元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第2話

 いつも、街中へ向かう度に思うのだけど、ここ(エ・ランテル)って確か国王の直轄領だよね。

 なのに、中央通り以外の通りが石畳になってないのって怠慢じゃないの?

 せめて、うちみたいな高級娼館とか歓楽街付近までは、きちんと敷いてほしいわ。

 

 そんな風に思うのは今歩いてる道が、荷車や馬車の(わだち)の痕に水たまりができてたり、泥とか砂でぐしゃぐしゃな悪路なせいだったりする。

 伊達にステータスが高いわけじゃないから、この特注のハイヒールブーツでも転んだりなんかしないし、問題なく歩けるけど……歩きにくいのには変わりない。

 

 今日は、適当に露店巡りをした後に、仕立屋の所で新しいドレスの生地とデザインの打ち合わせの予定。

 

 私の黒髪と黒に近い深紫の瞳は、この王国と帝国の辺りではかなり珍しいらしい。十中八九、髪や目よりも美貌のせいだろうけど、歩くだけでこちらを振り返ったり凝視したりする人間がとても多い。

 だから、出かける際は深いフード付きのローブを手放せない。

 今日は、茶褐色という目立たないローブの下に若草色のドレスと濃茶のハイヒールブーツ。

 

 本当はフードは鬱陶しいし、そのまま普通に歩きたいんだけどね?

 

 人通りがちょっとでも少ない所を歩いていると、つまらない人攫いに襲われる羽目になったりするのだ。

 別に怯えたフリして捕まって犯されるのも輪姦されるのも、それはそれで有りなんだけど、流石に百年もこの世界で暮らしているといい加減飽きる。やることがワンパターンだし、だいたいそういう相手って異常に汚いし臭いから、結局はイラッとして殺しちゃうのよね。

 人間に紛れて暮らしてるんだから、そういう意味のない揉め事は起こしたくない。

 

 それにしても、言ってることもやってることもアレだけど、イラッとしただけで躊躇なく殺す。

 ほんと、私の元の人間性ってどこいったんだ……?

 

 

 

 これでも、五十年と少し位前だったかな。

 たった数年間だったけど、身請けを了承して娼婦をやめて、一人に尽くしていたことがあるんだ。

 

 相手は若いけど名の知られた傭兵剣士でさ。己の強さを求めるストイックな人だった。

 たまたま戦勝祝いか何かで連れてこられた娼館で私と会ったんだ。最初は女に興味ないって言ってた癖に、その後、私が身請けに応じるまでほぼ毎日ずっと通ってたんだから、全くもって説得力無いよね?

 

 彼は、確かに整った顔と均整の取れたスタイルのイケメンではあったけど、彼よりも外見が良い男も頭がいい男も金持ちの男も両手の指の数よりいたし、何で身請けに応じたのか今でも良くわからない。

 あえて言うなら、客の中で一番の強さ(レベル)を持ってたくらいかな? もちろん本来の私と比べたら、全然弱かったけど。

 

 だから、最初は単なる気まぐれだったんだと思う。

 

 それでも、身請けされたからには私は彼の物。二人で冒険者のようなことをして暮らした。

 彼からは剣や短剣の扱い方とか武技っていうのも、教えてもらってさ。

 毎年、彼が戦争に行っている間は宿で待ちぼうけしてたけどね。

 それでも……あの頃は、楽しかったな。

 

 でも、彼はある年『この戦争が終わったら、傭兵をやめるから一緒に故郷に帰ろう』……そう言って戦争に行ったまま、約束の日になっても帰って来なかった。

 

 死亡フラグを天高く掲げた挙句にそのまま回収するとか……どうなの?

