実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第二章 第3話「革命」

 お昼の休憩も終わり、一年から三年まで全員が集合する男子野球部練習場。

 監督の計らいもあり自己紹介を済まし皆と合流する事ができた隼はわくわくしていた。

 いよいよ、本格的な練習が始まるのだ。

 今までずっと一人でしかできなかった野球練習も、ここでなら思う存分やりたいようにできる。

 そう思うと胸の高鳴りが止まらなかった。表情が自然と綻び不敵な笑みを零していた。

 しかし、いざ練習が始まってみるとそれどころでは無かった。

 

「ハァ……、ハァっ……!!」

「ち、ちょ……片倉クン大丈夫でやんすか?」

 

 それは、丁度準備運動がてらに行われるランニングが終わった頃の事である。

 そこには息を切らし、とても苦しそうにしている隼とそれを心配する矢部の姿があった。

 周りの人から見れば隼の様子に何事かと疑問に思う話ではあるが、答えは至極単純。

 隼は準備運動のランニングもまともにこなす事が出来ない程、体力が少ないのである。

 

「こんな……、長くランニング続けた事ないもの……、ハァハァ……」

「体力不足でやんすか……」

 

 周囲の選手達も多少息切れはしているものの、隼だけが明らかに疲れを隠せずにいる。

 その後も練習は続いて行くのだが、事あるごとに隼は息を切らし、少し休憩して回復してはまた息切れを繰り返していた。

 そんな隼の様子を目の当たりにして、全く疲れを見せない特待生の二人は、隼の事を見つめ呆れ顔を浮かべながら思わず口にする。

 

「チッ……、調子狂うぜ……」

「この程度の運動であそこまでの息切れ……、たるんでいるとしか思えないな」

 

 しかしそんな状況でも、隼は必死に練習に食らいついて行くのを止めようとはしない。

 唯一の救いは息切れからの回復がとても早い事だろう。復帰が早いためにあまり練習の邪魔にもなっていない事で、邪見に扱われる事は無かった。

 復帰しては全力を出し、休憩と言ったサイクルを繰り返し続け、クタクタになりながらも視界だけは真っ直ぐ向いていた。

 そして体力が無いにも関わらず、全力で駆け抜けて行くダッシュの練習では特待生の二人も目を見張るほどの走りを見せる。

 

(長く続ける体力が無いなら……、温存せず一気に駆け抜けて休憩するっ!!)

 

 その思いを胸に、駆け抜ける隼の速度はやはり凄まじかった。

 疲弊を感じさせない走り。美しいフォームに力強い脚の動き、そして初速からえげつない速度を誇る抜群の踏み出し。

 隼の全力疾走に先ほどまで呆れていた特待生の二人も、次第と表情が引き締まってゆく。

 

「……チッ」

「どうやら、早い……と、言ったレベルの話では無さそうだが……」

 

 袰延はその場で舌打ちし、野口も明らかに隼に興味を抱き始めた午後の基礎練習。

 しかし相変わらず隼は疲弊した様子を見せており、先ほどの凄まじい激走が霞んでしまう程に弱弱しい姿を晒していた。

 こんな飄々とした男が、見た目に反した凄まじい実力者であるとは到底思えないだろう。

 未だ謎の多い隼の様子に、袰延も野口もあまりいい顔をしていなかった。

 

(どいつもこいつも、超新人時代ってのはこんなのばっかりなのか)

(一体何故、この学年に限ってそんな強烈な選手がそろうのだろうな)

 

 袰延が地面を蹴り、野口が空を仰ぐ。

 二人の体を包んでいるのは隼の能力に対しての嫉妬か、あるいは強者を前にしているが故の闘争本能か。

 だが、どちらにしても隼が関係している事は言うまでもないだろう。

 嵐の前の静けさの様に、三人の間には沈黙が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おう、勇者君。ちょっといいかな?」

「えっ? ……なんですか、監督?」

 

 そしてこの日の練習が終了した直後、隼は野球部監督である八剣に呼び止められ一人グラウンドに残る事となる。

 最初は練習中に何度も休憩をとっていた事について怒っているのではないかと思っていた隼であったが、八剣の様子からは怒りの感情を感じない。

 どちらかと言うと、気さくに話しかけてきたようにも見えるその表情からは、案の定優しめの言葉が飛び出してきた。

 

「お前さぁ、これからポジションどうするんだ?」

「そういえば……」

 

