実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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自分にしては怒涛の更新ペースでございますがちょっと1章の挿絵とか増やしたいのでちょっとまた真が開くかも知れないございます(

次から試合なのにごめんなさいございます(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)
なるべく早く描くございます・・・!

※第二章4話「団結」の挿絵更新 (2016/5/14)


第二章 第9話「勇者の雷」(挿絵あり)

「その戦い、俺たちにも協力させてくれないか」

「野口君!? ……無事だったんだね!」

 

 突如女子野球部の練習グラウンドにへと姿を現したのはもう一人の特待生、野口一義。

 一週間前、隼と共に男子野球部を止めるべく、袰延の前に立ちふさがった男であり、野球部でも一、二を争う実力者と言われている選手だった。

 そしてその後ろから、野口の巨体に隠れる様にもう一人の仲間が姿を現す。

 

「オイラもいるでやんす!」

「矢部君! 君も無事だったんだね!」

 

 現れたのは特徴的な語尾が特徴。溝浜疾風のセレクションでは"一番打者入学"を果たした実力者、ビン底メガネの矢部明雄。

 彼もまた無事だったようで、自分の事を指さしながら喜々とした表情で語る。

 

「オイラは絆創膏さえ貼ればどんなにボコボコにされても大抵はすぐに治るでやんす!」

「それは本当に大丈夫と言えるのかな……?」

 

 思わぬ鉄人っぷりをアピールしてくる矢部を前に、どう反応すればいいかに困っている隼。

 すると、突如現れた男子野球部員二人に明るく元気な声が投げかけられる。

 

「君達は隼君のお友達かな? 私は溝浜疾風女子野球部期待の二年生エース、野咲夢花だよっ」

「オイラは矢部明雄と言うでやんす、片倉クンとは親友なのでやんす!」

「ちょっとちょっと。何でいつの間にか親友になってるのさ」

 

 実質、まだ出会ってからそんなにも経過していないにも関わらずに親友を気取る矢部に対しツッコミをいれる隼。

 しかし矢部にとってはそんな事はどうでもよかった。

 自分たちがむさ苦しい野球部の男どもを相手し続けてきたのに対し、一方の隼が女の子に囲まれて部活を行っている知った矢部。

 そんな隼に対し恨み節を炸裂させる。

 

「それにしても片倉クンだけずるいでやんす! オイラ達がとっても苛酷な環境の中、片倉クンだけこんなかわいい子たちと一緒に野球しようなんて……!」

「ご、誤解だよ矢部君……」

 

 矢部たち男子野球部員は、隼が女子寮で生活している事など知る由もない。

 隼が女子寮である颯春寮に暮らしている事は、女子野球部内の秘密として処理されていたのであった。

 もしも矢部がその事を知った際は、嫉妬で何をしでかすか分からなくなるだろう。

 焦る隼が矢部に対しこれ以上その話題に触れさせないように距離を置いていると、タイミングよく野口が話題を切り出してくれる。

 

「矢部、今はそんな事を気にしている場合ではない。まずは状況を片倉に説明すべきだ」

 

 野口が言う様に、隼はこの一週間の間に溝浜疾風に何があったのかを知らされていなかった。

 監督は一体何処に消えたのか、倒されてしまったジョザの行方はどうなったのか。そして野口達はその間どうしていたのか。

 その全てを知る当事者である野口は、一週間もの間入院していた隼に分かりやすく事実を伝え始める。

 

「お前が入院してから、俺と矢部は監督にこの問題を解決しろと言われてな。何とかして袰延の弱みを探ろうと模索していたが……、ジョザがやられてしまった」

「あっ、そうだ……。監督とジョザさんは大丈夫なの?」

 

 監督自らが問題を解決しようとしない姿勢を見せているのは置いておくとして、まだ見ぬ二人の行方を聞き出そうとする隼。

 しかし野口は呆れたような顔を浮かべると。首を横に振りお手上げだと言わんばかりにこう吐き捨てる。

 

「監督は俺も知らん。"お前達がこの問題が解決するまで表舞台からは姿を消す"だそうだ」

「うわぁ……、責任逃れの最低の人間だ……」

 

