実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~ 作:たむたむ11
溝浜疾風高校女子野球部のグラウンドに、一陣の風が吹き付けた。
突如、夢花と対決する事となった隼。初めての打席を前にし不敵な笑みを零しながら、金属バットをその場で一振り。
吹き付ける風と共にそのスイングの風圧が夢花達にぶつけられると、夢花は白球を握りしめなつつ息を呑む。
「すごいスイングっ……、とても独学とは思えないぐらい綺麗なスイングだよっ……」
たった一振りではあるが、その力強いスイングは、夢花や八剣達にどれだけの力を持っているかを知らしめるだけの凄さがあった。
そのスイングを可能にしているのは腕でも上半身でもなく、鍛え抜かれた下半身。臀部を最大限に捻りスイングへと持っていく“捻転打法”。
スタンダードなフォームを意識しつつも、スイングには体全体のバネの力が備わっており、強打者のスイングのような風圧を巻き起こすのだ。
そしてさらに凄いのは、その打法に癖が無く。殆ど参考書通りのまま再現されている事だろう。
それに対しては、隼自身がその理由を語り始める。
「幼い頃、本屋で読んだ参考書に書いてあったのを体に刻みつけた。
私の肉体には様々な先人の技と知恵が刻みつけられている」
真剣な目つきで夢花を見つめながらも、もう一度バットを振るう隼。
幼い頃から貧乏で、共に遊ぶ野球仲間も居なかった隼にとって得られる基礎知識は限られていた。
しかし、その分参考書を読み独学で勉強し続けた。休日には何時間も本屋で立ち読みし、それを記憶し実戦し続けた。
その結果、中途半端な指導者の偏った指導を受けずに美しい打法を会得する事ができたのである。
さらに試合や対戦などをして来なかった事が、隼のフォームを崩れさせる事無くこの打法を体に刻み込ませた。
きちんと振り抜かれたら芯を外してもどこか遠くへ行ってしまいそうなスイング。
これを生み出したのは間違いなく隼の特殊な環境、そして隼自身の野球に対する努力であろう。
しかし、夢花はそれを否定するかのように言い放つ。
「なるほどね、それが隼君の野球って訳ね。そりゃあその身体能力があって参考書通りにきちんと出来れば、すごいってのは伝わるよ。
けど参考書に載ってない事に対して、隼君はどうやって対応するつもりかなっ?」
すると夢花はいつもの明るさを取り戻したように、隼に対し人差し指を立てウィンクして見せた。
「私なりに見せてあげるよっ。全く綺麗でも美しくもない“私だけの野球”ってのをさ!」
夢花の表情には、焦りや恐怖と言った負の要素は感じられない。ただただ自信に満ち溢れているようだ。
最初は隼を焚きつけようとして、言い放った夢花であったが、むしろその言葉により自分自身を持ち上げた事で気持ちが高ぶっていた。
隼に対し自信満々に笑みを浮かべている夢花。隼よりも小さい体がマウンドに立った瞬間、背が逆転したかのように大きく見える。
(やはり投手はマウンドに立つと、雰囲気が変わるものなのだろうな)
冷静に夢花の様子を分析しながら左打席へと立つ隼。その瞬間から、隼の表情が引き締まって行く。
初めて試合に臨む隼と、圧倒的な力を前にし興奮する夢花。どちらも気合十分、といった様子で双方を見つめていた。
「んじゃあ、勝負の説明と行こうじゃないか」
そして、そんな二人の間に割り込むかのように、防具を装着した八剣が勝負の説明を開始する。
「試合は一打席勝負、結果はともあれ塁に出ることが出来れば片倉の勝ち。逆にアウトを取れれば野咲の勝ちだ。
捕手は長瀬、そして他の守備陣はレギュラー総出と言ったところだな。
打者不利な条件だが、男と女の差って事でこれぐらいのハンデで丁度いいだろう?」
八剣がそう言うと、夢花や他の女子部員達が少し不満気そうな顔を浮かべる。
「ちょっと監督っ、なんてことをいうんですかっ!」
「なんか私たちが男子より弱いって思ってる感じ?」
「下手したらここの男子野球部より強い選手もいっぱいいるのに~」
女子部員達にもプライドがあった。特に溝浜疾風女子野球部は全国でも一・二を争う超名門校だ。
女子野球の世界代表となる選手を沢山輩出しており、監督である八剣自身も本気で男子に引けを取らない自信もある。
しかし八剣は勝負形式を変える気はさらさらない。
「だからと言って三打席勝負とかだと結構疲れるだろ、1回きりのチャンスで最大限まで力を発揮して貰いたい。……いいか?」
八剣は女子部員の言葉に耳を傾けず、隼だけに聞く。
