普通に考えたら総帥の娘って言うのは幼い子供には地獄以外のなんでも無いですよね、殆ど家に帰って来ないブレンも親としては最低な部類ですし。
そんな訳でどうしようも無いファザコンの、ちょっとシリアスなお話。
短編6 少女の思い 〜高町シュテル〜
私は、お父さんが嫌いだ。
物心付いた頃には殆ど家に帰って来ていない、テレビ画面の向こう側の人物、それが私のお父さんに対する印象だ。
学校行事は勿論、地球で言うクリスマスやお正月にも顔を出さず政務に没頭し、家庭を顧みない。
お母さん達はそんなお父さんを受け入れているのかも知れないが、私達の事を考えているのだろうか?
オルステッド達はやはり性別の違いか、あまり気にした様子が無く、偶に帰って来た時に剣の稽古を付けて貰うだけで満足している。
ディアーチェは器が大きいのか寧ろお父さんの手助けを如何にかしてする事が出来ないかと日夜努力している、私もお父さんの役職を知らない訳では無いし、色々とやる事が多いのだろうとは理解している。
だがしかし、それでも私は『時空管理局総帥』『不死の英雄』と言った肩書きを持った父親では無く、普通のお父さんが欲しかった。
特にレヴィはそうだろう、この娘は良くも悪くも純粋だ、お父さんに甘えられ無い寂しさをぶつけようにも母親も執務官、出張や急な仕事が多く彼女も又家を開ける事が多い、その為夜遅くまでお父さんやフェイトさんの帰りを待って膝を抱えている姿を良く目にする。
その度に寝室に連れて行ったり、姉さんやアリシアさん、プレシアさん達にお願いしたりして彼女を寝付かせては居るのだが、一人で寝るのは心細いらしく、必ず誰かが側に居ないと寝ることが出来ない。
こんな親、誰が好きになると言うのだろうか?
私はディアーチェの様にその背中を追うつもりは無いし、レヴィの様に純粋に両親を愛している訳でもない、オルステッド達の様に武勇伝に憧れる子供でも無い、寧ろ憎悪の念が強い。
だからこそ、私はお母さんが泊り込みで教導をする日に家出をする事にした、その日は丁度入れ替わりにお父さんが帰って来る日だから打って付けだ。
どうせ彼は気が付かない、私が家出した事に、そして言ってやる、出勤前のあの人に貴方は父親失格だ、と。
ーーーー作戦決行日、妙に勘の鋭いお母さんが出勤してから私は直ぐに外へ出た、普段から日の明るい内に街中へ繰り出している為特に不審がられはせず、お父さんが帰ってくる前に家を抜け出す事が出来た。
生憎と天気は曇天で清々しい気分に浸る事は出来なかった為、早々に前もって見付けていた廃墟内に身を潜める事にした。
こう言った場所には浮浪者なり、暴漢なりが屯しているのが常だが、不思議とこの場所だけは人が寄り付いていなかった。
理由は簡単、寒いのだ、防寒具が役に立たない程に。
日当たり最悪、かつ湿気だらけで壁が結露する、その上窓が割れていて吹き抜けだ、好き好んでこんな場所に集まるまい。
持ち込んでいた防寒具に身を包み、三角座りをしながらじっと時間が過ぎるのを待つ。
天気予報では今日は晴れだったのだが、如何やら外れてしまった様で、同じく持ち込んでいたラジオからは前日の予報と真逆の事を言っていた、……当てにならない物だ。
ーーーー下らないラジオ番組を垂れ流しながら小説に目を通していると、既に時刻は夕方を過ぎていた。
物語の中に没頭していた私を現実に引きずり出したのは身を切るような寒さ、窓の外を見れば季節外れの雪が降っていた、それも帰ることが出来ないほど激しくだ。
立ち上がろうにも身体が震えて言うことを聞かない、壁に手を当てると結露した部分が凍結しており、軽い霜焼けをしてしまう。
徐々に増す冷気、体の末端から感覚が消えて行く、吐く息が白くなり、眠気が私を襲い始めた。
私は、死ぬのだろうか?
