実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません


第一章 第3話「勘違い」

「ふぅ……、間に合ってよかった……」

 

 セレクション開始予定時刻まで残り五分と迫った頃の事。

 ようやくセレクション会場へと戻ってきた隼の体は、とてもボロボロだった。

 先ほどリボンの少女を助ける際、勢いよく滑り込んだ体には無数の擦り傷が広がっており、至る所から血が溢れている。

 顔や体についた土や泥は水で洗い流す事ができるが、流石に一度ついてしまった傷まではどうする事も出来ない。

 彼は痛めてしまった足を気にしつつも、皆が集まるグラウンド中央へと移動した。

 

「あれ……、女の子か?」

「すっげえ怪我してるけど、大丈夫なのかな?」

「てか足引きずってたみたいだぞ、参加できるのか?」

 

 すると、隼は瞬く間に注目の的と成ってしまう。

 一際目立つ学校の運動着を着用していた隼であったが、現在のボロボロの姿がさらに拍車をかける形となってしまったのだ。

 ヒソヒソと周囲から傷だらけの隼を心配する声が聞こえてくると、彼は落ち着かないのか周囲を一目見回してから小さくため息をつく。

 そして隼は何も言わず、静かに心を落ち着かせようとする。

 

(大丈夫っ……、今の自分ならいけるっ……)

 

 しかし、いくら念じても左足の痛みは一向に収まろうとしない。

 別に走れないわけではないだろうが、痛めた足のままセレクションに挑戦しトップを狙わなくてはいけないのは大きなハンデと成るだろう。

 隼は先ほど、矢部に喧嘩を売ってしまった事を激しく後悔した。

 

(せめてこの姿を矢部君には見られたくない……)

 

 隼が歯を食いしばりながら、ジワジワと来る左足の痛みを堪えていると後方からいきなり声を掛けられた。

 

「どうしたでやんす、その傷?」

(この声は……)

 

 年の為隼は後ろを振り向き、確認する。

 それは紛れも無い矢部だった、先ほど喧嘩を売って別れたばかりの矢部であった。

 隼はとっさに左足を押さえるのを止め、平然を装いながら矢部の問いに答える。

 

「ああ、……さっき転んでしまってね」

 

 隼はとっさに嘘をつく。

 矢部とは同じ枠を取り合う競争相手だ。仮に本当の事を話せば、相手に負ける口実が出来上がってしまう。

 喧嘩を売ってしまった以上逃げることは出来ない。彼は痛めた左足の事は何も言わず隠し通す事にした。

 するとそんな事を知ってか知らずか、隼の事を心配する矢部は自らのポケットに手を突っ込みながらこう言い放つ。 

 

「……本当に転んだだけの傷でやんすか?

 とにかく、止血はしたほうがいいでやんす!」

「え、あ、ちょっと……!?」

 

 彼が取り出したのは絆創膏とミニサイズの消毒液、そしてガーゼであった。

 これから走る競技があるというのにも関わらず、こんなものをユニフォームのポケットに入れていた理由は分からない。

 しかし矢部は慣れた手つきで次々と隼の傷口と血をガーゼで拭き取ると、絆創膏を手に取り隼に見せ付ける。

 

「絆創膏、貼るでやんすよ!」

「え……!?」

 

 すると、矢部が宣言した途端、隼の視界から彼の姿は消えてしまう。

 正確に言えば消えたように見えただけであり、実際に矢部の姿ははっきりと目の前にあった。

 しかし矢部の姿を見つけては見失い、また見つけては見失ってしまう。

 そんな不思議な光景が、隼の目には映っていた。

 

(この動き……、まさか、残像使いか……)

 

 隼は矢部の立つ位置と動きを捉え、その怪奇現象の正体を掴んだ。

 矢部は隼の全身についた傷口を塞ぐ為に、圧倒的な速さで上下左右の傷口に向け絆創膏を貼り付けていた。

 その動きは素早く、まるで機械のように精密な動きで散らばっていた隼の傷口を塞いだ為、彼の動作が残像を生み出していたのである。

 そして残像を残す程の素早い動きは、矢部という男がどれほどの才能をもっているかを明確にした。

 

(ただ純粋に早いだけでは、こうは行かないな……。この動きが出来るという事は、相当な才能があると見ていいだろう)

