オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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今回のお話で、D&Dシャドーオーバーミスタラのネタが出ます
それとオリジナルスキル注意です


第二話

初めに感じたのは全身を襲う大激痛、倦怠感、喪失感。体中を食いちぎられたかのような痛みに己の身体を見ると、そこに見慣れた肌色がなかった。

あったのは、不自然に集まり腕の形を成した靄。

 

「なっ?!ィギイ!?」

 

その驚きも、これまでに感じたことのない痛みと吐き気、目眩で考えられなくなる。

 

「俺。ユグド、イン、してて」

 

とりあえず救急車を、と思い周りを見渡して目を剥く。

そこは自分の部屋でなく、見たこともないほど木々が生い茂った夜の森だったから。

吐き気が強まる、でも吐けない。高熱と二日酔いと交通事故が一緒に来たような状況で、急に自分の感情がさっぱりしていくのがわかる。

 

「ゥオエエエ」

 

だが変わらぬ不快感と痛みに再び混乱する。そしてまた急に冷静になる。

それを繰り返して気づく。

 

「(俺、死にかけてるのか?)」

 

繰り返す苦悶にその判断を下すと、自分の中で急激に感情が爆発した。

 

「死にたくない……死にたクないぃィ」

 

不自然なほどの生への渇望。

これまでの死んだような日常生活では感じたことのない感情に、突き動かされる。

 

「死にだぐネえぇぇェェェ!!」

 

一瞬で冷静になる。そしてすぐに、心が生への渇望によって千々に乱される。

どこでもいい、誰でもいい、なんでもいい。俺をこの苦しみから救ってくれ!助けてくれ!

そこで頭上に浮かんだ記憶、走馬灯だろうか。

ゲームの中での出会い、ユグドラシルで唯一楽しかったと思えた友人との時間。そして二人で見つけたアイテム。

その思い出が自分の頭を一瞬冷静にさせ、切り札であるスキルを使わせる。

 

「《ビフレスト/虹の転移》」

 

瞬間、姿が虹色になって消える。平原に出る。そして再び使う。夜の森に出る。また使う。森に出る、そして見つける、いや感じ取った。

パッシブスキル《生者への羨望》。アンデッドやゴーレムなどの無機物系など、命なき者らを除く存在を感じ取るスキル。

複数のあたたかさ、それが欲しくてたまらないものだと本能で理解する。

その中でも特に輝くものに惹かれた。

それらとは距離があったが、再び虹の転移を使えば目の前に出られる。

 

「助ケて、モらえ―――」

 

そこで記憶が途絶える。

 

彼、トライあんぐるは知らなかったが、この世界においては、精神が外見通りのものに変わってしまうのだ。

人間は人間の精神に、亜人は亜人の精神に。そして異形種であるアンデッドはアンデッドの思考へ。

そして彼の種族であるレイス、ゴーストなどの肉体を持たぬ死霊系は、“全ての命ある者を羨み、その生のぬくもりを欲して襲いかかる”という説明文がある。

瀕死のままに現実へ転移したがゆえに、命の危機が彼を襲い死へ恐怖させ、その種族特性にトライあんぐるはのっとられたのだ。

それを解除するには満たせばいい。瀕死状態でなくなれば、自我を取り戻すということだ。

 

 

 

「……ここは?」

 

気がつけば夜空の下、開けた場所にいた。澄んだ空気と黒い森に囲われ、ほのかな月光を浴びているのがわかる。

 

「綺麗……」

 

画像の中でしか見たことのない月の姿に、子供のような感想しか出ない。月なんて、スモッグ越しの薄黄色が見えればマシなはずだ。

 

「てかここどこ?自然があるならユグドラシルか」

 

しかしユグドラシルは閉鎖されたはず。だが今の自分の姿は、ユグドラシル内の姿に間違いない。

さっきまでの痛みや苦痛は嘘のように消え、まだ少し怠さはあるがさして気にならない程度だ。

 

「わけがわからねえ……」

 

試しに宙でコンソールを叩く動きをしてみる。ユグドラシルならそれでコンソールが出てきたはずだ。

 

「(出ないか。コンソールもチャットメニューもなければ、ステータスウィンドウもねえ)」

 

