実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません


第一章 舞い降りた空の勇者
第一章 第1話「運命のムーンサルト」


 ――季節は九月。夏休みも終わり学生達が重々しい表情を浮かばせながら、学校へと登校し始める季節がやってきた。

 暗い顔をするのも無理は無い。ただでさえこの時期は夏休みの反動でやる気の出ない学生が多い上、時期的に忙しいのも大きな理由となっている。

 体育祭の練習だの、文化祭の打ち合わせだの、音楽祭の準備だの。秋口にかけては様々なイベントをこなして行かなくては成らない為、生徒への負担が大きいのも事実。

 何より一番負担が大きいのは、半年を満たない内に高校受験を控えている中学三年生。この忙しさのあまり、この時期には殆どの学生が部活動を止めて勉強に集中し始めるのだ。

 そしてそれは、片倉隼にとっても同じ事であった。

 

「片倉君、気持ちは分かるんだが……」

「何とか……、なりませんかね?」

 

 放課後の教室では何かを頼み込む隼と、苦い表情を浮かべた担任が対談をしていた。

 教室の外には三者面談と大きく張り出されている。今現在、隼は担任と将来の事を話し合う面談を行っていたのである。

 本来、これは将来の進路先を親子と担任が話し合いを行う面談の様だが入院している邑子が来れるはずも無く。仕方なく隼は一人で話しているのだ。

 そこで只管、頭を下げている隼。進路への思いを担任の教師にぶつけて行く。

 

「お願いです、甲子園優勝するために今からでも野球推薦とかセレクションとかで入れる、県内の高校を紹介して頂きたいっ……!」

 

 自分の言っている事が難しい事は分かっていた。しかし、確かに存在する筈なのだ。

 野球の名門校ではある一定以上の選手に対し、学費免除であったり寮が用意されている高校があるのだと。

 その事は担任も良く知っていた。しかし、担任は頑なに首を横に振るだけであった。

 

「片倉君……、担任として力になれないのは悔しいが……。残念ながら難しいと思う」

 

 担任の教師は呆れ顔になりながらも。隼の言う条件について解説しだした。

 

「君の言う野球推薦、正確には特待生制度といって学費免除されるのはこれだがこれに関してはかなり厳しい。

 例えばだ、今年我らが神奈川県から甲子園に出場した溝浜(みぞはま)高校では毎年3人の特待生を全国からスカウトを通じて取っているそうだ。

 しかし、君の実力を否定するわけではないが……、実績も持っていないのに特待生になれるケースは殆どないのではないかね?」

「や、やっぱりですか……?」

「勿論だ。それに紹介した所で野球の事は私達教師一人の力ではどうする事も出来ない」

 

 隼は担任に認識が甘かった事をネチネチと咎められて行く。 

 

「続いてセレクション。これに関しては期待しないほうがいい。

 ただ単に学力が宜しくない野球少年が受験をパスして入れるというだけで実際お金の免除は無いからね。

 隼君は割りと頭がいいから、別に途中入部を禁止されていなければ学力で強豪校に入る事だって出来るんだよ。

 普通に学費は払うけどね」

「そ、そうなんですか……」

 

 涙目になりながら落ち込んでいる隼に対し、さらに担任は追い討ちをかけるように言い切ってゆく。

 

「と、なると。考えられるのは授業料免除が受けれる公立校。そこでアルバイト等で金銭を稼ぎながら甲子園を目指すという手もある。

 しかしながら、神奈川高校野球は現在強豪ひしめく戦国時代真っ盛り。今やアマチュアレベルの大会で最高峰と呼ばれる上位校がそろうのが神奈川だ。

 もし君が公立校に入るとしたら。立ちはだかるは全身を強力な選手と言う名の甲冑纏った私立校共。一方公立はまるで足軽ときたもんだ。

 とてもじゃないが優勝なんてまず無理だし、甲子園出場ですら夢のまた夢になるだろう……。OK?」

「うう……、OKです……」

 

