オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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設定資料集ホスィ…


第一話

闇夜の森であっても、アンデッドにはなんら障害になることはない。

スキルの恩恵もあるが、それ以上に闇は夜の生き物にとっての時間なのだから。

だからこそ、月光も届かぬ森を四足で疾駆することはアンデッド、《真祖》のシャルティア・ブラッドフォールンにとってなんの問題もなかった。

その姿は《真祖》らしい醜悪な姿だ。顔の半分が口であり、イソギンチャクのような口腔に生える乱杭歯には、おびただしいヨダレが絡みついている。

粗末なボロ服に身を包み、爛々と輝く眼光が闇の中に軌跡をひく。

 

「(この先に、私の眷属を倒した奴が!)」

 

歪んだ化物の顔を更に歪め、シャルティアは何故こうなってしまったのかを考える。

彼女はとある任務についていた。己の主である至高なる御方々、その最後の一人であるオーバーロード、アインズ・ウール・ゴウンからの勅命。

 

「(たかが人間の、『武技』持ちを探すことが、こんなことになってしまうなんて!)」

 

殺しても問題が起こり難い野盗、その根城を襲い武技持ちがいれば御の字、武技持ちがいなければ野盗らは有効活用する腹づもりだった。

しかし野盗のアジトを襲うも一人を捕り逃し、その後居合わせた確保している女冒険者の仲間も一人捕り逃がし、自分のことを知る者が一晩で数人生まれてしまった。

愛する主からは、ナザリック地下大墳墓の存在が露見することが無いよう言い含められていた。

その者たちから自分へ、そしてナザリックについて至るものが現れれば、主の期待を裏切ることになる。

そして今、疾駆しているのは、探索に出した眷属の吸血狼が消息を絶ったため。

 

「(アインズ様に叱られる!いえ、それだけならまだしも、失望されて、見捨てられれば……!!)」

 

シャルティアの思考がそこに至って涙が溢れる。

足蹴にされても、罵倒されても、殺されてもいい。でも見放されるのだけは、絶対に嫌だ。

狂乱していてもなお、そんな気持ちがシャルティアの心を犯す。

彼女を始めとしたナザリックに棲まう者らの一義は、自らを生み出した至高の御方に忠誠を誓うこと。

それができなくなるということは、己の存在を否定されることと同義。

愛する親に「お前はいらない」、「生まねばよかった」そう言われるようなことだ。

度重なる不測の事態に、彼女の思考は追い込まれる。得てしてそういう時に、取り返しのつかないことは起こりうるのだが。

 

闇夜を見通すシャルティアの眼が、森の終わりを見た。そここそが、探索に出した眷属らの反応が消えた場所だ。

木立の切れ間を抜けた場所にいたのは、十二人の人間種。

誰もが一級以上のの装備に身を包み、その中の一人、黒く艶やかな長髪の全身鎧の少年から、強者の気配をシャルティアは感じ取る。

 

「(強い……!)」

 

シャルティアは、目の前の一人をプレアデス以上の強さと看破する。

こいつを捕まえ献上すれば、アインズ様に失態をお許しいただけるかも、そんな思考から彼女は不正解の選択をする。

優先する標的を目の前の、粗末な槍を構える黒髪の少年としたことだ。

そして相手は、シャルティアを油断など欠片も生まれぬ強さと看破したようだ。

 

「――使え」

 

その黒髪の少年の一言に他の者に一瞬の動揺、そして瞬時に一人の老婆を中心に陣形を組む。

老婆が己の装備するチャイナドレス、真名を《ケイ・セケ・コウク/傾城傾国》に力を注ぐ。

国をも滅ぼす美貌を冠す代物を老婆が纏うのは皮肉なことだが、それは神の遺した国宝である。

使いこなすものも限られるがゆえの仕方のない事なのだ。

そこでシャルティアは気づく、真に倒すは陣形の中心の老婆であると。

老婆の放つ気配が、彼女の脳内に最大の警鐘を打ち鳴らしたからだ。

 

「邪魔ァ!」

「ぐぅっ!?」

 

シャルティアは、己の得物である《神器級》アイテムのスポイトランスで薙ぎ払う。

それによって、これまで剣戟を演じていた少年を弾き飛ばした。

なんとかこらえようとした少年だったが、そのあまりの威力に腕が痺れ、即座の行動は不可能な状態となる。

しかし本気でないとはいえ100レベル級の強さをもつシャルティアの攻撃を防ぎ、耐えるこの少年の強さも規格外といえるだろう。

そして老婆へシャルティアが目を向けると、彼女と老婆の直線上に大盾を構える巨躯が割って入る。

突貫しようとするシャルティアだが、その盾の男を排除し老婆を屠る間に、老婆の攻撃が発動するだろう。

傾城傾国の能力は精神支配。使用者の意のままに他者を操るものだ。

そして傾城傾国は世界級アイテムであるが故、同じ世界級アイテムでなくては防御手段とならない。

アンデッドであるシャルティアにどれほどの高い精神耐性があっても、世界級アイテムを持たない時点で敗北は逃れられず、いずれかの人間を道連れにできれば御の字であっただろう。

