オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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今話には以下の注意が含まれます

・オリキャラ
・エセイタリア語
・俺TUEEEE

ご指摘等ございましたら幸いです


第十六話

どこからか、出鱈目な笛の音が聞こえる。

そこは昏い部屋だ。宇宙のようなデザインで上下の境がなく、家具や調度品が宙にふわりふわりと浮いている。

そこいら中に星々の煌めきのような瞬きが見えた。

奇妙なことだ。それは光源が何も無いのに不定期に瞬いていたのだから、まるで眼のように、ある方向へ向けて。

 

「そうか、そうか。それではキミはアイテムを奪還、かつそのギルドを潰すのが目的だと?」

 

その瞬きの先、神父姿の褐色の男と怨霊(スペクター)がいた。

黒硝子の色眼鏡で視線は定かでないが、神父は目の前の怨霊に声をかけている。

話しかけられた怨霊の姿は青い炎が人の形を成したようにゆらめくものだった。怨讐に顔は歪み、眼は漆黒に輝く。

烙印を背にするその様子は苛立っているようだ。

 

「条件通り、このクソ面倒で長ったらしいダンジョンを超えたんだ。……今更ナシなんて話はねぇだろうな?」

「クッ、クフフ。心配症なんだねえ。にしてもレベル80未満でここをぬけるとは、正直見くびっていたようだ。

トラップを、乗っ取ったモンスターごと突撃して解除するなんて斬新過ぎておもしろかったね」

 

奇妙なことに、その声は女性の鈴声だ。大男からそのような声が出るのは奇妙だが、DMMOであるユグドラシルでは有り得ないことではない。

 

「嗚呼、なんという悲劇!?去った朋輩の欠片拾い、徒爾となるかは誰ぞ知る。

独り遊びの怨霊殿。貴方の立つ舞台を思えば私、無いはずの心の臓に罅が入ったかのようですぞ!」

 

神父の影から、鼻から上を覆う三眼のマスケラの男が、右手を心臓のある辺りに当てながら現れた。黒白の幾何学模様のジュストコールを羽織り、バリトンボイスで謳いあげる口元は厭らしく歪んだまま動かない。

その仮面の目穴の奥に、時計盤のようなものが見えた気がした。

 

「メッセージの指定通り単騎でここまでいらっしゃられたのですから、彼の成果は認められて然るべきだと思いますが。

お二人の御意見を伺わせてください」

 

その二人に挟まれるように、一本の黒い触手が生えた。異形種であるローパーに見えるだろうが、とある条件下で使用可能となる特殊な種族である。

その言葉にマスケラの男は口元に指を寄せて思案の格好を取る。その頭上には笑顔の感情アイコンが浮かんでいる。

 

「私は賛意を示しましょう。ここまでの潜入に見せた彼のスキルは我々の活動に非常に有用、これからもお客様の拡充を図るなら、引き入れて損はないでしょう」

 

そして一拍置いて、神父と触手へ向き直る。

 

「そしてその動機が素晴らしい!奪い取られた朋友との思い出を取り戻すため、かのギルドを相手取りたい、と。

私は彼に喝采を、そう!喝采を贈りたい!!おぉ、胡乱なる蕃神よ照覧なれ。星凌の最果てより、彼に万雷の拍手と憫笑を。Questo stupido!」

「・・・・・こちとら小卒だっての。日本語以外はサッパリなんだが」

「ゴメンね。彼はこういうロールプレイをする人なの。まあ悪い奴じゃないから無視しといて」

 

気色ばむ怨霊にそう告げながら、苦笑のアイコンをあげた神父が前に出る。

 

「私としては不安かな。見た感じでは階層ボスのNPCにもキミのスキルは有効だった。流石にプレイヤーには法律の関係で無理でしょうけど。やり方によってはよくない影響もあると思うのだけど」

「それに関しては心配御無用!私の所有するスキルあらば、彼をグラーキに刺されたかのように従わせられましょう」

 

