実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

22 / 26
第二章 第10話「開戦」(挿絵あり)

 夢花たちの宣戦布告から三日目を迎えたこの日の朝。

 男子野球部のグラウンドには男子と女子、双方の野球部のメンバーが出揃っていた。

 遂にこの日、溝浜疾風高校内において男子野球部と女子野球部、どちらが優れて居るのかというのが決まる事となる。

 双方の代表者が、試合のスタンディングメンバーと控えメンバーを交互に提示し確認し合う為に審判団の下へと集まる。 

 女子野球部側は挑戦状を叩き付けた張本人である夢花と隼が、男子野球部側は現在野球部を支配している袰延が、それぞれ集まりスタメンを提出して行く。

 その際、夢花は審判団の事を睨みつけながら袰延に対し、本当に公平な判断をしてくれるのかの確認を行う。

 

「男子野球部で雇ったんでしょ? 買収なんてしてないよね?」

 

 袰延からの事前情報によると、今回は監督が行方不明であり、審判については事が事であり学校側に協力を求める事も出来ない為に外部から雇う形となったそうな。

 しかしそれで明らかに女子野球部側に不利な審判をされたりはしないかと、念には念を入れて確認をとる。

 すると袰延は小さく息をつきながら、首を横に振る。

 

「心配しなくても平気だぜ? 何故ならば、実力でテメェら女子野球部を捻じ伏せなくては面目が立たねぇからよ」

「ほほーう、それはいい心構えだねっ! それでこそ私達、女子野球部因縁の相手として相応しいよっ!」

 

 あくまでも姑息な手は使わず、実力で勝負を挑もうとする袰延に対し夢花は感心する。

 勿論普通に戦うのが当たり前なのだが、袰延の見た目からすれば平気で審判を買収していたりしてもおかしくはないだけに隼もホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、上から目線である夢花に少しだけイラつきを見せたのだろうか。

 袰延は興味無さ気にそっぽを向きつつも、目を輝かせながら試合に臨もうとする夢花に対しこう吐き捨てる。

 

「下らねぇな……。悪いが、俺には女子野球部が男子の下につくだとか、上につくだとか。そんな事はどうでもいい」

「むっ……!」

「俺達が勝てばそこにいる片倉隼、そして他の邪魔な鼠共が居なくなる。それだけの事。因縁だとかそんなのは勝手に女共でやっておけ」

 

 袰延の暴言に対し、下唇を噛み締めながらグッと堪える夢花。

 たしかに女子からすれば男子野球部は因縁の相手であり、戦う理由はきちんとあった。

 しかし男子はどうだろうか。

 袰延がこの勝負を受けなければ、男子野球部に女子と戦う理由なんてあっただろうか。

 今を生きる男子野球部には、数年前の野球部の因縁など知った事ではない。

 一言で言えば袰延の言う通り『くだらない事』だ。

 そしてこの双方の温度差があったからこそ、これまで一度も争いに発展しなかったのだろう。

 袰延は何も言えずにいる夢花の事など見向きもせず、隼の事を静かに睨みつける。

 彼も理解して居るのだ、隼との決着無しに野球部の支配は無いという事に――。

 

「二度目とは言え、俺の蹴りを躱したのはテメェが始めてだ……」

 

 袰延はこれまで、喧嘩でも野球でも自分より実力の高い相手と戦った事は無かった。

 金銭の掛かった闇野球の世界では常勝無敗、喧嘩でも自慢の脚力からなる蹴りで如何なる相手でも跳ね除けて来た実力者。

 そんな男がたった一度とは言え、隙を見せてしまったのだ。

 もしあの時、止められていなかったら負けてしまっていたかもしれない、そう思ってしまった。

 袰延は許せなかった。目の前にいる小さい体躯の隼よりも、自分の方が小さく小さく見られているようで鬱陶しかったのだ。

 

