【完結】幻想郷はまだ遠く(風見幽香もの)   作:taisa01

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幻想郷はまだ遠く(風見幽香もの)はこれにて終了。





生きにくくなる世と変わらぬ者

 

 時代は進む。

 

 国の統一を謳った者達が土の下に帰って久しく、次は外圧から国を割る者達が争いだした。

 人の世はつねに何らかと争っていないと持たないのだろうか。

 

 しかし、そんな世でも人の数が増え、その好奇心が幻想を駆逐しはじめる。

 それは世が理にのみ支配されることを意味するのだが、当の人間はそんなことに気がつかない。いやそもそも幻想を正しく知覚しているわけではないのだから、しょうがないのかもしれない。いみじくも昔、胡散臭い女妖怪が言った通りに時代はすすんでいるのだ。

 

 そんなある夏、幽香はいつも通り向日葵を見にきた。気がつけば脇の林檎の木は代を重ねて数本に増えていたが、それも自然の営み。しかし今回はいつもと違い1人の若武者が現れたのだ。

 人間が1人いたところで、それこそ向日葵を切り捨てるぐらいのこともしなければ捨ておいただろう。しかし、その若武者を見た時気が付いてしまったのだ。

 

 人間が持つには不釣り合いな圧倒的な霊力。

 もうだいぶ昔のことだが、自分を世話した子供たちに似た顔。

 

「なんか用かしら。なにもせずに帰るなら見逃してあげるわ」

 

 幽香はそんなことを口走った。そんなことを言いたかったわけではないが、何を言えば良いかわからなかったのだ。

 

「私は人の世に仇なす妖を切ることを生業としていた。しかし世の流れなのだろう。世間から妖が減りはじめて手持ち無沙汰なのだ。そこで1つ自分の祖を辿る旅をいたらここにたどり着いたのだよ」

「そう」

 

 青年は応える。

 その言葉に嘘はないのだろう。柔らかな笑みを浮かべ話かける。

 

「妖切りの貴方が話しかけている相手も妖よ」

「なに。見目麗しい方に理由もなく戦いを挑むなど無粋というもの。せめて少し話をしたいとおもったのだよ」

「私は何も話すことはないわ」

「では、すこし聞いてもらえないだろうか」

 

 そういうと青年は語りはじめた。

 自分の祖は元々住んでいたところを流行り病で失ったこと。自分の祖は生きるため、その高い霊力を使い妖切りになったこと。 腰にさす木刀は、家の林檎の木が落雷で倒れた際、祀るために作ったモノであること。林檎の木は木の質としてお世辞にも硬いものではない。そんな木からつくった木刀なのだが、霊力と妖力が宿り今では刀よりもよく切れるということ。

 そして、自分の祖は、失う前の村で美しい妖に育まれたこと。

 

「どうか願いを聞き届けてほしい。美しい妖よ」

「聞くだけは聞いてあげるわ」

「どうか私と死合ってもらえないだろうか。私は刀で戦うことしかできない。しかし世は刀での戦いを忘れるだろう。ならば祖が築き上げたものを、ぜひ貴方に捧げたい。幽香様」

 

 青年は、話を終えると伏して幽香に願い出るのだった。その姿に幽香は感じるものが無いといえば嘘になる。最初は気まぐれだった。気がつけば近くにいた。最後は突然だった。しかし、その子らがわざわざ会いにきたのだ。

 

「妖と戦うことの意味は分かっているわね」

「はい。無論にございます。もし私が負けましたら、この血肉を。いや全てを貴方に捧げましょう」

「そう。では貴方が勝ったらどうするつもり」

 

 幽香はありえない質問をする。本心でありえないと思っているのに、聞かずにはいられなかった。

 

「もし叶うなら、貴方様を娶りたい」

「ふふ、いいわよ」

 

 そういうと幽香は地に降り立ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

時代に取り残される男

 

 

 青年は、無造作に歩き近づく。

 その姿は、まるで友人に声をかけるために歩みをすすめるように、緊張の一欠片も見当たらないものだった。そして幽香もそれをむかえるように緊張のようなものはない。

 

 しかし、青年が幽香を間合いに収めるやいなや、刀を抜きざまに幽香の首に斬りかかる。

 

--抜刀術

 

