オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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長くなったので分割
お休みも終わりなんでまた牛歩更新になります。申し訳ございません(m;_ _)m


第十三話

ナザリック地下大墳墓にて四人の人物がアインズの執務室にいた。ありとあらゆる隠蔽や対抗魔法かけた大きな姿見の鏡には、背筋を伸ばしソファーに座る(?)死霊の姿があった。

ソリュシャンの先導で、かの死霊は王都の潜伏先の客間にいたのだ。

ここまでの流れとして、王都に伏せた影の悪魔が、スキルと思われる凄まじい死の波動を感知。

現場に急行すると、そこにはナザリックが探していた対象、謎の死霊がいたのだ。

即座に別の影の悪魔が上司である守護者とプレアデスへ報告に飛びもう一体は監視、しかしそれもすぐに看破され睨み合いが始まる。

しびれを切らしたのは死霊だった。

虚空より一本の大鎌、具現化した死の神(グリムリーパー・タナトス)が持つ物に酷似したそれを投げつけようとしたのだ。

悪手を打ってナザリックのデメリットを引くこと。それを死ぬよりも恐れるが故に、対話という時間稼ぎの手段をとった影の悪魔。

しかし想像以上に早くソリュシャンが現場に到着し、今はこうして応接間でソファーに座る死霊の姿が見えた。

彼女がなぜこれほどまでに早く現場にこれたかというと、奥の手である《異界門》の巻物をきったからだ。盗賊・暗殺職を修めるソリュシャンは、魔法職しか使えぬ巻物を欺罔するスキルを持つ。それを使って、《異界門》で即座に現場に到着したのだ。

そして状況をアインズへ《伝言》で飛ばし、報告と勝手な判断でアインズのアポイントメントをとったことを陳謝した。

しかし元よりその指示はアインズが下したものであった。死霊を発見、引き止めるためならある程度の無理は許すとしていたのだ。

 

「会談場所は第四階層、地底湖のほとりにて会場を設けるということでよろしいでしょうか?」

「……うむ、任せよう」

 

一人は統括者アルベド。秘書の様なやりとりを主であるアインズと交わす。

 

「(個人的には、二人でお話したいんだけどなあ)」

 

アインズは心中の呟きを漏らさない。この段取りは全て、自らの身を慮っての、また敵対プレイヤーである可能性を考慮してのことだ。

本来であれば、戦力の未知数な存在をナザリックに入れることは下策だ。

しかし逆に考えれば、味方になりうる存在への親交の証明になり、敵対者であれば準備の整った本拠地での戦闘なのでこちらの優位に殲滅を行える。

第四階層を選んだのも、単純戦力ならシャルティアを超えるガルガンチュアの本拠であるためだ。

 

「(でもなあ、この姿見てると敵対しそうな感じしないなあ)」

 

鏡の中で、挨拶に来たであろうセバスと後ろに控えるソリュシャンに、立ち上がって何度もお辞儀する死霊が見えた。

 

「(あーわかるわかる。偉いっぽい人出てきたらとりあえずやるよな。……ぶふっ、名刺探してるよこの人!)」

 

焦って自分の体を探る死霊が動きを止めた。自分がなんであったか思い出したらしい。

元サラリーマンであるアインズ、鈴木悟の記憶がどこかシンパシーを感じさせる光景だった。

その死霊の挙動に不審を覚えたのか、アインズの傍に控える軍服姿のドッペルゲンガー、パンドラズ・アクターが首を傾げる。

 

「ふうむ、どうにも不審な動きが目につきますな。何かを狙って……?いや、だが」

「シカシ丸腰ノセイカ、ソコマデノ強サハ見受ケラレナイ。プレアデス以上、守護者未満トイッタトコロカ」

 

死霊のパラメータの概算の目測を述べたのは、この面子の中で最も戦場の勘を有するコキュートスだ。

彼は占領した蜥蜴人の代官を現在勤めており、今日は報告と要望のためナザリックへ帰還していたのだ。

 