「俺は舐められんのが一番大っ嫌いなんだ、誰よりも偉く、誰よりも頼られ、そして誰よりも強く――。そのためには、テメェを完膚なきまでに叩き潰さなきゃならねぇ」

 

 高々とそう宣言する袰延。

 しかしこの数日で冷静に相手の気持ちを考える事を覚えた隼。

 相手の挑発には乗らず、逆に袰延に対し揺さぶりをかけようとする。

 

「監督から聞いたよ、裏の世界の野球で無双していたそうだね……。でも、そんな実力があったのに何で中学野球の世界で名を挙げようと思わなかったのかい?」

「ハッ……、それはテメェも同じだろう。……寧ろ、野球をやってこなかったテメェの方がよっぽど不気味だぜ」

 

 隼の揺さぶりを突っぱねる袰延。

 あくまでも裏野球に身を投じていた理由を、そして中学野球に参加しなかった理由を語るつもりはないらしい。

 しかしそれでも、隼は袰延に対し問い詰めようとする。

 

「君の野球に対する情熱は本物の筈だ。僕が野口君と対立した時も助けてくれたし、君が野球部を支配しているのも勝つ為だって君は言っている。そんな信念を持っているのに何故わざわざ裏の世界に?」

「――くどい!」

 

 隼の問いを振り払うかのように、袰延は再び鋭い蹴りを繰り出す。

 しかし今度は当てるつもりは無いらしく、その蹴りはただ空を切り裂くのみとなる。

 そして真剣な面持ちで見つめてくる隼の瞳をキッと睨みながら、袰延は怒鳴りつける様に言い放つ。

 

「情熱だ、信念だぁ!? んな御託を並べても試合に出れなけりゃただの落ちこぼれの言い訳じゃねぇか!」

「……試合に?」

 

 ふと隼に訊き返され、思わず苦虫を食い潰したような表情を浮かべる袰延。

 何かを察したような表情を浮かべた隼に対し、袰延はすぐさまその場を離れながら最後に告げる。

 

「な、何でもねぇ。兎に角、理由が知りたきゃまずは勝ってからにしろ!」

「……」

 

 その場を立ち去り、チームの下へと合流していく袰延の背中をずっと見つめていた隼。

 隼はこの時、袰延もまた特別な事情があるのだと察していた。

 詳しくは分からないが、こうしなくてはならなかった彼なりの理由があったのだという事に。

 

「ねぇ、隼君……」

「……ん、なんですか、野咲先輩?」

 

 暫く隼が去りゆく袰延の事をじっと見つめていると、何やら心配そうに隼の様子を窺っている夢花が声を掛けてきた。

 夢花も袰延の言葉を聞いて、何か気付いたのだろうかと隼は夢花の話に耳を傾ける。

 しかし、夢花にとって今は袰延の事などどうでもよくなっていた。

 

「隼君は……、ぶっちゃけ男子野球部と女子野球部の抗争なんて、どうでもいいって思ってる?」

「へ?」

 

 夢花の予想外の質問に、一瞬戸惑う隼。

 どうやら、袰延に抗争自体興味が無いと一蹴された事に夢花は相当ショックを受けていたようだ。

 問いかけに困ったような反応を見せた隼に対し、夢花は対して興味を持っていないと思っているのか、心配そうな表情のまま訴える。

 

「もしかして、隼君も男子と女子の争いに興味なんてないの……? 張り切ってるのは私達、……だけなの?」

「……い、いえ! ていうか今僕は女子野球部ですし!? 一緒に頑張りましょうよ、野咲先輩っ!」

 

 予想以上に落ち込んでいた夢花を、必死に励まそうと話に乗ってあげる隼。

 こんな先行き不安な状態の中、ついに試合は始まろうとしていたのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

「今回出場するメンバーはこの様な形となった……、まずは男子からだ」

 