 幽香が潰してきた侍にそんなものを使うものもいた。しかし青年のソレは力・質で圧倒していた。膨大な霊力を余すこと無く身体強化につぎ込み、小細工なく刀を無駄なく振るう。その一刀は、音を置き去りにし、もしその辺の妖相手ならこれだけで討滅されていただろう。しかし幽香は首に妖力を集めるだけで受けたのだ。

 

「はじめてよ。私の首に刀を(とお)した人間は」

「一刀でその細首を落とせない時点で、まだまだなのでしょうな」

 

 青年の刀は、幽香の首半ばまで切り裂いていたのだが、込められた妖力があまりにも膨大なため、刀が通らず途中で止まってしまったのだ。

 青年はそういうと、刀を手放し素早く木刀を腰から抜き正眼に構える。今なら分かる。この木刀に込められた霊力は、父親や祖父など連綿と続く自らの血。そして僅かに宿る妖力が幽香のものであると。

 しかし、次に動いたのは幽香であった。

 

「じゃあ、こんなのはどうかしら」

 

 幽香は無造作に一歩踏みでる。

 その足音に共鳴するように、青年をめざし周りから草花が一斉に襲いかかったのだ。まるで津波のように襲いかかる草花に、青年は驚くことなく木刀を横一文字に結ぶ。切り裂かれた草花は、幽香の妖力から開放されたのだろうはらはらと地に落ちる。

 そして横に振った右腕の脇を締め、切先を幽香に向ける。そして続くは爆発もかくやという足音。青年が霊力で強化した脚力で踏み込んだのだ。

 

「しっ」

 

 青年は細く鋭い息を吐き、刺突を行う。

 しかし幽香は避けようともせず、無造作に左手を前に突き出す。

 

「私を傷つけることができる人間がいるなんて思わなかったわ」

 

 青年の刺突は、正確に幽香の喉を狙っていた。しかし突き出された左手の甲を突き破るも、喉には届かなかった。

 幽香あれば、その貫かれた手を握りその筋力にまかせて青年ごと振り払うこともできる。しかしそんなことをせず、静かに引き抜く。その左甲の風穴はまるで聖痕のように血があふれるも、妖力で強引に傷をふさいでしまう。

 

「わざわざ待ってくださるのか」

「それは貴方もでしょ」

 

 青年は、上段に構えならが言う。幽香としても、せっかくの時間をたった二撃で終わらすのはもったいないとおもったのだ。

 そう。もったいないのだ。

 

「どうせなら全部見せなさい」

「おう」

 

 青年は踏み込み、上段から袈裟斬りで振りぬく。

 幽香はそれを後ろにとぶことで避けるが、服が大きく引き裂かれる。

 

「さけたつもりだけど、これはどういうこと?」

 

 そう。幽香の目算では、斬撃は確実に回避していた。また霊力もあくまで身体能力と刀を纏うようにのみ。けして霊波を飛ばすようなものではなかったが、自分の肌を切り裂くほどではなかったが、服がバッサリと切り裂かれていたのだ。

 しかし青年は攻撃を緩めることなく、踏み込み逆袈裟で切り結ぶ。幽香はその斬撃にあえて左手に妖力を集め打ち込ませるように左手をその位置に残す。

 青年の手にはまるで樹齢千年を超えた大木に、いっさいの強化を行わず打ち込んだような手応えが帰ってくる。しかし、ここで止まることは死を意味するため、素早く木刀を引く。幽香はまるで返す波のように、青年の動きに合わせて右手でまるで掴みかかるように振り下ろす。

 

 ぶおん

 

 おおよそ腕を振るう音とは思えない勢いをもって振り下ろされる幽香の右手に対し、青年は一歩引き、下段から切り上げる。

 

「あら、止めることができるのね」

 

 そう。幽香の剛拳とも呼べる一撃を、青年は切り上で止めてみせたのだ。これには大した理由があるわけではない。幽香はその膨大な妖力を転化させることで、攻撃・防御を行っている。しかしあくまで力押しである。殴る技術を学んでいるわけではないし必要ない。あくまでその剛力無双は、妖力で実現した素人のただの腕の振り下ろしなのだ。逆に青年は、下段から完全に合わせ腕どころか、肩・腰・足と全身で受けたのだ。

 

「はっ」

 

