実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第一章 第2話「劣等感」

 溝浜疾風高校(みぞはまはやてこうこう)、通称“疾風”。

 神奈川高校野球の強豪校の中でも極めて異質な体制を取っている高校だ。

 疾風の名を持つ高校名通り機動力に特化したスピード野球を行うチームで、部員全員が俊足であるのが大きな特徴と言える。

 部員数は全部で三十人前後。毎年十二名ずつ入部していく為、最高三十六人まで部員が入れる計算となる。

 しかし実際は怪我などで走塁タイムが落ちてしまい、退部する部員がたまに出る為最高数値には殆どならない。

 年によっては三十人を下回る事もあるそうだが、それでも今までに十二名以上の部員募集をした事は一度も無かったそうな。

 特待生は毎年三人。うち二つはスカウト推薦枠からで、全国の俊足かつ実力者をスカウトし特待生として向かいいれるのだ。

 そしてもう一つ。特待生と同じ境遇に立てるのが溝浜疾風高校のセレクション名物。それが“一番打者制度”なのであった――。

 

 

 

 

 

「いよいよ、セレクションの日が来たか……」

 

 通っている中学のジャージ姿で溝浜疾風高校の正門前に立つ隼。

 初めて訪れる強豪校と言うものを前にし息を呑む。

 以前河川敷で出会った矢部という男にこの溝浜疾風の事を知らされてからというものの。隼はこの日の為に、ある程度溝浜疾風高校の事を調べていた。

 まず調べ始めて最初に驚いたのはその敷地の広さ。校舎に限って言えばそれほど大きくは無いが、校庭の方を見ると一面にとても大きなサッカーグラウンドが広がっていて、見るものを圧倒する。

 溝浜疾風高校は野球の他にもサッカーの強豪でもある。元々、学校の創設者は大のサッカー好きであり“疾風”の由来もサッカーにあるのだという。

 

(でも、足の速さを求めているのは寧ろ野球の方なんだよなぁ……)

 

 意外な名前の由来に驚きつつも、現在の野球部が疾風の名を完全に食っている状況に心の中でつっこみを入れる隼。

 尚、現在はサッカー部が練習に使っているらしく。セレクション会場とは別であるのが予測できる。

 

(今日のセレクション会場は……、あっちのグラウンドか)

 

 隼が注目したのは手前側にあるサッカーグラウンドの奥に見えるグラウンドだ。

 それが溝浜疾風高校きっての自慢の高性能野球グラウンドなのだと言う。

 多少小さいながらも電光掲示板や電気設備、それに急な雨まで凌げるベンチや屋内ブルペンまで揃っており、まるで本物の球場のような臨場感が感じられる。

 しかもそれだけでは終わらない。

 溝浜疾風はこの野球グラウンドの他に、もう一つ野球グラウンドを有している。

 それは構内にあるのでは無く、学校から少し歩いた所に存在する山に面した大きめのグラウンド。

 これこそが本来、野球部が練習に使用するグラウンドだ。

 本来、小さな野球グラウンドの方は、男子と同じく全国区レベルの実力を持つ女子野球部の為にあるらしい。

 本日はセレクションの為、特別に使用させてもらうがこういった機会が無い限り、男子野球部はこのグラウンドを使用しないようである。

 現在も大きなグラウンドの方では男子野球部員が練習をしているらしく、正門前でに立っている隼の耳にも高校球児の熱い魂の雄たけびは聞こえてきた。

 

(流石強豪……、野球に対する想いがひしひしと僕の心に伝わってくる……!)

