オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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第四話

夜闇の街道に、歌が響く。何も知らぬ旅人がその歌を聞けば、あの世へ誘う悪霊の仕業かと思うだろう。

その歌を知るものが聞けば、また違った解釈をしたのだろうが。

 

「あるぅ日ー、森のっなっかー、ヤクザにー、出会ぁったー」

 

姿見えぬテンション低い男の声が、夜の街道に木霊する。これはこれでホラーだ。

謎のヤクザとの遭遇を、移動スキルで逃げ出したトライあんぐるである。今は幽体化のスキルで透明になっているが。

これを見破る魔法を使える者がいれば、夜闇の中を、体育座りで水平移動する死霊が見れただろう。

スキルを使って逃げて一安心、といけばよかったのだが、未知の世界で彼は迷っていた。

種族スキルの《浮遊》で上空に登ってみたところ、かなり先に街らしき灯りを見つけたのでそこまで進んでみることにしたのだ。

 

「(ここ異世界じゃないのかよぉ。ヤクザファンタジーなんて誰得だよ。ああ怖い、おうちかえりたい)」

 

封じられていたスキルが使えることが確定したのは本当に良かった。

《ビフレスト/虹の転移》は、トライあんぐると彼の友人が、偶然にも発見したアイテムから習得したスキルだ。

効果はノーチャージ、ノーリキャストの転移スキルという文面を見れば反則じみたもの。

といっても使用にはいくつか制限がある。

一つはダンジョンや建造物の中では使えない、フィールドからフィールドの移動のみの転移ということ。

もう一つは、使用者の索敵能力によって転移範囲がかわるということ。

転移門と違い、このスキルは到着箇所を思い描いて発動させれば自動的に繋がるわけではないのだ。

例えば、トライあんぐるであれば目視できる範囲以上の転移となると、探知スキルである生者への羨望によって、なんらかの生物を転移点にしなければ転移できない。

更に一つ、このスキルの対象は使用者のみということ。

不意討ちで100%クリティカル+即死効果が発生する暗殺者の職業スキルを持っていれば、容易にバックスタブを決められるこのスキルは非常に凶悪なものとなっていたであろう。

最後に、特定のアイテムや武器を使われると、一定時間使用不能となる制限もあるのだ。

 

「というかここどこよ?道なりに行けばつくとは思うけど。あ、俺って異形種だから街は入れないんじゃ」

 

改めて自分の姿を見やる。

ユグドラシルにおいて、ゴーストなどの不定形アンデッドは異形種の中でも断トツに人気がなかった。何故ならアイテムを装備出来ないから。

DMMO-RPG、いやその前身であるMMO-RPGでもこれは致命的だ。なんのためにやってるんだと言われるほどに。

本来、MMO-RPG において、高レベルプレイヤーは必ずと言っていいほど、自分の装備の差別化に血道を上げる。

やることがなくなり、有り余るデータやゲーム内通貨の消費先の一つがそこだからだ。

より良い武器を、自分だけのかっこいい防具を、あらゆる状況に対処できるアクセサリーを。

そういった遊び方ができないために、不人気なのだ。

そして種族特性による弱点を補う防具の装備ができないということは、PvPにおいて最悪と言わざるをえない。

そうした戦略の幅が狭まることは、相手が思考する人間であれば手も足も出なくなる可能性が非常に大きい。

無論、それはゲームを攻略する途中でも同じこと。好き好んで全裸プレイなど、動画撮影やウケ狙いでやる以外の用途はない。

他にもユグドラシル内での理由はあったが、これが主なものであろう。

 

「……なんだこの臭い、てか気配?」

 

急に覚えた違和感にトライあんぐるの思考が途切れる。顔を上げたそこは何の変哲もない街道の中途。踏み固められた土色が、うねった形に先へと続く。

そしてその脇に目を向ければ緑色のカーペットが続く先へ森が見える。これが昼間の風景なら非常に牧歌的な風景であっただろう。

夜闇のその中で香ったのはごくごく僅かな同族の気配。スキルなどで探知するほど正確なものではないが、人ならぬ気配を道の外れたところに感じた。

 