怪異神話の神性を比喩として挙げ断言するマスケラの男。

彼の発言に神父はお好きなようにと掌を上に向け、黒い触手はお辞儀のアイコンを浮かばせる。

 

「うん。それではトライあんぐるさん、貴方を我々のメンバーとして認証いたします。ここは他ギルドと少し毛並みが違いますが、詳しいことは後日に指示がありますので」

「あなたには傘下の集団(クラン)で活動してもらうけど、かまわないよね?」

 

神父の言葉は、自分たちのギルドが関与していることを避けるための方策の一つだ。

表向きはこのギルドと集団には何の関係もないが、ギルドは秘密裏に情報と物資を集団に供与する。そして集団はギルドの実働部隊として探索や潜入を行い、未発見の情報があれば親ギルドに渡し報酬を得る。その情報でギルドは営利活動に勤しむ。

聞けばゲーム上でこうした集団を多く抱えているらしく、ユグドラシルのシステムに抵触しないリアルや個人間レベルのやりとりもやっているらしい。

 

「………忘れてもらっちゃ困るが、あの異形種狩りの糞ギルドへの助力って話は」

 

感情アイコンは出ていないが、怨霊の声は明らかな感情を推し量れる声音であった。

 

「もちろん、貴方は我々の仲間です。仲間なら助け合い、手伝い、目的に向かうことは至極アタリマエのことです。そのための、ギルドですからねェ」

 

身体をくねらせる触手の頭上に、ハート付きの笑顔のアイコンが浮かぶ。

 

「ようこそ、ギルド『燃え上がる三眼』へ。貴方の加入、私たちは心より歓迎いたします」

 

 

 

鬱蒼と茂る緑の濃いジャングルはナザリック地下大墳墓の第六階層にあたる。地底湖の下の更に下、密林の奥にその闘技場はあった。

その地に棲まう者らが、鍛錬や侵入者の歓迎に使われるその円形闘技場には多くの者が詰めかけていた。

 

「(実力を示せ!ってそんなゲームじゃあるまいし……。余計なこと言った俺も俺なんだが)」

 

死霊は舞台である砂地の上で、所在なさ気に周りを見回す。

ローマ帝政期の建築物を模したその会場は、多くの異形が席を埋めていた。彼らの視線は二つの存在に向けられている。

一つは言わずもがな、寄る辺なき死霊トライあんぐる。

 

「根源の火精霊か。相性は悪くねえが」

 

彼の相対するのは燃え盛る火炎を纏う巨大な精霊、それもアンデッドの天敵とも言える火属性を司る元素精霊だった。

レベルはトライあんぐるに及ばないものの、その力は決して舐めてかかれるものではない。

かの精霊の空間が、放出される熱気で不死者へは不利なフィールドとなっていく。生半可なレベルのアンデッドであれば太刀打ちは不可能。

火と神聖属性は不死者の絶対的な弱点であり、装備でそれを埋めようとしてもどちらかはカバーできないはずだ。

しかし装備を身につけていないにもかかわらず、浄火の効果にトライあんぐるは何の痛痒も感じていなかった。

これには多くの者が不審な思いを抱く。その一人は、観客席の中でも高所に位置する場所に座していたアインズだ。周囲には守護者たちも座っている。

 

「(たしか国産の古典RPGとのコラボ企画の種族、だよなトライあんぐるさんの外装。るし☆ふぁーさんがネタ種族とか言ってたような。どんな内容だったっけか……)」

 

あいにくアインズにはそのあたりの情報があやふやであった。何故なら、それを使うプレイヤーと一度もPvPをしたことがなかったからだ。

どちらかというとそれ以外のコラボ種族、特殊なダークエルフや暗黒地竜という異業種のほうがまだ人気があった。

 

