実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~ 作:たむたむ11
溝浜疾風高校野球部の名監督と呼ばれる男。八剣凌生、四十七歳。
彼は元々選手として活動しており。その実力は早瀬田大学野球部でレギュラー入りを果たす程であったそうな。
しかし、それでもプロ入りは出来ず、志願届けすら出す機会無く野球部を去り、暫くの間社会人野球を経て監督へ。
彼が溝浜疾風高校の野球部監督に名乗りを上げたのは二十年前の事。
監督業は未経験であったものの、早瀬田大学出の彼の経歴を見込まれて、溝浜疾風高校からオファーが来た事がきっかけだ。
女子野球部が発足したての当時は男子野球部の監督が別に居て、学校側も変わりの監督が欲しいとの事で彼にスポットが当てられたのである。
当時はまだ女子野球加入チームが全くと言って良いほど少なく、メンバーを集める事自体が難しいといわれていた時代。
ただでさえ部員は少なく、しかも当時はヤンキーやらスケバンやらの不良ブームが到来していた時期だ。
八剣の努力は最初は全く報われなかった。なんとか部員を集める事に成功しても、なかなか試合も組めず教育に苦労させられた。
そんな彼がこの野球部で結果を残したのは、それから十年が経過した頃である。
学校全体の規律を守る生徒が増え、女子野球部の存在が少しずつ世間に知られるようになった頃。
八剣はとあるプロ野球選手の考察論を参考に選手の育成に取り掛かったのがきっかけである。
『ミートや守備における技術は練習で補えるが、足と地肩の強さは素質の中でしか成長できない』
その理念の下。最初から比較的足の速い選手に着目し技術中心の育成を開始した所。それが功を奏したのか忽ち全国大会で優勝。
そしてその直後。男子野球部の監督が還暦を迎え監督を引退した所に彼が兼任する形となった。
以後、男子野球部も女子野球部も劇的に成長を遂げて行く事となる。
そして今、こうして野球部は強豪校ひしめく神奈川で毎年優勝争いを狙えるチームにまで成長したのであった。
今や、溝浜疾風高校で一番打者を任される者には、高校野球で最も足が速いという称号を得るとも言われている。
いつしか、溝浜疾風高校には他の神奈川強豪校に入れなかった素質のある選手や足以外に取柄の無い選手が行き着く用になった。
そんな、彼らがその素質を生かし、他の強豪たちと競り合って行く事が出来る。
溝浜疾風の野球部とはそういう所なのである。
そして八剣も、そういった選手を育成する事に意義を感じていた。
「ようこそ、溝浜疾風野球部受験セレクションへ」
隼とのいざこざも一段落つき、予定通りセレクションを遂行しようと、八剣は集まった受験生達へ改めて自己紹介をする。
「私はこの溝浜野球部の監督を任されている八剣凌生だ。
……ごたついてしまったが、今年も沢山の受験生が来てくれて嬉しい限りだ」
隼は少し不満げな表情を浮かべていたものの、八剣はそれを見ないようにして話を続けた。
「君達も知っている通り、この溝浜疾風野球部に入る為には必要な物がある
それは速さだ。足が速い事が溝浜疾風における最低限のルール。
言うならば、例え足さえ速ければ陸上選手でもサッカー選手でもうちの野球部に入る事ができる。
何故なら、それがここのルールなのだから」
八剣の言葉に、隼は少しだけ安心する。
経歴のない隼にとって、八剣の言葉はチームに属したことの無い自分であっても平等に審査する、と言うものであるからだ。
しかし八剣はそうは言っているものの、実際に陸上やサッカー部から野球部に転進してきた選手はほとんど居ない。
一時期足の速い生徒を片っ端から勧誘していた事はあったが、強豪チームと認められるようになってからはそのような無茶な募集もしていない。
実際にサッカー部員や陸上部員が野球の為に溝浜疾風に行くという選手も居なく、そのルールは建前として残っているというのが妥当である。
それでも、ここ以外に特待生で入れる学校は隼には無いだろう。
夢に一番近づける大きなチャンス、絶対に落とすわけには行かないのだ。
「さて、では今回の試験内容を発表しよう……」
