【完結】幻想郷はまだ遠く(風見幽香もの) 作:taisa01
幻想が満ちた世界では、
であれば、人が居なければ
起:幻想郷はまだ遠く
この風見の村には妖怪が棲んでいる。いつから棲んでいるのかはとんとわからない。少なくとも村でもっとも高齢である村長に聞いても、子供のころからそこに居たとしかわからない。
この村には4つの決め事がある。
一.村長の嫡子は花の
一.世話役以外は花の
一.村を囲む生け垣を、剪定を省き壊してはいけない。
一.村で殺す・返すときは、花畑に連れて行かなくてはいけない。
この決め事を守る限り、森の獣は花の
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男の朝は早い。
日の出と共に目を覚まし身なりを整え、村共用の井戸から水を汲み朝餉の準備をする。
下ごしらえをした朝餉をもって花畑の中心にある小屋に赴き、閂もかかっていない戸を静かにあける。そこには、土と草花の香り舞う美しい深緑の髪の女性が寝っている。
男は声をかけること無く小屋に入り、土間で火をおこす。その立ち振舞は手慣れており毎日続けていることが伺える。粥を温め、汁ものを温める。暖められた味噌の匂いに食欲が刺激されたのだろうか。ごそごそという後ろで動く気配がする。
「おはようございます。幽香様」
「おはよう」
「今日も良い天気ですよ。朝霧がすこし張っておりますが、空も青く雲もほとんどありませんでした」
「そう」
「先日村のものが獲った鹿の燻製ができましたので、少々お持ちしましたので、ご賞味ください」
「ん……」
女性。いや幽香はそっけない言葉を返すと用意された朝餉を静かに食べる。
男はいつも不思議に思うのだ。
……この眼の前の女性が本当に
村長である祖父も父親もこの方の世話をしてきた。話をすればどこか恐れを抱いている。この方が人を殺すところをまだ見たことが無いからなのだろうか。子供の頃面通しをして以来早10年。子供は青年になり、変わらず美しいその女性に憬れて、いや慕っているからだろうか。
そう思いながら静かに湯を沸かす。
「お湯が湧きましたが、茶でも飲みますか」
「ん~そうね。まだアレが残ってたから」
「わかりました」
食事をして頭が回り始めたのだろう。アレといってどの茶かわかる、そんなささやかな喜びを男は噛み締め茶の準備をする。
そう。これがこの男の日常なのだ。
承:人と華に囲まれる。
花は美しい。
春に咲く花は、香り高く。
夏に咲く花は、華やかに。
秋に咲く花は、鮮やかに。
冬に咲く花は、慎ましやかに。
四季の移ろいに身をまかせ、その心の赴くままに楽しむ。それがこの地に長く生きる
幽香にとって有象無象の人間は等しく無価値である。
むしろ野山にひっそりと咲く花のほうが価値が高かった。そんな幽香がこの村に居を構えているのは、ひとえに村長の一族がいるからに他ならない。この一族は代々霊力が豊富で、その豊富さといえば、長く生きる幽香でさえ見たことが無いほどであった。
最初はなんとなく向日葵が綺麗だったので立ち寄った。
そこで向日葵を眺める子供の高い霊力に気が付いて興味を持った。
その子供が腹を空かせていたので、戯れに林檎の木を一本成長させ実を与えた。
そう。その程度の関心しかなかったのだ。
翌年も向日葵に誘われこの村を訪れた。
その翌年も
その翌々年も
気がつけば毎年訪れていた。そして子供は青年になり、妻を娶り子供が生まれた。その子もまた高い霊力に恵まれていた。
最初の子供が亡くなった年、林檎の木が立っていた場所に小屋を立てた。
それから年の半分はこの小屋で過ごすようになった。
向日葵はあいも変わらず美しい。
3人目の子供の時だろうか。飢饉がおこり。田畑が枯れた。同時に花も多く枯れた。植物が枯れる姿を悲しみ、少し力を使うこととした。
それ以来だろうか。その年の収穫物を自分に供えるようになったのは。
