実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第二章 第2話「役割」

「あっ!、片倉クンじゃないでやんすか~!?」

「あら、矢部君だ」

 

 練習試合終了後、グラウンドに忍び込んだ隼はセレクションで出会った矢部と再開を果たす。

 何だかんだで半年以上経過していたが、その特徴ある顔は相変わらずのようで。双方出会い頭にすぐに再開を喜ぶ言葉が飛び交っている。

 

「監督から聞いてたでやんすよ、片倉クンも入部してたでやんすね!」

「ああ、矢部君も“一番打者入学”を果たしたんだってね」

 

 再開を果たした二人はお互いの事を話し合い始めた。

 隼も矢部も、お互いの事は八剣監督を通してある程度は知る様子である。

 矢部はセレクションをトップで合格し世代の“一番打者”、として特権ありの入学を決めていた。

 セレクションで生き残った十人はそれぞれが陸上部も真っ青な瞬足揃い、そして矢部はその頂点に立ったのだ。

 元より、隼も残像を残す身のこなしを知っていた為そこまで驚きはしなかったものの、良く知る人物の入学に少し安堵していた。

 また、矢部を含むセレクション入学組は入学前に片倉の入部の事を知り、ある程度はその事情に納得している様子。

 彼らは全員、隼の走りを目の当たりにしていたからだ。

 重りをつけた中、凄まじい激走を目に焼き付けて来た隼の事を。

 そして事前の怪我の事も同時に知らされており、そんな片倉に対して文句を言うものはセレクション組には居なかったのだと言う。

 

「何はともあれ、これから一緒に野球が出来てうれしいでやんす!」

「そうだね、これから三年間よろしくね!」

 

 そんなこんなで、双方話し合いをひと段落済ませた所で再び喜びを分かち合う二人。

 二人とも話したい事はまだまだたくさんあった。しかし試合を終えたばかりでクタクタな矢部は、疲労からかとても深刻な表情を浮かべている。

 このまま立ちながら話をしているのも良くないと思った隼は矢部に対し、表情をやわらげながら言う。

 

「取りあえず今はお昼休憩だよね、一緒にご飯食べようよ」

「そうでやんす! 食堂まで向かうでやんす!」

 

 そうして、二人はグラウンドを後にし食堂へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 食事をとり始めた二人であったが、その会話は止むことがなかった。

 

「所で矢部君は髪留めをどこに巻いてるの?」

「オイラ髪無いでやんすからただ頭に巻いてるだけでやんすよ……。で、片倉クンはなんか星みたいになってるでやんすね」

「似合ってるかな?」

「かわいくていいじゃないでやんすか?」

 

 どうやら、元から坊主頭の部員は髪の毛が無いためか髪留めは頭に巻き付けるのが主流のようだ。

 基本的には帽子の影で見えなくなっているようで分かりづらいものの、きちんと巻いているのを確認した隼は内心ほっとする。

 夢花達が言っていた事は本当なのだと確認した隼は、嬉しそうに昼飯のうどんをすすって見せた。

 しかし肝心なのはそんな事ではない、そう気づいた隼はすぐに表情を戻し、本題に入り始める。

 

「それで……、さっきの試合の事なんだけど……」

 

 隼がその言葉を口にすると、嬉々とした表情を浮かべた矢部は逆に隼に問いただす。

 

「そうでやんすよね! オイラ達溝浜疾風のレギュラーに勝っちゃったでやんすよ!? オイラの活躍見てくれてたでやんす!?」

 

 しかし自信満々に聞く矢部の活躍を全く知らない隼は、あっからかんと答えてしまう。

 

「いや、僕が見たの9回裏だけだし。あのピッチャーの事ぐらいしか知らないよ」

「グスン……」

 

 即答された矢部は不満気な表情を浮かべるが、そんな事を知ってか知らずか隼は最初に予定していた質問に入って行く。

 

「で、さっきの試合で圧勝してたみたいだけど。新入部員ってそんなに強かったの?」

「そうでやんすねー……、打力は兎も角でやんすがとにかく投球と守備では圧倒しまくってたでやんす!」

 

 自分の活躍について言及されなかったからか、素っ気ない態度でそう答える矢部。

 しかし7点も取っておきながらも、試合の一部始終を目の当たりにした矢部も真っ先に投球と守備を上げている。

 やはりあの時にマウンドに上がっていた男が、この勝利のキーマンだったのだろう。

 新入生の面々の中でも極めて異質に思える雰囲気を感じ取っていた隼は、次にその投手の情報を聞き出そうとした。

 

