元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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 ……あと数回。


第14話

 そもそも、何でこんな状態になっているのかというと――――

 

 

 あの王都最後になるであろうささやかな宴後、酔い潰れたブレインとガゼフを使用人と一緒に、それぞれの部屋に連れていき、そのままベッドに寝かせた。

 そして私も眠りはしないものの、とりあえず横になるつもりで服を脱ぎかけたところで、予め掛けていた攻勢防壁が破られたのがわかった。

 

 まあ、前にも言った通り、取巻きが得意としていたため、私は基本的に対人用と呼ばれる魔法の数々はあまり得意ではない。使い方も基本通りでおざなりだ。使う必要性がなくプレイヤースキルを磨くことなんて無かったのだ。そこそこのプレイヤースキルのある使い手なら、私がかけた魔法なんて意味をなさないし、ほぼ破り放題だ。

 

 ちなみに、これは晒しスレにもしっかり書かれていた。

 他に書かれていたのは、私が魔力系の魔法戦士であることや異形種のサキュバスで女王(マルカンテト)であること。姫プレイの結果、大量のアイテムを貢がれていること。一部で賑わっていた色々な詐欺や鮫トレの元締めであること。ギルド所有のワールド・アイテムを持ち逃げしたこと、そしてそのワールド・アイテムの効果など。

 

 ああ、もちろん詐欺や鮫トレ容疑、持ち逃げとか全部言われもない嘘よ。

 私、そういうのは大嫌いだったし、むしろ止めていた側。

 逆に手口の細かい描写とか内情知る者が書いてそうな所を見る限り、そっちに手を染めてたのは元親友のあの子の方かもね?

 

 だから、晒された当時は本当に大変だったんだよ。

 

 頻繁に破られる防壁に狩の妨害、ワールドアイテムを狙う徒党、何故か私を避ける友人やギルメン、そして取巻きたち。

 そして、知らない相手からのBAN一歩手前の卑猥な内容の伝言など……並べればキリがないけれど、その中に、私が晒されてるって教えてくる親切な(はた迷惑な)相手がいてね。それで、自分が晒されてるってわかったの。

 

 ちなみに私の持ってるワールドアイテムは、常時発動型の《有限の宝石箱(リミテッド・ジュエリーボックス)》と呼ばれるものだ。

 見た目は5カラットダイヤくらいの大きさの薄い黄色味がかった小さな宝石で、胎内に融合することで効果が発揮する。効果は、所有者のアイテムボックスの大きさを10倍にし、デスペナによるアイテムドロップを防ぐという代物だ。

 ワールドアイテムにしては、正直その効果はかなりしょぼい。アイテムボックスの拡張も、デスペナによるドロップの防止も課金アイテムで可能だから、有用性という意味では微妙なのだ。

 まあ、課金で増やした大きさ分も含めて10倍だから、使いようだとは思うけど。

 

「……やっぱり、さっさと帝国行くべきだったわ」

 

 知り合いを巻き込むのは心理的に避けたい。

 すでにバレているのであれば、外で出迎えるしかないだろう。

 

 ベッドの上で寝息を立てるブレインをチラリと見て、約束を守れなかったことの詫び代わりにアイテムボックスから、一本の刀を取り出して枕元に置く。

 遺産級の数打ち武器だが、少なくとも今使用している刀よりは強いはずだ。

 

「強くするという約束を守らなくてごめんなさいね。だから、貴方は自由。その刀は詫びの対価よ」

 

 どうせ、寝ていて聞こえてないだろうが、自己満足のためにそれだけ口にすると、アイテムボックスから自身の完全装備である神器級装備を取り出して、元のサキュバスとしての本性に戻る。

 数多のデータクリスタルを潤沢に使った、真紅の生地に金糸の小花刺繍が散りばめられた背中が大胆に開いたロングのチャイナドレスとハイヒール。そして黒狐のショールに黒いレースのロンググローブ。サキュバスの女王なら、モデルから考えれば薄い透き通るようなガウンとスカートの裾に刃物を仕込んだ露出の激しいレザーのビスチェドレス、それに編上げのピンヒールが正しい姿だとは思うけど、そのデザインは伝説級の装備として持っていたから、あえて、どこぞのマフィアの情婦のような姿に路線を変えたのだ。

 懐かしい、そんなスクリーンショットを晒された際に着ていたものと同じ装備を身に着けて、全ての指に各種耐性用の指輪をはめる。最後にシェンディラを装備してから、窓を開けて外へと私は飛び出し、翼をはためかせてガゼフ宅から少し離れた屋根の上へと降り立った。

 

 

 ――――そして、その私を待ち構えていたのが、このパンドラズ・アクターというわけだ。

 

「いくつか質問しても良いかしら?」

 

「お答えできるかどうかは、内容にもよりますが……どのような御質問でしょうか?」

 

 彼の返答には、そこはかとない敵意を感じた。

 この迎えに現れたパンドラズ・アクターのレベルは、前回の異形種達とは比べ物になどならないことはわかる。

 もしかすると、100レベルの拠点防衛用NPCの一人なのかも?