若干後方からはブーイングが巻き起こっていたものの、隼が素早く首を頷いた為そのままスルーしつつ話を続けた。
「それじゃ、そろそろ勝負開始するぞっ! 各員ポジショニング!」
「へ~い」
監督の合図を受け、しぶしぶ配置へとつく女子野球部員達。
既に打席に立ちながら試合開始を待つ隼。現在の状況をもう一度確認すべく周りを確認する。
「夢花、打たせていいからねー!」
「無理に三振取らせなくても大丈夫よ!」
元気よく夢花に声を掛ける守備陣は全て女子野球の名門、溝浜疾風高校女子野球部員達。
守りに着く彼女らは、いずれもレギュラーを任される実力者。女性ながら男子顔負けのプレーをする事で有名らしい。
下手に打てば簡単にアウトを取られてしまう、相手のミスや守備の穴に期待することは出来ないだろう。
「ゆーちゃん、いつも通りに行こうねー」
続いてマウンドに向かい夢花の背中を押すのは、夢花の女房役、捕手の長瀬涼子である。
夢花の実力を最大限に引き出すことができる唯一無二の存在であり、夢花の事を一番よく知る頼りがいある相棒の涼子。
一年故に彼女はスタメンには選ばれてはいないものの、守備だけで見ればスタメン選手よりも上手いと八剣も認めての出場だ。
果たしてどの様なリードを行うのか、隼は少し楽しみであった。
「さぁて! 気合入れていきますかねっ!」
そして投手は“期待の一年生エース”こと野咲夢花。
先ほどの投球を見て彼女が実力者である事は隼も理解している、女性であるからと油断はできないだろう。
現に夢花は夏の大会でリリーフエースとして大活躍、次期エースと噂される投手であり“期待の一年生エース”という呼び名も間違いではないのだ。
おそらく、彼女はまだ何か強力な武器を隠している。先ほどの投球では速球しか見ていなかった隼だが、何となくそんな気がした。
「……さて、これで準備は出来たよな」
そして球審は八剣凌生。監督自ら審判を行うらしく、監督らしい厳格な目線がマウンドにへと向けられていた。
勝負する事が決まってから即席で選んだ人選にしては、えらく豪勢なメンバーが揃っている。
とても個人的な対決を行う為に用意されたメンバーでは無いという感じが出ているグラウンド。
目的はただ一つ、隼を打ち取る事。
その為に夢花を含む他のメンバーも、本気で立ち向かおうとしているのであった。
(いざ、尋常に!)
(勝負だッ!)
マウンドと打席の間で、両者の視線が交錯し火花を散らす。
そして八剣が大きく手を上げながら、高々と宣告する。
「プレイボール!」
そしていよいよ、戦いは始まるのであった。
(さて、どうしたものかね……)
きっちりと手入れしてあるミットをいじりながら、捕手の長瀬涼子はどのようなリードを取るか考える。
打席の男、片倉隼の実力は当然ながら未知数。
バットは短めに持っている様であるが、先ほどのスイングを目の当たりにして長打力が無いとは思えない。
そして型にはまった完璧な隼の打法に対し、付け入る隙があるようには思えなかった。
しかし、それは隼も同じ条件だ。
隼もまだ、夢花の実力を完全に知っている訳ではない。
先ほどまで彼が見ていた投球練習では、夢花は速球しか投げてはいなかった。
無論、その速球だけでもかなりの武器にはなるであろう威力は持っている。
しかしそれでも、夢花が溝浜疾風の女子野球部で一年生エースと名乗るには、速球だけでは物足りないだろう。
事実、夢花には速球以外にも武器があった。
夢花は惜しみもなく、それを隼に対し見せびらかそうとする。
(涼子ちゃんっ、いつも通りに“アレ”で決めようよっ!)
(……まぁ、一球目は“アレ”でいいね)
夢花は瞳を輝かせながらかかとを踏む動作で何かを涼子に伝えると、それに応じるようミットを構えた。
インコースともアウトコースとも言えぬ、若干高めの位置にミットを構える涼子。そしてそのリードを信じ夢花は思いっきり振りかぶる。
(いけっ!)
小柄な体系からは想像もつかないダイナミックなオーバースロー。そこから放たれたのは、先ほどまで隼が良く見て居た“速球”であった。
その速球は涼子のリード通り、ストライクゾーンの真ん中近くへと向かって行く。
ハッキリいえば打ち頃の速球、カウントを取りに来た甘いコース。しかし向かって行く球には夢花の魔法が掛かっていた。
白球が突然失速し始める。回転が掛かり、球はストライクゾーンに入ると同時にスライダー方向へとスライドし落ちて行く。
それはカウントを取りに来た所を叩こうとする、積極的な打者を陥れる為の魔法だったのだ。
(さぁ、打てるもんなら打ってみなよっ!)