『トライあんぐるさん。危ないと思ったら止めますからね!それにしても本当にいいんですか、アンデッドの天敵出しちゃって。種族ペナルティで装備不可だから耐性とか……』

『こいつ80レベルくらいでしょ?問題無いですよ。しっかし見目良く派手に倒さないと観客が納得してくれなさそうですねー。ド派手な超位魔法や職業スキルとか、俺持ってないッスよ』

『もしかして種族レベル特化ですか?ならそのステータスも課金アイテムでの偽装でしょうか?索敵やPK対策ですか?』

『なんでそんなこと、わかるんです……?』

『だってそのステータス、100レベルだとしたら不自然すぎますよ?ああ、それで “釣り”やってたんですね!』

 

瞠目する。自分のステータスとレベルは確かに偽装した表示になっている。しかしこれまでの会話でこうも看破されるとは思わなかった。

自らのステータスを誤認させているのはもちろんPK対策である。種々の《虚偽情報》などの魔法が使えればいいのだが、アインズの言った通り種族スキルに偏重した一点ビルドであるので魔法はほぼ使えない。

魔法らしいものといえば、魔法効果のあるアイテムを投げつける自前のポーションピッチャーくらいである。

魔封じの水晶で代用した期間もあったが、面倒になったので課金の消費アイテムを定期的に購入していたのだ。

しかし弱い異業種と誤認させてPKを誘うPK狩り、“釣り”を瞬時に見破られるとは思ってもみなかった。

これはアインズのいたギルドでも、弱らせた敵対ギルドのギルメンを囮にするといったPKをおこなっていたが故だ。そういった騙し討ちの経験があったので正鵠を射たのである。

 

「(やべえ、やべえよこの人。てか何、人を心配しながら戦い方の情報集めるとかって怖い。今までのは無害そうなフリか?流石はギルドの頭張ってるだけあるな)」

『どうしました?……やっぱりこの試合、やめときますか?』

『い、いえ大丈夫でっす。根源の火精霊よりもおっかないのがいたもんで』

『へー!ぜひ教えてほしいですそれ。同じ死霊系ですし、興味あります』

「(そのおっかないのは、アナタのことなんですがねぇ……)」

 

内心で汗をかく。アインズの様子を見るにとても演技には見えない。

そんな彼から横には守護者達。それぞれが試合の始まりを待っていた。

 

「そ、それにしても、よく承知してくれましたよね」

「自信がおありなのでしょう。どうやら彼は我々と同じレベル、そして至高の御方々に及ばないものの、ぷれいやーであるなら経験も豊富でしょうし」

 

マーレの言葉にデミウルゴスが返す。

 

「でもよかったのかな。一応お客さんでしょ?」

「アウラ、彼も納得の上であったのだから問題はないでしょ」

 

そう返答したのはアルベドだった。

この闘技場の催しは、食事会のトライあんぐるの言葉から企画されたものだった。

特殊な乗っ取りスキルをもつという暴露、自分の有利にはならないであろう発言をした考えは定かではないが、仮想敵とするなら少しでもその情報を出させようとしての一手。

腹ごなしの余興、ぜひその強さを披露して欲しいという言葉でアルベドはこの戦いを申し出る。それに対して死霊は構わないと意思表示したのだ。

 

「(いずれにしろ、現状では未知数な存在であることには変わりない。次善の策はあるに越したことはないけど……)」

 

統括者としてナザリックの、個人としてはアインズのリスクは最小にメリットは最大になるよう行動しなければならない。

アルベドは、おそらく自分と似た思考をしているであろう二人を盗み見る。

悪魔は隣の蟲王に試合について質問して死霊を静かに見据え、ドッペルゲンガーは何度も脚を組み替えながらポーズをとっていた。

おそらくカッコイイ観客のポーズを模索しているのだろう。

 

「(……本当に、アインズ様の御手から創られた存在なのかしら?)」

 

しかしそんな思いは不敬。アルベドはそう思い直し死霊を見直す。

 