隼、矢部、そして全ての参加者が八剣の言葉を前に息を呑む。
毎年走る競技を行うという事は決まっているが、その競技は毎年別であり予想ができないのだ。
それ故、対策をとる事が難しくなっているのだが、どの競技も総じて足が速い事が有利になる事は変わらない。
しかし、本当に足だけの人間では入部出来ない時もある。それが溝浜疾風高校セレクションの恐ろしい所である。
受験生一同が緊迫した面持ちを浮かべる中、八剣は静かに笑いながら受験生の後方側を指差す。
すると、先ほどまでは何も無かった所にいつの間にか台車が置いてあった。
布に隠されて入るが、何やらたくさん置いてあるようで大きく膨らんでいる。
「気がつかなかっただろう。これは我が野球部員が超高速で用意した為に、中学生のお前たちでは気づけなかったのだ。
この野球部に入部すれば誰でもこれぐらいはできるようになる……。いや、出来なくちゃ困る」
(たださっきの話に集中してる際に用意しただけじゃないのだろうか……)
何を馬鹿な事を言っているのかと、隼は呆れていたがその隣では矢部や他の受験生やらが大口をあけて驚愕していた。
「す、すごいでやんす……」
「俺らの隙を突いた……、ということか」
「さすが、盗塁率№1の高校なだけある……」
意外な事に、隼以外の受験生達は皆ノリノリであった。
確かに台車の気配を感じさせず、物を運ぶのはなかなか難しいだろう。
しかし、台車を置いただけでしたり顔を浮かべている監督と選手達に羨望の眼差しを向けるのはどうなのか。と、隼は皆の対応に理解出来ずに居た。
「ね、片倉クンもそう思うでやんすね!?」
「え? ……ああ、そ、そう…だね……」
矢部が隼に共感を求めに来たのに対し、彼は仕方なく頷く。
そうしている内に、八剣はいつの間にか台車の方へと移動していた。
隼はまた、この八剣と言う男が『気づかれないように移動した』だの言うのではないか、と心の中で予測を立てる。
案の定、彼はまたしてもしたり顔を浮かべながら、こう言い放つ。
「君達もこれを着て鍛えれば。誰にも気づかれずに移動できるようになる……よっと!」
そういいながら、八剣は台車の上を覆っていた布を思いっきり取り外してみせた。
すると、台車の上にはキャッチャーがつける防具のような物が山積みとなって置かれており、布を取り外すと同時にいくつかが台車の上から転げ落ちる。
そして転げ落ちた防具は、勢いよく八剣の方に転って行き――。
「ぎぃやああああ! 30キロの防具が足に!脛に!」
思いっきり八剣の足元に衝突した。勢いのついた鉄の塊の直撃により、八剣は奇声を上げながら倒れこむ。
しばし悶絶する八剣。しかし、受験生達は悶絶する八剣の事よりも八剣の言い放った一言に衝撃を受けていた。
「さ、30キロ……?」
「まさか、今回の競技って……」
「アレを着て走れ……、とか?」
受験生達はざわつき、動揺する。
こんな物を会場に用意されたのだ、まさか着ないという事は無いだろう。
前方に山積みに置かれている防具を眺めながら、隼は唇をかみ締めていた。
(最悪、みたいだね……)
痛めた足に負担が掛かる重量系の防具、これは隼にとっては最悪な条件だ。
多少の痛みは我慢できるものの、負担が一気に足に掛かり痛みが増大すれば走ることすらままならないだろう。
仮に走れたとしても今度は痛めた足の分、体力の消耗は激しくなる。
もしこれで連続して走ることになれば、トップどころか予選落ちすら見える状況だ。
隼は覚悟した、しかし諦める気は毛頭無かった。
(やるだけの事はやらないと……)
いくら俊足の選手が揃おうと、純粋な身体能力で隼に敵う相手が居るとは思ってはいない。
母親の為に、そして何が何でも甲子園に出場するために。今まで自分のしてきた努力を存分に発揮するのだ。
隼は大きく息をつき、倒れこんでいる八剣が復帰するのを待った。
「で、では。今回の試験内容の発表だっ!」
まだ防具の当たった足が痛むのか、復帰して受験生の前に改めて立つ八剣は足を抑えながら語り始める。
「今回の試験は皆にこの重さ30キロの防具を着てもらい100mのタイムを計らせてもらう!
