元姫は異世界で娼婦をしています 作:花見月
朝になってから体力的に辛そうなラケシルが、フラフラと馬車に乗って魔術師組合へと向かうのを内心ちょっと謝りながら笑顔で見送って。
軽い仮眠をとったあとに、初回で"色々"初めてだという必死にお金を貯めてきたのであろう、若い冒険者くんの相手をして。
そんな風に一仕事を終えた昼下がり、私は仕立屋の中にいた。
「いかがですか、アメリー様? 御指示通りの形にしてみたのですが」
仕立屋がトルソーに着用させたドレスは、チーパオ……いわゆるチャイナドレスというものだ。
生地は打ち合わせ通り濃紺の絹地で、予定ではドレス全体に金糸で小花の刺繍だったが、試作品だからか長い裾にだけ図案化された大輪の花が刺繍されている。
「そうね……スリットはもっと深い方がいいかしら?」
襟元はしっかりとした詰襟のマオカラーだが、胸元がしずく型に開けられているので胸の谷間が見える。身体の線が出る様にピッタリと作られているが、スカートの部分にはひざ上の辺りまでスリットが入っているので動きづらいことはなさそうだが、個人的にはもう少しスリットが深いほうがいい。
「ちょっと下品かもしれないけど、脚の付け根の辺りまで入れて。その方が扇情的でしょうし」
「かしこまりました。このデザインですが、一般受注にも使用させて頂いてもよろしいでしょうか?」
実は、私が頼んだデザインのドレスの幾つかは、この仕立屋を通して上流階級にも流れていたりする。
この世界ではあまり見ないデザインで目新しく、そのおかげでここ数年で街一番の仕立屋と呼ばれるようになったらしい。
元の世界でも一般的だったデザインしか指示していないので斬新とか言われてもちょっと困るけど。
「んー……このデザインを一般受注にも使うなら、中に
シフォンスカートを合わせれば単純に足は見えなくなるし、パンツを合わせればアオザイもどきになる。そして、マーメイドラインのチャイナドレスは、豪華で上品だからこちらでも受けるはず。
完成したら、そっちのデザインのドレスも作りたい。
「ほほう……四種類になるわけですね」
「ドレスを頼む普通の御令嬢からしたら、脚が見えるのは、はしたないでしょうしね。だから、そこを抑えればいいと思うわ。もちろん、相手が私みたいな娼婦ならスリット入りをそのまま作ればいいと思うけど」
仕立屋が私の言葉をメモして、お針子達と弟子が台の上に広げられた生地の中からシフォン生地を見繕って広げると、仕立屋と弟子、お針子達で意見交換が始まった。
これも、いつものことなので、私はその間は静かにお茶を飲みながら、話に耳を傾けている。
もちろん、意見を求められれば遠慮なく言う。
この雰囲気が大好きだ。
私にとってドレスは、仕事服であり、普段着であり、戦闘服だ。
元姫らしく、アイテムボックスに放り込んであるユグドラシル時代の手持ちのローブ系装備は外装データがドレスが多い。どれも貢いでもらった物ばかりだが、Aラインにマーメイドライン、エンパイア、プリンセス……更にはウェディングドレスのようにトレーン付きのものだってあるし、真っ白なウェディングドレスそのもののベールとセットになったものもある。
その数は、今の娼館にある手持ちのドレスの数よりも多いし、性能面でも品質においても、こちらで作ったものよりも遥かに上のレベルのものだ。しかし、それを仕事着として着るつもりはないし、参考としても実際に仕立屋に見せるつもりもない。
私はドレスを娼館のあるその街の仕立屋で最低でも一着は作る。デザインはどうしても好みに合わない時は指示することもあったが、基本お任せだ。
こちらの職人が手をかけたものを着ることで、自分が異物だということを忘れようとしているとも言えるけれど、少しずつ進歩している技術が見たかったからだ。
……なのにおよそ百年、殆ど変わらないという残念な服飾の発展ぶり。
ほんと、文化の発達がどこか歪んでると思うの。
こっちのドレスはベルラインやプリンセスラインといった、ウェスト切り替えでスカート部分がふくらんだものばっかりで……それもデザインが、自分が知るものよりもモッサリしてるのよ!