初手を黒髪の少年、実はその集団を率いる隊長であったが、彼が予想以上にシャルティアを引きつけたことが、この結果を引き寄せた要因の一つであった。

 

「タすげで、ぐレ」

 

しかし、この出会いは不幸なものだった。あらゆる人物・組織の思惑が絡まり、偶然とすれ違いによる遭遇戦がこれだ。

彼らは別の使命を帯びてこの場にいたのだ。故にシャルティアとの戦闘は彼らの本意になく、また傾城傾国を使うことも本意でなかった。

 

「死ヌぅ、ほんドに死んジゃうぅぅ」

 

だからこそ、その一手を失敗することは許されなかった。

どの人員も自分の命を犠牲にしてでもこの戦闘に勝利すること、つまり傾城傾国の発動のために老婆、名をカイレというのだが、守ろうとしたのだ。

つまり誰もが、目の前の化物の一挙一動に注視していた。

 

「アぁァ」

 

故に発動する瞬間のカイレの背後に、虹色の光と共に出現した存在に気づけなかった。

 

「シに!死にタ!死くななナ、ィいヒひヒヒヒ」

「なんっ!?」

「!?カ、カイレ様ッ」

 

かの傾城傾国が、発動の途中でキャンセルされたのだ。

 

「くレよぉおお。助ケてくれよぉほホホ、ほほヒきっついのクるしいんほおぉ」

 

隊長が見る先、カイレに瘴気を撒き散らす死霊がまとわりついていたのだ。

その頭上には奇妙なことに、禍々しい意匠の紋章、いや烙印が浮かんでいる。

おぞましく、怨みと懇願にまみれたその叫びは、老若男女、また獣の叫び声が混ざったかのような歪み、曲がり、聞くに堪えないものだった。

 

「は、離れ!?」

 

背後からソレに抱き込まれたカイレはもがき、なんとか拘束を逃れようとする。

いくら彼女が不浄の攻撃を無効とするアクセサリーを装備していても、どのような不測の事態が起こるかわからない。

 

「(馬鹿な!?この化物以外の気配など、他には眷属らしき吸血鬼二体しか近場にはいないはず!)」

 

そも、この部隊には探知能力に優れた隊員もいた。彼女がなんの警告も発さなかったということは、この死霊は彼女を超える高レベルの欺瞞能力があるということだ。

 

「死ぃねぇぇぇぇぇぇ!」

「しまった!?」

 

戦闘の中途のその間は決定的だった。

シャルティアが槍を前に突き出し突貫する。それを遮るは巨壁のような男、構える大盾は闇の中でも輝く鏡盾であった。

しかしそれも、慢心を捨てたシャルティアの前では薄紙程度の効果しかない。

 

「ぐぅ!?」

 

スポイトランスに触れた大盾が、一瞬の拮抗と共に砕かれる。

そして勢いそのままに大男の腹に槍が吸い込まれるが、シャルティアの勢いは微塵も殺されない。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!」

 

咆哮を上げ、男の巨体を己の腕に貫通させたまま、スポイトランスの槍先が老婆の胸元へ迫る。

しかし、

 

「貫けないッ?!」

 

老婆よりも遥かに強靭な男を貫殺した穿迅の一撃は、傾城傾国に傷一つつけることはできなかった。

世界級アイテムに対抗できるのは世界級アイテムだけだ。世界一つ分の力を内包するそれが、劣る神器級に破壊されることはない。

これが特殊な、必中効果を有する魔法などであれば、カイレのみにダメージを与えられただろう。

 

―――バキン

 

しかし、それ以外なら話は違う。例えば、不浄の攻撃から彼女を守っていた装備など。

 

「アはぁ触れルぅ、サ障れるんのぉォォォォ《オーバー・アブソーブ/過吸収》《アブソーブ・タッチ/吸収の接触》」

「あんぎゃあぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!?」

 

絶叫とともに老婆の肌がドス黒く、眼球は急激に萎み、結い上げた白髪もぼそぼそと抜け落ちていく。

 

「カイレ様をお助けしろォっ!」

 

隊長の号令と共に、愕然としていた隊員達が動き出す。

 

「ぐっ!」

「キャァ!」

「これは…」

 

それを邪魔するかのように、吸血狼と吸血蝙蝠が襲いかかる。見れば、シャルティアの影から次々と這い出してきていた。

しかし彼らもやられているだけではない。

 

「来い!」

 

一人の男の隊員が、何処からモンスターを喚びだす。ギガントバジリスク、クリムゾンオウルなど。

“一人師団”の二つ名に恥じぬそのモンスターの群れを、アンデッドの眷属にぶつける。

その様子にシャルティアは舌打ちを一つ。

次いで槍を持つ腕を、男に突き刺したまま薙いだ。力任せのその動きに、巨躯の屍が黒髪の少年へ凄まじい勢いで飛来する。

 

「くっ」

 