内、上位タイムを誇る10名が合格者となり、さらなる“一番打者適正”を受けてもらう事になる」
どうやら試験は第一段階で合格者発表。そして第二段階で特待生を決める事になるらしい。
年によっては第一試験で全てが決まることもあれば、合格までに数回試験が行われる事もあるそうな。
多ければ多いほど隼にとっての負担は大きくなるため、今回は無難な回数と言える。
(まずは……、この試験を乗り切らないとっ……)
隼は金色の髪をなびかせながら、八剣が指示するよりも早く防具の方へと歩み寄る。
「まあ、とりあえず全員これを装着……、全員分は無いから最初に走りたい奴から装着して行け――っと?」
「やります」
まだ説明が終わっていなかった八剣はいきなり駆け寄ってきた隼に面を喰らう。
そして食い気味に防具を装着し始める隼に、八剣は生意気に思いながらも若干嬉しそうに聞く。
「あんた、さっきの子じゃないか。 なんか一人だけ目立つから只者じゃないとは思っていたが……、
もしかして、この試験の裏を気づいて一番最初に?」
呆気に取られている他の受験者を他所に、隼は黙って首を大きく頷ける。
それを見た八剣はニヤリと笑みを浮かべると、口をあけたままの他の受験者達を見下すように言い放つ。
「お前ら、そこでボーっとしたままでいいのかよ?
こんな女の子みたいな奴で、しかも野球部員っぽくない奴が気づいているというのに……お前らと来たら」
「すみません、いろいろと失礼な事言わないでいただきたいのですが」
さらっと八剣に失礼な事を言われたのに対しつっこむ隼だが、八剣はそれを無視して続けてゆく。
「いいか、30キロの重りつけて100メートル走ったらそりゃあもう疲れるぜ?
本気で二次試験で“一番打者”取りたけりゃ、早く走ったほうが身の為だ!」
八剣がそういい切ると同時に、受験生達の間でざわつきが起こる。
やがてその中の一人が防具の方へと向かっていくのを皮切りに、一斉に防具の方へと向かっていく。
「お、俺が次に走る!」
「いや、俺だ!」
「オイラでやんす!」
防具周辺で受験生達が取り合いを行い始める中、ゆっくりと防具に着替えていた隼に八剣は再度確認する。
「しかし、こうも最初に気づいてくれるとはな。
本気で“一番打者”でも狙ってるのか?」
隼は表情一つ変えず、淡々と八剣の問いに返していく。
「自分はそれ以外、狙ってませんから」
「いいねぇいいねぇ、相当な覚悟を持って来てくれてるわけだ」
嬉しそうにそう呟く八剣の表情はとても明るく。先ほどの嫌味ったらしかった印象が嘘のように思える程、穏やかだった。
「トップバッターを任される者こそ、誰よりも強欲で誰よりも覚悟が無きゃだめだからな。
先陣をきって道を作れる奴が居てこそ、次の奴らが勢いよくこれるって事。
お前が居なかったら、あいつら今頃まだ順番の探りあいしながら縮こまっていたと思うぜ?」
八剣の一番打者論を間近で聞かされ、隼は少し褒められたようで嬉しくなる。
一番打者は後続の為に、積極的に塁に出て次の塁を狙わなくてはならない。
そして試合の中で一番出番の多い一番打者は、下手すれば四番打者以上に内容を求められる事もある。
長年、最強の一番打者を育て上げてきた八剣にははっきり分かった。
この男、片倉隼にその才能があるという事を――。
「期待してるぜ、がっかりさせんなよ?」
「……はい!」
着替え終えた隼は、その期待を一身に受けスタート地点へと足を運ばせた。
期待への重圧感、そして予想以上に重く着るだけで体力を奪う鉄の防具が隼の体にのしかかる。
けれど、隼はしっかりと前を見つめていた。
(……重い、けど走りきれるっ!)
そして、隼の覚悟と本気の一走が始まる――。
どうもございます!第一章も中盤にさしかかりましたございます!
隼クンは果たしてどうなってしまうのかでございます!
左足の痛み、そして体力、想い!
果たして一次試験の結果はイカにございます!
もしよろしければ感想いただけるとありがたいございます。:゚(。ノω\。)゚・。
では!