「うーん……、こっちか?」

 

奇しくも彼が向かったのは、しばらく前に惨劇の現場になった場所だった。か弱い獲物と思い襲いかかった野盗が、逆に供物となって虐殺された場所。

死霊が臭いを感じ取るというのも奇妙な話だが、完璧に隠蔽がなされたその場所で、血臭以外の要素にトライあんぐるの足は止められた。

 

「(夜中にこんな、うらめしや~な気配感じたら振り返ってダッシュだが、不思議と平気だな)」

 

そんなことを考え、道を外れて奥へと進む。そこで僅かな光、靄のようなものが見えた。

目を凝らすとそれから呻き声と、顔のようなものが見える。

 

「お、おぉ、初めて見るな?ゴースト、ってわけでもないな。モンスター成りかけの幽霊って感じか」

 

まるで、初めて来る土地で見知った顔に出会ったような安心感がトライあんぐるの胸に広がる。

そんな奇妙な感覚に疑問を覚えながらも、彼はその幽霊に話しかけようとした。

 

「どもー、こんばんは。お宅はなんでこんなとこにいらっしゃるんで?」

「ァア。アアア、怖イィィィ……」

「いやいや、傍目から見たらアンタのほうが怖いって」

 

暗闇の中、呻く人の顔が浮かんでいたら怖いに決まっている。しかし、それにフレンドリーに話しかける髑髏顔の幽霊も怖い。

 

「アイツラァ、騙サレタ、ミンナ殺サレテェ」

「(要領得なくてわけわからん。つまり殺されて無念でこんなんなってんのか?)」

「女ト執事ダケダッタンダ……、簡単ナ、簡単ナハズダッタノニ。アンナ、アンナ女シラナイィ」

 

茫漠とした言葉だった。目の前のトライあんぐるに気が付かないかのような。

いつまでも垂れ流される声に感情という色がついたのは、一人の人名が出てきてからだった。

 

「……ソウダ、ざっくダ。アイツノセイダ……アイツガ俺ラ売ッタ?!アイツノセイ、アイツノセイィッ!!」

「ちょ、ちょっと。どしたよ?」

 

今にも消えそうになっていた靄が、急激に黒く染まりはっきりとした形をとる。

 

「ゥオマエ!オマエざっく、ざっくシラナイカ!?キュウケツキニオレラウッタ!ウッタざっく!!」

「誰よそれ、吸血鬼……?てか会話通じねえ」

「ざっく、カクスナ!……ゥオマエ、サテハざっくダナ?ソウダ、ざっく!ミツケタざっくゥゥ!ミンナコイ!ざっく、ざっくイタ!!」

「待て待て待て、なんでそうなる!俺はザックなんて、うおぅっ!?」

 

言い返そうとしたトライアングルだが、黒い靄の幽霊の背後に現れた、十を超える顔だけの幽霊に驚きの声を上げる。

いくら親近感を覚えるといっても、いきなりこの数は驚く。

 

「(うぇぇマジかよ。異世界はこういうイベントもあるのかよ怖えぇ。てかアンデッドはアンデッドを襲わないんじゃ)」

 

トライあんぐるには相性が悪い種族がいる。同族であるアンデッド、特に自分と同じゴーストといった実体を持たないもの。即死は効かず、吸収のスキルも通用しないからだ。

 

「アンデッドに吸収の接触って効かないんだよなあ。これ以外も似た攻撃手段だし、しかも俺、魔法覚えてないし」

 

普段なら別の手段を使って戦うのだが、あいにく周りにはこのゴースト以外にモンスターやNPCはいないようだ。

おそらく耐性スキルが有効なら、自分がこの幽霊の群れからダメージを受けることは無いだろう。試すのは怖いので、今は別のスキルを試すが。

 

「いけるかな……《下位アンデッド創造》」

 