 元はと言えば袰延を拾ってきた監督がきちんと清算をするべき案件なのだが、こうなってしまった以上監督が戻って来ることには期待できない。

 しかし今の口ぶりからするに、もしも袰延との問題を解決したならば、また何事も無かったように監督業を再開しようとは思っている様だ。

 その場にいた隼と夢花は目を光らせながら、もし八剣が帰って来た時は何か報いを与えてやろうと心の中でシンクロする。

 一方、隼が本当に心配していたジョザについても、野口は悔しそうな口ぶりを見せつつ現状を伝えた。

 

「……ジョザは酷く殴られたそうだが命に別状はない」

「そうなの? ……よかった」

「だが、ここまでやられたからには俺もこのまま黙って見ているわけにもいかない」

 

 ジョザが無事であるという事を聞き、隼は安堵の表情を浮かべるも仲間を傷つけられた野口は心中穏やかでは無かった。

 隼の様にその場で激昂する事は無いものの、その口調はとても殺気がこもっていて、袰延に対する怒りがひしひしと伝わってくる。

 

「ジョザと俺は一蓮托生だ、昔からあいつは俺の為に死力を尽くしてデータを集めてくれていた。……俺はあいつに報いる為に、袰延を倒さなくてはならない」

 

 野口は戦う理由を隼達に説明すると、夢花に対しデカい図体とデカい頭を下げて頼み込む。

 

「頼む、女子野球部のリーダーよ。この俺もその戦いとやらに参加させてくれ……!」

「オ、オイラもよろしくお願いするでやんす! ……ムフフ」

 

 闘う理由があり真剣に懇願する野口に対し、鼻の下を伸ばしながら頼み込んでいる矢部。彼の本心を察した隼は白い目で矢部の事を見つめる。

 それでも、二人とも実力は本物だ。

 "特待生"と"一番打者"、この二人が加わるとなればチームの力は更に上昇するだろう。

 後は夢花が了承すればいいだけの話なのだが。ここで夢花は何かを察したのか、野口に対し質問をし出す。

 

「ねぇ、そこの大きな人? もしかして、君はピッチャーかキャッチャーなんじゃないかな?」

「む、俺は捕手だが……、何故今それを聞くのだ?」

(あっ、夢花先輩……、もしかして……)

 

 突如、夢花が野口に捕手ではないかと聞いた事に対し隼は嫌な予感を感じていた。

 体格の良い野口を一目見れば、それは剛腕投手か鉄壁の捕手かのどちらかとしか思えないような体系をしているのは確かだ。

 しかしこの状況でわざわざそれを確認したのは、夢花個人のプライドを優先させようとしているからに他無かった。

 

「もう試合に出るバッテリーは決まってるから、私とりょーちゃん。それだけは譲れないよっ!」

(やっぱりか……)

 

 夢花の思った通りの反応に、隼は頭を抱え込む。

 どうやら夢花はこの男女決戦において、自身が投げて相方の涼子がそれを捕るという姿勢だけは絶対に崩さないでいるつもりらしいのだ。

 夢花にとってすれば幼馴染でありずっと夢花の球を捕り続けて来た涼子が居てこそ実力が発揮できると思っている為、そこだけはどうしても譲るつもりは無かった。

 けれど頼み込んでいるのは"超新人世代"を知る八剣すら認めた特待生の野口一義である。

 彼の実力を存分に発揮できるのは間違いなくキャッチャーであり、夢花がそこに入る事を否定しては折角の加入も意味の無いものになってしまうだろうと、隼は考えた。

 しかし意地を張る夢花の提示に対し、野口はあっさりと首を縦に振りその条件を呑む。

 

「いいだろう、俺を試合で使うかはリーダーが決める事だ」

(えっ……?)

「裏方でもなんでも構わん、俺の力は必ず袰延の攻略に役に立つぞ」

 

 意外にも、あっさりと夢花の条件提示に納得しそれを呑んだ野口の姿を見て、隼はあまりのあっけなさに戸惑ってしまう。

 その姿には最初出会った際、自分の実力を誇示し鼻に掛ける嫌味な頭脳派気取りの男の姿はまるっきし無かった。

 野口が本当にプライドが高いのであれば、夢花の我儘に対しても何かしら苦言を呈してもおかしくは無い筈だ。

 それでも何も言わずに頭を下げ、夢花にチームに入れて欲しいと頼み込んでいる野口。

 真意は分からなかった隼であるが、その時ふと夢花の言葉が頭の中によぎる。

 "みんなそれぞれ、野球への思い入れは違うの。……だからねっ、隼君も皆の気持ちを理解してあげるようにしてねっ"。

 