 試合前、控えメンバーである野口が味方の前で相手メンバー表を確認しながら、出場メンバーの解説をし始めた。

 一番レフト、岡島。現状の三年生でチームの中で一番足が速い、当時の一番打者入学を果たした選手。出塁率も群を抜いているらしい。

 二番サード、山口。同じく三年生で特待生。俊足強肩であり、バントに対しての対応も良い守備の人だがエラーもかなり多いそうな。

 三番ピッチャー、袰延。打者としての実力は未知数だが、クリーンナップに置くという事はそれなりに自信があるのだろうと、野口は解説する。

 四番ショート、川嶋。走攻守揃った溝浜疾風では珍しい高い打撃技術を持つ"打てる"選手。三年の特待生で元キャプテンだったそうな。

 五番ファースト、鈴木。長打力と小技を併せ持つ二年の特待生。ゴロやバント対応が非常に上手く、守備面でも多くチームに貢献しているらしい。

 六番センター、伊藤。同じく二年の特待生。バットに当てる技術は高く、次期一番打者候補と噂される選手。選球眼に難があると野口は言う。

 七番ライト、田村。俊足強肩で三振は多いが思い切りのいい打撃が特徴らしい三年生。送球が定まらないのが弱点らしい。

 八番セカンド、飯島。守備に定評のある二年生の一番打者入学者。打撃成績が壊滅らしく、今はフォームを崩しているのだろうと噂されている。

 九番キャッチャー、西尾。俊足の捕手だがリードはいまいち。恐らく袰延が配球を考えるだろうと野口は考えているそうな。

 一通りスタンディングメンバーを解説した野口、それらを踏まえながら相手チームの総評をする。

 

「守備と走塁に定評があるチームだが、積極的過ぎる守備はたまに崩壊する事もある。コンスタントに打っていければ点を取るのは難しくはないだろう……、だが」

 

 詳細に男子野球部の良い所悪い所を解説する野口。

 あまりに早口であり饒舌なその解説に対し、ついていけてない女子野球部員達も大勢いて頭を抱える。

 しかしそんな事は知ってか知らずか、野口は最大の敵である袰延拓哉の情報を事細やかにまとめて行く。

 

「注意すべくは投手の袰延だ。制球自慢の左サイド、俊足で左打者が多い俺達にとって奴の投球は脅威としか言いようがない――」

 

 その後も野口は袰延に対する事細かな能力や注意すべき点などを次々と述べて行く。

 要約すると、こういう事である。

 袰延拓哉。左投左打、サイドスローで多彩な変化球を繰り出す小技の上手い投手。

 最高球速は一二〇キロ後半であり、スライダー、カーブ、チェンジアップ、そして切れ味の鋭いシュートを軸にコースの出し入れで相手を打ち取る制球派投手だそうだ。

 野口も危惧しているが、左のサイドハンドは左打者からすると球の出どころが見えにくいため右投手に対して反応が遅れる等不利な点が多く、それだけでも厄介である。

 球速こそそこまで早くは無いものの、最大の特徴は多彩な変化球をコースの四隅に投げ分ける制球力。そして高校生離れした体力の多さなのだと、野口は語った。

 

「まあ、そういう事だ。善処してくれ」

「……一言いいかな?」

 

 以上の説明を受け、隼はハッキリと野口に告げる。

 

「分かりづらい! 何もかも分かりづらいよ!」

「む?」

 

 詳しく説明をしてくれているのは分かるのだが、要約したのにも関わらず話が非常に長く、情報が多すぎて何が伝えたいのかが良く分からなかった隼は野口に対し苦言を呈した。

 

「第一さ、善処してくれって何なの!? 一番知りたい所を教えてくれなきゃ、そんなデータ意味ないじゃないか!」

「ふむ……、そこまで言えば分かると思ったのだが……」

 

 隼だけではなく、他の女子部員も野口の言いたい事を理解できずに居ると、野口は面倒くさそうな表情を浮かべながら解説する。

 

「要は制球が良いからストライク先行に投げてくる上に、持久戦に追い込むのも効果薄いから追い込まれる前にバットを振る事を推奨する、という事だ。分かるだろう?」

「いやいやいや、分からないよ!?」

 