しかも、昔からあるような仕立屋であればあるほど、そういうデザインを勧めてくるし、こちらが指示するデザインは言外で却下されるし。
この街で初めて仕事用のドレスを作ろうとした時は、他の格式のある仕立屋では娼婦のドレスなんぞ作らんと突っぱねられ(後々知ったけど、紫の秘薬館の娼婦だと言えば作ってくれたらしい)、この新興だった仕立屋『ネアン』以外からは断られてしまった。
だが、それが逆に良かったのだ。
新興のためか、ネアンの店員たちは新しいこと珍しいことに貪欲だったから、自分達が提案するデザイン以外にも興味を持った。
私が知るデザインを指示すれば、そのデザインを認め更にそれを昇華し、それ以上の品物にしようとする。
今回のチャイナドレスも満足がいくものになりそうで、思わず笑みがこぼれた。
そして、こうやって好きなことをしていると時間は過ぎるのが早いもので。
気がつけば、街灯に光が灯り始め、街全体に夜の雰囲気が降り始めていた。
室内が薄暗くなってきた時点で手元を照らすために永続光式のランプをつけたために、気がつくのが遅くなったようだ。
慌てて席を立とうとすると、入口の扉が開いた。
入ってきたのは、金髪のメイドと腰に剣を下げたゴツい男。
「……ごめんください。こちらに紫の秘薬館のアメリーが来て……って、やっぱり、いたぁーーーっ!」
こちらを見て、最後は叫び声になった。
シャーレと娼館の護衛だ。どうやら、私を迎えに来たらしい。
ツカツカと近寄ってくるシャーレは薄い笑みを浮かべてるし、護衛は困ったような表情をしている。
「もー、何やってるんですか! 時間とっくに過ぎてるし、お客様もお待ちになってるんですよ?!」
「あー、ごめーん……今帰るところだったから」
時間を忘れて過ごしていた自分が悪いので、全面的に謝らねばならない。
話を中断させてしまった仕立屋達にバツが悪そうに謝罪し、帰るためにフード付きローブをまとって店の外に出る。
迎えといえば馬車だろうと思ったけど、外に出てみれば馬車がない。
シャーレ達に何で来たのかと問えば、馬車が出払っていたので徒歩できたのだという。
そのために護衛が、わざわざついてきてくれたらしい。
本来、娼館の外に仕事で出かける際は、娼婦を買った相手が馬車で迎えに来るものなので、店にある馬車の数はそんなに台数がないのだ。
「ほんとに女将さん、カンカンですよ! 外出禁止になるかもしれませんよ、全く……」
ブツブツと文句を言いつつ、私の前をシャーレは早足で歩く。
石畳が無い路地にさしかかり、時々、躓いて転びそうになっているが、決定的に転ばないのは器用なことだ。
私の後ろを歩く護衛の人も、転びそうもない安定した足取りの私よりもシャーレを心配している気がする。
「うん、時間忘れてた私が悪いから、しばらく謹慎する……」
元高級娼婦上がりだという、おっとりした年齢不詳のマダムな女将さんは、一度怒ると本当にコワイ人だ。
ああ、コワイって言っても精神的にね?
別に相手は只の人間だし、片手間でも殺せる程度でしかない相手だけどさ。一応、敬意を払っているのだ。
世話になっているのだから、その娼館の決めごとくらいは守らないといけないよねと、悪魔も悪魔なりに思ってるわけですよ。
契約は絶対守るのが悪魔ですし――――それを歪めて理解しないとは限らないのも悪魔だけど。
「わきゃっ!?」
「やだ、あっぶないなー」
私が少し考え事をしていた隙に、可愛らしい声を上げて、ついにシャーレが転んだようだ。
そのそばで、金属のこすれるような音と共に翻った影がぼやく。
思わず、そちらに目をやると黒いマントを身につけた女性がそこにいた。
私よりは薄い紫の瞳と短めの金髪が揺れ、面白いもの……おもちゃを見つけた子供のような目でこちらを見ている。
「……えっと……連れの者がごめんなさい。大丈夫ですか?」
一応、シャーレは私専属のメイドだから、この場合は私が謝らないといけないだろう。
謝罪するために、フードを外して頭を軽く下げた。
「あは、大丈夫よー。ぶつかられそうになるの今日は二回目だしー?」
そう返事し、手をひらひらとさせて、彼女はニヤリと嫌な笑いを浮かべた。
彼女が手をひらひらとさせたことで、一瞬マントに隙間があき、彼女の鎧が目に入る。
スケイルアーマー……?
金属音はこれだったのかと思うと同時に、そのスケイルの色が一つ一つが違うことに気がつき、一瞬で理解した。
あのスケイルアーマーは、冒険者のプレートでできている――と。
今、私を庇うように前に立つ護衛も、立ち上がって申し訳無さそうにしているシャーレも、この薄暗い路地ではあの鎧はきっと見えていない。
私が闇視と魔法的視力強化/透明看破を、種族特性として持っているからこそ見ることができ、気がついたのだ。
今はシャーレと護衛というお荷物がいる。ここは気が付かなかったことにして、穏便にやり過ごしたほうがいい。
「そうですか……それでは、失礼します」
二回目という言葉に何か引っかかりを覚えたが、自分には関係ないことなので気にしないことにする。
「んー、ほんと残念。時間がアレばかわいがって
笑いながら、彼女は私の横を通りすぎる瞬間にそんなセリフを呟いて街中へと歩いて行った。
思わず立ち止まって私は彼女の後ろ姿を凝視してしまい、その姿が建物の角へと消えたことを確認して溜息をつく。
そして確信する。あれは、私が嫌いなタイプの人間だ。私が一人の時に会っていたら、躊躇なく殺していたかもしれない。
「……さ、帰ろ。うん」
再度、フードを付け直して連れの二人を促す。
「あの人、女の人のほうが好きな方なんですかね? かわいがってとか言ってましたけど」
促されて、歩き出したシャーレが不思議そうに、色々とぶち壊しの一言を言ってくれた。
どうやら、声が聞こえていたようだけど……違う、シャーレ。そうじゃない。
「そうだね……たぶん、どっちもいけるんじゃないかなー……」
うん、きっと
人間が壊れていくのを楽しんで見るのだろうし。
「でも、お客さんには無理ですね。見た感じお金持ってなさそうでしたし」
「ああ……うん、知ってた。やっぱりシャーレの基準はそこなのね。私もう驚かない」
「お金は正義ですから」
なんだろう、この変な徒労感。
護衛の方を見れば、私達の会話に笑いを堪えているようだった。
やがて、華やかな光りに包まれた店が見え、会話も止まる。
そして、私は部屋に待たせていたイグヴァルジと女将さんへ、全力で猫をかぶって謝ることになった。
この時の私は知らない。
あの路地で出会った女をあの時殺しておけば、一つの冒険者パーティを死の運命から救うことができたかもしれないことや……アンデッドの大群が現れることもなかったかもしれないことを。
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