてそう(震え声

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