「……話ニアッタ暗殺職デアレバ一撃離脱型?モシクハ魔法職ヲ主体トシタ遊撃カ?前線ハアリエナイダロウガ、シカシ」

「どうしたでありんすねコキュートス。こうした決闘はするのも見るのも好きでありんせんか?」

「妙ダ。カノ死霊殿ハ自身ヲ100レベルト言ッテイタ。ニモカカワラズ、70~80レベルの能力トシカ見エナイ。単純ナ力デアレバ、根源ノ火精霊ニ劣ッテイル」

「うーん……職業スキルを取り過ぎてステータスが低いんでありんしょう」

 

腕組みしてトライあんぐるを凝視するコキュートスは、シャルティアの言葉に得心を得ることは出来なかった。

ユグドラシルでは獲得したレベルを“職業”と“種族”に振り分け強化を行う。

種族レベルを上げれば能力値が多く伸びるが獲得スキルは少ない。職業レベルならば多くの魔法や職業スキルを得るも能力値の伸びは小さい。

ならばトライアングルは職業レベルに偏ったビルドなのではないのか、それがシャルティアの言葉だった。

しかし、それを考えてもコキュートスが視る死霊の力量は低すぎる。まるで何かで抑えつけられているかのように。

奇しくも眼力と理詰めで違和感を導き出したのは、武断派の色が濃いコキュートスだった。

コキュートスは己に元から備わった能力と蜥蜴人との戦いで得た“分析”の重要性により、アインズに最も近い答えを得たのだ。

 

「皆、よく集まってくれた。知っての通り今日、我等がナザリック地下大墳墓へ客人が訪れた」

 

そのアインズの言葉に視線がトライあんぐるへ集まる。死霊は落ち着かぬようで、キョロキョロしながらあちこちにお辞儀する。

 

「彼の名はトライあんぐる。我々と同じくユグドラシルからの来訪者であり、屈指の実力をもつ者だ」

 

この言葉に守護者とプレアデスを除く多くのNPCからざわめきが出る。至高の御方の演説中のその行為は褒められたものではないが、この発言にはそれだけの威力があった。

 

「(いやー、上位ギルドの大魔王様にそう言われるのは光栄だけど、ハードル上げるのやめてくれねーかな。てか結構ノリノリっすね……しかし)」

 

トライあんぐるの取得した“エザーホーデン”。それには致命的なマイナススキルが存在する。目の前の根源精霊は問題ないが、相手によっては速攻即殺を心がけねばならない。

普通なら属性耐性向上の使い捨てアイテムを使うという手段もあるが、原作再現というユグドラシル運営の素晴らしい調整によって、“それをすてるなんてとんでもない!”とばかりに耐性魔法等が無効化されてしまうのだ。

逆に言えばそれしか弱点がないとも言えるが、雷属性の魔法を取得した60レベル程度を数人集めれば、状況次第だが倒される可能性がある。

 

「―――には相応しく無い。その言葉とともに彼はこの戦いを受けてくれた」

「ぬぁ?」

 

どうやら沈考してアインズの言葉を聞き逃してしまったようだった。彼は今なんと言ったのだろうか?

ふと見れば、観衆の目にいささか物珍しさの割合が強い気がした。

 

『では危険と判断したら理由つけて止めますんで、それまで頑張ってくださいね』

『は、はあ。とりあえず場を盛り上げればいいんですよね?』

『えっ?あ、はい。まあ、そんな感じで?』

 

困惑したアインズの《伝言》にそう返し、トライあんぐるは正面の燃ゆる精霊へ対する。

 

「根源の火精霊よ。目の前の死霊を攻撃せよ」

 

スタッフ・アインズ・ウール・ゴウンを掲げ、死の支配者は宣言する。その意に応え精霊は動き出す。相対する邪霊へ、その劫火の巨腕を振るうために。

 

「こ、こえええええ!!?」

 