(私は最初、野口は名門を蹴ってここでお山の大将を気取りたいだけの気取った男だと思っていたが――。本当は、別の理由があったのかも知れない――)

 

 隼は野口の姿を見て、自分がムキになって野口の事を批判した事を思い出し深く猛省した。

 一方夢花は隼がそんな事を思っているとはつゆ知らず、頭を下げる野口の肩をポンと叩き、笑顔で応じる。

 

「それならいいよっ。じゃあこれからよろしくねっ、えっと……、プードル君とメガネ君」

「プ……プードル?」

「メガネ君……?」

 

 唐突に意味の分からない愛称で呼ばれ、困惑する野口と矢部。

 夢花は喜々とした表情で困惑する二人の表情を見つめると、人差し指をピンと立てながら解説口調であだ名の由来を語り出す。

 

「えっと、プードル君はほら、その髪型はなんか海外のプードルに似たもこもこ感があるからプードル君! そっちの子はメガネ大きいからメガネ君ねっ!」

 

 夢花の口から語られた解説を聞いても尚、きょとんとした表情で互いを見向きあう野口と矢部。

 しかし勢いに押され、その愛称を否定する事すらできなかった二人は複雑そうに自分につけられたあだ名を受け入れるしかなかった。

 

「そうか……、俺もどこかで見た事あるなと思った髪型だが、プードルだったのだな……」

「メガネ君……、ひ、ひねりなさすぎでやんす……」

「じゃあ、私は一度ブルペンでりょーちゃんに受けてもらうから。何か聞きたい事があったら言ってねっ!」

 

 チームへの加入直後に落ちこむ二人の心情を知ってか知らぬか。

 隼を含めた男子組三人に別れを告げ、女子野球部グラウンドにのみ設営されている屋内ブルペンの方へと向かって行く夢花。

 いくら四月とは言え、紫外線は確実に乙女の肌を蝕んでいくので練習時も油断はしてはならないのだ。

 

「僕達も、練習しようか。プードル君、メガネ君」

「うむ……」

「せ、せめて片倉クンには名前で呼んでもらいたいでやんす……」

 

 残された三人は少ししんみりとした気持ちになりつつ、女子野球部専用グラウンドでの練習を開始し始めた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、野口君……」

「どうした、片倉隼。無駄口を叩いている暇など無いぞ」

 

 体力の無い隼のペースに付き合いながら、ランニングを共に行っていた野口。

 隼はそんな彼に対し、先程抱きはじめた疑問をぶつけてみる。

 

「野口君はどうして、溝浜疾風高校を選んだんだい?」

「ふん、お前は俺がこの学校で他人を見下していたいからここに来たんじゃないかと決めつけていたではないか」

「うう……、わ、悪かったよ……、決めつけてごめん……」

 

 どうやら、野口は未だに隼の言葉を恨んでいるのか。ツンとした態度で突っぱねようとする。

 しかし隼が申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、野口は悩みながらも重い口を開き始めて行く。

 

「貴様は、俺が"投手四天王"の一人。福岡治巳とバッテリーを組んでいた事。知っているか?」

「あ、うん……。たしか矢部君が言ってたよね?」

「そうだ、俺と福岡のバッテリーは中学時代に硬式野球で敵無しの存在だった。軟式の猪狩兄弟、硬式の野口・福岡バッテリーと恐れられた程にな」

 

 隼は野口がまたしても自慢話をしているのかと思っていたのだが、居心地の悪そうな野口の表情に気づき、態度を改める。

 

「敵無し……、だったんだね」

「当然、俺達バッテリーはここよりももっと野球の名門である高校に誘われたさ。溝浜高校や帝王、西強……。バッテリーとして、いろんな所にな……」

 

 野口が妙に強調するバッテリーという言葉に違和感を感じた隼であるが、何故強調したのかはすぐに答えが出て来た。

 

「だがその中に俺の実力を求めている高校は一つも無かった」

「……え?」

「奴らにとって、俺は福岡とセットという認識しかなかったのだ。福岡が投手四天王の一人に数えられているのに対し、俺は、俺とジョザの集めたデータはスカウト共にはそこまで評価されていなかった」

 

 そう語った野口はニヒルに気取った笑いを見せながら、自分の中で出した結論を隼にぶつける。

 

「奴らは所詮、俺を誘う事によって、"投手四天王"である福岡治巳の気を惹こうとしたまでだ……、俺は、俺の力は本当は誰一人、求めていなかったのだ」

 