 少し戸惑いながら監督の様子を窺っていた隼であるが、監督の言葉に我返ったとばかりに目を見開く。

 野球には守備位置というのがあり、選手達はそれぞれ投手、捕手、一塁手、二塁手、三塁手、遊撃手、左翼手、中翼手、右翼手のどれかを守らなくてはならない。

 普通であれば野球をしている内に自分に合ったポジションを選択する事ができるのだが、隼は普通ではなかった。

 隼はずっと一人で野球の練習を行っていた為、明確なポジショニングというものを未だ決めてはいなかったのだ。

 本来であれば全守備位置守れるのが一番いいのだが、そんな器用な事をするよりもどれか一つに絞って練習した方が効率がいいのも事実。

 ましては隼の利き腕は左。左投げはメリットは多いものの内野の守備に置いては一塁への送球がスムーズに行えなかったりする為、隼が活躍できるポジションは限られてくるだろう。

 そうして少し悩んだ挙句、隼は自分がやってみたいポジションを一つ挙げる。

 

「僕……、ピッチャーやりたいです」

 

 すると八剣は清々しい程の笑顔を浮かべながら首を振る。 

 

「そんな体力ねぇだろ、ダメ」

「ええええ!?」

 

 即答の八剣に困惑する隼。

 投げるだけならば隼自身かなりの自信を持っている、壁相手に本屋で立ち読みしたフォームでの投球を数年間行ってきた。 

 生半可な投球ではないだろうと自負するだけのモノを持っているだけに、隼はその実力を八剣に示そうとする。

 しかし、八剣は隼の事を相手にする気はないのか。勝手に意見を押し付けながらその場を立ち去ってゆく。

 

「お前の実力を生かせるのは外野手だ、ってなわけでセンターの練習しておけよー」

「あっ……、ちょっと!」

 

 それほどまでに忙しいのか、いつも以上に足早で去って行く八剣を隼は慌てて追いかけようとする。

 しかし元々疲弊していたせいなのかどうも八剣に追いつかない。

 距離は全く縮まらず、大声で呼びかけようとしてもそもそも大声が出ない状況に焦る隼。

 その時、そんな隼の行く先を遮るように見知らぬ大男が目の前に立ちふさがった。

 

「ちょっといいかな、片倉隼」

「なんですか、一体……って!?」

 

 急いでいるのにも関わらず、突然呼びかけられ行く手を塞がれた隼は思わずその大男の顔を睨むように見つめようとする。

 しかし、大男の形相を目の当たりにした途端。今度は逆に縮こまり弱気になってしまう。

 

「わわっ……、大きいし怖いしあなた誰ですっ!?」

 

 取り乱しながら隼は、残り少ない気力を振り絞り大男と距離を取って身構える。

 一言で言えば『鬼』だ。体格は野口に似ており筋肉質ではあるものの、目つきは悪く顔が傷だらけで、岩の様にゴツゴツした形の顔がとにかく怖かった。

 まるで任侠映画に出てくる悪役のような睨み面は、先ほどの袰延とは違うまた別の恐ろしさを感じさせる。

 やがて、男はゆっくりと口を開く。

 

「俺は桐生常三郎(きりゅうじょうざぶろう)、ここに居る野口の野球データベースの管理、およびデータ採集を任せられている者だ」

「の、野口君の……?」

 

 尚も動揺している隼が聞き返すと、男は首を縦に振りながらさらに補足する。

 

「あだ名はジョザ。お前や野口と一緒で新入生として四月から野球部のマネージャーになる予定だ、気安くジョザと呼んでくれ」

「ど……、どうも」

 

 ジョザ、と名乗る男はその場で名刺入れを取り出すと、その見た目からは想像がつかない程丁寧に名刺を隼へと手渡す。

 丁寧な対応に圧倒され、未だ動揺を隠しきれない隼は貰った名刺をじっくりと見る。

 如何にも情報処理に融通してそうな無駄のない洗練されたデザイン、社会人を思わせる丁重な作法。とても同い年とは思えない。

 どうやら、このジョザと名乗る男は野口の知り合いのようだ。

 野球部にはまだ属していないらしく、その服装は私服なのかベージュのジャケットを羽織っており如何にもインフォーマルな格好をしている。

 聞くところによると、ジョザという男は野口が食堂で操作していたデータベースの管理をしているらしい。

 そんな男が隼に何の用なのだろうか。隼は単刀直入に聞く。

 

「それで、ジョザさんは何故僕を呼び止めたんでしょうか?」

 

 するとジョザは忘れていた事をふと思い出したかの様に目を大きく開くと、野口と同じタブレット端末を取り出しながら答える。

 

「野口が片倉隼の情報を集めてくれって言っててさ、これから暫くの間練習風景を観察させて頂きたい」

「僕の情報……、ですか……」

 

 ジョザの言葉に眉をひそめる隼。

 野口の差し金であると聞いたものの、あまり良い気持ちはしていない様だ。

 