 

 今まで野球部を経験した事の無い隼であったが、遠くから伝わってくる野球部の気迫に押され再度息を呑む。

 しかし、いつまでも緊張していても何も始まらない。隼は自らの両頬を軽く叩き、緊張を押し殺す。

 

「いつまでも、うかうかしていられないな」

 

 隼はそう呟きながら、溝浜疾風の正門をくぐり構内へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり凄い施設だなぁ」

 

 セレクションが行われる会場、構内野球グラウンドの前にたどり着いた隼はその豪華な設備に対し感動していた。

 入る前は多少緊張していた隼であったものの、門をくぐってからというものの毅然な態度で悠々と辺りを見渡している。

 既に会場に集まっていた他の受験生達が不安と緊張で表情を強張らせている中、隼だけは全くプレッシャーを感じては居ない様子。

 寧ろ一度も試合をした事がない隼に取って、こういった会場で複数人と野球をする事に対する好奇心の方が強かった。

 とはいえ、このセレクションで“1番打者”に成れなければ。受験する意味はなくなってしまう。

 無論、隼は真剣だった。沢山の宿命を背負って生まれ育ってきた男には、恐怖心など通用しないという事か。

 

「まだ時間はあるみたいだし、少し構内を見て回ってみようかな」

 

 相変わらずセレクションそっちのけで施設を見て回っていた隼。するとそこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あ、片倉くんでやんす!」

 

 特徴のある口調、見知らぬ土地で隼の名前を呼ぶ男。心当たりがあるのは例の人物ただ一人。

 

「誰かと思ったら矢部君じゃないか」

「やっぱり片倉くんもセレクションうけに来たんでやんすね!」

 

 声を掛けてきたのは勿論、河原で出会った矢部という男であった。

 セレクションに参加すると彼自身が宣言していたので、矢部がここに居ることは隼も予測できていた。

 矢部は知り合いに会えた事が嬉しかったのか、隼に対し胸の内を語り始める。

 

「いやー、殺伐とした雰囲気の中オイラ一人でいるのすごく不安だったでやんすよ~。

 以前知り合ったのも何かの縁、お互いがんばろうでやんすよ!」

「お互い頑張ろう……、か。

 これから僕たちは枠を巡って勝負するというのによく言うね」

 

 全く緊張感が感じられない両者であったが、矢部の方は特に危機感が足りないのではないかと隼は呆れていた。

 セレクションで選ばれるのは全部で十人。特に隼の場合は特待生制度の獲得の為に一位を狙わないといけないので、敵に情けをかけてはいけないのだ。

 故に危機感の違いがあるのは当然なのだが、矢部はそれでも不敵な笑みを浮かばせその理由を語る。

 

「フフフ、自慢でやんすがオイラはスピードに絶対の自信をもっているでやんす。

 鍛えに鍛えたおいらの足で、今年の“一番打者”は頂くでやんすよ……」

 

 そして語り終えた矢部は、次に片倉の足元を指差してこう指摘し始めた。

 

「それよりも、なんでやんすかその格好は!

 健康の為に近所をマラソンするオッサンじゃあるまいし、それでも野球選手でやんすか!?

 野球部で短距離走の測定をするならまずスパイクでやんす!オイラもこの日の為にミゾット社製のいいスパイクを用意してきたでやんす!

 そもそも、そんなボロボロの運動靴を履いてくるそっちの方が嘗めてるでやんすよ!」

 

 矢部に服装を指摘された片倉。思わず他の受験生の方を向き、その服装を確認する。

 矢部の言うとおりだった。ここに来ている生徒は全て、それぞれの所属しているチームのユニフォームに身を纏い、スパイクを履いていた。

 本来なら、完全に場違いである事を咎められ恥ずかしがるのが普通なのかもしれない。

 しかし、それでも隼は堂々と胸を張って矢部を見つめ返した。決して自分の格好を恥じることは無かった。

 

「それで覚悟が足りないと思うなら勝手に思いなよ、僕も逆の立場だったらそう思っていたかもしれない。……だけど!」

 

 隼は矢部の言うことをある程度肯定しつつも、その胸の内を溜まっていた激昂と共に吐き出す。

 

「野球道具を全て揃えている事こそが常識としか見れない奴の靴と、苦労して手に入れたボロボロの運動靴を天秤にかけて欲しくはない!