当然、コースは絶好球。これ以上に無いであろう打ち頃の球、打たない方がもったいない。
夢花も涼子も、この魔法で隼を打ち取る気でいた。実戦ではいつもこうしてテンポよく打ち取っていた。
しかし隼はそんな二人の気を知ってか知らずか、そんな甘い球を何事もなかったようにスルーし、見逃してしまう。
(えっ……!?)
(打つ気ゼロなの!?)
双方ピクリとも動かない隼に困惑するも、手元で曲がる夢花の球に変化を合わせ涼子は捕球する。
そしてそれを一部始終左打席で眺めていた隼。引き締まった顔に一瞬だけ笑みが戻ると、ボソリと小さな声で呟く。
「成程、やはり罠であったか」
「……っ!!」
隼の言葉に動揺する涼子。打つ気が全く無かった隼の様子にしてやられた感が表情ににじみ出ていた。
どうやら、夢花が動く速球を使う事を見透かされて居た様子。そして今の傍観でそれは確信へと変わる。
しかし、カウントが悪くなったのは隼も同じだ。
「ワンストライク!」
「いいよー、カウントいいよー!」
カウントを取る八剣の声がグラウンドに響き、それを遠目から見ていた守備陣が夢花達に声を掛けてくる。
確かに、初球で打ち取るつもりでリードし、結果夢花最大の武器である動く速球を見透かされてしまったが状況は悪くない。
打者と投手の対決において、最も有利に働く状況とは早い段階でカウントを取る事だろう。
ボールカウントをあまり出さずに3つのストライクカウントを取る。ストライクのカウントが増えれば増える程相手に焦りを与え、逆にボールカウントが先行すれば投手が追い込まれる。
隼は夢花たちにストライクカウントを無条件で取らせてしまった。
結果的に手を出さなくて正解だったとしても、隼は最初から初球を打つ気が無く、何が来てもスルーしていた事になる。
つまり、そこに大きな隙が生まれていたのであった。
「次から、打っていきますよ」
初球を見逃しワンストライク取られた後も、悠然とした態度を見せながら構える隼。
涼子は思考の読めない隼に対し若干恐怖を感じつつも、マウンドの夢花にサインを出す。
(動く速球は警戒される……、インハイに全力のストレートを!)
(了解っ!)
ストライクゾーンぎりぎりのインハイを注文する涼子。今度は力押しで勝負に出る作戦の様だ。
インコースへの速球は、相手の反応が遅ければ遅い程腕が伸び切らず、打ち取る可能性が高くなる場所。
先に見せた動く速球よりも、威力のある全力のストレートであれば打ち取れる事が出来るとの考えだ。
しかし、その考えは見事に打ち破られてしまう。
注文通りのインハイに、先ほどより遥かに威力ある速球が放たれたその刹那。まるで嵐が吹き荒れたかのような衝撃がグラウンド一面を駆け抜けた。
「――もらった!」
隼の声が微かに聞こえたその瞬間、金属バットが白球を捉え思いっきり右翼方向へと弾き返される。
完全に狙われていた、完全に速球を捉えられていた。白球は場外へと消えて行き、金属バットの残響音だけが耳に残っていた。
しばし、頭の中が真っ白になる選手一同。一体何が起こったのかさっぱり分からない程見事な打撃。
間近で見ていた夢花と涼子ですら、未だ隼が何をしたのかが理解できず。口を開けたまま固まっていた。
そんな選手達の意識を取り戻させたのは、審判を務める八剣の怒号だった。
「ファール……ってかどこまで飛ばすんだよ!」
「うーん、引っ張りすぎたか……」
頭を掻き、小さく息をついた隼と怒りだす審判の八剣。
それを見た夢花達は、ようやく状況をのみ込む事ができた。
引っ張ったのだ。インコースへの速球をタイミングを合わせ、思いきり弾き飛ばしたのだ。
結果は引っ張りすぎのファール。ストライクカウントが増える隼にとっては非常に痛い場面。
しかし最初の見逃しとは違い、場外への大飛球を巻き起こした第二球目の打撃は夢花と涼子の心に恐怖を植え付けていた。
(完全に捉えられてたっ……! むしろ“早く反応しすぎ”てたから引っ張られたっ……!)