「でも……、今はあなたは野球部に関係してないみたいですし……」

 

 隼はジョザが、現段階でチームにとっての部外者である事を気にしていた。

 彼の話を信頼していないわけでもないが、隼にとって自分の能力の強みは“底を知られていない事”である事を自覚している。

 世間一般には無名である隼は、その実力について曖昧であればあるほど対策を取られにくく、相手の油断を誘えるという大きなアドバンテージを持っているのだ。

 故に隼の能力が数値化されデータを周囲に知られてしまえば、大きな利点を失ってしまう事となるだろう。

 世間的にデータ野球で有名らしいが、その野口の差し金という理由だけで、目の前に居るジョザという男の事を信用はできなかった。

 しかし、ジョザも簡単には引き下がらない。

 

「必要なら、今この場に野口を呼んできてもいいぜ。八剣監督も俺の事は認知している」

「だからって、練習中ずっと見られてるってのも気分良くないのですけど」

 

 隼が口を尖らせていると、ジョザはカマをかけるように言う。

 

「おいおい、君は練習中見られてはいけない事でもしているのか?」

「あーっ、もう面倒っ。わかった、わかったからもう帰らせてよっ!」

 

 ついにヤケになった隼はジョザの観察許可を許容し、その場を後にする。

 思えば、本日はいろいろありすぎた。

 女子寮生活の強制に超新人世代との出会い、野球部員として初めての練習もしたし、怖い人物にも睨まれた。

 そしてこれから部屋に帰った後も、きっといろいろあるのだろう。

 そんな事を考えたら、監督を追う事もジョザの話を怪しむ事も余計に体力を使うだけとしか思えなくなってしまった。

 

「では、明日の練習から俺はあんたに気づかれないような所で観察してるから、よろしくなっ!」

(気づかれない自信があるんなら最初から許可なんて取らなくてもいいのに……)

 

 去り際にジョザの言葉に突っ込みをいれながら、隼はゆっくりと女子寮の方向へと歩み出す。

 とにかく、これからは投手として活躍できる程度の体力をつけることが、当面の目標となるだろう。

 それまでは監督の言う通り外野手として練習を積んで行く予定だが、最終目標はマウンドを護る最強のエース。

 どんな球も打ち、どんな打者をも退ける。隼の最強選手への道は始まったばかりであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。男子寮の方ではとある事件が起きていた。

 割れた窓ガラスが散らばり、糸が切れたマリオネットのように倒れている野球部員。騒ぎを聞きつけた人がその周囲に集まっていた。

 そしてガラスが割れた窓枠を開き、倒れている人物へと追い打ちをかけるように飛び乗った男は猟奇的な表情を浮かべながら、もはや意識を失っている男に対しこう呟き掛ける。

 

「弱いくせに、俺に指図するからこうなるんだ」

 

 それはとある一室での出来事だった。部屋から突如罵声のような声と大きな物音が聞こえてきたと思ったら、突如人が窓ガラスを突き破り外へと放り出されたのであった。

 放り出されたのは三年生の野球部員、部室の中には一人恐怖に震えている一年生と不敵に笑みを浮かべている男が居た。

 長い金髪を下ろし、ゆっくりと窓枠を開き飛び出してきた男は袰延拓哉。その手には煙草を持っており、その表情は正義の一欠片も残っていない程悪に染まっている。

 三年はこの袰延に対し煙草を吸っている所を注意したらしく、いざこざとなって返り討ちにされたらしい。

 一撃で伸され、倒れている三年生の上に座り込んだ袰延。彼は手に取っていた煙草を蒸かすと、口から吐く煙を倒れている三年生に吹き付けながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「この世界は単純明快、勝った奴が偉いんだぜ? 年上だから、とか有名人だから、とかじゃねぇ。勝てなきゃ無意味、意味の無いものに従う必要なんてねーんだよ」

 

 すると袰延は騒ぎを聞きつけ、集まって来た部員達を前にし堂々と名乗りを上げる。

 

「勝ちたい奴ぁ俺に従いな! 最強の激戦区だろうが、超新人時代だろうが、どんな手段でも勝ちにいけるチームにしてやるよぉ!」

 

 その表情はまるで先ほどまでの無愛想を徹してきた男とは別人のように、活き活きと輝いていた。

 そして、周囲の人物も悟った。この男こそが神奈川高校野球に風穴を開けるであろう選手になるのだと。

 革命は今、始まろうとしていた――。

 

 

「野口クン……、どうするでやんすか?」

「流石に、調子に乗りすぎているようだな……」

 

 その様子を前にし、寮の一室から窓越しに眺めていた野口と矢部だけが危機感を感じていた――。


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