人間の残滓がその敵意と殺意に悲鳴を上げる。

ここまでトライあんぐるは真剣な勝負というものを体験したことがない。他者に取り憑き己の安全を図るか、瞬時に逃亡を企てるか、また明らかに格下の者を相手取る。このように純粋な闘争というものから無縁であった。

彼が人間のままであったならば、この勝負はここで幕切れであっただろう。

 

《精神安定化》

 

思考が瞬時に平静なものに変わる。アンデッドに備わるそのスキルが、トライあんぐるの精神を脆弱な人間から血の通わぬ異形種へと変異させる。

唸りを上げて迫るその一撃を死霊は宙に浮かんで軽々躱し、浮かびながら彼は敵を睥睨した。

 

「さて、どう倒したもんか。このまま弱点属性のポーションで爆撃攻撃すりゃ楽だが……」

 

しかし、それではあまりに地味で不経済だ。ならば現状での派手な攻撃で場を沸かすことに注力しよう。どうせ説明した通りだし問題もない筈である。

 

「(アインズさんも、召喚したモンスターなら倒しても怒らんだろ)」

 

そしてトライアングルはスキルを発動する。せっかく練習相手にちょうどいいモンスターが現れたのだ。機会は活かしたほうがいい。

急降下し根源の火精霊の間合いの一歩手前、トライアングルの身体から虹色の瘴気が溢れまるで生き物のように精霊へ絡みつく。そして瞬時に霧散した。

 

「やっぱステータス異常は無効スキルで弾かれっかー。ならこいつも喰らっとけ!」

 

種々のバッドステートを付与させ動けなくして、ゆっくり頂こうと思ったがそうもいかないようだ。ならばもう一つのほうも効くことはあるまい。

再びの精霊の一撃を回避し、さらなる位階のスキルを発動させる。久々に使うそれは耐性のないものであればそこそこ使えるものだった。

 

「《絶望のオーラⅤ》」

 

漆黒の殺意を可視化したかのような黒靄が、嗤う死霊から撒き散らされる。近距離を発生源とするそれが先程よりも早く、精霊を侵さんと延びる。

 

「アインズ様が初めに見せたものと同じ……?」

「で、でもアインズ様のほうが凄いしカッコ良かったよ!」

 

姉のダークエルフが漏らした言葉に弟が反論する。

その瘴気に衝撃を受けたものは少なくない。ある者は主人のプレッシャーと同質のモノを感じ取ったためだ。

距離があるにも関わらずその波動に、観客の低レベルの者の中に気絶しかける者も出る。

しかしそのスキルも先程と同じく弾かれてしまった。

 

「原作通りっすか、そうですか。んじゃ、そろそろ頂戴しますよ」

 

がトライあんぐるは少しの落胆も抱かない。

元より雑魚散らしにしか使わない死にスキル。なんとなく使ってみたかったスキルなので実験がてら使ってみただけだ。

そしてこれからが本命。ユグドラシルの仕様なら大丈夫だろう、普通なら自分の命を捨てるような真似、精神安定化される前の彼なら決して行わない。

しかし今はそのスリルすら心地よく、胸を躍らせる。精霊の生気はいかな味か、舌なめずりして死霊は距離を詰めた。

そんな彼の眼前で、先程までより輝きを増した精霊が咆哮をあげ、全身に紅輝の魔力を滾らせる。

膨大な高熱がその体から溢れ、太陽にも似た発光が増大する。

 

「―――!!」

 

そして収束し刺すような勢いで熱戦が発射された。その向かう先はトライあんぐるだ。

着弾した熱戦が半球状に爆炎を広げ、それよりも早くに広がる熱波が闘技場を舐める。

 

「消えた……?」

 

極炎の余波の光に不快そうに顔を顰めていたシャルティアがそうこぼした。

彼女が見たのは、アンデッドの弱点のはずの火属性の熱戦に貫かれながら、何事もなく歩を進め精霊の目の前で消失した死霊。

爆発が収まり、観客の一人である金髪の長髪メイドがゆっくりと目蓋を開く。試合は一体どうなってしまったのかと。

 

