元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第3話

 久しぶりの休日から二日ほど経ったある日の昼下がり。

 今日は夕方から、食事デート付きの一夜買いの予約が入っているため、ドレスアップ前に風呂に浸かり、暖かな湯に脱力していた。

 

「ふぃー……」

 

 思わずマヌケな声が出るけど、気持ちいいので仕方ない。

 そのうち温水シャワーもマジックアイテムで再現したい。手持ちの簡易拠点作成アイテムのグリーンシークレットハウスには、そういうのも完備してるから参考にできるだろうか。

 

 扉の向こう側でいつものBGM(文句)が流れている。今は、シャーレが必死に部屋の掃除をしているのだろう。

 あれ? あちらの部屋の扉が開いた音がする。誰かとシャーレが話をしているようだ。

 

 やがて、私のぼんやりとした微睡みを壊すように風呂場の扉を開けて、シャーレが現れた。

 

「アメリール姐さん。仕立屋のネアンから試作品ができたので、都合が良い日時をお知らせ下さいって連絡来ましたよー」

 

「あら、早い。お針子さん達が随分頑張ったみたいね」

 

 ドレスを仮縫いで立体化するのに普通は一週間はかかるから、まさか二日で試作品とはいえ完成するとは思わなかった。

 

「んー。じゃあ、明日ここに届けて……いや、また直接行こうかな。明日の予約はどうなってたっけ?」

 

「えーと、確か昼頃に初回のお客様が一人。夕方からは翌朝までの一夜買いで、先日もいらしたイグヴァルジ様が」

 

 あー、アイツか……できれば、しばらく相手したくないんだけど。

 

「そう。ま、一夜買いなら、少し遅れても文句はでないわよね? じゃ、昼のお客様終わったら、出かけることにするわ」

 

「……姐さん。気のせいかもしれないですが、イグヴァルジ様に対する扱いが酷いような?」

 

「うん、私アレ嫌いなのよ」

 

 シャーレには、あまり隠し事は(流石に自分が人間でなかったり、百年前にこの世界に来たとかは言っていないが)しないので、キッパリはっきり言い放つ。

 

「うっわ、はっきり言っちゃった。姐さんのお客さんの中で一、二を争う金蔓なのに」

 

「それ、シャーレの認識も割と酷いよね……?」

 

「お金は正義ですよ、アメリール姐さん。お金は裏切りません。お金持ちは偉いのです」

 

 真顔でそう言われた。

 知らなかったよ……シャーレって、守銭奴だったんだね……

 なるほど、確かに振り返ってみると私に身請け了承をシャーレが勧めていた客は全員、ある程度の金持ちだ。

 忠誠心から言ってると思ってたけど、単純に金持ちだから良いと思ったってことか。

 

「……うん、何か。シャーレの基準がわかった気がするわ」

 

「えっ?」

 

 意味がわからないと首を傾げるシャーレに、私は苦笑を返して風呂からあがることにした。

 

 

 

 

 

 今でこそ、私は高級娼婦として特別待遇で自由を謳歌し、楽しんで仕事をしているけれど、この世界に来て娼婦になったばかりの頃は、文字は読めないし常識やマナーは知らないと散々だった。かろうじて、外見は超一品だったから、そのおかげで客がついて、その客達に色々と教えて貰えたからこそ今の私がいる。

 

 つまり、ただの娼婦と高級娼婦の大きな違いの一つに、知識があるか無いかというものがあるのだ。

 

 娼婦は基本的に娼館の中で客を迎えるだけでいいのだけど、高級娼婦ともなると性技と外見だけでなく、場合によっては娼館の外へ連れ出されてどこぞの貴族や大商人主催の夜会のパートナーとして参加するとか、自前の頭の中身を試される機会も多い。

 まあ、私は長く生きてるので、その辺りのマナーは完璧に近いと自負している。例え国王や皇帝の御前に行っても落ち着いて行動できるはずだ。

 

 さて。なんで、こんな話をしているのかというと、現在私は黄金の輝き亭というエ・ランテル最高の宿に、客に連れられて食事に来ているからだったりする。

 相手は、魔術師組合の組合長のテオ・ラケシルという、三十代後半くらいの痩せぎすで神経質そうな男だ。

 組合長が娼婦なんぞ連れて食事に来ていいのかとか言われそうだけど、私『高級娼婦』だからね?