 

 隼が矢部の才に感心していると、隼の足元に出来た傷を絆創膏で閉じた矢部がゆっくりと立ち上がり、息をつく。

 それは一瞬の出来事だったように思えた。頬から指、膝元、足。それら全ての傷を塞ぐのにものの十数秒と言った所だろう。

 そして一息ついた矢部は満面の笑顔でドヤ顔を決め、隼に対し親指を立てた。

 

「ひとまずこれでよし、でやんす!」

「……す、すまない」

 

 素直に頭を下げる隼。

 普段誰かに助けられた事が少なかった彼は、照れくさそうに矢部の事を見つめていた。

 一方の矢部はと言うと、喜んでもらえた事が嬉しかったらしく。こちらも照れくさそうに隼の様子を眺めている。

 しかし、隼は矢部に対し、一つ気がかりな事を感じていた。

 

(でも、何であんなに早かったんだろう……)

 

 その事を最初から疑問に思っていた隼であったが、矢部に何故こんな治療に手馴れているのかを聞こうとしたが、先に矢部がその理由を話し始めた。

 

「オイラ、よく突拍子も無い事を言って人を怒らせてしまうことが多いでやんす。

 それでオイラも殴られたりするんでよく怪我しちゃうでやんすよ。

 そしたらいつの間にか無意識に怪我した箇所に絆創膏を貼る事が出来るようになったでやんす」

「さらっと言ったけど、すごい理由だね……」

 

 笑い話にしては笑えない素早さの理由に、隼は驚きつつもなんとなく納得する。

 思えば、矢部と河原で出会った時も思い返してみれば突飛な出会い方だった。つい先ほど喧嘩した時も、そして今も。

 だが、隼は何故か矢部に対し、先ほどまで感じていた敵意のようなものを微塵も感じていなかった。

 あんなに嫌な思いをしたのに、自分から宣戦布告をしておいて……だ。

 隼が自分の気持ちの変化を不思議がっていると、今度は矢部が頭を下げ、隼に対し言い放つ。 

 

「その……、さっきは言い過ぎてすまなかったでやんす。

 オイラ、言うほど心に余裕が無かったやんす。だからつい片倉クンに言われた時、ついカッとしちゃったでやんす……。

 だから……、ゴメンなさいでやんす!」

 

 その言葉を聴いた途端、隼は先ほどまで矢部に対し敵意を向けていた自分自身を悔んだ。

 劣等感に感じていた事に触れられ、過剰に反応したせいで喧嘩になり、そして必要以上に自分を追い込んでいた自分を。

 そして本当に自分の事を思ってくれていた矢部という男と、関わりたくも無いと逃げようとした自分自身を、彼は悔やむ。

 この事を自分の中できっかりと反省した隼は、心配してくれた矢部に対し先ほどの彼が浮かべていたような笑顔で返した。

 

「私の方こそ、無神経な発言だった……ごめん。

 だから……もう、この事はお互い水に流そう――ね?」

 

 思わず、また“私”と口に出してから気づく隼。恥ずかしい表情を隠しながら矢部の表情を覗きこむ。

 すると矢部も、その違和感に気づいたらしく。すこしニヤニヤと笑みを浮かばせる。

 

「なんか、片倉クンたまに本物の女の子に見えるときがあるでやんすね」

「そ、そんな事はないっ! 僕は男だぞっ!」

「わかってるでやんすよ~、“隼ちゃん”」

「その言い方はやめてくれっ! なんか嫌だっ!」

 

 どうやら、先ほどまで隼が心の中で感じていた敵愾心は、矢部の笑顔と優しさによって吹き飛んでしまったらしい。

 それどころかこうして矢部と話していると、長い間凍りついていた隼の心が今は生き生きとしているのが自分でもよく分かる。

 そして隼は理解する。心に余裕が無かったのは自分の方だったのだと――。

 

(そうだったな、忘れていた。

 野球は他人を蹴落とすスポーツでは無く、協力して勝ち取るスポーツだったな……)

 