 これは、内容の如何によっては私の身が危ないかも……と思いながらも、一応相手が表向きとは言え友好的に接しようとしているのならば、いきなり生命を取ることはしないだろう。

 だから、私は気にかかっていた質問を投げかけてみた。

 

「そうね。まずは、貴方の御主人様はアインズ・ウール・ゴウンであっているかしら」

 

 様と呼ぶのは、今RPしている女王としての矜持が許さないし、さんをつけるのもなにかおかしいので呼び捨てる。

 ガゼフが言っていた魔術師が主人なのか。これは、今後の指針ともなる質問だから重要だ。

 

 主人を呼び捨てにしたのが気に入らなかったのか、ハニワのような顔の表情はかわらないが、一瞬、突き刺すような剣呑な殺気を帯びた。しかし、それもすぐに表面上は穏やかな気配に戻る。

 

「やはり、ご存知でしたか。そうでなくては」

 

 私が知っていることが、当然と言うような態度で返された。

 この態度は少し気になるけれど、とにかく疑問は解消させるべきなので、今は流す。

 

「あら。でも、おかしいわ? 私の記憶が確かなら、その名前はギルド名称のはず。どうして、人物の名前になっているのかしら」

 

「お名乗りになっていらっしゃる御方は、至高の御方々の長。ギルドそのものとも言える彼の方がそうと決められたのであれば、我等は従うのみでございます」

 

 この言葉で私の中で、うっすらとしていた点と線が繋がった。

 ギルドそのもの、長であるといえば、ギルドマスター以外にない。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターの名前はモモンガだ。

 そして、私が追われる原因になったのはエ・ランテルでの一件でしかない。

 

 アダマンタイト冒険者、漆黒の『モモン』は『モモンガ』だ。

 

 非公式魔王の呼び名で有名だった彼、モモンガは不死者のオーバーロードのはずだから、私と同じように人にシェイプチェンジしているか、魔法で鎧を作って身につけているか……そのどちらかで、冒険者になっているに違いない。

 

「そう。ということは貴方の主人は()()()()()()なのね。確かに過分なお迎えを頂いたようだけど……流石に『はい、それでは参ります』とは行かないのだけど」

 

 自分のテリトリーに呼ぶ、ということは私を信用していない現れだから、少しでも相手方の出方と情報を手に入れなくてはならない。

 たしかに前回の相手とは違い礼を尽くしてはいるものの、どちらかと言えば慇懃無礼の部類だ。

 これは私を侮っているか、それとも敵としてみなしているのかそのどちらかだ。

 

 そう考えると……これは、間違いなく敵視されてる。

 初見の挨拶の時から、敵意感じられたし。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは異形種ギルドじゃなかったっけ?

 同じ異形種とは言え、警戒対象なのか……。

 いや、晒しスレで持ち逃げしたビッチな姫として有名だったから、それが原因か。

 

 私は、ここで静かに自分らしく生きたいだけなんだけど……どうしたものかしら。

 

 そんなことを思いながら、次の質問を考えていると、目の前のパンドラズ・アクターが突然、うろたえながら虚空に向かって叫ぶように話を始めた。

 

「……なっ、アインズ様自らコチラに向かわれるですと!? なりません、私がナザリックへお連れすると申し上げたではありませんか!」

 

 どうやら、パンドラズ・アクターは魔王様と伝言を繋げたままだったらしい。

 ということは、この様子をモモンガは聞いていたのかな。いや、そもそも見ていたのか。

 

 この隙に逃げられるのでは……などと、淡い期待をしながらジリジリと後退していると、パンドラズ・アクターの隣に転移門の黒い渦が出現し、そこから人影が現れた。

 

 まず、赤い鎧を着てスポイトのようなランスを持った少女。そして、その配下らしい白い薄絹をまとった白すぎるほど肌の白い女性……たぶん、吸血鬼? が二人。

 続いて、眼鏡をかけて凶悪なガントレットをはめたメイドと、人形のように表情が動かない和服っぽいメイド服の少女。それと、艶やかな黒髪をポニーテールにしているクールで麗しい()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()メイド。

 黒い全身甲冑に身を包み、緑色の光を放つ巨大なバルディッシュを所持した女性。

 そして最後に禍々しい気配を放つ巨大な杖を携えた豪奢な装備のオーバーロードがゆっくりと現れた。

 

 いやいやいや、ちょっと待って?

 何この過剰気味な戦力。

 どんだけ警戒されてるの私?

 

「この姿では初めまして……だな。アメリール・オルテンシア」

 

 焦りまくって心中穏やかでない私の前で、オーバーロード……モモンガがおもむろに声をかけてきた。

 

 アメリール・オルテンシア。

 これは私の正式なキャラクター名だ。掲示板でも正式名なんて、そうそう呼ばれないから、一部の悪意ある伝言はただの『アメリール』さんの元に行っていたかもしれないけれど、そんなことは知ったことではない。

 

「"この姿では"……ねぇ」

 

 彼の後ろに控える面々のうち、見覚えのあるメイドにちらりと目をやる。

 隠しもせずに連れてきたということは、自分がモモンであると認めているのだろう。

 

「そうね。初めまして、非公式魔王様。それで……私と話がしたいとのことだったわよね?」

 

「ああ。いくつか聞きたいことがあるのだよ。少し空中散歩と行かないか?」

 

 そう言ってから、彼は配下に振り向き、私と二人で話がしたいのでこの場に控えているようにと告げた。

 

 もちろん、配下達からは恐ろしい勢いで反対された。

 特に、黒い全身甲冑の女性の反対と懇願は激しいもので、同じように反対していたパンドラズ・アクターと赤い鎧の少女が霞む勢いで。

 

 結果、私と魔王様の二人は護衛のその女性を連れて、色気のない空のデートへと向かった。




 
 感想の返信が滞っておりまして、申し訳ありません。
 全て読ませていただき、励みや反省などの糧にしております。

 

用語解説
 鮫トレ
 シャークトレード。本来はトレーディングカードゲーム発祥の用語。
 レアリティの低いものをレアと偽って、相手のレアと交換するパターンや、相手の持つ高額レアを「次のアップデートで価値が暴落する」等と根も葉もない事を言い、こちらの安いレアと交換するパターンがある。


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