【完結】幻想郷はまだ遠く(風見幽香もの)   作:taisa01

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「始 幻想郷はまだ遠く(風見幽香もの)」の続き






世は全て事もなし。また喜びもなし

 

 世は戦国。

 国は乱れ、人心は乱れ、ゆえに多くの恐れが生まれる。

 

 もともと、古き神や鬼、妖狐、天狗などはそれなりの勢力を誇っていたが、有象無象の存在や剣鬼といった類はこの時期多く生まれた。

 

 幽香の生活は何一つ変わらず、西に東に花の咲く場所をふらふらとし、夏に一度はあの場所で向日葵を見る。しいて変わったことといえば、見かけた鎧武者や侍を殺したり脅したりするぐらいだろうか。それも当人にとっては、気に食わないから蚊や蝿と同じように追い払った程度の認識だったのだが。

 

 しかし、塵もつもれば何とやら。

 

---益荒を殺してまわる緑髪の美しい女がいる。

---その女は花の香りと共に現れる。

 

 問題があるとすれば、そんな話が広がってしまったことだろうか。侍殺しと不釣り合いな美女と花の香り。普通に聞けばただの笑い話だが、元来男とは女を理解できず恐れる面がある。特に美しい女であればあるほど理解できないと考えているのだ。

そんな笑い話の噂も、戦場という極限状態を経て広く恐れられるようになった。その恐れの重さは、幽香のありようを変えるほどに。気がつけば花の妖怪でありながら、花の次程度に力というものに対するこだわりが生まれてしまった。

 

 

 今日も花に誘われ野山を歩く。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 妙齢の女の軽装の一人旅。

世は戦国。不埒ものも多い中、1人旅を続けるのだった。

 

 

 

*****************

 

ススキ野の鬼

 

 季節は秋、夏の暑さも過ぎ去り、一日がすごしやすい時期となる。

 収穫の時期ということで、戦もほぼなく静かに草花を愛でることが出来る良い季節だ。

 

 そんなある日、ふと花に誘われて山に分け入ると、そこにはススキがまるで大海原のように広がっていた。空を見上げれば満月。月明かり独特の柔らかい光があたりを包みこむ。

 しかし幽香には”み”えていた。

 このススキの海原の真ん中。ぽつんとある岩に座った2人の妖怪の気配。

 2人ともススキと満月の風情を肴に酒を飲んでいるのはわかる。しかしそこに存在()るだけで、威圧にも近い巨大な気配を振りまいているのだが。

 

「ほう、なにが来たかと思えば珍しい。狐やたぬき・天狗でない。ましてや鬼でもないのにその強者の気配。面白いのが来たねえ」

 

 岩の上に座る1人、一本角の鬼が大きな盃を持ちながら言う。

 

「ん?もしかしたら、ここはあんたの場かい?」

 

 幽香の草花の香りに気がついたのだろう。もう1人。小柄の二本角が自分の顔のサイズと変わらぬ大きな盃をあおりながら尋ねる。

 

「違うわ。ただこのススキの美しさに誘われただけよ」

「ほう。いいねえこの国に生きるなら、侘び寂びがわからなきゃいかん」

「だよな。最近の有象無象は、ただ暴れるだけでそのへんを理解しようとすらしない。そのへんがいかん」

「そうだ。どうだい?一杯」

 

 そういうと2人はうんうんと頷きなにかを納得すると、幽香を酒盛りに誘うのだった。

 それこそ、そのへんの有象無象誘ったのであれば、無視するか無礼討ちよろしくその妖力にものを言わせて潰しただろう。しかし相手は敬意を払うにふさわしい強者。なによりススキの美しさを評価しての酒盛りでなら、誘いにのるのもやぶさかではなかった。

 

「いいわよ。でも私はなにも持ってないわ」

「な~に、この酒は、一晩水を入れておけば、自然と酒になるそんな酒さ。きにすることはない」

 

 そういうと鬼はどこからか取り出した盃を幽香に渡す。

 並々と注がれた酒に、満月が映る。

 幽香は、さらさらと風になびくススキの音とともに月を飲み干す。その味はいままで飲んだどんな酒よりも美味く。その香りはどこか果実を感じさせる甘さがあった。幽香はその味に、あれ以来食事をしていなかったことをふと思いだした。

 

「いいお酒ね」

「ああ、鬼が飲む酒だからな。上を言えばキリ無いが、いつでも飲める酒としては十分いいものさね」

「それに、今日は肴が極上だ」

 