 それを聞いた隼は、野口が何故もっと上の野球に行かなかったのかをようやく悟った。

 話を聞いていただけでも分かるのだが、野口は自尊心の塊で出来てるような男だ。

 隼の心無い一言にも突っぱねるし、袰延に対しても決して屈しない、見た目通りの芯が強い男である。

 しかしそれ以上に忠義もある。

 ジョザの仇の為に夢花に懇願した際も、自身が出場出来ないと知りつつも頭を下げて協力を依頼するほど義を重んじる一面もあった。

 

「そ、それじゃあ。この学校に来たのは……?」

 

 そんな男が何故、溝浜疾風に来たのだろうか。

 答えはやはり、あの男が握っていたのであった。

 

「……八剣監督だ、あの人だけが俺の実力を評価してくれた」

「野口君も……、八剣監督に?」

「ああ、"お前は足速いから俺のチームに相応しい"ってな。最初は頭がおかしい奴が来たと思ったものだが……。妙に嬉しかったんだ」

 

 ふと思い出し笑いの様に、厳つい野口の表情が綻んでゆくのを見つめていた隼。

 思えば自身が入部できた理由も、夢花から語られた彼女の性格への影響も、袰延が入学を決めた理由も、もとはと言えば八剣が全て絡んでいた。

 その全てに関わって来た八剣の名前がまた出てきた事に驚く隼。

 野口はそんな八剣の事を、恩師の様にこう語る。

 

「八剣監督は、ただ一人。この俺の実力を素直に認めてくれた――。下らん話かも知れないが、福岡では無く、俺一人に声を掛けてくれた八剣監督の下で、俺は優勝を目指そうと心に決めた」

「野口君……」

「ふっ、それが今やとんだピエロだな。笑いたければ好きにするがいいさ……」

 

 責任感こそ無い八剣だが、こうして様々な人の運命を左右しているのだから、やはり名門チームの威厳はあるのだなと再確認させられる。

 今や逃げの姿勢を貫いている八剣だが、そんな彼の言う事をきちんと聞こうとしている野口の義心に隼は感服せざるを得なかった。

 隼はランニング中の足を止め、改めて野口に対し深く頭を下げる。

 

「本当にゴメン……、僕は君の事を誤解していた……」

「ふっ、その件はあの時に互いに謝ったではないか。……この話は終わりだ、今は袰延を倒す事だけを考えよう」

 

 野口の真意を直接聞いた事で、少しだけ野口と心打ち解けていくのを感じて行く隼。

 夢花の助言が無ければこんな暖かい気持ちには気づけなかったし、その夢花も八剣の助言が無ければそれに気づかなかったという。

 隼はこの時初めて、繋がりの大切さと言うものを、そして友情というものを学んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、片倉よ」

「ど、どうしたの、野口君」

 

 ランニングを終え、汗水流しながら息切れをしている隼に対し全く動じていない野口が声を掛ける。

 野口はランニングを終えてすぐ、キャッチャー用の防具に身を固めていた。

 流石は中学硬式野球の優勝チーム出身捕手だと言わんばかりに、防具を綺麗に着こなしているその姿は、まるでこれから誰かの球を受けるのかと言わんばかりの風格が漂っている。

 真剣な面持ちで隼の事を見つめる野口。彼は隼に対し白球を手渡すと、真剣な表情を崩さずに話を切り出す。

 

「お前、投手をやるつもりはないか?」 

「え、僕が……?」

 

 あまりに唐突な提案を突きつけられ、動揺する隼。

 隼も最初は投手をやりたかったのだが、八剣にも指摘されていた体力面の問題は何の解決もしておらず、すぐに投げろと言われても難しいだろうと思っていた。

 勿論、それは野口も知っている。

 しかし知っていても尚、野口は考えを改める気は無かった。

 

「お前の体力では何回も投げさせるわけには行かんが、お前の身体能力を考慮すればリリーフとしてなら十二分に実力を発揮できるだろう?」

「つまり、外野手とリリーフ投手を兼任するって事?」

「まあ、そう言う事だ……。だから聞くのだが、投げた事はあるか?」

 

 予想以上に自分の事を買ってくれている野口に対し、嬉しい気持ちはありながらも、隼は素直に質問に答える。

 

「前に言ったと思うけど、僕は一人だったから試合に一度も出た事は無いよ。けど投球練習はずっと行ってきた」

「そうか、ならば投げて見ろ――。俺がお前の実力とやらを見極めてやろう」

 