 どんなにいい道具を使っていても物に依って強くなった気でいる奴に! 私は負けない、負けるわけにはいかない!」

「え、あ、ちょ! どこ行くでやんす!?」 

 

 隼はその場に矢部を放っぽりおいて立ち去っていく。

 矢部にとってはちょっとした冗談めいた挑発のつもりであったが、隼の心は完全に火がついてしまった模様。

 隼は目標の為とは別に、もう一つ勝たなくてはいけない理由が出来てしまった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、さっきはつい言ってしまったが……、これで矢部君に負けたら格好つかないな」

 

 野球グラウンドとは離れた所で、先ほどの会話でつい激昂してしまった事を後悔する隼。

 隼はあまり怒るのが好きではなかった。

 理性を失うと母親と同じ口調になってしまうからだ。

 あまり人と関わらず育ってきた隼には、唯一良く接してくれた母親の口調が無意識に根付いている。

 ただでさえ女性に間違われる顔立ちなのに、口調まで同じになってしまったらますます男らしくなくなってしまう。

 最初は一人称を“私”と呼んでいた時期があった隼。

 しかし性を意識するようになった小学校中学年以来、一人称を“僕”に変えてから初めて母親以外に“私”と言ってしまった。

 その事に隼は少し落ち込んでいた。

 

(後で矢部君に変な目で見られないといいけど……、ってあれ?)

 

 小さくため息をつく隼。何も考えずに歩いていたせいかいつの間にか景色が違うことに驚く。

 気づけば、隼は校庭の隅にある体育館の裏側に来ていた。

 体育館からはバスケ部が使用しているのか、バスケットボール特有の地鳴りと声援が聞こえてくる。

 

(ここの学校は本当、スポーツがんばってるんだなぁ……)

 

 隼はしばし、体育館の方を見てその場で突っ立っていた。

 しかし、突如上空から何かの音が鳴り響き、隼の平穏を邪魔して行く。

 

「わっ!」

 

 何が起こったかも分からず、上空の方を確認する隼。

 空には何も見当たらない。しかし音のした方向をよく見てみるとそこに何かを発見する。

 金網だ、校舎の外に物が飛んでいかないように張り巡らされた金網に何かが突き刺さっているのだ。

 隼が上空で起こった出来事に呆気に取られている中、突如何者かがドタバタと体育館裏に流れ込んで来た。

 

「あぁ、もうっ! ボールはどこだ~!」

「多分この辺にボールあると思うよ、探そう」

 

 突如現れたストライプ柄のユニフォーム来た人物らは、立ち尽くしている隼お構いなしで周囲をキョロキョロと見回す。

 一人は藍色の長い髪をリボンで結んだ小柄な少女、もう一方は薄い桃色のショートヘア、眼鏡をした少女である。

 どうやら、先ほど上空の金網を揺らしたのは彼女達のようだ。彼女達のユニフォーム姿を見て、隼は彼女らが何者であるかを察した。

 

「あの……、溝浜疾風女子野球部の方々でしょうか……」

 

 隼の問い掛けにリボンの少女は最初は戸惑いつつも、堂々と答える。

 

「え、あ。そうですよっ! 私達が天下の溝浜疾風女子野球部期待の一年生ですよっ!」

「……それ、言ってて恥ずかしくない?」

 

 眼鏡の少女がその大胆な言葉に突っ込みを入れているのに対し、自信満々に構えるリボンの少女。

 しかし、隼が言いたかったのはそんな事ではない。彼は二人が再び隼の方を向いたと同時に上空の金網を指差して言う。

 

「貴女達の探してるものとは……、ひょっとしてあれのことでは?」

「わーっ!? あんな高い所に突き刺さってるぅー!」

 

 白球のありかを聞いたリボンの少女は、オーバーなリアクションを取りながら叫ぶように言う。

 しかしその直後、突如不敵な笑みを浮かべるリボンの少女。何故か隼の方に目を向けこう言い放ち始める。

 