「えっ……?」

 

飛び込んできたのは、微動だにせぬ精霊の姿だけ。動力の切れたロボットのようにうなだれ、先程までの生気がまるで感じられない。

 

「《自爆》」

 

瞬間、強い衝撃波を伴った振動が円形闘技場を揺らした。熱火を生じず、体の内側に重い衝撃が響く爆発だ。

それの発生源は煙に包まれた精霊のいた箇所、身体が内側から膨らむように爆散した根源の火精霊だ。

 

「人間のほうが美味いな。感情があるせいかねえ」

 

その声は爆煙の中から聞こえた。徐々に晴れゆくそこから現れたのは、変わりない姿のトライあんぐるだった。

 

『だ、大丈夫ですか?』

『問題なしっすアインズさん。スキルは発動してるようで問題ありませんです』

『……というかゴースト系ってアイテム装備できないですよね?なんでアンデッドなのに火属性通ってないんです?』

『えーと、まあそれは後でということで。それよりも……』

 

トライあんぐるの気になったのは、アインズを除く観客席の反応だ。過半数が困惑にざわつき、残りは変わらず警戒か興味といった所か。

困惑しているのは最後の閃光で勝負の趨勢を把握できていない者。残りは結果を見て取った上で判断した者。

しかしそれを解していないトライあんぐるは、自分の戦い方が不評であったかと不安になる。

 

『アインズさんアインズさん。モンスターもっと喚び出してもらえますか』

『いいですけど……なんでです?』

『観客の反応見て下さいよ、白けてますよぉ。このままじゃ俺、空気読めない子決定です!だもんで、もうちょっと頑張って場を盛り上げますわ』

『えーと。まあそう仰るなら』

 

そのような返答が返り、壇上のアインズが立ち上がるのが見えた。

 

「なるほど、なるほど……。実におもしろい技を使うものだ。しかし、この程度では物足りんようだ」

 

そう言い、アインズは握った杖の力を発動させる。すると杖に嵌めこまれた7つの宝玉のうち3つが輝き出す。

その輝きが消えた時、トライあんぐるの目の前に3つの影が立ちはだかった。

 

「おお!なんと綺羅びやかな。水・雷・地、3属性の根源精霊ですね」

「……どうやらアインズ様はあの死霊の弱点を暴くご様子かしら。当然ね。あれほどの危険分子、対抗策を準備しないほうが可笑しいわ」

「たしかに。しかし、彼とは可能な限り敵対したくないものですね」

 

アルベドの呟きにパンドラズ・アクターがそう返す。

 

「根源精霊たちよ、死霊を戦闘不能にせよ。……ただし、殺さずにだ」

 

その言葉とともに精霊達は死霊へと襲いかかる。

アインズとしては、ロールプレイ的に絶対に殺すなと命令したつもりだったのだが、その本意を解したものはこの場にどれほどいたのだろうか。

しかし80レベル台のモンスター複数という圧力を前にし、大多数の者たちには死霊が無事にすむとは思えなかった。

 

「(アインズさん、一匹大当たりいますわ……)」

 

根源精霊でメジャーといえば基本属性のものだ。そうなるとこの結果は必然である。

そしてトライあんぐるの弱点属性は“雷”であり、その特性を持つ精霊はいまにも纏う轟雷を撃発せんと身構えている。他の2体も同じく、周りに水球を浮かばせ、微かに地面を鳴動させていた。

しかし、それを認識していないかのように死霊は進む。構える武器もなく、身を守る防具もない脆弱な身を晒して。

 

『ちょっと大丈夫なんですか!?』

『問題なしッスマジで。……でも連チャンは勘弁して下さい。リキャストタイムありますんで』

 

その念話を最後に、トライあんぐるへ3属性のスキルが炸裂する。

大質量の水塊がトライあんぐるごと大地を抉り凍てつき凝固し、その下から赤熱した液状の金属が吹き上がり一帯を蹂躙する。そして最後に、空間を引き裂くかのような閃雷が闘技場を白く染めた。