 それを聞いた野口が隼にマウンドへと向かうよう指し示すも、それには一つ問題がある事が気がかりになっていた隼は野口に対しこう告げる。

 

「で、でも。試合は野咲先輩が投げるから。僕が投球練習なんてする必要はないんじゃ?」

 

 隼が気がかりに感じていたのは、先程野口にも釘を刺していた夢花の事だった。

 もし仮に自分に投手としての才能があるにしても、夢花がリリーフとしての起用を許すだろうか。

 夢花は夢花で自尊心が非常に高い。挨拶の際は必ずエースである事を自負し、実際に対峙した時も投手としての風格をこれでもかと誇示し続けていた。

 そんな自らも尊敬してしまうほどの野咲夢花という投手を差し置いて、自分が果たして投げられるものなのだろうか、と隼は疑問をもっていたのである。

 野口はそんな隼に同調するかのように、淡々と現実を突きつけて行く。

 

「確かに、先発はあのリーダーが投げる事になるだろう。いくらお前に実力あっても、その体力ではマウンドは譲れん」

「だよね……」

 

 予想通りの返事に対し、少しだけ落ち込む隼であったが野口はこうも言った。

 

「……だが、あのリーダーは見た限りだとお前に信頼を寄せている様にも思えた」

「野咲先輩が……?」

「もしお前にマウンドを任せる実力があるのならば、あのリーダーもお前にマウンドを託してくれるのではないか?」

 

 先程までずっと話し合っていた夢花と隼の会話を聞いていたのか。二人の仲に信頼関係があるのではないかと指摘する野口。

 確かに、隼は夢花の事を先輩として尊敬している。しかし夢花は隼の事をどう思っているのかはイマイチ良く分かってはいなかった。

 最初に出会った頃、一度だけ危ない所を助けたことはあれど、それ以外では迷惑をかけていたり、気を遣わせてしまう所が多く、助けてもらったりといった事が多い。

 そんな自分の事を夢花は信頼しているのだろうかと、女々しくやきもきした気持ちを見せていた隼。

 野口はそんな隼の背中を後押しするように、肩に手を掛けると笑みを浮かべて語る。

 

「お前は素直で真っ直ぐな奴だ、お前にその気は無くても、不思議と人が集まって来る。……まるで、物語の主人公のように、勇者の様に……、な」

「えっ……?」

「ふん、恥ずかしい事を言ってしまったか。忘れてくれ……。だがお前なら大丈夫だ」

 

 数日前までいがみ合っていた仲なのにも関わらず、既に隼に対し肩入れまでしている自分を見てそう思った。

 そんな事は恥ずかしくて言いたくなかった野口は早々に話題を切り替えようと強引にミットを構えだす。

 白球を持たされ、ボーっとしていた隼であったが。もはやマウンドで投げる意外に他に道は無いだろう。

 野口は隼を急かすかのように、今度は隼に対し自身の為でもある事を説明して聞かせてみせた。

 

「それにお前が投手として登板するのならば、リーダーもバッテリーに拘る必要もなくなる。そこで俺も試合に出場できるという訳だ」

「成程……、つまり僕が投げれれば、野口君も実力を発揮できるって事だね?」

「そうだ、ハッキリ言えば俺はこの女子野球部の誰よりも遙か上の実力を素で行っているだろう。俺が出場すれば、勝つ可能性はさらに高くなるからな」

 

 そう豪語する野口に対し、隼は嬉しそうに笑みを浮かべようやくそれに応じる姿勢を見せる。

 マウンドに向かおうとする隼であったが、最後に隼は野口に対しこう問いかけた。

 

「……じゃあ、本当にいいの、投げて?」

「何だ、自信がないのか?」

 

 すると隼は、自身が良く知っている夢花のように意地悪な笑みを浮かべながら野口に向かって生意気にこう言って見せる。

 

「違うよ、君が本当に僕の球を捕れるのかって事」

「ふん……、ぬかしてくれる。安心しろ、捕れなければこの肉体で受け止めるまでよ!」

 

 勿論、捕球するつもりは満々だが野口はジョーク交じりに隼にそう言い返す。

 それを聞いた隼は安心してマウンドの方へと向かっていく。

 その背中に野口は、自分が素直に感じた気持ちを隼に対し投げかける。

 