それ以降だろうか。この村に居る時は食を取るようになったのは。
花の
そうやって年に数回山を降りて交易する50人程度の小さな村は、時の権力者や宗教家などからも忘れ去られ、ひっそりと生きていたのだった。
たしか11人目の子供の頃、近くで大きな戦が起こるまでは。
転:戦は人の世の常。しかし日常は世の常ではないのか
村の者は、嵐が立ち去るのを静かに身を潜めて待つように、戦が終わるのを待った。しかし、天は静かに暮らす村をも戦果に巻き込んだ。
落ち武者共が、この村を見つけたのだ。
最初は食事を頼み、家を要求し、最後には金と女を寄こせと脅迫してきたのだ。
その状況に、当時の村長は村人を密かに逃がした。しかしあと数名というとことで落ち武者に気付かれ最後まで残った嫡男は斬り殺されたのだ。
……向日葵の前で。
切られた嫡男は、村を守ることができなかったこと。もう世話ができないことなど詫びこの世を去った。
それを遠くから見ていた幽香は、怒りに震えるわけでもなく、嘆くでもなく、ただ壊れたお気に入りのおもちゃを眺めるように静かに思った。
……ああもったいない。
しかし、落ち武者共を許す気などなかった。
あるものは生きたまま縦に引き裂き。あるものは潰し。あるものは妖力で消し飛ばした。死体もそのまま置けば土地の毒になると、全てを谷底に投げ捨てた。
しかし、嫡男の死体だけは、小屋の近くに埋め、上に一本の林檎の木を植えたのだった。
生き残った村のものは、逃がしたもの達を呼び戻し村を再建した。新たな4つの決まり事と共に。
結:人は死にいつしか1人になる
幽香は、何人目かの子供と男女の仲になることもあったが、長い時をこの村で過ごした。
長く生きることで妖力は蓄えられるのだが、恐れられたことで、さらに力がましたのは誤算だった。
しかし幽香にとってそんなことは余り価値の無いことだ。
花を愛でる。
気まぐれに人を愛でる。
その営みは変わらないのだ。時々無法者が現れるも、所詮は人。益にならなければ害虫と同じように殺すだけだった。
今日も朝餉をたべる。
特別なものは無い。当たり前がそこにある。そのあり方は花のあり方と同じなのだ。
「ごほっ。ごほっ」
幽香の前で青年が重い咳をする。
「もうしわけ、ごほっごほっ。ありません」
「今日はもういいから家で休みなさい」
幽香は青年に言う。青年も幽香の前で咳をし風邪でもうつしてはいけないと思い、申し訳ありませんと小屋をでるのだった。
その背中を見送るとゆっくりと小屋を出る。陽が昇り朝霧が晴れ、空は雲ひとつなく美しく広がる。ただし一匹の鴉が何故か舞っていた。
翌日、青年は訪れなかった。
翌々日、青年は訪れなかった。
さらに翌々日、村長が青い顔をして現れた。
村の若いもの多くが倒れたこと。そして青年はすでに亡くなったこと。
「そう」
幽香は短く応える。
村長は村の生き残ったものを家財など持てるだけ持たせて、別の村に向かわせると言う。そのため、もう世話をすることができず許してほしいと、
頭を地に付け許しをこうてきたのだ。
「べつにいいわ」
そう。別に良いのだ。
ただ村長が礼を言い去ろうとしたとき、どこからか取り出した林檎の木の苗をもたせた。
「これは」
「この村のはじまりよ」
そう言うと、幽香は静かに村を去った。
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翌年、向日葵の咲くころ、幽香は去った村を訪れた。
人はおらず建物の一部は朽ち、しかし生け垣や井戸など人がすんで居た形跡をいまだに残している。
花畑の前に小さな墓がいくつもできていた。幽香は、祈るでもなく、言葉をかけるでもなく、ただ静かに佇む。
そして陽がくれるころ、静かに立ち去ったのだ。
そこに墓も無く、村も無く、ただ一面に向日葵の咲き乱れる花畑のみがあった。
ただ隅に林檎の木を一本残して。
次は1週間程度間を開けて投稿予定。