 中秋の名月とはよくいったものだ。

 空気は澄み、空は高く月は美しい。月の光は妖怪の力を増加させる。満月なら尚更だ。

 しかし、いま広がる光景は、そんなことなど無価値だと。いまある刹那こそ最高の価値のあるものだと言っているようだ。

 

「そうね」

 

 幽香の一言は、夜の風に吸い込まれる。酒盛りは始まったばかり。

 

 酒が尽きるまで

  月が隠れるまで

  夜が開けるまで続くのだった。

 

 

 

 

 

*****************

 

胡散臭い賢者

 

 最近は、妖精を見なくなった。

 

 幽香にとって妖精とは、草花に戯れる存在でしかない。花と戯れ、時には綿帽子など種を運ぶのを愛で、まれに花を手折り消滅させる。花とたわむれるミツバチと変わらないのだ。

 戦国が終わり、人々はつかぬ間の平和を享受しはじめたころ、すこしずつ妖精が減りはじめた。百年を超えころには人里離れた場所でしか妖精を見なくなった。それを寂しいとは思わない。妖とはうつろうもの。世が移ろい、いつしか妖精も消えるのだろう。そして自分もいつか消えるのだろうか。そんな風に漠然と感じていた。

 

 今年も夏に向日葵をみにきた。いつもどおり太陽に顔を向ける向日葵は美しく、そして短い生を謳歌しているようだ。そして今回はふと近くの林檎の木をみると、近くに小さな葉がでていたのでていた。どうやら野生動物に運ばれることなく、足元で芽をだしたのだろう。

 しばし考え、苗を離れた場所に移し少々活力を与える。無論実をつけるまで成長しないかもしれないが、それも自然の摂理。しかし幽香はこのぐらいの手助けはよいだろうと、小さな満足を得るのだった。

 

 その夜、今晩はここでゆっくりとしようかと思うと、目の前で空が裂けた。

裂けた先には暗い闇と、不気味な目がいくつも不規則に存在し、ぎょろりと裂けた穴からこちらを凝視している。その目は不規則さと相まって見たものを不安にさせるものだった。その裂けたあなから一人の少女というには落ち着いた、女性というには幼さを残した妖しい女が現れたのだ。

 

「あら、起点を探してたら珍しい妖怪も見つけたわ」

 

 現れた女妖怪は、大量の向日葵に囲まれた場所に静かに佇む幽香を見つけたのだった。

 

「もしもし、そこに佇む妖怪さん。ちょっとお時間良いかしら?」

 

 そんな風に、どこか戯けた調子で話しかける女妖怪。しかし、幽香は今日は静かにここの花や草木を愛でたかったので、最初から無視していた。それこそ、そこに自分以外存在していないというように。

 

「あら、相手にしないなというのは構わないけど、返事もしてくれないのはつれないじゃないかしら?」

 

 女妖怪のしゃべり口は、それこそ年頃の少女のような声色と口調だが、その隠し切れない妖力も相まってすこしでも「感じる」ことができるモノには胡散臭いものとなっていた。そのため余り他者との会話をしない幽香でさえ、こちらの情報を知るために女妖怪の言葉は反応を観察していることぐらい見通していた。

 

「まあ、聞こえていないわけでは無いようだから、用件だけ失礼するわね。このままいくと200年から300年で幻想は既知へと変わり理知になるわ。だから、幻想を隔離する温室を準備しているのだけど、そこの起点の1つにこの向日葵の花畑を考えているわ……」

 

 女妖怪の言葉を幽香は聞き流していた。幻想がしばらくすれば泡と消える。それは実感として認識している。足掻くというなら、それも1つのあり方だろう。そんな風に考えていた。最後の言葉を聞くまでは。

 

「あら、すごい殺気。妖力も載せないでそんな殺気を放つなんて、いまどきは珍しいわね」

 

 幽香は、言葉を聞いた瞬間殺気を女妖怪に向かって放った。その殺気といえば、もし戦いに慣れないものが当てられたならば、それだけで心の臓が止まるほどのものだ。しかし女妖怪は涼しい顔で「珍しい」と評しただけで、それ以上の反応をしめさなかった。

 

「でも、安心して。ここが貴方の地だと知ったからには無理やりなんて考えないわ。もし、貴方に思う所ができたのなら、そのとき声をかけてくださいな」

 

 そういうと、女妖怪は用事がおわったと言わんばかりに、先ほどの空の裂け目てに入り消え去ったのだった。

 残されたのは、いつもどおり美しい向日葵とその隅でひっそりと枝をしげらせる林檎の木、そして幽香の心の中のシコリ。

 

 

 

 

 


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