 青年は力の角度を変え、幽香の手を左に流す。幽香は拮抗していた力が急にかわったことに対処できず、手が流れ地を打とうとする。もちろんそのまま打つ事無く姿勢を整えるも、その一瞬で青年は右薙を幽香の無防備な胴目掛けて切り込む。

 

 ざん

 

 その斬撃は幽香の腹を大きく横一閃に傷つける。深さは数センチあまり。人間であれば、この傷で動きは鈍り決着が付いたも同然なのだが、力ある妖怪はそのぐらいどうにかしてしまう理不尽な存在だ。さらにいえば幽香は楽しんでいた。それこそ数百年に一度の珍しい花を見つけた時のような、そんな楽しみを感じているので、多少の痛みなぞ無視している。

 

「力の使い方。いろいろあるのね」

「幽香様のような方には不要かと。所詮弱者の技術ゆえ」

 

 まるで親しい間がらのように会話する幽香と青年。幽香は血まみれだが、たおやかな笑みを青年に向ける。青年は生真面目な性格なのだろう。距離を取り再度正眼に構え無表情に佇む。

 

「でも、貴方達がその技術で生きてきたというのは、少しだけわかった気がするわ」

「それは何より」

「でも、その霊力はあとどのぐらい持つのかしら」

「正直言えばあと2撃かと」

 

 青年の霊力は膨大である。人という枠でいえばほぼ上限に達する存在だろう。その霊力を人体の限界まで注ぎ込んでの攻撃。だからこそ凡百の妖怪であれば、最初の一撃で終わる。しかし幽香の妖力は長く生きたことや逸話に支えられ、それこそ人外最強と言える鬼の腕力と伍する程なのだ。ゆえに青年にとっても、すでに未知の領域となっている。霊力が尽きた時、体はその動きを止め幽香の攻撃にさらされる。

 

「何時ぶりかしら、本気で戦おうとおもったのは。少なくとも人間相手に本気を出して良いと思ったのははじめてのことよ」

 

  そう人間相手には全力を出すことなど初めてなのだ。幽香が全力を出すのは、百年以上前に鬼と飲んだ時……鬼がよっぱらって花畑を荒らした時以来だろうか。

 

「それは光栄なことです」

 

 他人からみれば処刑宣告なのだが、青年は本心からそう思っている。妖がいなくなり、また侍としても幕府がなくなる。そんな激動を生きて、世界は変わるだろう。その最前線にいたのだから、変化を理解しているし歓迎もしている。しかし自分だけはその生き方を変えるつもりはなかったのだ。ならば、両親や祖父から聞かされた大妖怪に会いたい。そして生き様を示したい。いわばこれは壮絶な自殺なのだ。

 

「では、ゆきます」

 

 青年は体を左右に揺らし幽香に近づく。幽香はその動きに意味を見いだせなかった。しかし青年のことだ意味があるのだろうと、注意深く観察する。気がつけばその動きは振り子のように規則正しく、自然と次のタイミングが読めるわかりやすいものとなっていた。

 しかし、青年の刀の間合いに入るとリズムは半歩遅れ、同時に上段からの頭と左肩への切り落とし、そして刺突を幽香は知覚する。なにより青年が刀を振った姿を知覚できなかった。

 幽香は咄嗟に右腕で頭部、左腕で心臓めがける刺突に供える。しかし刺突は霊力の刃が幽香の妖力に砕け、上段からは触れたとたん霞のように消える。そして実体をもっていた唯一の斬撃が左肩を切り裂くのだった。

 青年の霊力を上乗せず木刀が持つ霊力/妖力のみの斬撃であったため傷は浅い。しかし不意の斬撃によろめく幽香に、畳み掛けるように振りぬいた木刀の刃を返し右下段から切り上げる。狙いは刺突の防御につきだした左腕。

 

「うっ」

 

 幽香の小さなうめき声1つ。

 青年の切り上は正確に手首を切り裂いたのだった。

 

 しかし幽香は見えていた。最初の抜刀以外すべての斬撃は両手で木刀を握り切り結んでいたのに、この最後の斬撃だけは片手なのだ。まるで最初の抜刀のように。

 最後

 最後(・・)

 いつ最後と決めた。痛みと歓喜に濡れる頭の端、冷静な妖怪の性が言う。いつ最後とおもったのだ。

 