それを危うげなく避けるも、その先には槍を構えるシャルティアが待ち構えていた。

再び始まった死闘から離れた箇所で、一人師団が敵の群れを食い止める間、他の隊員が魔法を強化する陣形を組んでいた。

それ以外の者らも、並のアンデッドなら即座に滅殺する攻撃を死霊に放つ。

そして放たれる神聖魔法。複数の高レベル司祭職を有する者による多重詠唱からの浄化魔法は、かの伝説のアンデッドにも有効打になりうると自負するものだ。

 

「《ホーリー・エクスキューション/神聖排浄》!」

 

が、何の効果もなかった。

その行為自体が、すでに無意味だったかもしれないのだが。

 

「………ぁ…ぁ」

 

水分と生命力を根こそぎ奪われ、干物のようにやせ細った老婆。その眼窩は空であり、身体はアンデッドのレッサー・マミーのように骨と皮だけになっていた。

 

「足リ無いぃっ」

 

なおもカイレの身体を掻き抱く死霊。すると、骨と皮だけになったカイレからなおも生命力を吸い上げ、彼女の身体が指先から灰へなっていく。

 

「……ぃ……ぁ……」

 

恐ろしいことにカイレに息はあるようで、彼女は生きながら灰化する恐怖を味わっていた。

どの隊員も必死に死霊へ浄化を、アンデッドに有効な魔法の武具の攻撃を仕掛ける。

 

「カイレ様ァ!?」

「な、なんてこと」

 

浮遊する死霊の下に、灰の小山に傾城傾国が落ちる。

一人の人間を消滅させた死霊は、先程までの狂乱が嘘のように沈黙している。

その死霊の背後へ、一人の隊員が突撃する。

カイレを弄び、滅ぼしたその死霊への憤怒が沸き立ち、己の力が高まるのがわかる。

 

「はあぁぁぁ!」

 

彼の手にある鎖は無類の威力を誇る。だがその鎖の一撃も死霊への有効打にならず、死霊の前面へすり抜けた。だが、それで終わりではない。

鎖の先の分銅が蛇の頭ようにうねり、灰の上の傾城傾国に巻き付いたのだ。

 

「傾城傾国を回収!」

「……総員、撤退」

 

その言葉の意を得た隊長が撤退を宣言する。

とともに、その姿がシャルティアの前から掻き消えた。

 

「逃がさなイィ!」

 

槍持たぬ真祖の左手に光が集まり、それは光輝く戦女神の大槍となる。醜悪な化物の手に収まるのに、これほど不釣り合いなものはないだろう。

MPを余剰につぎ込むことで必中効果を宿すスキル《清浄投擲槍》。

一人でにシャルティアの手の中から飛び出した神槍が、他の隊員とともに、撤退の術式らしい巨大な魔法陣のなかにいた隊長へ迫る。

 

「隊長っ!!」

「くっ」

 

それを庇うのに、眼鏡をかけた、年若い女性隊員が隊長の前に飛び出す。白閃が女性を貫き、その後ろの黒髪の隊長の胸へ深々と突き刺さる。

その瞬間、撤退の魔法が発動したのか、その集団の姿が消失した。

あとに残ったのは、半数程に数を減らした獣の群れ。一人師団が使役していたモンスターだ。

血の狂乱が解けていたシャルティアはそれを見やり、気怠げに詠唱を始めた。隙が生じたその姿に獣が殺到する。

 

「《グレーターリーサル/大致死》」

 

シャルティアから発せられた暗黒が、彼女に近づくモンスターの群れを包み込み、消えた。

あとに残ったのは、一匹残らず倒れ伏したモンスターの屍だった。

その光景を見て、先ほどの隊長との戦闘では詠唱の時間がとれなかったことを悔やむ。

 

「この私が、人間ごときにっ」

 

業腹だが、次はフル装備で祈る間もなく瞬殺しよう、そう心に決めるシャルティア。

腕を一振りし、ボロ布の姿から普段の可憐なドレス姿へ変わる。そして離れた箇所に待機させていた吸血鬼の花嫁を呼び戻す。

 

「さて」

 

目線をある箇所に向ける。その先には突如現れた死霊がいた。

今は呆と宙空を見上げ、隙だらけの姿を晒している。

 

「敵の敵は味方、とはいうけれど、あれは何者なのよ」

 

もはや自分では対処できぬ状況に、彼女は吸血鬼の花嫁を死霊の監視と、もしもの報告役に残し、自分は転移門でナザリックに戻ることを決める。

主人へ急ぎ状況を報告し、判断を仰ぐためだ。

少し前ならこの状況も独力でなんとかしようと考えただろう。

しかし突然の遭遇戦の戦後もあって、頭脳は冷静になっていた。

“最悪”よりも“まだましな悪化”を。先ほどの遭遇戦のような状況を恐れたシャルティアは、自分だけでかの死霊へ接触することを避ける判断を下す。

主からの叱責の覚悟を決めたシャルティアは、ナザリック地下大墳墓への転移門をくぐった。

 


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