 情けない声を上げながら頷く隼、改めていかに自分の言っていた事が無謀であったと痛感させられた。

 担任の話は別に言い過ぎている訳ではない。現在、神奈川高校野球はアマチュア野球の中でもトップクラスの実力に近いと全国から選手が集っている。

 名門中の名門、溝浜高校。超級打線の育成に定評のある宗界大相良(そうかいだいさがら)高校と慶音義塾(けいおんぎじゅく)高校。守りの野球に定評のある桐影(とうえい)学園と桐陽(とうよう)学園。溝浜商大(みぞはましょうだい)高校……。

 それはもう、数えればキリが無いほどの超強豪校が神奈川県にひしめいており実力も拮抗している。

 それらの高校は毎年当たり前のようにプロ入り選手を輩出しているが、一方で弱いところは目も当てられないぐらい弱いのも事実。

 さらに言えば、神奈川は実力が拮抗しているだけあり、どんな名門校に入ろうが確実に勝てる保障は全く無いのだ。

 担任はがっくりと肩をうなだれている隼に対し、なんとか別の方向を考えられないか訊く。

 

「なぁ、神奈川じゃなくてもいいんじゃないのか? ……例えば東京とか。

 西東京は帝王高校の一強だし、東東京もあかつき大付属高校も一強だ。そっちに行ってそこそこの所に入れば甲子園出場までなら狙えるかもしれないぞ」

 

 担任のいう言い分はこうだ。競争率の激しい神奈川は避け、目立つ強豪校が1つしかない東京の公立で甲子園を目指すという事らしい。

 確かにそうすれば甲子園まで行くだけならば明らかに楽になるだろう。

 しかし、母との約束はあくまでも甲子園優勝だ。担任の提案する案に乗じてはダメなんだと隼は首を横に振る。

 

「たしかに、楽にはなるとは思います。

 ですが、僕は敢えてその強豪ひしめく戦火の中に入って自分の実力を見極めたいんです!

 それに、母さんを置いて東京には行けません……」

「そうか……」

 

 担任も隼も、ため息をつくしか出来なかった。

 隼の家庭環境も、群を抜いた身体能力の事も、担任は知っている。出来れば隼には諦めてほしくないというのが、担任の本望である。

 片倉隼は中学に入ってからも、その身体能力を遺憾なく発揮し周囲に知らしめていた。

 特に陸上競技であれば授業での砲丸投げや槍投げは県大会記録以上の飛距離を飛ばし、短距離走全般に跳躍競技では明らかに中学生の記録を超えた走りを見せ付けている。

 陸上部で記録会に参加していなかったことが悔やまれるほどのその身体能力だけは学校に知れ渡っており、時折噂を聞きつけた外部からも偵察が来る事があった。

 もちろん、隼は陸上の道を進もうとは考えていない。その力は全て野球の為に使ってゆく事となるだろう。

 担任も悔しかった。せっかく最高の逸材が目の前に居るというのに、何も手出しすることが出来ないのだから……。

 

「先生、ありがとうございました」

「また進路を考える事があったら、言ってくれよ」

 

 こうして、隼は担任の先生との対談を終える。

 非常に厳しい現実を突きつけられてしまった隼。しかし、このまま諦めてしまおうなどと考える事は出来ない。

 約束は必ず守りたい、その為なら何でもするとも言った。だがその為に自分の野球に対する想いを無碍にする事だけは絶対に嫌だった。

 

「はぁ……、結局、振り出しからか……」

 

 帰宅する途中、0からのスタートが確定した事に落胆しながら街を彷徨い始める隼。

 家に帰っても誰も居ない。いつもならば隼は家の近くにある山で練習をするのが日課だが、今日は自然と家とは逆方向に向かっていた。

 いつまでも同じ事をしていては前に進めない、無意識に彼の本能が行く先を変えたのである。

 

 

 

 長いこと歩き続けて一時間程経過した頃。

 気づけば時刻は午後5時となり、丁度どこかからチャイムが鳴り響いた所で隼はふと我に返る。

 

「あれ? ここは……、川?」

 