 気がついたときには遅かった。

 青年は二撃といったが、嘘は言っていないのだろう。霊力(・・)の乗らぬ三撃目。右の貫手が見えたのだ。しかし、切り上げられた左腕が視界を邪魔し的確に防御することができない。唯一出来たのは広く薄く首から胸・胴までの妖力で覆い防御するのが精一杯だった。

 

 だが青年の足掻きもそこまでだった。貫手は幽香の胸を貫くも、数センチ抉ることで止まる。

 

 青年はそれを見届けると、全てを出し切ったとばかりに足から崩れ落ちるのだった……。

 

「私をここまでさせた相手なら、最後まで立ちなさい」

 

 幽香は崩れ落ちる青年の腰を右手で抱き、突き刺さった貫手など気にもせず姿勢と整える。青年は霊力どころか精も根も尽き果てたのだろう。青年は自分の脚で立つことさえできなかった。

 

「はは、やはり届きませんでしたか」

「そんな事ないわ。少なくとも指は届いたわよ」

 

 幽香は嬉しそうに話す。昔こぼれ落ちたとおもった命が、巡り巡って大輪の花をさかせたのだ。それも自分が少なからず満足する程に。

 

「どう、最後はゆっくりと話を聞きたいわ」

「はい」

「では、さっきの振り子のような動きからの攻撃を教えてもらえるかしら」

 

 青年は質問に応える。振り子の動きは歩法であると。単調な動きからの突然の変化は、認識の隙間をつくるためのものというのだ。3つの斬撃は、霊力による斬撃と殺気による斬撃。そして実体の斬撃という。もし感じられぬモノであれば、霊力の斬撃は意味がなく。戦いに慣れないものには殺気の斬撃は意味が無い。つまり歩法も合わせて強者のみに意味のある攻撃ということだ。

 青年に傷らしい傷はない。ただ命という対価に霊力を行使したのだ。

 

「そう。でも弱者が技を練るのは当たり前のことよ。強者を乗り越えたなら尚の事よ」

「お褒めいただき光栄です」

「昔のことはどんな風に伝わっているの?」

 

 青年は質問に答える。

 青年の顔色はすぐれない。いや既に呼吸をしているのも奇跡なのだろう。

 

「なんで、私のを娶りたいという条件にしたの?」

 

 青年は……

 

「そういえば林檎の木が、はじまりの意味は伝わっていなかったのね」

 

 青年は……

 

 

 

そこは忘れられた村

 

 ふと幽香は気がつく。

 どれほどの時間が経過したのだろう。

 

 妖として生まれてすでに千年の時を生きたかもしれない。またはまだ千年を超えていないのかもしれない。ただ、ここ十数年の記憶がぽっかりと抜けている。

 

 寝ていたのかもしれない

 しかし植物ならば春には目をさます。たぶん今目覚めたのなら、自分にとっての春は今なのだろう。

 

 膝の上には白く美しい骨が一組。

 ああ、楽しかった時が終わり目が覚めたのだろう。

 

 骨を林檎の木の下に埋める。

 

 季節は春。

 向日葵は咲いていない。

 

 少しさびしく思い、能力で向日葵を咲かす。春であるのに視界一杯の向日葵が花をつけるのだ。

 

「いつかの胡散臭い妖怪よ。もし今ひとときの幻想を残すなら、この地ごと礎となってやろう。もし今現れないなら二度と協力などしてやらぬ」

 

 だれに言うでもなく幽香は目を閉じ独りごちる。しかし、あの女妖怪は聞いていると理由のない確信があった。

 

……契約成立ね

 

 あの、胡散臭い声が聞こえた気がする。

 ああ、空気が違う。いつもここに居たのだから変化ぐらい分かる。目を開ければ向日葵の畑はまるで太陽を地上に降ろしたように咲き渡り輝いている。

 

「ああ、契約は成立だ。この太陽の畑が枯れるまで、この地に幻想を固定してやろう。お前がなにを考えていようとかまわない。私の幻想が残る限り、おまえの決める定めにも協力はしてやろう」

 

そういうと幽香は静かに林檎の木にもたれ掛かり眺める。

そこにはいつもと変わらぬ美しい向日葵が咲き乱れていた。

 

 

 

―――了

 

 

 


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