「ねぇ、今キミは小さい私の体じゃどう考えてもあんな高い所にある球を取れない――。とか思ってな~い?」

「え、そんな事考えてる猶予も無かったのですけど……」

 

 隼の言葉を聞き入れる事も無く、少女は何故か嬉しそうに語りだす。

 

「私はねぇ、小さいからって甘く見られるのが大っ嫌いなの。

 だから私は背の高い人の何十倍も努力してるし、正直人より強いと思うんだよ~。

 例えば、あんなたかーい所にある物でも、私なら簡単に取ることが出来るの!」

(何故、この人はそんなにムキになっているのだろう……)

 

 リボンの少女の言葉に呆然とする一方の隼。隣に居た眼鏡の少女はこの状況で隼に頭を下げる。

 

「ごめんね、この子自意識過剰で自己主張が激しいので……」

「そうなんですか……」

 

 ヒソヒソと話をしている二人を他所に、リボンの少女は気合を高め金網の方に目を向ける。

 高さは丁度体育館の2階と同じ位だろう。彼女の身長のおよそ3倍の位置にあると言えば分かりやすい。

 すると彼女は視線をまっすぐに戻し、大きく深呼吸をする。そして大きな声を上げ士気を上げて行く。

 

「えいやぁあああ!」

 

 そして助走をつけ、彼女は勢いよく金網へと跳躍する。

 彼女の跳躍は実に力強く、最初の飛翔の地点で彼女は身長と同じぐらいの高さまで飛んでいた。

 そのジャンプは跳躍力に自信を持つ隼ですらも、先ほど彼女が放った自信満々の言葉に納得せざるを得ないほどであった。

 彼女は更に金網に足を掛け、再び高く飛翔して行く。

 実に見事な身のこなしであり、これに対しても隼も純粋に評価していた。

 しかし目標地点まで残り半分と言った所で、彼女は止まってしまう。

 普通、人間が何かの補助を受けず5メートルの高さまで飛ぶには無理がある。

 

「危ないよ、無理しちゃだめだよ~」

「うるさいうるさーい! わ、私はまだ終わってない!」

 

 金網にしがみつくリボンの少女は失敗した事が恥ずかしかったのか顔を真っ赤にし、やめさせようとする眼鏡の少女を睨み付けた。

 慌てる眼鏡の少女。相変わらず呆然とそれを見上げている隼。なんともいえない空気が一体に広まる。

 

「ぐぬぬ……。

 そ、その目に焼き付けておきなさいっ。私の……、勇士をっ……!」

 

 すると今度はリボンの少女。なんと金網を指の力を駆使して蜘蛛のようによじ登り始めた。

 金網はぐらぐらと揺れ、さび付いた金属の軋む音が鳴り響く中、彼女はどんどんと上に上がっていく。

 

(確かに、その気迫は凄いっ……!)

 

 隼は少女に対し、心沸き立つような感動を覚えていた。

 普通、そんな高い所の球を取るのにわざわざ危険を冒してまで取る事はしない。

 まして、この金網がいつ倒れても仕方ないような危険な状況であるにも関わらず。彼女は意地で上ろうとしているのだ。

 世間に対するコンプレックスを抱えつつも、諦めない姿勢は隼に通ずるものがあり、なんとなく共感を持てた。

 

 

 

 

 

「よっしゃああ! とったぞーっ!!」

 

 そしてついに、彼女は挟まった硬球を掴み取った。

 意外と簡単に取ることが出来た、これならしたから思いっきり揺らせばもしかしたら取れたかもしれない。

 しかし、それは彼女らにとってはどうでもいい事だった。

 眼鏡の少女は呆れていたが、彼女と隼にとっては球を取ることができる位置まで登りきったのが大切なのだ。

 もし、同じことを片倉隼という男がやっていたら。間違いなく重さで金網が壊れてしまうだろう。

 それを一回りも小さい彼女は成し遂げたのである。コンプレックスすらも武器にし彼女はやり遂げたのだ。感動せずに居られない。

 

(この人、かっこいい!)