 

 もしかしたら、私に嘘をついて戦争には実際行っていなくて、ただ姿を消しただけ……なんて思おうとしたけれど彼が私のもとに預けていった資産の額や、それまでの行動から絶対にそんなことだけはない。

 だから、必死で不慣れな探知魔法と本来の私の身体能力をフルに使って、戦場となったカッツェ平野で彼の痕跡を探した。

 最初に調べた帝国と王国のどちらの死体置場にも反応がなかったから、戦場にまだあるはずだと思ったんだよね。

 死体の一部でも見つけることができれば、蘇生の短杖で生き返らせることもできるはずだと。

 あんな広大な所だし、詳細な地図なんて手元にも無いから、見つかるわけないのはわかっていたのに。

 それにあんな場所だもの、アンデッドにその身が変わっている可能性が高い。

 彼が元になってるアンデッドなんて見たくは無いけれど……それでも探さずにはいられなかったのだ。

 

 彼に反対されても、一緒に戦争に行けば彼を死なせることはなかったのに。

 いや、私の持つ装備かマジックアイテムのどれかを渡すだけでも違ったはずなのに。

 

 彼に人間をやめさせる機会だって、たくさんあった。

 堕落の種子や昇天の羽なんて、ゲーム時代に貢がれたものの中に大量にあったし、果ては吸血鬼の真祖になる貴重なアイテムだってあった。

 

 でも、私はソレを言い出せなかった。

 

 

 自分が人間ではないことが言えなかったから。

 

 

 そのせいで装備やマジックアイテムを渡すことも、戦争について行くこともできなかった。

 それに人間をやめたら、きっと彼は彼でなくなる。私が私でなくなったように。

 だから、言えるはずもなかった。 

 

 散々探しまわったけれど……結局、彼は見つからなかった。

 

 悔しくて悲しくて、その場で泣き叫んだことを覚えている。

 その後……私は彼の相方としての自分の痕跡を全て消して、もとの娼婦に戻ったのだ。

 

 今思えば、リアルでは恋愛とは無縁だったから、きっとあれが初恋だったんだろう。

 そしてあの慟哭が私の『人間としての心の残滓』の最期だったのかもしれない。

 

 だからこそ、もう身請け話は絶対受けない。受ける必要もないのだから。

 

 大体、姫プレイしてた自分が、あんなのに引っかかって全力で探すとか笑い話にしかならない。

 まあ、あんな相手とはもう会うことはないと思う。

 そもそも、娼館に来るような相手は、ヤることしか考えてないしね。

 

 

 

 仮初の一夜の恋、皆の私☆ ソレでいいじゃない?

 

 

 

 とりとめもなく、そんなことを考えながら私は広場に向かって歩く。

 そろそろ、冒険者組合の建物が見えるなーって辺りまで来ると、なんか周りが騒がしい。

 いや、この広場通りが騒がしいのはいつものことなんだけど、種類が違うっていうの?

 よく見れば視線が一つのところに集中してるから、その視線をたどると真っ黒な全身鎧に真紅のマントを身につけて、背中に二本の大剣を背負った人物と、深い茶色のローブに私のような黒髪をポニーテールにした美女が見えた。

 

 ふうん? あの全身鎧のひと、随分良さそうな装備をしてる。

 しっかり鑑定したわけじゃないからなんとも言えないけど……少なくとも、冒険者の中でも抜きん出た装備だわ。

 ま、私の持ってる装備には、劣るけど。

 たぶん、男だよね? 女でも蒼の薔薇のガガーランみたいなのもいるけど、アレは特別なはずだし。

 装備を見る限り稼げそうな相手だから、是非とも懇意になってほしいんだけど、女連れってことは娼婦(ウチ)のお呼びはなさそう。

 

 あの美人さんの方は、ローブ姿の軽装だし魔法詠唱者かな。

 私と同じ黒髪って珍しい。南方の国出身なんだろうか。

 

 どっちも初めて見るけど、余程腕に自信があるのね。あれは目立つことで、顔を売ることを計算に入れてる。じゃなかったら、あんな華美な全身鎧を装備して、派手な真紅のマントなんて選ばないし、連れの美人さんの顔を出したままになんてしない。

 

 路地に入っていった彼等を眺めながらぼんやりそんなことを考えていると、さっきの美人さんと紫の秘薬館の最上位娼婦のどちらが美しいか、という言い争いをしているのが聞こえて、私は思わず笑った。

 

 だって、同じ黒髪美人系列だから比較に出したんだろうけど、その最上位娼婦って私のことだもの。

 