 常に一人で、そして常に競争の世界でしか物事を捉えていなかった隼は大切な事を忘れていた。

 かつて母と共にテレビで見た、チーム一丸となって試合に臨んでいた選手達の事を。

 時に真剣で、時に楽しそうに。心のどこかで憧れていたがどうしても出来なかった本当のスポーツを、彼は今思い出したのだ。

 そして、今だからこそ言える一言を、隼は矢部に向かって浴びせかけた。

 

「先ほどは小馬鹿にしてすまなかった。

 お互い、悔いの残らないよう頑張ろう、矢部君」

「そうでやんす! お互いがんばるでやんす!」

 

 改めて、隼と矢部はがっちりと握手を交わす。

 初めて出来た野球友達は、なんだかちょっぴり変わった奴。

 それでも隼にとっては母親以外に尊敬できる、大切な仲間の様に感じていた――。

 

 

 

 

 

 

「あっ、ついに監督が現れたでやんす」

「いよいよ始まるんだね」

 

 セレクション開始時刻を少し過ぎた頃。グラウンドに野球部の監督が姿を現したのを矢部が気づき、隼に伝える。

 縦のストライプが特徴の溝浜疾風のユニフォームを身に纏い、日に焼けた中年色の顔には無精髭が生えており、いかにも野球部の監督と言う雰囲気が出ている。

 この男が溝浜疾風高校の男子野球部兼女子野球部監督、八剣凌生だ。

 弱小で不良生徒しか集まらなかった男子野球部と女子野球部を二十年かけ全国に通じる実力まで育て上げた、と言われる指導者である。

 

「ちっ……、あいつらのせいで時間に遅れちまったぜ……」

 

 八剣は愚痴を零しながら早足でグラウンドの中央まで近づいて行く。

 そして八剣が集まった受験生達の前に陣取ると、受験生達は一斉にしゃべるのをやめて八剣の方を視線を合わせる。

 いよいよ、これからセレクションが始まるのだ。受験生はそれぞれ息を呑みながらその時を待つ。

 

「あー、今年も結構あつまってるなー……、と?」

 

 八剣はそう呟きながら集まった受験生達を見回していると、一人だけ異質である人物がいるのに気づき視線を留める。

 視線の先にいるのは当然、一人だけ特別異質で、嫌でも目に付いてしまうであろう運動着姿の隼がいた。

 目が合った瞬間、隼は服装で何か言われてしまうのではないか、と無意識に身構える。

 

(もしや、この監督も覚悟が足りないというのか――?)

「片倉クン、ピンチでやんす……」

 

 セレクションが始まる前から、焦る気持ちを抑えきれない隼と矢部。

 八剣はそんな隼の事をしばらくじっと見つめていたが、何を思ったのか突然隼の方へと歩み寄ってきた。

 近づいてくる八剣の顔はかなり険しい表情を浮かべており、放たれる圧倒的な威圧感に隼は押しつぶされそうになる。

 

「キミぃ……」

(まずいっ!)

 

 八剣が隼の肩をポンと叩くのに対し、隼は歯を食いしばりながら顔を強張らせる。

 見つめあう二人。しばし静寂の時が続いていたが、隼は自分の心臓が高鳴っている音がはっきり聞こえていた。

 そして八剣は口を開けると、今にも泣き出してしまいそうな隼に対しこう言い放つ。

 

「キミぃ、困るんだよなぁ……。

 女子野球部のセレクションは来週。うちは男子野球部に女子部員を入れたりはしないんだ、OK?」

 

 嫌みったらしく手元でオーケーサインを見せびらかし、傾げた首で隼を見つめた八剣。

 一方、不安と恐怖で一杯一杯だった隼、涙目になりながらも彼は溜まっていた鬱憤を思いっきり八剣に叩きつける。

 

「ぼ……、僕は女じゃないですっ! 男ですっ!!」

「やっぱ片倉クン、間違われやすいでやんすね……」

 

 こうして、彼はなんとか受験資格を獲得することが出来たのであった――。 




第三話!矢部回でございます!
原作で残像出したり、殴られた瞬間絆創膏が貼られているのは矢部君の実力でございますね!
一方の隼君でございますが、お話が進んでいく上でどんどんと男らしく成長していくとおもいますございますので応援してあげてくださいございます!!
第三話、見ていただきありがとうございましたございます。:゚(。ノω\。)゚・。
もし何か誤字脱字、感想などがありましたら報告おねがいしますございます!!

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