 

 隼は心からそう思った。

 出会ってからまだ数分も経っては居なかったが、隼はまるでずっとその背中を見てきたような気がした。

 その背中に、まるで自分を見ているかのように――。

 

「へへっ……、どんなもんだ――。ってうわあああ!?」

 

 その時だった。

 リボンの少女は手に取った球を見せびらかせようと、身を下によじらせた際に金網を掴んでいた手を滑らせてしまう。

 一度離してしまった手を、落ちながら再び金網に戻すのは女性の力では無理がある。

 彼女は頭から、そのまま真下へと落下して行く。

 

「きゃあっ!」

「あっ、危ないッ!」

 

 それを見た眼鏡の少女が悲鳴をあげ、隼は落ち行く彼女を救出しようと即座に金網の方へと駆ける。

 隼が反応したのは彼女がバランスを崩してすぐだった。

 隼と金網の距離までおよそ5m、彼女と地面の高さまでもおよそ5mあたり。

 落ち行く少女を無傷で救出しようとするならば、自然落下の速さよりも速く動かなくては成らない計算となる。

 しかし、それを平然とやってのけるのが片倉隼という男だった。

 

「はぁあああっッ!」

 

 彼が駆け出しながら叫び声をあげた刹那、彼の体は一瞬で金網の下に滑り込んでいたように女性二人には見えていた。

 身体能力が素晴らしいと言われる隼であるが、常人と違うのは走り出しの速さ。

 初速と言い、走りに置ける一番最初の一歩でどれだけスピードを出すことが出来るかと言う事なのだが、彼の場合その速度が圧倒的なのだ。

 通常の場合だと人間は走る際、自分の出せる最高速度を引き出すためにはある程度段階を踏まなくてはいけない。

 走り出しから徐々にスピードをあげて行き、やっと出せるスピードが人間の最高速度なのである。

 だが、隼は違う。その異様にしなやかでやわらかい足腰の筋肉は、一度地面を蹴ればエネルギーを相殺せず前に進む推進力を得ることが出来るのだ。

 先日河原で見せた跳躍力に関しても同じ、エネルギーを逃がさないからこそ彼は高い位置に飛び白球を蹴り落とす事が出来たのである。

 彼の体はまるで爆薬。柔らかく、しなやかで、そして凄まじい瞬発性を秘めているのだ――。

 

「ひゃっ!?」

「捉えたっ!!」

 

 滑り込んだ隼に飛び込む形で抱き上げられたリボンの少女。彼女の身を隼は体で守りながら勢いよく金網に激突する。

 衝突してから一瞬、時が止まったかの様にも思えた。

 金網にぶつかったまま動かない二人を見て、我に返った眼鏡の少女が駆け寄る。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 そう言って二人の安否を確認する眼鏡の少女。

 二人とも無事だった、隼の胸元に抱えられていたリボンの少女は全くの無傷。

 一方の隼の方も無事だ、彼女を庇いつつ地面に倒れこんだ際にできた頬とひざの傷はあったが、それだけだ。

 しばし、呆然と至近距離で見詰め合っていた二人。しかし、先に少女の方が我に返ると慌てて立ち上がり倒れている隼に声を掛けた。

 

「あああああっ……! だ、だ、大丈夫!?」

 

 彼女はあわてふためきながら、倒れこむ隼を起こす。

 すり傷と土で汚れた顔は、とても見ていて気持ちいいものではない。彼女はとたんに自分のやった事に対して罪悪感を覚えてしまった。

 

「あわわわわわ……、血がっ……!」

 

 リボンの少女は顔を真っ赤にし涙目に成りながら、隼の頬を拭き取るものは無いかとユニフォームのポケットに手を入れる。

 しかし、タイミング悪くこういう時に限って何も持ってきていなかった。

 パニックを起こしているリボンの少女に対し、隼もようやく我に返ったようで胸を撫で下ろす。

 