 知らない人から見たら、どこぞの御令嬢と食事しているようにしか見えないし、上客用の個室(たぶん、普通は商談や密談なんかに使われるんじゃないだろうか)を使用してるし。

 それに彼は独身だから、そういう意味では問題にならないし。

 

 最高級の素材が使用された、豪華な料理を食べつつ、個室で何の会話をしているのかというと……ある種の突き詰めた専門家というか、オタクというか。興味ある分野については立て板に水のごとく饒舌(じょうぜつ)になる人物がいると思うけど、ラケシルもそういった人物で会話の殆どが魔法やそれに付随する学問に関することだったりする。

 私もその辺りの知識は一通りあるし、その手の話ならば長年の娼婦生活で客から仕入れた知識で彼との会話に困ることはない。

 それに私も魔法が使えることを彼は知っている。魔力系の魔法詠唱者としての意見交換もできると言うのは彼に言わせればかなり希少価値が高いらしい。

 流石に私が第十位階まで使用できるというのは知らないけど、この世界で一般的に習熟していると言われる第三位階、もしくは第四位階以上使えるのではと思っているみたい。

 

 ま、それがきっかけで、私の客になったんだよね。

 どこから知ったのか、第三位階以上が使える魔法詠唱者が娼婦などと……という感じで、娼館に部下を引き連れて直接文句を言いに来てさ。

 結局、うるさいから『娼婦らしい力づく』で私が彼を黙らせたの。

 あ、ラケシルはこれで魔法使いを卒業したみたい? なかなか初々しくて美味しかったです。

 ちなみに、部下の方は他の姐さん達に頼った。花代は私持ちだったし、あちらはあちらで楽しんだはず。

 

 ラケシルは、食事にも連れ出してくれるし、時々くれる装飾品や細々としたプレゼントのセンスも悪くはない。

 ただ、彼に対する不満を言えば、身請けの話を忘れた頃に持ってくることとか、その割にはアッチの方は淡白で今日みたいに一夜買いしても、ほとんどが話だけで終わってしまうことかな。場合によっては抱きもせずに寝てしまうことすらあるくらいだけど、そう言う時は私が勝手に寝てる彼にイタズラしてる。

 遊び慣れてない感じが、割と私の嗜虐心をそそるので、性的にイジメたくなるのが玉に瑕だ。

 

 娼婦にとって、一夜買われることと時間で買われることのどちらが疲れるかと言われれば、複数の相手をこなすことになる時間買い。

 そして、高級娼婦ともなると基本的に時間買いの客はほとんど受けなくなる。客層が娼婦とは違って上客がメインになるから、一夜買いという高額料金でも支払うって人ばかりになるからだ。そのため、私は暇な昼間は時間買いも多少受けてるけど、他の姐さんは昼間は受けつけてない。それでも十分やっていけるからね。

 まあ、これが低辺の闇娼館だと時間買いのが儲かるから無理に客を取らせるし、娼婦自体も使い捨てだから避妊薬も渡さないし。

 

 ああ、避妊薬なんて飲んでるのかって?

 

 避妊薬は妊娠して仕事できなくなったり、下手に落胤・庶子騒動になると困るから高級娼館ともなると強制的に飲まされる。

 卵巣と子宮に影響がある薬っぽくて、月のモノが来なくなるみたい。効果はピルそのものだね。

 ただ、この薬って錠剤じゃなくて薄い緑色をした液体の薬で、飲み続けてると子供が産めなくなる毒の一種らしい。つまり、毒が無効の私には効かないから無意味なものだけど、この身体になってから人間で言うところの月のモノが無いから、ごまかす手段になっていて正直助かっている。

 医学があまり進んでなさそうなのに、ちゃんと効果があるこういう薬が開発される辺り、なんか文化の進みが歪んでる気がする。

 

 そんな風に思考はあちこちと飛んでいるのに、ラケシルと話す内容は魔法理論の話というある意味器用なことをしていたのだが、ドアの外が騒がしい。ドアの向う側にあるホールで、甲高い声で叫んでいる女性がいるようなのだ。