 目の前に広がっている広大な河川、そこは都留川と呼ばれる東京の山から溝浜市の河口まで流れている比較的大きな川だ。

 どうやら、歩き続けてしまいいつの間にか隣町にまで来てしまっていた模様。

 この河川は広いスペースがあり、練習には持って来いの場所。しかし何も考えずに歩き続けたせいでかなり汗もかいており、疲弊している。

 制服姿の隼はただ無駄に歩き続けた事を後悔した。

 

「しまった、制服だし川なんかに来ても何も出来ないのに……。いよいよ頭までおかしくなってきたか……」

 

 隼が頭を抱えながら独り言を呟いていると、河川の方から何かが弾けたような金属音が周囲に鳴り響く。

 

「!!」

 

 その快音を耳にした隼はその方角に振り向く。何かがこちらに向かってくる――。

 隼の視界が捉えた黒い影、そして少し遅れて男の怒号のような声が隼の方へと向けられた。

 

「お嬢さん危ないでやんす、避けるでやんすー!」

「くっ、白球(ライナー)か……」

 

 隼は一瞬で理解する。どうやら、先ほどの男により金属バットで弾かれた白球が、隼の居る河川敷沿いの道路へと向かってきているらしい。

 しかし、白球の軌道は僅かに頭上を掠めていく位置にあり、その位置から動かなければ避けるのは簡単。

 隼はその軌道から外れる為身を引こうとする。だが、その途中に隼は気づいてしまう。

 

(そうか……、このままだと車道や民家の方に飛ぶか……)

 

 良く見ると隼の背後には車道が広がっており、運よく車に当たらず車道を抜けてもその先には民家が広がっている。

 ここはなんとしても、食い止めなくては成らない。

 ここで止めなければ確実に被害は大きくなってしまう。

 そう思い、隼は直線で進んでくる白球の軌道の真下に構え集中する。

 そして大きく息をつき、向かって来る白球に標準を合わせた。

 

「よけ……って、もうだめでやんすううううう!」

 

 隼が軌道上から離れなかった事で、絶叫を上げながら絶望する男。

 この男はもし、隼が避けてしまった後の事など考えてはいなかった。

 男が目を逸らそうとする間もなく、白球と隼の距離は縮まってゆく。

 そして、白球と隼が交差しようとしたその時――!

 

「ハアアァーッ!」

 

 隼は跳躍した。彼はその場で空へと舞い上がると、空中で華麗な月面宙返り(ムーンサルト)を披露したのであった。

 男は呆然としていた。あまりにも綺麗な舞にあっけに取られ、先ほどまで何に脅威を感じていたのかもわすれてしまう程に。

 美しく着地する隼。それと同時に我に返った男が白球の行方を追う。

 

「な、なにが起こったでやんす!?」

 

 するとどうだろうか。男が見たのは隼が着地と同時に地面に叩き落され、その場で大きくバウンドした白球が確認できた。

 なんと、隼は華麗な回転と共に白球を蹴り落としていた。

 そのまま掴めば負傷は免れなかったであろう白球を、運動靴を履いていた足で蹴り落としたのだ。

 頭上を越えていく白球を蹴り落とすことができる跳躍力、そして隼の運動神経を目の当たりにし、男は震え上がる。

 

 

 

「これは君のボールだね?」

 

 白球を拾い上げた隼は、呆然と立ち尽くしていた『やんす』が口癖の男に声を掛ける。

 

「今回は誰も怪我しなくてよかった。次からは気をつけるんだよ」

 

 優しい口調で語りかけたつもりの隼であったが、先ほどの凄まじい神業を見た後の男にとっては恐ろしく感じてしまった。

 未だに何が起こったのかも分からず、目の前で起こったことが信じられない男。

 呆気にとられてる中、何処かへ去ろうとする隼の後ろ姿を目の当たりにし、男は隼に再び声を掛けてきた。

 

「ま、待つでやんす!