「そういえば、あの投手はセレクションには出てなかったけど……、彼が特待生の選手かい?」

 

 すると矢部は少し困ったような顔を浮かべ、食堂内を一度見まわして何かを確認し始める。

 食堂には野球部の生徒がまばらにいる。しかし周りを見渡してもマウンドの男はどこにもいない。

 どうやら矢部も男の存在を確認していたようで、彼は男がこの食堂内に居ない事を確認するとゆっくりと口を開き始めた。

 

「彼の名前は袰延拓哉(ほろのべたくや)って言うでやんす。特待生の一人で実力はあるみたいでやんすが……、中学時代は特に目立った野球活動を行ってなかったらしいでやんす」

 

 そして矢部は最初に名前と経歴を述べた上で、周囲を気にしつつ隼に袰延拓哉という男を説明し始める。

 

「投手としては130球投げても衰えない球威と正確無二な制球力が売りでサイドスローから放たれる変化球で打ち損じを狙ってたでやんす。何度か内野安打を打たれて居たでやんすが、その後瞬足揃いのレギュラー軍団をけん制やクイックで完全に機動力を封じる小技の上手さ。打球に対する反応の良さ。技巧派投手と言った感じの投手でやんすよ……」

「へぇー、そんな凄い人がこんな所に……」

 

 矢部の説明を受け、隼はあの時マウンドで感じ取った異様な雰囲気の正体を、何となくだが理解していた。

 恐らく、袰延と言う男はマウンドの上に立ちながらこれ以上に無く集中していたのだろう。

 捕手の構えた所に寸分違わずボールを投げ入れる集中力、美しいフォームを崩さずに9回の裏まで投げ続ける集中力、打たれようとも自分の守備範囲であれば必ずアウトにしようとする守備移行への集中力。

 おそらく、あの試合で最も集中しながら野球をやっていたのはその袰延と言う男なのだと隼は悟る。

 同じく集中する事で力量を増大させている隼にとっては、経歴がなく実力もある袰延と言う男とは共通する点が多く、かなり興味が沸いている様子である。

 しかし矢部はあまりその袰延という男を心良く思ってはいなかった。

 

「でもオイラは彼の事かなり苦手でやんす……。あの蛇の様に鋭くて他人を見下しているような目つき。明らかにガラの悪いアピールしてるあの金色の長髪。人を馬鹿にした言動……、どれもこれも嫌いでやんすよ」

 

 あからさまな態度で袰延を非難する矢部の言葉に、隼は少しだけ思い当たる節があったのか苦笑いを浮かべる。

 

「それを言ったら僕も金髪で長髪だし毒舌吐くと思うし……、実質僕とあんまり変わらないんじゃ……」

「片倉クンは可愛いからいいでやんすが、彼の場合はちょっと頂けない感じなんでやんすよ……」

 

 さり気なく返された矢部の言葉に心の底から寒気を感じ取った隼。

 やはり女子から言われる可愛い、と矢部のような危険な匂いのする男からの可愛いとの声では印象に天と地ほどの差があった。

 しかし本題とは全く別の事を今は突っ込む気にはなれず、沸き出てくる悪寒を堪えつつも、隼は矢部の言葉から袰延という人物像を簡潔にまとめる。

 

「つまりは、ちょい悪って事だね?」

「ちょい悪どころか、あの男は激悪でやんすよ。支給された髪留めアイツだけつけてないでやんすし……」

 

 明らかに袰延の事を毛嫌いしている様子の矢部、それはとてもチームを勝利に導く活躍をした者に対する態度とは思えない。

 一体何が彼をそうさせているのだろうか。隼はその袰延拓哉と言う男に対し興味を抱き始めていた。

 その時、二人の横からとても野太い声が上がる。

 

「おお、矢部。試合ご苦労だったな」

「あ、お疲れ様でやんす!」

 

 矢部に対し掛けられた声であったが、その野太い声に隼も思わず振り向く。

 すると、そこにはユニフォーム姿の巨漢の姿があった。

 

(わぁ、大きいなぁ……)

 

 隣に見える矢部と比較すると一目瞭然なその体格に、思わず隼も大きく口を開けながらそれを見つめてしまう。

 その男は身長もさることながら、見るからに筋肉質で健康的な褐色の肌がそれを際立たせていた。

 そして何よりも特徴的なのは髪型だ。まるで黒い雲が頭を中心に渦巻いているようなそのアフロヘアーに、ただただ圧倒されるばかり。

 そのアフロヘヤーには何故か髪留めが二つ付いており、大きなアフロの球体をした髪型に対し左右対称に小さいアフロの球体を作りだすように分けられていた。

 恐らく、彼がもう一人の特待生なのだろう。矢部の反応から察し、セレクションでも見かけてない事から隼はそう断定する。

 男は暫くの間矢部の方を向いていたが、やがて隼の存在に気づくと隼の事をチラリと見る。

 その時はよく確認せずすぐに視線を矢部の方へと戻したが、やはり何か気になる事があったのか、怪訝そうな表情を浮かべながら隼に対して問い質す。

 