「油断はしないで頂戴、コキュートス。この死霊、ぷれいやーであることはほぼ確定。ならば我ら守護者では、考えの外にある手段を有する可能性があるわ」

 

そういってアルベドは視線鋭く鏡を見る。三人の人物がそこには映しだされている。

鏡面では死霊がソリュシャンと和やかに会話しているが、もう一人のセバスはどこか硬い表情だ。

その様子を忌々しそうに見るアルベドが口を開く。

 

「そしてアインズ様。ソリュシャンの報告にありましたセバスが匿う人間の雌、いかが致しましょう?」

「うむ……」

 

よりによってこのタイミングでのその報告に、アインズは頭が痛くなる。

この場にいる守護者らの態度も剣呑なように感じる。アルベドに至っては、視線に仄かな殺気が混ざるほどだ。

彼女の中では、下僕が主人に任務上で隠し事をするなど以ての外と考えるのだろう。

多かれ少なかれ、似た思いはこの場の守護者らは抱いている筈だ。

アインズとしては、あの忠義の塊のようなセバスが裏切るなど考えてはいない。しかしこのことを報告しないのは腑に落ちないとも考えている。

鏡へ手を振る。その人間を確認するため、屋敷内の部屋を探すためだ。

 

「この娘か。……うん?」

 

漏らした小声に守護者が反応するが、アインズは顎に骨手を当てるだけだ。

くすんだ金髪に十代後半ほどの容貌。簡素なメイド服姿でベッドに腰掛ける女性。

その顔にははっきりとした不安があった。

 

「(ニニャ?……いや、まさか都合が良すぎる。しかし)」

 

その顔に、一人の冒険者の面影を見たアインズは、アイテムボックスから一冊の日記を取り出す。

それは今は亡き少女の日記。姉を捜す、その目的のために牙を研ぎ続けた執念が綴られたものだ。

 

「……いずれにしろ、確かめねばならないか」

「アインズ様?」

「守護者たちよ。セバスの行動の是非、それは私自らが裁定しよう。……だが今は、優先すべき客人の歓迎を優先せよ。現状は、セバスと人間の監視を密にし、何かあれば即座に私に知らせよ」

 

その言葉に三者は跪く。

その姿にアインズは内心で一息つく。これは下手を打てばナザリックに不和をもたらすデリケートな問題に発展する可能性がある。

それまで時間を稼いで対策を立てるのだ。

そしてここでこれからのプレイヤーとの会談で、あることに気がつく。

 

「(待て待て、待てよ……。守護者たちも同席するんなら、支配者ロール続けなくちゃいけないのか!?普通の人相手に?この態度でぇ!?)」

 

そのことに気がついた時、彼の中で凄まじい羞恥が爆発、そして沈静化した。

冷静な頭でそのことを思考すると、アインズは凄まじい疲労に襲われたのだった。

 

 

 

下火月の一日、外はいまだ夏の匂いと暑さを残していた。照る日差しを遮る室内でも、いささかの暑気があったが、死霊である彼にはいささかの問題もない。

 

「ええっ!?じゃあお二人は、人間じゃないんですか?」

「はい。この身は全てアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人に創造された、ナザリックの下僕でございます」

「はえー……。え、でもだって、口動いて、それにゲームやNPCが現実って。って俺もエザーホーデンだったな」

 

ソリュシャンの言葉に混乱するトライあんぐるだが、それは自らの状況を思い出し納得せざるをえなかった。

ここでようやく、この世界にユグドラシルの状態で現実化したという確証を得た。

これまではどこか夢見心地での旅行気分だったため、どうにもそこまで考えていなかったのだ。

 

「ということは、その、俺を見つけたっていうスーツのヤーさんと女の子って」

「おそらくは、我々の仲間でしょう」

「マジかぁ。なんかホッとしたわー」

 