使えるだろうとは思ったが、自分の体からレイスとスケルトンがこぼれるように出てきたのには驚いた。

敵幽霊と同数を生み出し、足止めするよう命令する。

 

「それじゃあ、ザックとやらによろしくな」

「ざっくウウゥゥッ!!」

「だから、ザックじゃねぇっつの!」

 

実験も終わったので、虹の転移を使ってその場から消え去る。

とりあえず索敵範囲内で、自分から一番遠い生命反応がある箇所に移動することにした。

 

「(そういや、虹の転移をここで初めて使った後、俺何したんだっけ?そこらへん記憶があやふやだな……)」

 

何故死にかけていたか、そしていつのまにか回復していた理由に思い当たらないトライあんぐるは、今更ながら首をひねった。

 

 

 

転移した場所は街道にほど近い森の中だった。木の隙間からわずかだが、なだらかな平原が見える。

 

「生き物がいるところに出ると思ったが。おん?野宿してんのかこの人?いやいや、うつ伏せで野宿ってねーよ」

 

自分の言葉に自分で突っ込みながら、トライあんぐるは足元(?)に見える者を見下ろした。

半袖のシャツの上にチェインメイルとズボン。ベルトに刀を差した姿から剣士と思われる出で立ち。

動きを阻害しないつき方をした全身の筋肉は実戦で培ったものと思われ、戦場に身を置いていたことを伺わせる。

トライあんぐるの視線の先に、軽装の背中に青髪の後頭部が見えた。

 

「うーん、見て見ぬふりもなんかなあ。とりあえず……おーい、起きろやニイちゃん」

 

死霊のため触れないので、屈みこむ形をとって呼びかけてみる。

 

「風邪ひくぞ。とりあえず起きろやオイ!」

「………っ!?」

 

地べたから上がったその顔は存外、端正な顔だった。

土埃にまみれた青い頭髪はボサボサで無精髭がのび、身だしなみには気を使わない性格だろうか?

充血した目の下にうっすらと黒い隈が見え、精悍な顔立ちが台無しだ。

 

「………」

「おはようさん、それともこんばんは、かな?」

 

トライあんぐるはなるべく明るい調子の声を出す。

さっきの幽霊との遭遇のようにならないようにと祈りながら。

 

「………」

「おいコラ、無視はひどくね?こちとら、あんたを心配してだな」

「………」

「おーい、もしもし?」

 

トライあんぐるが自分の対人スキルに自信を持てなくなった時、ようやく気づく。

 

「……こいつ、目ぇ開けて気絶してやがる」

 

さもありなん。真夜中に起きて、目の前に髑髏顔があったら驚くに決まっている。

 

「(えー、これって俺のせい?かなあ。……もうめんどいから放置すっか)」

 

正直な所、別にそれもいい気がしてきた。

普段なら道端で蹲る人がいれば、最初は無視しようとするも後味が悪くて引き返す性格なのだが、

今は不思議とそんな気がしない。

この身体になって変わった気がする、トライあんぐるはそう思考する。

目の前の人間が、なぜか別の生き物のように思えたからだ。

敵対してしまったが、さきほどの幽霊のほうがまだ身内な気がした。

腕を組んで、この状況をどうしたものかと考える。

 

「まあ、スキルの実験も兼ねていい機会か」

 

そう自分に言い聞かせ、トライあんぐるが男に向き直る。

 

「それじゃあ、ちょっとアンタの身体を、頂戴しますよっと」

 

そんな独り言を残し、トライあんぐるはスキルを発動させる。

すると彼の姿は掻き消え、その場にはうつ伏せの男一人となる。

 

「……よっと。見た目以上にずいぶんガチムチだなこの身体」

 

起き上がった青髪の男が、自分の身体を見回してそうこぼす。

それから膝の屈伸や腰を回すなど、簡単な準備運動をしてから男、ブレイン・アングラウスはそろりそろりと歩きだした。

その足取りはおっかなびっくりで、まるで夜目が利かないようであった。

 


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