「一瞬金髪だったから袰延かと思ったが、誰だ?」

「そういえば、野口クンは片倉クンの事知らないでやんすね」

 

 すると矢部は野口と呼ばれる男に隼の事を紹介し始める。

 

「彼は片倉隼っていうでやんす。女の子っぽい見た目でやんすが運動神経は多分、この学校一だと思うでやんす!」

 

 余計な事を言っているものの、一応差し障りの無い他己紹介を済ます矢部。

 しかし相変わらず怪訝な表情を浮かべたままの男。すると彼は鞄から何やら小さなタブレット端末を取り出すと、急に何かを調べ始める。

 そしてしばらくして、男は検索結果に首を傾げながら小さく息をつくと、再び矢部に問う。

 

「去年の中学野球データベースに片倉隼と言う名前が該当しないのだが……、本当に野球をやっていたのか?」

「え、そのデータベース本当に合っているでやんす!?」

「当たり前だ、俺のデータベースにはシニア・ボーイズ・中学・高校は勿論、草野球チームのデータまで全て入っている」

 

 自信満々にそう言い切る野口に、言われてみればと隼の方を自信なさげに見つめる矢部。

 そう、彼も実は隼の過去については全くと言っていいほど知らないのだ。

 

「そういえば……、オイラまだ片倉クンがどこ出身なのかも聞いてないでやんす」

「そうだね、言ってなかったね」

 

 隼は野口と呼ばれる男に対し、軽く自己紹介がてらに素性を明かし始めた。

 

「僕の名前は片倉隼。いままでチームというチームに属さず、一人でずっとやってたから誰も知らない筈だよ。同じチーム同士仲良くしよう」

 

 明らかに体格差で負けている男に対し、果敢にも強気でそう言い切る隼。

 しかし今の一言で、実質野球経験がほぼ無い事を露見させたのか。男は少し呆れたような言いぐさで隼を責めたてた。

 

「悪いが、今の所お前には興味は無い。俺が興味あるのは野球選手の“実績”と“データ”だけだ。

 データどころか野球経験すら無いお前とは、今の所仲良くする気は無いな」

 

 上から目線ではっきりと言い切る男に対し、隼の表情も少しずつ穏やかでは無くなって来る。

 その険悪な雰囲気を察知したのか、矢部はそんな二人を牽制するかのように両者の間に入り込む。

 

「ちょっとちょっと、流石に野口クンも言い過ぎでやんすよ」

「俺は今気が立っているんでな、袰延だってあの上級生の体たらくを見ればあんな態度とること無理ないだろう」

 

 すると、常に冷静であった野口の口調が急に一変して強みを増す。

 

「奴ら……、いや、この野球部は気づいていない。自分たちが所詮足しか能が無い弱者である事をな!」

 

 野口はその大きな手を握り込み、太い腕に力を込めながら語り出した。

 

「実績と溝浜疾風という名前に浮かれて慢心し、その野球がとても脆く応用性の欠片も無いものであると気づいてない。忘れているんだ、強豪校にスカウトされずこの高校にしか居場所を作る事が出来なかった人間だと言う事に」

 

 溝浜疾風の野球部を頭ごなしに批判する野口であったが、その点に関しては試合を殆ど見れなかった隼も少し共感する所があった。

 普通なら、普通に強豪の野球部であるならば。こんな入りたての一年にここまでの大差をつけられるはずがないのだ。

 ましては超激戦区と謳われる程の神奈川高校野球。その中でも上位とされる溝浜疾風でそれほどまでの一方的な試合が起こる事などあってはならない。

 唯一、そういった強者達に入部したての新人が付け入る隙があるとすれば。それは正しく相手の油断と慢心を突く事だろう。

 恐らく、新入生に負けるまで彼らレギュラー陣はこう思っていたに違いない。“自分たちは神奈川高校野球の猛者、溝浜疾風である”と。

 大方、野口の言う事は間違っては居ないだろう。現に隼自身もこの高校にしか居場所を作る事が出来なかったのだから。

 しかし、最後に言い放った一言が隼の心に火を点ける。

 

「お前も所詮は同類。大した実績もないのに運動神経だけで入学し、強豪校に入ったことで自分が強いと錯覚しているのだろう?」

「な、何っ……」

 