トライあんぐるは気が抜けてソファーにもたれる。

安心すると周りの状況が目に入る。先程から自分は女性、ショゴスのソリュシャンなる者としか話していない。

挨拶以外ではもう一人の人物、セバス・チャンは硬い表情で相槌をうつくらいだ。

せっかくだしこの人とも話そうと思い、トライあんぐるはセバスにも水を向けようとした。

 

「セバスさん。あなたがここを取り仕切ってる上司、みたいなもんなんですよね?」

「左様でございますが、何か?」

「あー……とですね、他の部屋に一人、生き物がいるんですけどどなたかなと。よろしければご挨拶したいなと」

 

その言葉にセバスは眼光を鋭く、ソリュシャンは真顔になる。

 

「(やべえ。なんか聞いちゃならんこと聞いたか)」

「それは……」

「ペットです。トライあんぐる様」

 

セバスの喋りかけた言葉をソリュシャンが遮る。その顔は笑顔に戻っていた。

 

「最近、セバス様が飼われ始めたのですが、少々猫かわいがりが過ぎまして。私としては、不衛生な気がして好きになれないのです」

「あぁーなるほど。だから」

「ええ、困ったものです。町中で拾ったとのことらしいのですが。そういえば」

 

この話題は厭われるモノだったらしい。自分でもわかる話題変換にトライあんぐるは乗ることにした。

 

「トライあんぐる様は、あの場で何をなさっていたのですか?死霊たる貴方では、人間の中ではいささか相応しく無い気が」

「何というか……間違ってその、役人の不正現場っぽいのに居合わせてしまいまして。面倒臭くなって全員気絶させた後に、影の悪魔に会ったんですよ。

巻物がどうとか奴隷解放令でしょっぴくとか。そういえばセバス・チャンって人が買い受けただの……」

 

女性の前で売春窟の話題は憚れたので濁して喋ったのだが、ここでトライあんぐるは気づいてしまった。自分が再び地雷を踏んでしまったことを。

セバスの眼光は先程と比でないほどにぎらつき、ソリュシャンのほうはというと。

 

「(うぁぁぁぁぁぁ!!顔が、顔が!?……フゥ)」

 

人外の冒涜的な狂気の顔を見て、即座に発動した精神安定化で鎮静された。

微動だにしないものの、そのまま身を乗り出すような雰囲気でセバスが先を促す。

 

「そのお話、もう少しお聞かせ願えませんか?」

「ええと、なんつったかなあ……。確か、不当な金銭で従業員を買ったから奴隷解放令に違反、逮捕する、だったか?そんで、しもひつき?の三日にやるとか」

「下火月の三日……。明後日ですか」

「セバス様」

「……ソリュシャン。アインズ様に、ご報告を……。既にしているのでしょうが。このお話と合わせ、客観的に読める貴方にお願いします」

 

硬い表情のセバスにソリュシャンは一礼する。

 

「あのー……どうしたんです?」

「ええ。その、実は」

「セバス様っ」

「ソリュシャン、これに関してはトライあんぐる様も無関係ではないようです。ならばこちらの事情を説明し、情報を頂戴するのが最善です」

 

そんなセバスに戸惑いながらも、トライあんぐるは自分の知ることを全て話した。

ヘーウィッシュという太った男。サキュロントと名乗った売春窟の人間。そのやりとりを。

どうやら先ほどのペットとは、セバスが助けた瀕死の売春婦らしい。ツァレという女性を助けたはいいが、それを口実に役人とグルになった経営者側がセバスを強請ろうとしているらしい。

 

「(思ったよりも普通だな)」

 

現実ではそんな話当たり前のようにあった。なにせ司法よりも企業が強い風潮なのだから当然だ。

まあこちらのできることはしたわけだし、後はどうとでもというのが正直な所だ。

ちょうどそのタイミングで、セバスが耳に片手を当てる。

 