「……私の方が美しいって言って下さってありがとう。また来て下さいね、お待ちしてますわ」

 

 悪戯心が抑えきれず、私の方が美人だといった男の側に行ってこっそり囁いた。

 

「えっ!?」

 

 声が聞こえた彼は、慌ててキョロキョロするものの、私はすでに人混みに紛れた後だ。

 まさか、すぐ側にその娼婦がいたとは思ってないだろうなあ。

 普通の娼婦は娼館から絶対出ることはないからね。高級娼婦はその娼婦よりは自由だけど、それでも仕事以外では外へは出れない。買物は娼館に商人呼ぶのが普通だし、外出する私が特殊なのだ。

 私が何があっても戻ってくるってわかってるから、自由にさせてくれてる女将さんに感謝である。

 

 

 露店で串焼きの肉を買って、食べながら歩く。

 うん、美味しい。

 あとは、さっき売ってたサンドイッチみたいなの買って、それでお昼でいいかな。

 やっぱり、かしこまった食事よりも、行儀悪いけどこれが良いのだ。

 

 モシャモシャと食べながら目的地である街一番の仕立屋に向かうと、店の前に黒い大きな馬車が止まっている。

 

 どっかの貴族か金持ちが来てるんだろうかと四頭立ての大型馬車を見ながら思う。

 御者台にいるのは馬車の雰囲気に合わせた上等な服は着ているものの、服に完全に負けているチンピラみたいな酷い男だ。

 なんでこんな男を御者なんかに使ってるんだろう? どう見ても信頼できる人間じゃない。

 食べ終わったゴミを片付けながら、思わず眉をひそめてその横を通り過ぎ、仕立屋の扉を開け中に入る。

 

 フードを外して自分が来たことを告げようとすると、それと同時に甲高いヒステリックな叫び声が店の中に響いた。

 

「なんなのよ、これは! ろくなものがないじゃないっ」

 

 声の元を見れば、先客らしい長い金髪縦ロールのお嬢様と老齢の執事がいる。

 その前には、仕立屋と弟子がデザイン画と完成見本のドレスを、そしてお針子達がたくさんの布を広げているのが見えた。

 

「しかし、お嬢様。ここは、この街一番の仕立て屋だと――」

 

「もういいわっ 宿に帰ります!」

 

「承知いたしました、お嬢様」

 

 バタンっと大きな音を立てて扉を開けて、縦ロールのお嬢様は外に出ていき、執事は店員と私に向かって申し訳無さそうに深々とお辞儀をして彼女の後を追いかけていった。

 嵐と表現した方がいいような二人に、私は思わず呆気に取られた。

 

「なんなの……あれ……」

 

 この声で、ようやく私が来たことに気がついた仕立屋が、慌てて私のローブを受け取って椅子を勧めてくる。

 客用に用意されているテーブルセットのテーブルから、さっきまでいたお嬢様達が使用したのであろうカップが片付けられ、新しい紅茶が運ばれてきた。

 

「いやー、すみません。先ほどのお客様はバルド・ロフーレ様からの御紹介だったのですが……」

 

「あら、そうなの? ふーん……あの、わがままなお嬢様を相手にするって大変ね……」

 

 食料関連の大商人の名前が出て、少し戸惑ったが、恐らくあのお嬢様の父親の方と伝手を取りたかった彼が、彼女の機嫌を取るためにこの仕立て屋を紹介したのだろう。

 結局はわがままぶりに振り回され、無駄だったようだが。

 

「まあ、そんなことより、打合せの方を始めましょう。今度は裾にスリットを入れて脚がよく見えるようになるドレスを――で、生地はこんな感じで」

 

「ほほう。新しいデザインですね? アメリー様の指示なさるデザインは、斬新で素晴らしいです」

 

 仕立屋と弟子が、私の話を聞いてデザイン画を書き上げていく。

 お針子たちも入れ替わり立ち替わりで、倉庫から生地となる布を持ってくる。

 

 こうして、私は夕方近くまで仕立て屋で有意義な時間を過ごしたのだった。 




見つからなかった理由 ヒント:フールーダ

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