 男の言葉についに我慢の限界が来たのか、隼はその場で立ち上がると野口を睨みつけるように見つめながら言う。

 

「さっきから君はなんなんだい? 散々人の事やこの高校の事を馬鹿にするだけで、自分だってこの高校に入学している事を忘れてないか?」

「ほう……、その様子だと俺の事を本当に知らないようだな……」

 

 そう男が静かに笑みを浮かべると、自らのアフロヘアーに手をかけるようなポーズを取り、自己紹介をする。

 

「俺の名前は野口一義(のぐちかずよし)、昨年優勝した溝浜シニアの正捕手をやっていたものだ」

「ってか、片倉クン本当に野口クンの事知らないんでやんすか!?」

 

 野口が自ら自己紹介をする状況に驚いた矢部は、隼に問い質す形で野口一義という男について補足する。

 

「野口クンは超新人世代の中でも群を抜いた知能派捕手なんでやんすよ! かの有名な投手四天王、福岡治巳君と共に最強バッテリーとして全国制覇を成し遂げた凄腕プレイヤーでやんす!

 おそらく、彼はいろんな高校から特待生のお誘いを受けているでやんす、彼は各ある選択肢の中からこの溝浜疾風を自ら選んでくれたんでやんすよ!?」

 

 超新人世代、そして投手四天王という聞いたことのある言葉を耳にし、隼は母親から聞いた言葉を思い出す。

 そいつらはプロに入っても活躍できる程の凄まじい強さの選手達、だと言う事を。

 矢部の反応から察するに、目の前に立っている野口一義という男も超新人世代の代表格なのだろう。

 高慢な態度を取りながら、見下すように隼の事を指さした野口は嫌味を込めた口調で告げる。

 

「つまりはそういう事だ、故に俺はお前とは違うのだよ」

 

 しかし、この知能派捕手と持てはやされ、他者の悪口を言いたい放題言う野口の態度に、失望しか感じられなかった隼。

 口では言わなかったものの、結局彼も溝浜疾風の先輩と同類なのではないだろうかと内心疑問に思い始めていた。

 そして何しろ自信があった、人生を賭けてきた野球でこんなデカいだけの男に負けるはずがないと。

 彼が本当に野球に対し人生を賭けるだけの人間ならば、タブレット端末をいじくっている時間など無いと、隼はそう考えていた。

 その時、つい心の本音が漏れ出してしまう。

 

「……所詮、超新人世代なんてこんなものか」

「何だと?」

 

 今度は言葉を聞き溢さなかった野口が、ギロリと鬼のような形相を浮かべ隼の事を睨みつける。

 ついつい言葉に出してしまった隼であるが、売った喧嘩をそのままにするのを快く思わなかった為に自分の言いたいことを全て吐き出し始めた。

 

「確かに僕は君とは違って実績は無いし、持てはやされる程の実力は無いのかもしれない。

 けれど、慢心はしていない。毎回毎回勝つためならどんな手段を用意ようとも必ず勝ちに行く。ここに来たのも僕にとって一番可能性の高い選択肢だけを選んだだけの事。

 けど君からはそんな気を感じる事が出来ない。せっかく強い所に行けるのに、君は敢えて君の言う落ちぶれた所に来ているんだ。

 まるで自分が弱い事を忘れたいが為に、自分よりも周囲が弱い所に移っただけの様に見えるけど?」

「貴様……、言わせておけばっ……!」

 

 すると野口は凄まじい形相のまま、隼の胸元を思いっきり掴み上げた。

 あまりの出来事に二人を牽制していた矢部も、その周囲にいた人間も二人の間から若干の距離を開け始める。

 しかし、ただ一人全く動じていないのは思いっきり掴み上げられ、足が地面から離れそうになっていてもなお表情一つ変えずにいた隼であった。

 体格差の違う相手に全く動じず睨みつけたままの隼、そして粗暴な態度を取り今にもその太い腕で暴れだしそうな野口。

 緊張の一瞬が食堂内を包み込む。

 

 

 

 

「おいそこのデカブツアフロ頭、さっきからうるせーぞ」

 

 その時、緊迫した雰囲気をかき消すかの如く一人の男の声が聞こえてくる。

 突然の声に二人は振り向くと、そこには金髪で目つきの悪い男がズボンのポケットに手を入れたままつっ立っていた。

 その細く引き締まった体に並ならぬ気迫。隼はすぐ様その男が何者なのかを理解する。

 

(あの時の投手……、彼が袰延か……)

 