周りの空気の匂いや月の光、木々のざわめきは、ユグドラシルで感じたものよりも現実に近いものな気がする。

そこでふと思い出す。ユグドラシルが終わる寸前に考えていた、『もしも空想の世界に入れたら』という考え。

 

「ありえない。けど」

 

自分の手と体を見る。闇色の靄が人型をとった姿、時折身体に浮き上がる苦悶の貌。

間違いなく、ユグドラシルで取得した課金アンデッド種族『スペクターマスター・エザーホーデン』の姿だ。

 

「うん?」

 

そこで気づく、自分を見つめる二つの視線。その元を見れば、ユグドラシルで見かけるモンスターがいた。

 

「吸血鬼の花嫁?なんでこんなとこに、てかなにあれエロイ」

 

薄衣一枚だけ使ったとしか思えない衣服は、白蝋色の肌の重要な場所しか隠されていない淫靡なデザインだ。

現に胸の天頂と、鼠径部と太ももの間の谷なぞモザイク処理不可避である。菱型に切り抜かれた衣服の窓から見える臍もポイントが高い。

ゲーム上もリアルだったが、味覚と触覚以外の感覚で感じるその美貌は素晴らしいものだった。

 

「(モンスターでも、もしかしたら意思疎通できんかな?)」

 

近づくにつれ、彼女らの顔に緊張と恐怖が浮かぶのが見える。

 

「(おん?俺の顔って怯えられるほどそんな怖かったっけ?いや待てよ、もしかしてEROSな格好を前にDOUTEIな臭いが出てるの俺!?)」

 

あわてて鼻の下に手を寄せる。触れる感触はなかった。幽霊に鼻ってないんだな。

しかたないので、警戒感をこれ以上積ませぬためにもフレンドリーに行こう。

百年くらい前に流行った旅番組とかってやつみたいに。

 

「あのぉー、すいません。ちょっと、よろしいでしょうか?」

「……ッ!?」

 

第一村人発見、といきたかったがこれではまるでナンパだ。そして声をかけられた彼女らは、恐怖を浮かべ後退っている。

 

「(え、なにこの反応?俺って退かれてるの?ドン退きなの?)」

 

モンスターであっても、美女に涙目で睨まれ退かれる状況に泣きたくなってくる。

 

「あのあのっ、私、けっして怪しい者じゃござんせん。見た目はこんなでも、き、清く美しくを心がけておりまして」

 

死霊が揉み手をしながら迫る。

レベルが遥かに劣る吸血鬼の花嫁らにとって、その姿は恐怖でしかなかった。

それ以前にこの死霊は、自分の主人が殺せなかった相手を惨たらしく殺しているのだ。

じわじわと、楽しむかのように哄笑しながら、人間を灰化させ殺した、彼女らにはそう映っていた。

そして自分らよりも高みにある強さ。あまりにもレベル差があって見極められないが、相対しているだけで心が砕かれそうになる。

そんな相手が、まるで媚びを売るように迫るのだ。

圧倒的捕食者がおもねる理由がわからず、恐怖から襲いかからないよう自制するので精一杯だ。

しかし、主人の命令は全うしなければならない。

 

「あ、あの……」

「へい!なんでござんしょう?」

「ヒイィ」

 

威勢のいい死霊の返事に、連絡役の花嫁が話しかけた花嫁の後ろに隠れる。

話しかけた方も、隠れられるなら隠れたかったことだろう。

 

「わわ、私の主人ががが、只今、いらっしゃいいますので、しょ少々お待ち、いただけますか……」

「主人?」

 

媚を売っていた死霊の声のトーンが下がり、揉み手が止まる。

彼女らの心臓も止まる、気がしたが、アンデッドだからもとから動いてなかった。

 

「主人、ということは男性で?」

「い、いえ。お美しい女性です」

 

この言葉に死霊は沈黙する。彼女らは、急な様子の変わりように戦々恐々といったところだ。

 

「(もしかしてこれ、美人局じゃね?主人は女って普通ありえねえよ。

あ!でも、この娘らがレズの男性恐怖症なら、俺への態度も納得できるな)」

 

しかし美人局なら、それを匂わすことをわざわざ喋るだろうか。

まあ恐いお兄さんが出て来たら逃げよう、そう決める。

 

「えっと、あなた方の主人って、どんな人なんです?」

「は、はい。シャルティア様は私達よりもとてもお美しく、夜に君臨する女王のような方です」

「夜に、君臨する女王……」

 