(ゆ、ゆーちゃんの全力直球は回転があるから初見だと当てるのも難しいのに……)
とても初打席とは思えない隼の風格を前にし、二人は動揺を隠せぬまま次の投球へと移る。
注文はアウトローへの速球だった。困った時のアウトローと言われるように、アウトローもまた打ち取る可能性の高いコースだった。
しかし動揺する夢花が放つ球はコースから大きく逸れ、完全にボールとなってしまう。
これは流石に隼も打つ気が無いのか、球には反応せず、コースから外れた球が涼子のミットへと収まるのを優雅に見つめていた。
「ボール!」
(むむっ……、なんか今の隼君に普通に投げても打たれちゃいそうなイメージがっ……!)
焦る夢花の表情からは、宣戦布告した時の余裕は感じられない。
それどころか、恐怖からかストライクゾーンから無意識に球を反らすようになっていた。
続く四球目も涼子のリードからは大きく逸れてしまい、カウントはツーツー。
かなり早い段階で隼を追い込んでおきながらも、夢花は自らの手で有利なカウントを潰し始めたのである。
(うーん、ゆーちゃんの投球テンポが乱れてるな)
その様子を二球目のコントロールミスで気づいた涼子。
夢花の表情を覗いてから数秒の間を開けてから、審判の八剣にタイムを宣言する。
「監督、ちょっとタイム掛けますよ」
「え……? まぁ、いいが……」
いくら動揺が目立つからと言って、一打席勝負でタイムを掛けるのは美徳ではないと思いながらも八剣はタイムを認める。
八剣も気づいていた。明らかに隼が場の空気を制圧している事を。
このまま展開が進めば、夢花が自滅してしまう可能性がある事も八剣は読めていた。
だからこそ、この一打席勝負での途中タイムを許し、二人に猶予を与えたのである。
涼子はタイムをもらうと、すぐ様マウンドの夢花に声を掛ける。
「ゆーちゃん、大丈夫……?」
「うんっ……、けどどうやったら隼君を打ち取れるか……」
夢花は唸りながら、捕手である涼子と隼を打ち取る方法を考え始めた。
そんな時、涼子は小さく息をつきながら相方である夢花に愚痴をこぼす。
「こんな時、頼りになる変化球とかがあればいいんだけどね……」
背が小さく、指も大きくない夢花は元々変化球の幅が極端に狭く。
夢花は速球に自信を持つが故、変化球を意図的に習得せずストレートに特化した投球スタイルを持っている。
手元でシュート方向へと曲がるツーシームファスト、段々と失速し変化が生まれるゼロシームファスト。そして伸びのあるストレート。
本来ならばこれら3つだけで大抵の相手には通じてしまうのだが、隼には通用していない。
一応ゼロシームファストを隠し持ってはいるものの、一番最初の打席で変化にも警戒させてしまった以上安易に投げ込める球ではない。
これ以上、対戦相手である隼を驚かせるような球は無いものか、と。涼子が頭を抱えていると夢花が少しだけ何か心当たりがあるような素振りを見せ始めた。
「ねぇ、……私のムービングってさ、手の甲の位置変えて回転軸ずらすと変化球っぽくなるのって知ってる?」
「何それ、普通に初耳なんだけど?」
「そうだよねっ、私も気づいたの最近だし」
興味深い話を聞き、涼子も少しだけ興味を持ったようで、表情が和らいてゆく。
夢花は白球をグラブの中で握りしめ、涼子に対し思い当たる“変化球”を簡略的に説明する。
握り方、変化、理論。簡単に説明を受けただけであったが涼子はとても興味深そうに頷き呟いた。
「成程、たしかに面白いね」
「正確に言えば変化球じゃないし、ムービングの延長線上の球なんだと思う。
制球が上手くいくかは分からないけど、隼君を打ち取れる可能性はグッと高くなると思う。
私を信じて……、受け止めてくれる?」
夢花は心配そうな表情を浮かべながら、幼馴染に頼み込む。
無謀な事だというのは承知、何しろぶっつけ本番なのだ。
夢花が言っている事は“初めての球だがきちんと捕球しろ”、と言っているようなものなのだから。
すると、涼子は心配そうに見つめる夢花を安心させるべく。とびっきりの笑顔を作り親指を立てた。
「任せてよ、ゆーちゃん」
「涼子ちゃん、ありがとっ!」
「一緒に隼君をやっつけよう」
「うんっ!」
二人が一致団結をした所で、涼子が定位置へと戻りタイムを解く。
八剣も隼も、そして他の部員達も。マウンドの二人が何を話し合っていたのかは分からない。
しかし、二人の様子が明らかに変わったのは理解できた。
夢花と涼子の表情に自信が戻っている。それを確認した瞬間、隼は気づいてしまう。
(……何か、やらかすつもりなのか?)