「お前の脚力、そして速筋。データこそないが俺の知る限り、今までに見た事ないような底知れない可能性を感じた……。そんなお前が全力で球を投げたら、どうなるのか知りたくなった」

 

 それを聞き、静かに笑みを浮かべる隼。

 マウンドの上に立ち、構える野口にその笑みを見せつける様に振り向くと、隼は自信満々にこう言い放ってみせた。

 

「いくよ、野口君……。怪我しないでね!」

 

 野口が捕球姿勢を取っているのを確認した隼は、その身を捩りながら思いっきり振りかぶった。

 上手投げの捻転投法――。かつて魔球を生むと研究者から言われていたその投法は全身の関節と筋肉を使用する。

 捻るようにして投げ込む事で体の中で発生する力、内功を遺憾なく発揮し驚異的な力を生みだす投法だ。

 かつてトルネード投法という体全体を捻らせるダイナミックなフォームで活躍した投手が居たように、回転の力は投球に大きな影響を与えるだろう。

 しかし回転で得る力が大きければ大きいほど、それを制御する力も当然多く必要となるだろう。

 

(来るぞ……!)

 

 ダイナミックなフォームを前に、野口はミットを構えながらも隼がどんな荒れ球を見せてくるのかと覚悟を決めていた。

 もしかしたら予想以上の大暴投になるかもしれない。もしくはほんの少しぶれて体に当たるかもしれない。

 そんな恐怖を感じながらも、野口は絶対に受け止めよう覚悟して隼が投じる白球を待つ。

 しかし、流れるように美しいフォームから投じられた球は野口の予想とは反して、野口が構えるミットに寸分の狂い無く収まっていった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ドゴォ――!

 

 常日頃、手入れされている良質なミット音が練習場内全域に響き渡る。

 まるで爆発音だった、野口は捕球した左腕に雷が直撃したかのような錯覚を覚え慌ててミットを覗きこんだ。

 異様なまでの重さだった、こんな衝撃は野口も受けた事が無かった。

 左手が焼き焦げるような衝撃に見舞われ、野口はミットを覗きこむ。

 しかしそこに収まっていたのはいつも他の投手から受けている球と同じ、普通の硬球だった。

 

「ど、どうだ! 僕のストレートは!」

 

 生まれて初めて、自分の球を受けてもらった隼。

 自分の耳元まで聞こえて来たそのミット音に感動を覚えながら、野口に球の感想を尋ねようとする。

 しかしその表現を言葉にする事も出来ないでいた野口、口をポカンと開いたままただ一言だけ無意識中にこう呟いていた。

 

(いかづち)だ……」

「ど、どうしたの?」

 

 野口が中々反応を示してくれない事に、焦りを見せる隼。

 彼は気付いてはいなかった、自分がどれだけ凄い選手であると言う事に。

 そしてそれを平然とした表情でこなす隼の姿を見て、野口は笑うほかなかった。

 

「……ふっ、ふはは、……ハハハハッ!」

「えっ、ええ!? ど、どうしたの?」

 

 突然の野口の高笑いに驚きをみせる隼。

 野口は隼が心配しないように、気遣う気持ちをみせつつ強がって見せた。

 

「何でもない、気にするな……。あまりに貴様が間抜けな顔で訊き返してきたから、笑ってしまっただけだ……」

「ちょ、ちょっと!? 投げろって言われたから投げたのに、ひどいよぉ……!」

 

 野口が語る言葉の真意を汲み取れず。不貞腐れながら、マウンドから離れていく隼。

 データと実績しか評価していなかった筈の野口だが、何も持たざる者である隼の背中を見つめ、それは間違いだったと気付かされた。

 

(規格外と言う言葉は、本当にいい意味で存在するものなのだな……)

 

 間違っていたのは隼だけではない。

 どんなに完璧を装ってみても、間違いは必ず見つかるものだ。

 そして間違いに気づき、それを直していけば今よりももっと強くなれる。

 隼と野口はこれからさらに強くなる事だろう。

 運命の決戦を前にして、野口は昂る心を抑えながら隼の背中に本物の勇者の姿を空目し、こう思う。

 

(片倉隼……。貴様ならば、他の追従を許さぬ"超新人世代"を統べる本物の"勇者"となりうるかもしれぬ――!)

 

 空の勇者は野球部を、そして袰延を救うべく、野球のグラウンドへと降り立って行く。

 互いのプライドを賭けた戦いは、いよいよ始まろうとしているのであった――。


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