 矢部が言ったように見るからにガラの悪そうな男。長い金髪を下げており耳には大きなピアスがついている。

 近寄りがたい雰囲気を持つその男が険悪な二人の方に歩みよると、周囲の人間は今度は逃げ出すようにその場から離れていく。

 しばし隼も野口も何も言えずに突っ立ったまま、向かってくる袰延の事だけを眺めていた。

 やがて、袰延は二人に対し目と鼻の先まで近付くと、体格が大きい野口と浮き上がっている隼の事を下から覗き込むようにガンをつける。

 その表情から察するはまるで蛇、野口や八剣の睨み方とは全く別な、人の恐怖に付け込むのに慣れた睨みつきだ。

 二人はその場で睨まれた蛙のように固まってしまう。

 

(な、なんていう気迫でやんすか……!)

 

 遠目から見ていた矢部はその様子を目の当たりにし、関係ないにも関わらず動けなくなってしまっていた。

 傍から見ればただのヤンキー同士のぶつかり合いにも見えるが、ここに居るのはそれぞれが凄まじい野球の実力を持つ戦士達なのだ。

 それぞれが高いプライドを持つこの三人は、他の部員とはけた違いに信念の強さが違う。

 故に、衝突すればその衝撃の余波はこの溝浜疾風野球部全体を巻き込むことになってしまうだろう、客観的な立場から見ていた矢部は三人のにらみ合いを目の当たりにし息を呑んだ。

 

「なんだ袰延、俺は今コイツと話をしていた所なのだぞ」

 

 体は多少固まっていても思考だけは固まらないでいた野口は、隼を持ち上げたまま口を開く。

 しかしそんな事は関係ないとばかりの態度を取る袰延、目を吊り上げ顎を出すと呟くように言う。

 

「話だと? お前はそこの星頭の言う事なんざ端から聞く気がねぇんだろ。そいつの言ってることも半ば間違ってねぇんじゃねぇの?」

「貴様もコイツと同じ事を言うつもりか?」

「さあな、俺はお前とは違って他人の事をとやかく調べねぇ性質なんでな、お前の事なんてどうでもいい。ただ……」

 

 袰延がそう言い放ったその直後。突如袰延は小さく跳躍すると、その身を回転させ思いっきり上段回し蹴りを浴びせかけた。

 細く引き締まった袰延の脚が、隼の胸倉を掴んでいた野口の腕へとぶつけられる。

 その凄まじい衝撃に思わず隼を掴んでいた指を離す野口。そのまま地面へと尻もちをつく隼。そして何事もなかったかの様にまたポケットに手を突っ込んだまま立つ袰延。

 そして何を思ったのか袰延は腕を抑えながら睨みつけてくる野口に対し、こう告げながらその場を後にする。

 

「テメェが掴んでるのは俺たち溝浜疾風のユニフォームだ、それをぞんざいに扱うってのは俺たちへの冒涜でもあるわけだ。超新人世代だかなんだか知らんが、テメェにここで野球をやる資格はねぇ」

「……ッ!」

 

 そう言ってその場を立ち去って行く袰延の背中を、睨みつけたまま立ち尽くす野口。

 しかしやがて何か思い当たる節があったのか、少し反省する仕草を見せた野口は尻餅をついたまま未だに動けずにいた隼に手を差し伸べる。

 

「すまん、流石に俺も言いすぎてしまったようだ……」

「それを言うならこっちこそ……、ゴメン……」

 

 それぞれの非を認め、素直に謝罪する隼と野口。

 二人を繋ぎ止めたのは間違いなく袰延の乱入だった。

 言えばそのままにしておけば確実にチームが崩壊するレベルであった抗争を、袰延は自らの力で止めたのである。

 ただのヤンキーではない、あれは確実に野球に対し強い思い入れを持つ野球選手なのだろう。

 隼はさらに、袰延と言う男に対しより深く興味を持つようになっていた。

 そして先ほどとは打って変わって真摯な態度を見せるようになった野口は、隼の肩に手を掛け笑みを浮かべながら告げる。

 

「だが、認めさせてやろう。俺の“データ野球”に超えられない壁は無い事をな」

 

 彼はそう言い放つと、周囲の視線を尻目にその場から立ち去って行った。

 こうして新入生の中でも極めて異質な戦士達は出会ってしまったのである。

 隼が何事にも怖気ない勇者であるとすれば、野口は情報を司る賢者、そして力と武力でその場を制した袰延は差し詰め武道家だろうか。

 そのまるでファンタジーの世界の様に壮大で、大きな役割を担う三人の男達に周囲は大きな期待を感じていたのだと言う。


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