今までとは様子が違う二人に対し、心して構える隼。
既に追い込まれているのは隼も同じ、ここからは全ての球に対応しなくては行けない。
くさいコースにも手を出さなくてはいけない為に、凡退の可能性は非常に高くなる。
隼は神経を研ぎ澄ましながら、夢花のボールを待つ。
(来た――!)
そして、第五球目。夢花の上手から勢いの良い球が放たれた。
その軌道、速さは若干一球目の動く速球に似ており、先ほど三球連続で投じた伸びのある速球ではない事を確信する。
コースはアウトコース寄りであるものの、そのまま突き進めば確実にストライクであると分かる甘いコース。
隼は変化を見極めながら、若干引き付けた状態でバットを振るい始める。
(タイミングは完璧、これで終わり!)
自信満々に勝ち誇った笑みを浮かばせる隼。
コースぎりぎりで夢花の球は揺れ動いていたが、それを隼は見越してフルスイング。
これが直撃すれば快音響かせ流し方向への強打となるだろう、隼は勝利を確信した。
しかし、その確信は見事なまでに崩されてしまう。
実際に聞こえてきたのは、芯を外され鈍い音を鳴らす金属バットのカス当たりの音だった。
「――!?」
勝利を確信していた隼は、実際に起こった出来事に困惑した。
当たれば長打と思い込んでいた打球は、高く跳ね上がりながら三塁方向へと向かう打ち損じ。
確実に当てたと思った夢花の球は、実際はさらに下方向へと変化して行き、完全に芯を外されてしまった。
二重の変化をする動く速球。変化球とは違う芯を外す事に特化した速球を目の当たりにし、隼は悔しそうに唇を噛みながら一塁へと駆けだす。
(……こんな球、見た事も聞いた事も無い!)
目の前で起こった不思議な現象を受け、隼は速球に新たな可能性を見た。
野球の歴史が始まってから百数年。球種という球種が出そろい編み出され、新たな変化球というものが生まれなくなった現代野球。
その歴史の中で動く速球とは編み出され、二段変化するカーブと言った球種も語り継がれている。
それでも、明確な二段変化を生む速球が存在するとは参考書にも乗っておらず。またプロ野球選手の球を見ても、そんな球を使う選手はいない。
日本人は元々綺麗な速球を使う事が主流であり、幼い頃に知らず知らずのうちに投げている事があるムービング、そしてジャイロボールはいつの間にか指導者に直されている事が多い。
しかし夢花は最初から動く速球に拘り、それを極めてきた。
その集大成が、ある意味で言えばこの二段変化を生み出したのかもしれない。夢花だけのオリジナルの“魔球”を。
「よっしゃ! アウトもらったー!」
高くバウンドするボールを嬉しそうに捕球する三塁手。
彼女はすぐ様、一塁へと送球しようと体と視線を向ける。
しかし一塁方向へと目を向けたその瞬間、目を疑う光景がそこには広がっていた。
「え――?」
あまりの出来事に、三塁手の手から白球が零れ落ちる。
隼だ、隼が既に一塁ベースを踏んでいたのだ。
一塁ベースを難無く駆け抜けながら、三塁手の様子を覗く隼の姿がそこにはあった。
超人的速度を持つ隼の走りが、名門溝浜疾風女子野球部の守備陣を凌駕したのである。
「ふぅ……、間に合った……」
何とか勝利が決まり、すっかり元の貌へと戻った隼は大きく息をつく。
しかし打ち損じてしまった事に心残りを感じていたのか、あまり嬉しそうではない。
そして、この結果に満足が行かなかったのは。夢花も涼子も同じだったようで――。
「隼君っ! いくらなんでもそれはないでしょっ!」
「完全に打ち損じたのに酷いっ!」
「あわっ!?」
「こらー! 暴力はいかんぞー!」
完全に気が緩んだ所に、夢花と涼子の鉄拳が飛びモロに食らった隼。
その後再び意識が無くなってしまい、またしても同じ病院に入った事は、当事者だけの秘密となる。
尚、暴力を振るった夢花と涼子は合宿では荷物持ちをさせられたとさ――。
長い闘いでしたございます(かいてる時間的な意味で)
試合とかではもっと簡略化して書きますございますのでご安心を!
試合とかでこんな一打席に時間かけてたら大変でございますからね!
尚、この小説に出てくる変化球にはフィクションが含まれます(そこかよ)
次回、第一章ファイナルでございます!
今後ともよろしくございますです・゚・(ノД`;)・゚・