 オイラ矢部明雄って言うでやんす、君の名前も聞かせてほしいでやんす!」

 

 その、矢部という人物に対し隼は軽く挨拶を交わす。

 

「僕の名前は片倉隼、ちなみに女の子じゃなくて男だからね」

「ええっ! そうなんでやんすか!?」

 

 再び驚きを隠せない様子の矢部という男に対し、隼は呆れながら再びその場を去ろうと振り返る。

 しかし、矢部という人物もまた再び隼を呼び止めようと声を掛けて行く。

 

「白球を地面に叩き落す技術、しかと見させてもらったでやんす……。

 して君は一体何者なんでやんす?」

(うーむ、何かしつこい奴が現れてしまったな……)

 

 なにやら変な奴に絡まれたと思ってしまう隼、少し嫌そうな表情を浮かべながらも矢部という男の問いに答える。

 

「ただの野球少年、と言えばいいかい? さっきのだと野球じゃなくてサッカーみたいだけどね」

「野球少年でやんすか、オイラと同じでやんすね!」

「そう……、みたいだね」

 

 隼は改めて矢部という男を見回す。

 身長は隼と同じ程度、丸縁メガネに太い眉毛という特徴のある顔、そして何よりユニフォーム姿。

 紛れも無くそれは野球少年の姿だった。隼がずっと憧れていた野球少年そのものであった。

 

(いいなぁ、うらやましいなぁ……)

 

 思わず、そう思ってしまう隼であったがすぐにその考えを捨てる。目の前にいる男に羨望の眼差しを送る事が悔しかったからだ。

 隼はその表情を隠すために今度は自ら矢部に質問をぶつけてみる。

 

「そっちこそ、こんな河川敷でわざわざ練習する必要なんてあるのかい?

 学校の者なら学校で練習すればいいじゃないか」

 

 すると、矢部という男はその言葉に我に返ったかのように瞳をぱっちりと開かせると、叫ぶかのような声で突然語りだす。

 

「そうでやんす! オイラはこれから“あの溝浜疾風高校”の野球入学セレクションの為に走りこみの練習をしないといけないでやんす!

 ……というより、なんでオイラはバットなんて持ってたでやんすか!?」

「そんな事僕に聞かれても……」

 

 何が何だかさっぱり分からず振り回される隼。なんとなく矢部という男がいろんな意味でヤバイという事は理解する。

 しかし今矢部という男が放ったさりげない一言に、隼は気になる言葉があったのを思い出した。

 

「君は……、野球入試セレクションを受けるのかい?」

 

 隼が担任から聞いた話だと、野球入試セレクションでの入学では金銭の免除は難しいとの事だ。

 金と野球の実力両方ある者だけがセレクションを受けられる。片倉隼は当然持たざるものの方であり、この矢部という男は持っている者なのだろう。

 しかし、矢部の話は隼が想像していたものとはまるっきり違っていた。

 

「フフフ、そうなんでやんすよ!

 オイラ足の速さには自身あるでやんす、なので溝浜疾風高校セレクション名物“一番打者入学”を果たす為がんばってるでやんす!」

「溝浜疾風高校……、一番打者入学……?」

 

 聞きなれない単語が続き、困った表情をしながら矢部を見る隼。

 一方、当たり前の事だと思っていた矢部の方はというと。今度はドヤ顔を浮かべながら隼に対し説明を開始し始めた。

 

溝浜疾風高校(みぞはまはやてこうこう)は毎年推薦2人とセレクション入学を10人ずつ取り続けてる少数鋭型の強豪校でやんす。

 選手の選考基準はいたってシンプル、そこそこ地肩のあり、最重要なのはとにかく足が速い事だけの一点だけの高校でやんす」

「そ、そんな所があるんだ……」

「そしてセレクションで毎年選ばれる10人の中で、一番の成績を収めたものの事を“一番打者”っていうでやんす」

 

 矢部という男に知らない世界の話を次々と聞かされ、純粋に驚いている様子を見せる隼。

 彼自身が陸上競技に特化した肉体を持っているだけに、興味をそそられていた。

 しかし、この後矢部が放った一言で。隼の持っていた曖昧な興味を的確な物へと変えた。

 

 

 

「そして“一番打者”の称号を獲得した者はなんと“特待生として学費生活費免除してくれる”でやんす!」

 

 話を聞き、あまりにタイミングの良い話題に思わず固まってしまう隼。

 塞ぎかかっていた栄光への道に、思わぬ突破口が開けた瞬間だった――。


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