「よかった……、助かってよかった」

「よ、よ、よくないですっ!?」

 

 状況がよく分かっていなかった隼。そして、動揺して何を言っているのか自分でも分かってないリボンの少女。

 リボンの少女は近くに突っ立っていた眼鏡の少女に声を掛けて聞く。

 

「な、何か濡れたハンカチとかガーゼとか絆創膏とかもってない!?」

「そんな用意周到じゃないよ……」

「あーっ、もう! 肝心な時に何ももってないんだからっ!」

 

 完全にパニくった少女はさりげなく眼鏡の少女に八つ当たりをしながら、一度怪我をした隼の方を振り返る。

 傷はそれほど深くはなさそうだが、こうなってしまったのは自分の責任だ。と、彼女は隼に対し手のひらを向け、こう呼び掛けた。

 

「キミ、ちょっと待っててね! い、今保健室から救急セットを持ってくるからっ!!」

「私も手伝ってくる!」

 

 そう言って全力疾走で校舎の方へと向かって行く二人。

 一方、あまりの事で「大丈夫だよ」と声を掛けることも出来なかった隼。

 彼はその足で立ち上がろうと左足に力を入れる、と――。

 

「――ッッ!」

 

 突如、力を入れた左足に痛みが走った隼。

 どうやら先ほど少女を助ける為滑り込んだ際、すこし捻ってしまった様子である。

 軽い捻挫ではあったものの、状況とタイミングは最悪だ。

 彼は大きく息をつくと、苦い表情を浮かべてこう呟いたのであった。

 

「こりゃあ、……余裕をかますどころでは、なくなってしまったな――」

 

 立ち上がった彼は、先ほどの少女の呼びかけを無視し、セレクション会場へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせー! ……ってあれ?」

「あらら、さっきの子は?」

 

 隼が立ち去ってからしばらくした後の事。

 救急箱を手に取り、戻ってきた少女二人は誰も居ない体育館裏に呆然とする。

 しかしせっかく救急箱を持ってきたのだからこのまま引き返すわけにも行かない。

 少女らは急いで先ほどの助けてくれた救世主を呼びかけようとする。

 しかし、彼女らは知らなかった。助けてくれた少年が一体何者なのかと言う事を。

 

「おーい! さっきの人ぉぉぉ!!」

 

 名前を聞くのを忘れたので、仕方なくそう叫ぶしかなかったリボンの少女。

 すると、体育館裏に一人の男性が入ってきたので。少女は先ほどの少年が戻って来たのだと思い、そのまま駆け寄った。

 

「よかったっ、何処かにいっちゃったのかと……、ってヒィ!?」

 

 しかし、近くでそれを見た彼女は手に持った救急箱を思わず落としてしまっていた。

 目の前に居たのは彼女らがよく知る監督だった。溝浜疾風高校野球部監督、八剣凌生(やつるぎ りょうせい)が、彼女らの前に現れたのだ。

 八剣は小さく息をつくと彼女らをギロリと睨み付け、一喝した。

 

「体育館裏から悲鳴やらなにやらが聞こえてくると連絡受けて来てみたら、またお前らかバカヤロウ!」

「ひいいいっ、違うの~、これには理由があるの~っ!」

 

 リボンの少女と眼鏡の少女はその後、こっぴどく鬼監督にしかられてしまいましたとさ――。

 

 

 

 

 

(そういえばさっきの人、名前聞くの忘れちゃった――)

 

 リボンの少女は怒られている間も、助けてくれた人の顔を思い浮かべていたと言う。




久しぶりに一話にこんなにつぎ込んでしまった気がしますございます!
次回、いよいよセレクションがはじまりますございます!!

もしよろしければ感想をいただけるとうれしいでございます。:゚(。ノω\。)゚・。
(ヾ(´・ω・`)ノヨロシクデス(o´_ _)o)ペコッ

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