別に、それでも構わない、此処で私が死ねば彼はその名声に傷を付ける事になる。
私は生きる事を諦め、引き換えにお父さんに復讐する事が出来るならばと納得し、迫る眠気に身を委ねようとした。
ーーーーその時だった、割れた窓から炎を纏ったハルバードが撃ち込まれたのは。
切先や刀身を床に当てない様に床に石突きの部分が突き刺ささったハルバード、大気すら焼き尽くすその魔槍は冷凍庫の中の様だった室内を暖める。
「漸く見つけたよシュテル、遅れてすまないな、もう大丈夫だよ」
優しい口調で、ロープと滑車を使って割れた窓から中に入って来たのはお父さん、何時の間にロープを張ったのかと疑問に思っていたが、よく見るとハルバードの竿部分にロープが括り付けられていた。
肩や頭に積もった雪を払いながら、お父さんは私の前でしゃがみ、視線をあわせる。
叱られるのだろうか、呆れられるのだろうか、そのどちらか、或いは両方だとしても私は貴方を父親失格だと罵り返してやる、そんな意を込めて睨み付けた私だったが、彼は予想外の一言を発した。
「本当に無事で良かった、今日は君の誕生日だと言うのに姿が見えないから心配したんだよ?」
「覚えて、たん、ですか?」
実は、今日は私の誕生日だった、お母さんも本当に申し訳なさそうに何度も何度も謝りながら出勤して行った。
「当たり前だ、私は君にとっては自慢にもならない最低の親だろうが、私にとって君は自慢の娘なんだ、忘れる訳無いだろう、毎年プレゼントも用意して居るじゃないか」
「…………お母さんが、お父さんの分も買ってくれていると思っていました」
「誤解が解けて何よりだよシュテル」
そう言って、お父さんは私の隣に座ると、私を抱き抱えてコートの中に入れました、所謂膝の上抱っこの状態です。
「手足の感覚が無いんだろう? そんな時に急に温めると指が取れる、だからこうやって患部を摩って摩擦なんかである程度温めてから火やお湯で温めるんだよ」
「…………」
労わる様に私の手足を暖めるお父さん、吊り橋効果とでも言うのか、あっさりと私の中にあった憎しみは消えてしまいました。
ですが、やはりこれだけは言っておきたかったので、キッパリと言ってあげました。
「お父さん、私は貴方が嫌いです」
「……うん、知ってる」
「家の事を後回しにして、家族の事を後回しにする貴方は父親失格です」
「………うん」
「……だから、だからこれからは、これからは気を付けて下さい」
「善処するよ」
「善処、では困ります、約束してください」
「……分かった、約束するよ」
ーーーー私は、お父さんが嫌いです。
ーーーーですが、ほんのちょっぴりだけ好きになりました。
ーーーーお父さん、約束はちゃんと守って下さいね?
さらさらと自室で日記を書いているシュテル、真面目な顔をしている様に見えて口元からは淑女にあるまじき涎が垂れ始めている為、碌でもない物だろう。
「ふふふ、此れで仕込みは終わりました、後はこの私の独白が綴られたこの日記にお父さんが目を通し『昔は苦労を掛けたな、良しなら今日は何でも一つ言うことを聞いてあげよう』と言った所で美味しく頂いて貰うと言う完璧な計画、我ながら一分の隙もありません!!」
ガッツポーズをするシュテル、彼女も今や中学生、反抗期真っ盛りである筈の年齢なのだが、そのファザコン振りは止まる事を知らない。
そして、実に珍しい事に今回の作戦は良い所まで行き、一緒に寝る約束を取り付ける事に成功したシュテルは薄い本に出てくる見境が無くなるレベルの精力剤と勝負下着を用意して意気揚々とブレンの寝室に向かったのだが、其処にはディアーチェとレヴィが居た為猛然と彼に抗議、しかし自分の子供達に寂しい思いをさせた側としてはシュテルのみを特別扱いする訳もなく、結果としてディアーチェ達も連れて来たのだ。
最初は不貞腐れていたシュテルだったが、ブレンの上に乗り、そのまま抱き着く様にして大人しく眠りに着いた、彼女が大人しく引き下がった理由は、敢えて精力材を使用して4Pと洒落込むのも悪くは無いが、やはり初めてはマンツーマンが良いと言う色ボケ回路真っ只中の発想の結果だったりする、尚ディアーチェやレヴィはそれぞれ左右の腕で腕枕されながら眠っている。
因みに、レヴィは喜んでブレンの腕に抱きつきながらその肩を枕として眠りに付き、思春期真っ盛りのディアーチェは隠れファザコンの所為で悶々としてしまって眠れていなかったりする。