 意思疎通が既に上手くいっていないチームの現状を見て、遠目からそれを見ていた矢部と涼子、二人のメガネが息をついて肩を竦めた。

 

「ホントに大丈夫なのか心配になってきたでやんす……」

「だねー……」

 

 

 

 

 一方、そんな状態にも拘わらず。野口は今度は女子野球部チームの情報を誰に頼まれた訳でもなく解説し出す。

 

「基本的には男子野球部と変わらない、俊足揃いと言った所だが……」

 

 野口は先程と同じように、今度は味方選手の確認を軽く行う。

 一番センター、片倉。身体能力はお墨付きの一年特別入学生。見た目は女の子よりも可愛いが驚異的な脚力を買われての一番打者だ。

 二番ライト、矢部。一年生の一番打者入学生。見た目でも俊足でも片倉隼には到底敵わないものの分身残る俊足に期待と言う。

 三番ファースト、町田。ミート力、長打力、機動力全てを備えた女子野球部一の二年生バッター。明るい笑顔が素敵であり、勝負強さは誰にも負けない。

 四番レフト、川村。女子野球部随一の俊足長距離砲。三年生だが女子野球で通算十ホーマー。華奢な体躯からの長打力が魅力。

 五番サード、坂本。守備も良し、走塁良し、スタイル良し。長打は無いが選球眼はある。状況に応じた打撃も出来る頼りになる三年生選手だ。

 六番セカンド、茅野。一年生だがセンスは抜群。ボーイッシュな性格、顔、胸。男子顔負けの守備と走塁で場をかき乱す女子野球部期待の存在である。

 七番ショート、西山。打撃でも守備でも反応速度が魅力の三年生内野手。長打にも色気ある表情にも期待大。

 八番キャッチャー、長瀬。野咲との黄金バッテリーを組み、メガネがセクシーなチームを引っ張る司令塔。勝負強さもあるのが特徴だ。

 九番ピッチャー、野咲。期待の二年生エース。男子にも負けない剛速球で圧倒するご存じ女子野球部のリーダーである。背は低いが胸は大きい。

 先程と同じように、一通りスタンディングメンバーを解説する野口。今度は自チームである女子野球部の総評を行う。

 

「身体能力では男子には勝てないが、経験や経歴では男子に圧倒しているだろう、いい勝負は出来る……、筈だ」

「……あのねぇ、一言いい!?」

 

 またしてもこの流れにもっていく隼。

 今度は別に突っ込まれる部分は無いとでも思っていたのか、それとも隼が予想以上に強い口調で返して来たのに驚いているのか、目を見開いて驚く野口。

 そんな野口に対し、隼と他の女子野球部員は次々に罵声の様に野口の総評を批判しだす。

 

「可愛いとか言う必要ある!? なんで全員野球に関係ない事まで書いてあるの!?」

「胸までボーイッシュとか言うなー!」

「色気ある表情に期待なんかされても困るわよ!」

 

 予想外のブーイングの嵐に、野口は予想外だったのか思いっきり首を振りながら女子部員から逃げていく。

 

「個性や特徴をきちんと纏めただけだぞ!? 何が行かんのだ!?」

 

 慌てふためく野口と、触れてほしくない所に触れられ怒る女子野球部員達。

 試合開始前から既に波乱の展開が予想される女子野球部。

 野口の存在は、果たしてチームの輪を乱す事となるのか。はたまた一丸で嫌う事によって、かえってチームに団結をもたらす事となるのか。

 

「ホントのホントに心配になってきたでやんす……」

「だねー……」

 

 いよいよ試合は始まるのだが、やはり遠目からそれを見ていた二人のメガネは息をついて肩を竦めていた。

 

 

 

 

「先攻は女子野球部側から、それでは試合を始めます!」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 そんなこんなで、試合は始まりを告げたのであった――。

 

 

【挿絵表示】

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。