(そいつぁすげえ……。チョメチョメなお店で大人気な感じか!女吸血鬼、いや《淫魔/サキュバス》ってことも)

 

その言葉に想像されたのは、彼女らと同じように見目麗しく、身長が高く高笑いが似合う高飛車な女性だ。あと金髪だったら嬉しいな。

ここで何故か、急に冷静になった。

 

「ふぅ……」

 

一息ついて、さきほどの美人局という考えを打ち消す。

そしてふたたび揉み手で声の調子を高くする。

 

「いやはや!そんな美しい人が来るなんて、ちょっと楽しみですなあ」

「は、はい。喜んでいただけて、何よりです」

 

先程よりは恐怖が薄れたような吸血鬼の花嫁の反応に気分が上向く。

そこで彼女らの後ろに転移門が開いた。

 

「おー、マジでユグドラシルの魔法っぽいな。やっぱゲームとか異世界に入っちゃったのかな俺」

「はい?」

 

死霊の言葉に疑問を浮かべるも、門から出てきた自らの主人の姿に膝をつく花嫁たち。

門から姿を現したのは白磁のような、いやもっと病的に白い少女だ。

その肌と真紅の瞳、そこから想起されるのは吸血鬼。

紫黒に紅で縁取られたポールガウンとスカートに、同色のカーディガンとストッキング。それらによって顔と手以外の肌を覆い隠している。

夜闇に浮かぶ照月を、僅かに残し隠す叢雲のような、しかし決して彼女の魅力を損なうものではない。

いや、むしろ隠すことによって魅力が増しているのかもしれない。

見えざるものは見えないほうがいいことがほとんどなのだから。

一つ気になるものとして、小柄であどけない外見に反する、不自然に張り出した胸。

 

「(は?女王様、この小さいのが?えらい別嬪さんだがどこが女王様よ。というかどっかで見た気が……?)」

 

門から出てきたシャルティアの姿は、常の傲慢さはナリを潜め、意気消沈と眉を下げたものだった。

そして続けて二人目が現れる。

艶やかな黒髪をオールバッグにまとめ、褐色の肌に丸眼鏡をかけた紳士然とした長身の男。

伊達者らしい瀟洒なスーツに身を包み、その顔には初対面の者を安心させる、柔らかい笑顔が張り付いている。

名はデミウルゴス。悪であれ、と望まれて生み出された才智明弁な悪魔である。

しかしその男は死霊の姿を見やると、一瞬だけ眉を僅かに顰め、そして元の笑顔に戻る。

その変化を死霊、トライあんぐるはバッチリ目撃していた。

 

「(マジもんじゃねえかおいぃぃ!?ヤ ク ザだよ!インテリって頭につく御職業だよ!!やっぱり美人局じゃないですか、やぁだぁぁぁぁぁ!!

これ絶対『私の情婦に手を出すとは、この落とし前、どうつけていただきましょうか?(ニッコリ』な展開だよぉぉぉぉぉ!!………ふぅ)」

 

デミウルゴスの格好と雰囲気にトライアングルは勘違いする。

一瞬で小市民モードになって恐怖に怯え、彼の靄顔が某有名絵画のような苦悶に染まる。

肉体の顔をもっていれば滝のような汗をかいていただろう。

その変化に、死霊を除く四人の動きが止まる。さっきまでとまったく違う空気が、目の前の死霊から発せられたからだ。

そして相手のその変化を、またもや急激に冷静になった頭で感じ取ったトライあんぐるは決心した。

 

「マジ、スンマセンッシタッッ!!《ビフレスト/虹の転移》」

 

スキルによる逃亡だった。

 

「なっ!?」

「何処に消えたでありんす!!」

 

驚愕の声が上がるも、それに答えられる人物はその場にいなかった。

もし吸血鬼の花嫁から“ナザリック”という単語が出て、ユグドラシルのプレイヤーの存在を匂わすことができれば。

門から出てきたのがデミウルゴスではなく、女性の統括者の方なら。

もしくは、一時的に本拠地に戻ってきていたデミウルゴスにシャルティアが出会っていなければ。

なによりも、トライあんぐるという人物にもう少し度胸があれば、このような事態は避けられたかもしれない。


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