「……どうやら、準備が整ったようです。ソリュシャン、貴方は迎えの《異界門》が開き次第、トライあんぐる様をお連れしてください」

 

どうやら《伝言》の魔法のようだ。

 

「セバス様は?」

「私はこの場、ここの留守をとのことです」

 

この短い会話、トライあんぐるにはどこか緊張感を孕んだものな気がしてしょうがなかった。

表情の動かぬセバスと、それを探るように見やるソリュシャン。しかしそれは一瞬だった。

 

「……かしこまりました」

「あ、あのー。準備って一体?」

「ナザリックに客人を招くのです。それ相応のものとせねば、鼎の軽重を問われませんので」

「すげえ……。一流ギルドは応対も一流なんだな。社会人ギルドだし当然か」

 

これは自分もTPOを弁えた応対をせねばなるまい。そういえば、かのギルドは悪のギルドのロールプレイをする所と聞いている。

ということは、自分もそれにあわせた態度という奴が必要だろうか。

 

「(うむむ、ちと恥ずかしいが。まあ状況に合わせるのが大人だし、しゃあないか)」

 

まあ普通に社会人として応対してくれるだろうと思うが、自分の考えすぎにトライあんぐるは内心笑う。

そしていつのまにか開かれた《異界門》を前に、トライあんぐるはソリュシャンの後を追い、ゲートへ飛び込んだ。

 

 

 

《異界門》が閉じ、セバスは息を吐く。彼にしては珍しく長いものだった。

そしてさきほどまでの内容を反芻する。彼には感謝を、己に対しては慚愧に堪えない思いが湧く。一時の迷いで、ナザリックへ多大な損失をもたらすところだったのだ。

もしこのまま企みを知らずに現状維持に徹していれば、小悪党の強請によって、王都での拠点の破棄という憂き目にあっていた。

最悪の場合、自らとソリュシャンの正体が白日に晒され、主人の深謀に楔を打ち込む結果になっていたかもしれない。

どちらかというと、正体がバレる前に関係する人間を鏖殺し、王国と敵対する可能性のほうが強いのだが。

 

「覚悟が、足りなかったのでしょうか」

 

任務を危ぶませる要因を抱え、それを原因とする問題を相手取るという覚悟。

しかし彼の心中にある輝き。呪いとも思えるほどに己の心と一体となった思念。

 

“困っている人がいれば、助けることは当たり前”

 

その理念は素晴らしいものだ。しかしナザリックに在る者として、自らの血肉と魂全てでもって至高の主とナザリックに尽くす。

それらの板挟みになってしまったのが今回のことだ。

物事には因あれば果あり、逆もまた然り。

今回はナザリックのデメリットを生じる可能性という結果が、セバスの人助けに結びつく結果になってしまった。

もしもセバスが変装していれば。巻物を懐に隠していれば。目撃者たる人間を消していれば。

考えられることは数あれど、単純に運がなかったのだ。

しかし、未だ状況は最悪ではない。

思考する間に扉の前に着いた。セバスは目の前の扉をノックする。

 

「ツァレ、入りますよ」

 

中に入ると、セバスの身体に軽い衝撃があった。目線を下ろすと、ほのかな石鹸の香りのする金髪が見える。

 

「せば……、さま……」

「ツァレ」

 

セバスは事ここに至って、彼女になんと声をかければよいのかわからなくなっていた。

安易に美辞麗句に彩られた安楽を口舌で弄すのは簡単だ。しかしそれは、底のない絶望への転落に繋がる可能性が否定出来ない。

震えるツァレの肩を抱き、首筋に触れる。簡単に折れてしまいそうな頸だ。それこそ、指先に力を入れるだけで。

 

「……」

 

セバスは再びツァレの肩に手を戻した。

ただ己の中で震える女性を抱きしめ続ける。それしか、セバスには出来なかった。

 




次回で会談までいけるかなあ……

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