結界越しにも感じる威力が闘技場を揺らす。

拠点用の結界によるものだが、それをもってしても高レベルモンスターの波状攻撃は完全に遮断することは出来なかった。

 

「(……アレダケノ攻撃ヲウケ、生キテイルカ。見タ目通リノ強サデハナイトイウコトハ確実)」

 

閃光・盲目耐性のあるものには見えたはずだ。雷の根源精霊の放った電光の中の、かすかな黒いシミのようなものを。それは急速に稲光を犯し、その姿を現す。

大口を開けた瘴気で成る巨大な貌。根源精霊を楽々飲み込めるほどに開かれた喉奥には一切の光明もない。

 

「ヌヒャハハハハー!いただきぃィ!!」

 

属性攻撃をものともせずに突撃するその巨顔はトライあんぐるだった。迫るその飲み込み攻撃を、雷の根源精霊は攻撃の後の硬直で対処できず喰われる。

そのまま咀嚼するようにその場に留まる死霊の顔へ、残る精霊が得手とする魔法を放った。しかしそれにいささかも怯みはしない。

これがただの死霊であれば、今の魔法ダメージで咀嚼攻撃は解除されていた。しかし彼の無効スキルを抜く攻撃手段を、残された精霊達はもっていない。

しばしの後に吐き出された雷の根源精霊はずいぶんと消耗していた。そこに、常の姿に戻ると同時に大鎌を両手に振りかぶり、トライあんぐるは振り下ろす。

その攻撃に真っ二つになった雷の根源精霊は、そのまま掻き消えるように消滅した。

 

「これで後はどうとでもってなァ」

 

大鎌が消え挑発するようにゆらめく死霊へ、遠距離攻撃は効果が薄いと思ったのか2体の精霊が肉薄する。

しかしその判断はいささか遅かった。

 

「《霧化》」

 

間合いへ入る前に、トライあんぐるの身体が濃霧へと変化、闘技場に拡散する。その霧に精霊は取り巻かれ、敵の姿を見失い周囲を見回す。

 

「《過吸収・吸収の接触》」

 

そしてその精霊たちに変化が起こる。

まるで何者かに生命を吸われていくかのように力が流出していくのだ。

それも時をおくごとにその量は増えていき、それを止めようと精霊は周囲に矢鱈に攻撃を、魔法を打ち込む。

しかしそれは霧を切って闘技場の壁や結界に当たるも、一向に力の流出は止まらない。

霧越しに見える精霊の姿は何かを振り払うようにもがくか、“混乱”にかかったように踊っているような姿だった。

しかしそれも長くは続かない。初めに動きを止めた土精霊が掻き消え、そしてで霧を吹き払っていた水の精霊が消滅する。

そして霧が急速に1カ所に集まり死霊を形作った。

荒れ果て地面がめくり上がった戦いの跡の中、何事もなかったように佇む死霊の姿に、誰かの唾を飲む音が響いた気がした。

その死霊はというと、《伝言》で返信するため動けなかっただけなのだが。

 

『ゴースト系のコンボですか?』

『そうです。攻略サイトにも載ってるヤツですよ』

『うーん、でも見た目的に《自爆》のほうが派手でしたね』

『う゛っ……。まあ今の俺の攻撃手段って少ないんで、ご容赦をば』

 

戦闘の興奮でなんとかなると思っていたトライあんぐるだが、いざ使ってみると地味な結果に息を吐く。

 

「(いっそエザーホーデンのスキル全開で。……でも範囲攻撃もち相手じゃ相性悪いし)」

 

攻撃手段の少なさに嘆くトライあんぐるは、静まったままの観客席を見渡し肩を落とした。

彼は自分の戦闘が地味で場が盛り上がらなかったと思っていたが、それとは別の思考がナザリックの者らを占めていた。

 


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