 会話に邪魔が入ったことにラケシルは険しい顔をしている。

 

「ねえ、何かあったのかしら?」

 

 彼の機嫌が悪く怒ってしまいそうだったので、私はその前にドアの横にいる給仕にやんわりと何があったのか聞いてみた。

 

「申し訳ございません。恐らくでは有りますが、数日前から宿泊しているバハルス帝国からいらっしゃったお客様が……」

 

 話しによれば、わがままなお嬢様が食事が気に入らないと難癖つけているらしい。

 一瞬、仕立て屋で鉢合わせしたあの二人が頭に浮かぶ。

 

「もしかして、ご年配の執事を連れた、金髪でこんな感じの巻髪で……とても美しい方?」

 

 自分の髪を縦ロールにするように軽く巻いて見せて聞いてみればそうだと言う。

 

「うん? アメリー、知り合いなのか?」

 

「ううん、違うの。実は……」

 

 ラケシルに仕立屋での一件を話し、食事も終わりかけていたので席を立つことにした。

 

 

 こういう、運が悪いことっていうのは重なるもので。

 

 

 馬車でデート気分のまま娼館まで戻ってくると、受付のあるホールで男が二人もめている。

 片方は魔術師らしいローブ姿で、もう片方は戦士のような男だ。

 受付係が二人に事情説明をしているようなのだが、どちらもお互いを罵る言葉しか発しておらず、埒が明かない。

 周囲を見回せば、受付の側でオロオロしている姐さんが一人。

 なんとなく察した私は軽く溜息をついた。

 大方、ダブルブッキングというやつだろう。

 予約係がミスしたのだと思うが、流石に高級娼館でこの騒ぎはいただけない。

 

「……ラケシル、悪いけれど先に部屋で待っていてもらえないかしら?」 

 

「構わないが……大丈夫なのか?」

 

 ちらりと彼もその二人を見やり、自分が一声言うべきだろうかと考えているようだった。

 確かに、片方は魔術師なので魔術師組合長のラケシルが何か言えば黙るだろうが、彼の立場を考えるとあまりこういった場所で目立った形で面倒を起こさせたくはない。

 待機していた下働きの一人にシャーレを呼んでくるように伝え、その後現れたシャーレに彼を部屋まで案内するように頼む。

 

「すぐに行くから。ごめんなさいね」

 

 シャーレに連れられて、部屋に向かう彼の姿が奥に消えたことを確認してから、私は揉めていた二人を眠らせるべく魔法を使用する。

 

「《睡眠(スリープ)》」

 

 範囲は極力二人だけに狭めたつもりだったが、二人の周囲を囲んでいた娼館お抱えの護衛数人も巻き込んでしまったらしい。

 バタバタと眠りに落ちて、その場に崩れ倒れた。絨毯の引かれたホールなので、恐らく痛みはないはず。

 

「理由はわからないけど、ここで揉めているのはこの娼館の品位を落とすわ。空いてる客室あったわよね? そこに二人を運んで。受付係は女将さんを呼んできなさい」

 

 私が毅然として言うと、皆慌てたように行動を始めた。

 受付係は弾かれたように店内の奥へと走り、睡眠に巻き込まれなかった護衛が寝てしまった護衛たちを起こしてから揉めていた二人を運ぶ。

 そして私は、オロオロしていた姐さんに事情を聞くと、予想通り予約が重なっていたらしい。

 こういう場合は、上客の方を優先することになっているのだが、どちらも一夜買いの常連なので判断がつきかねたのだという。

 

 完璧に予約係が悪いとしか言いようが無い。

 軽い頭痛がしたが、女将さんへきちんとその説明をするように言うと私は、ラケシルが待つ自室へと向かう。

 流石に客を待たせているので、これ以上私ができることはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 結局。

 部屋に戻った私達は、お風呂プレイをしたわけだが、彼が先に音を上げ、ベッドに行くことになってしまった。

 

 ラケシルはすでに夢のなかだ。

 

 ちょっと調子に乗ってイジメすぎたかもしれないが反省はしない。




おかしいな、予定のところまで進まなかった誰得回……
次回、クレマンさん登場

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